Ideaの最近のブログ記事

みんなで知恵を出し合おう

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というわけでいきなり引用

確かに「ユーザー・エクスペリエンス(おもてなし)」とか「ライフスタイルへのインパクト」重視のもの作りは、定量化ができなし、大失敗の可能性もあるので、「出る杭は打たれる」型の日本の会社では難しいのかも知れないが、そろそろ意識を切り替えないと手遅れになる。「ユーザーにどんな体験をしてほしいか」をまず第一に考え、カタログスペックにこだわらずに魂のこもった商品作りをする。

via: Life is beautiful: 私からの提案:おかえりなさいテレビ

中島氏の提案に対して、コメント欄でいくつか意見が寄せられている。
たとえばこんなものがある。

疲れて帰った時にTV見たいとは思いませんし、TVが勝手な基準で録画したのを見させられるくらいなら、全チャンネル丸撮りしたのをタイトルサーチした方がいいです。
番組を見る主導権は私にありますから。

via: Life is beautiful: 私からの提案:おかえりなさいテレビ

しかりこれも正しい意見だ。私が中島氏の提案にたいしてどのような意見を持ち、どのような提案をするかは近日中にここで述べるが、本日言いたいことはそのことではない。

こうした"魂のこもった製品"は合議制では生まれない、ということなのだ。いくつもの"正しい意見"の最小公倍数だか最大公約数をとっていった結果が日本の家電業界ではないのか。つまるところは

"結局おもしろくない製品"

のオンパレードである。

今までと違っているということは失敗の可能性も高い、ということである。しかしそれを"社内の合意をとるためにまとめる"のではなく、反社会的ではない最小限のエッジを丸めた形でそのまま世の中に出す。

Googleのサービスもいつも議論のネタになるが、結局検索もGoogle mapもGmailも大変普及している。AppleのiPhoneが出た時に

"頭のいい人たち"

がどのような批判をしていたかはこのブログでも何度も取り上げた。しかし結果はどうだろうか?

となるとたとえば

"日本でもハード込みで新しいサービスを手掛けるベンチャーがガンガンでてきてほしい"

ということになるのかもしれないが、CEREVoのあり様を見ていると、、、と考えてはいかんのだな。

というわけで多くの人の共感を呼んでいるこの記事

技術部長:プラットフォームですか

副社長:まだ分からんのか、Androidだよ。うちのテレビにAndroidを載せて、我が社のテレビを「クラウド化」するんだ。「クラウド・テレビ」の時代のリーダーシップを取るんだ。

技術部長:「クラウド・テレビ」ですか。それとAndroidとどう関連するんですか?

via: Life is beautiful: とある家電メーカーでの会話:クラウドテレビ編

冗談抜きに

"おかしい。うちの会社の最高機密が漏れている"

と思った人は多かろう。この記事を読んでちょっとだけ苦笑し、そのあとこの記事と同じことを始められる人は日本の大企業で出世する資格を持っている。

ノモンハンの後にジューコフが言った言葉は現在も当てはまると多くの人が指摘するところではあるが、変化は一向に起きない。ニュースを見ていても最近日本の家電メーカーの影はすっかり薄くなった。90年代の絶頂期を知っている身としてはいささかさびしい思いもするが、まあ人ごとなので気にしない。その頃はソニーがAppleを買収するかということが本気で論じられていたのだ。

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さて、話かわって

質問はずばり「薄型テレビ・デジカメ・DVDレコーダに続く、次の三種の神器は何?」である。

via: Life is beautiful: 意見・アイデア募集:次の「三種の神器」は何?

