内なる声を聞くために

2008-07-31 00:00


「自分たちがだれであるか。どんな人間になりたいのか。」というのが、わかっていないときこそ、「他人を巻き込み」自分の外側にヒントを見いだすことで道が開けることが多いと思います。

ハーバード大学医学部留学・独立日記 ... メイク・サム・ノイズ


この年にして実感することだが


自分が何を望んでいるのか。自分が何者であるか、ということは実にわかりづらい。


だからといって「自分探しの旅」にでると迷子になるのが落ちである。


とはいっても「自分探しの旅」という言葉には一端の真実があると思う。その場に座っていつもと同じことをし、瞑想にふけっていても(たぶん)答えは得られない。Make some noise。なんらかの声を上げる必要があるのだ。


ほとんどのノイズはただ虚空に消えていく。


しかしほんの時たまではあるが、そのノイズが返ってくることがある。あるいは、自分が思っていたよりずっと多くの人がそのノイズに気がついていたことを知る。


その「発見」に対して自分がどう「感じた」か。そういう回りくどい方法でしか自分の内なる声は聞こえないのではないかと考えている。


ちなみに



コンサルタントの道具箱

コンサルタントの道具箱





では「願いの杖」という道具でこの「自分の内なる声」を聞くことを試みていたか。


少なくとも私は「内なる願い」と「現実の制約」をごちゃまぜにしてしまい「私はこれがしたい」を「私にできるのはこれだ」で押しつぶしてしまうことが多い。その選択肢が全く合理的であり、無理がないと「理解」していても、高揚感が全くないときにはたぶん「自分の内なる声」に逆らっているのだ。


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最近子供がよく


「お父さんは大きくなったら何になりたいの?」


と聞く。いつも答えにつまる。私が遠くを見てぼんやりしだす原因を彼はまだ理解しないだろうが。



パウシュ教授が亡くなった

2008-07-30 00:00


数日遅れだが、このブログでもなんどか取り上げたパウシュ教授が亡くなったのを知った。


Randy died this morning of complications from pancreatic cancer.

RandyPauschInformation


書籍化された「最後の授業」」



を読み、彼の"Last Lecture"の背後にあったストーリーを知った。直前まで体長は思わしくなく、大人向けのオムツをつけるべきか迷っていたことなど。映像から見る彼の姿からはそんな気配はみじんも感じられなかったが。


彼のサイトを読み、はたして奇跡は起こるのだろうか、と考えたこともあったが、やはり医師の診断は的確だった。


彼は私より2年ばかり年上。というかほとんど同じ年である。子供達も似たような年か。


仮に私が余命数か月と診断されたとして、「最後の授業」のようなスピーチをすることができるか?そう考えると欝々とした気持ちになる。


日常生活では嫌なこと、いやな人についてあれこれ考えることも多い。しかし常に上を向こうとしたほうがいいし、そうするしかないのではなかろうか、と最近考えている。