に私はこう答えた

・個人用携帯情報機器(これは現在iPhoneがその役割を担っている)
・家庭用据え付け情報機器(これには誰も成功していない)
・オヤジ用一人になれる場所製造機(誰か作って)

その変化が望ましいものかどうかは別として、マスメディアに費やされる時間は減少し、ソーシャルネットに費やされる時間が増加していることは間違いないだろう。それがどこかで止まるのかどちらからが消えてしまうのかは今のところわからない。

1番目と2番目はそうしたソーシャルメディアの端末であるが、性質が異なっている。個人で持ち運ぶものと、家庭に(つまりかつてはTVがあった位置に)座るものは違うのだ。そして2番目の情報機器の正解はいまだ誰も知らない。目指しているメーカはたくさんあるが、誰も成功していないのだ。家族がみんなで楽しめるもの。それはなんでしょうかね。

3番目は私が切に望んでいるもの。何度か指摘したことだが、数10年前はオフィスを離れれば仕事から離れることができた。今はどこでもメールやら電話がチェックできてしまう。私のような怠け者には耐えがたい。

とはいえ"皆で50年代に戻ろう"という呼びかけは無意味だ。さて、情報のアクセスを可能にしながらオヤジが閉じこもるにはどういう方法があるでしょうか。。という問題意識だけは持っているのだが。

学校の勉強は役に立たない?

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昨日はここで読むことができた記事である。今はログインが必要なのでうろ覚えでかく。

Q:今から卒業までに何を勉強すればいいでしょうか
A:学校で学んだことは、実践の現場では役に立ちません。したがって思考方法とか発想法とか、ほにゃらかを学んでください。

よく聞く言葉だ。

さて、同じくよく聞く言葉として

"社会にでると、学生のころもっと勉強しておけばよかったと思う"

というものがある。私に限って言えば、社会にでてから勉強したいことが増えた。思わぬ理由で再び学生になったわけだが、その時履修したosi 7layersに関する講義は今でも役にたっている。

この二つの"よく聞く言葉"は矛盾している。

これにはいくつかの理由があるのだろう。

・そもそも"仕事"というのは実に多岐にわたっている。きわめてせまい専門知識を要求される分野もきっとあるのだろう。そうした場面で学校の勉強が役に立たない、というのは理解できる。

・逆に少なくとも私が経験してきたいくつかの仕事では何が必要になるかは前もって全く予想できないことが多かった。学校をでて15年もしてエントロピーとエンタルピーとかいう言葉を聞くなど誰が予想できただろうか?

完全に頭から抜けてしまった項目も多い。しかし一度社会人になった後意識的に履修した科目はいずれも-少なくとも基礎としては-役にたっている。債権を購入するとはどういうことか。RDBとはどんなものか。(そういえば当時はo-r mapperなんて言葉はなかったな)統計の考え方とは。Micro Economicsとはどんな学問なのか

というわけで

もし私が同じ問いをなげかけられたとしたらこう答えると思う。

A:自分に全く縁がなかったけど、名前だけは知っている分野についてどんなことが行われているか、どのようなものの考え方をしているかわかる程度に学んではいかがでしょう。そうした知識はいろいろな形で役に立ちます。

ちなみにMicro Economicsが、operations Researchもはだしで逃げ出すほど難しい数学を使っているのを知った時には軽いカルチャーショックを受けた。またそれが難しいだけで何の役にも立たないことも実に興味深かった。

いきなり引用から始める

革新的な着想を生み出すのは、エンジニアであろうとマーケティング担当者であろうと、デザイナであろうと構わない。ただ、その人が深い洞察力をもって問題を理解し、新たな着想に至ることができるかどうかが問題である。そのための素材として、ユーザー調査にもとづく問題点の把握は有用であると考える。

via: ノーマンの間違い - 創造的ユーザビリティと標準的ユーザビリティ/HCD-Net通信 #19 | Web担当者Forum

私はノーマンの意見により共感を覚える。"ユーザ調査による問題点の把握"なんかいくらしたって革新的な発想には結びつかない。それはほとどの場合"より速く、快適に乗れる馬車"を生み出すだけなのだ。

黒須氏の意見に説得力がないのは、実例が伴っていないからではないかと思う。逆にノーマンの意見をサポートする実例は歴史をみれば事欠かない。

・ライト兄弟も、リリエンタールもユーザ調査なんかしなかった。というかあの時点でどれだけユーザ調査やったところで"空を飛ぶ"ニーズなんか生まれるはずはなかった

・パーソナルコンピュータの出現もユーザのニーズに基づくものではない。

・何度か書いた昔話だが、Googleが生まれる直前"検索エンジンの競争は終わった。これからはポータルとしてどれだけ使いやすいかが重要だ"という意見が支配的だった。あの時点で"よりよい検索エンジン"の必要性にたどりついていた人がどれだけいたのか

その発想を生み出すのが誰でも構わない、というのには半分だけ同意するのだが、、まあそれは別の話。

というわけで黒須氏も自分の主張をサポートする実例を挙げてはいかがなものかなあ、と思った次第である。

目指すところはSF

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いや、もうつり気味に何を書いても誰も読んでいないことを確信しているので、書いてしまうのだ。

研究といってもいろいろな種類があることは承知している。その中で私が目指しているのは"SF"だ。

ここで私はSFという言葉をどのような意味で用いているか。

既存の科学法則、科学技術に最低限の反則を持ち込み、その上で何がおこるか、どのような世界が展開するかを記述する

というのをSFとよぼう。

私が作ろうとしているものもスタンスは同じだ。今ないものだから、それが存在していないのには理由がある。誰もが気がついていない、早い者勝ちというのは私が目指すところではない。そういうのは、スピード自慢のベンチャー会社に目指してもらえばよい。

システムを構成する技術に最小限の反則を持ち込む、つまりまだ一般に使用するには制限が多い(スケーラビリティ、保守性、その他において)技術を利用することで、どのような世界を開くことができるのか、それを示し、その開かれる世界が興味深いことが重要だと思うのだ。

もしその世界が興味深いものであるならば、その"反則"を取り除くにはどうすればいいか、という次の質問が提起されることになる。

その"反則を取り除く"というのは私にとって話の半分でしかない。その結果もたらされる"物語"が興味深くなければならないのだ。

などと何を書いているんだろうねえ。。

研究ずれを起こすこと

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まず最初に引用

なんというか、いまさら感たっぷりなのですが、プラナフ・ミストリーさんのSixthSenseテクノロジーがやっぱりすごいですね。

ちょっとビデオが長いので後回しにしていたのですが、見始めたら一気でしたよ・・・。もうすでに見ている人も多いでしょうが、まだ見ていない人はぜひどうぞ。テンションがうなぎのぼりになること間違いなしです。

via: プラナフ・ミストリーさんのSixthSenseテクノロジーで鳥肌がたった件・・・ - IDEA*IDEA ~ 百式管理人のライフハックブログ

というわけで田口氏のテンションをあげたビデオを見る。いかにもMIT Media Labo風な研究だなと思い調べてみればやっぱりそうだった。

この方向性は、もう10年以上前からずっと試行錯誤が続いている。この研究は

"ここまでやるか"

"デモのアイディア"

で卓越しているが、本質的に新しいものは何もない、、、と私などは思ってしまう。

というか山ほど作られたこういうデモがなぜ現実世界に一歩も足を踏み入れることができないか。そろそろそこらへんをちゃんとまとめて考察すべきと思うのだ。

観点としてはこうだ。これは技術の進歩-たとえば携帯型の燃料電池やプロジェクタのさらなる小型化-によって解決される問題なのか。そうではないのか。

まず実世界のオブジェクトを"間違えず"認識するところで躓く。どうしましょうか。RFIDのタグでも埋め込みましょうか。でも離れていたら誤認識の問題がありますよね。

どうします?そこをデモのお約束ですっとばして"これが未来だ"と言われてもねえ。

また"空中に文字をかく"のは一度やってみれば、その不自然さが分かる。デモ以外で2度とやろうとは思わない。その理由はどこにあるのか?

どうすれば解決できるのか?こうした問題をまじめに位置付け解決策を見出すのは研究じゃないんでしょうか。

というわけで言ってきたのだ。

孫社長の意見に私は賛成だ。SmartPhoneとらくらくホン、この二つにはさまれたガラケーにはたして未来はあるのだろうか。またガラケー開発最前線で戦っている人たちはどのように考えているのだろうか。

当日私が考えたことは



"ガラケー開発者に迷いはない"



ということだ。印象的な部分だけ書いておく。この先を読んでくれる人に私の異常なスタンスを書いておく。私はiPhone原理主義者であり、会場で"Smartphoneだけ使っている人"として手をあげた数少ないうちのひとりであり、F-04B知らない人、といわれ手をあげたほんの数名のうちの一人である。

会場につくと、名前のチェック。そのあと胸から富士通の名札を下げた人たちからサブウェイサンドイッチと水を渡される。遅くまでありがたいことです。

始まるまでしばしぱくぱく食べる。久しぶりだなあ。夜遅い(私にとっては)集まりにこういうのはありがたいなあ。

例によっていつもの事務連絡。本日しゃべる方は"ポロリ"が多い人なので、リアルタイムのustream,とかはなし。twitterも少し時間差をつけてね、とお知らせがある。

事前課題として"ケータイカメラ"の新しい使い方が募集されていた。その中から9種類のアイディアが紹介される。あまり頭に残っていないので省略。

そのあと"富士通が考える未来のケータイ"という題で富士通の人が講演をする。

まず最初にでてくるのが

"スマートフォンは話題にはなっているが、シェアはたったの2.3%"というチャートだ。つまりそんなものは気にする必要はない。主力はケータイだ、と言いたいのだろう。(少なくともこの後の説明で、スマートフォンとの関係を意識した説明は一切なかった)

でもってケータイの世界では次の5つの変化が起きているのだそうな。

"超"常時携帯:つまり水につっこんでも、泥にまみれても大丈夫です。富士通ならどんなケータイでも防水、防塵にできます!

日本語入力技術:富士通は実はソフトをやっている人が多いんです!PC向けに何十年も開発してきた手書き文字入力がケータイにのりました!

能力補完計画:らくらくホンむけに、マイクを二つ付け、バックグラウンドノイズを消す技術を搭載しました!

ヒューマンセトリック:半年前からこう言い始めました。人間の嗜好、興味をインテリジェントに解析し、情報を提示するんです!具体例は何か?ケータイを腰につけてゴルフスイングをすると、振動パターンから、スイングへのアドバイスをしてくれるんです!(会場で"ゴルフをする人"と聞いて手をあげたのは私の視界内では一人だったが)

インフラの変化:LTEです!早いんです。すごいんです!

さあこれからは未発表、未発売の技術です!

セパレートケータイ世界初です。取り外せると何がすごい?たとえば、店で服をカメラでとりながら、電話で相談できるんです。

プロジェクタ搭載:ケータイにプロジェクタがつくんです!本体を振り、プロジェクタに写した画面でボーリングゲームができるんです!

3D表示:みんなアバターみましたよね。ケータイも3Dになるんです!

わくわくしませんか?

ここで休憩時間。前の画面には、LTEがあたりまえになった世界で新しいサービスを考えましょう、という文字が書いてある。

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この"世界初!"とか"業界初!"とかいうのをやたら並べるのは日本の大手メーカーの得意技である。特徴のある技術で世界一、というわけだ。

世界初!とうたえる技術が何一つないiPhoneが業界にどのような衝撃を巻き起こしていようが、たかが2.3%のさらに数分の一の話さ。話題になっているだけで大したことはない。そう考えているのだろう。実際プレゼンをした人に迷いはなく言葉には力があった。観客たる私にはそれが伝わらなかっただけで。

それが何の意味があるのかわからない"技術"をひたすらならべて、その結果はどうだったのか?自分たちは何を作りたいのか。ケータイがある世界はどんな風であるべきなのか。そんな問いはとりあげられたこともないのだろう。

ではその"すばらしい技術"はどうなのか?

一例として"手書き文字入力"を取り上げよう。歴史のある分野だから、富士通でも内部的に膨大な蓄積があるのだろう。

しかし

一度でも手書きで日本語を入力したことがある人は、その欠点に気がつくはずだ。漢字は画数が多い。それを全部入力するのは苦痛でしかない。精度云々の問題だけではないのだ。

ではどうするか

せっかくタブレットではなく、液晶画面に文字を書いているのだから、入力候補文字の形状を画面上に提示し、その文字の形の要所要所だけを指定すれば、簡単に難しい漢字が入力できる。これなら親指連打より簡単です!そこまでやってようやく"技術"の意味があると思うのだが、そうした考えは全く感じられなかった。社内の研究発表会では"世界一の認識精度!"とやるんだろうけど、問題はそこだけじゃないよ。

もう一つ聞きたいことがある

セパレートケータイ、プロジェクタケータイ大いに結構なことだ。

でもって富士通の中の人は、これ使ってるんだよね?

発売前らしいけど、社内には何台もあるよね。是非日常どんな風に使っているか。今まで使っていたケータイから試作機に乗り換えた人の生の感想を聞きたかったな、と思う。

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後半の会議は誰かがブログにまとめてくれるだろう、ということで家路につく。ポストイットケータイのアイディアは面白い。質問にもあったが、多くのユーザがハードウェア的に一番不満に思っているのは電池だと思う。

画面の中に表示される世界では、米国に太刀打ちできないとすれば、日本人らしい細やかさをいかしたらくらくホン、あるいはハードウェアの革新にフォーカスする、というのは一つの行き方だ。それこそ

"電池不要"

のケータイは大きな反響を呼ぶと思うが。というか、それくらいばかげたことを徹底してやらないと、とチンピラエンジニアは考える。
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プレゼンの最初のほうで

"Smartphone使っている人"

と聞かれると概算だが会場の半分以上の人が手をあげた。その次に

"SmartPhoneだけ使っている人"

と聞かれると、ほんの数本だけ手が挙がった。ええ、みんな2台もちですか?この日一番の驚きはこの結果だったかもしれない。

Invictus

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とはいうものの今日書きたいのは映画評ではない。(近日中に本家およびここにアップロードするつもりだが)

この詩は映画の中でとても効果的に使われている。

そして何年間にも渡る脅迫も
Finds and shall find me unafraid.
私が今も恐れてなどいないことを思い知るだろう
It matters not how strait the gate,
その門がいかに狭きものであろうと
How charged with punishments the scroll,
どうして裁きのままに罰を受けることができようか
I am the master of my fate:
私は我が運命の主であり
I am the captain of my soul.
我が魂の指揮官なのだ

via: Invictus | 不 可 視 の 学 院

この言葉を27年間投獄され、大きな石を砕き続ける、という意味のない作業を強いられ続けた人間がつぶやけば、誰もが"をを"と思う。

しかしそれは話の半分でしかない。

この詩を遺書の中で引用した人がいる

この言葉は、死刑囚ティモシー・マクベイのものではなく、19世紀のイギリスの詩人ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩「Invictus」の一節だった。Invictusとは、「征服されない」という意味に当たる。何故この詩ような他人の詩を、己の最期の言葉として、書き写し手渡したのかは不明だ。

via: 孤独なテロリストの自己

オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件を引き起こし、168名を殺した男だ。

"不屈の精神"と"完全な狂気"はある部分だけとれば大変よく似ている。それらを隔てるのは"現実からのフィードバックを受け止めることができるか否か"だけでしかない場合がある。

マンデラは前者であり、マクベイは後者だった。崇高な理想のために一身をささげる、という意味であれば911でWTCに突っ込んだ人間だって該当する。あるいはオウム真理教で殺人を続けた人間たちも。

「結局は自分の好きなことを貫き通したやつが勝つ」というのはよく言われることだ。そしてお笑い芸人を目指している生徒たちも、たいていはそういうもんだと信じていて、自分の好きなお笑いを貫こうとする。自分が面白いと思うネタを作ってくる。自分がやりたいお笑いをやる。

しかし、そういう生徒はことごとくウケないのだ。学校では月に一度、生徒たちによるライブを開催していて、そこでは見に来てくれたお客さんによる人気投票も行われているのだけれど、自分の好きなことを貫き通した生徒から順に、人気投票の下位から並んでいくのである。

via: 結局は自分の好きなことを貫き通したやつが負け - ハックルベリーに会いに行く

一読すると世間で言われていることと反対なようなこの文章も、つまるところ、自分の信念を貫くことと、現実からのフィードバックを両立させなけりゃだめだよ、ということなのではないかと考えたりする。

iPadのビデオを見ていると

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どうしてこんなに想像が掻き立てられるのだる、と思う。

もっとも世の中にはこんなことを言っている人もいる。

これを持って何かをする自分が想像できない。今のところ自分を含めて誰かの何かをこれが解決してくれるとも思えない。

via: iPadって誰がどこでどうやって使うんだろう?ってちょっと考えてみたけど、ワタシにはよくわかんないや:THE SHOW MUST GO ON:ITmedia オルタナティブ・ブログ

逆の立場から書かれたものにはこんなのがある

コンピューティングというものを考えるとき、子供や高齢者のことは見落とされがちなのだが、iPadは、こうした「社会的格差」を解消する初めての製品になる可能性がある。『iPad』は、幼児がゲームで遊び、学習もできるコンピューターになるだろう。そして、おばあちゃんは電子メールを送り、ウェブを閲覧し、写真を編集するだろう。iPadは、現在市場にあるパソコンを駆逐するわけではないが、重要な新しいカテゴリーを生み出すマシンになると見られる。

こういったマシンが社会に与える影響のことを考えると、「単なる大きな『iPod touch』にすぎない」と評されがちなiPadが持つ、より大きな意味が見えてくる。それは、「みんなのためのコンピューター」だ。米Apple社が長年取り組んできた理想でもある。

via: 『iPad』はUIをどう変えるか:アラン・ケイが夢見たビジョン | WIRED VISION

後者の記事に乗っているDynabookの絵がiPad(の予想図)そのままであるのには驚く。Alan kayが実際に触ってみるまでiPadに対してコメントしない、としているのは賢明だ。しかし私のようなチンピラはすでにきゃーきゃー言っている。

ものすごい一般論で書くが、子供あるいはお年寄りが使うところに想像力が及ばない人、ビジネスパーソンである自分のことしか考えられない人は前者のような感想を述べることが多いように思う。単に中途半端にでかいiPhoneというわけだ。

しかし実家の両親のPCのメンテをし、家にかえれば子供達にやれYoutubeであれみせろ、iPhoneでこれみせろと言われる立場、あるいは子供もしくはお年寄りが使うPCについて少しでもまじめに考えたことがある人はiPadに大きな可能性を想像しているように思う。願わくば実物がその想像を裏切らないできであることを。

かつてMac os 9およびMac os XにSherlockというアプリがあった。

sherlock1.jpg

Spotlightの登場とともに静かに消えていったが、当時私は

"結構これはいいのではないか"

と考えていた。

そもそもSherlockとはなんだったのか?一番わかりやすい説明は、コンピュータ内のファイルを探すアプリケーションだった。しかし探すのはファイルだけにとどまらなかった。

画面の上をみるといろいろなアイコンが並んでいることがわかる。飛行機の時間、オンライン書店の本、インターネット検索、そのほかいろいろなものが検索できたのだ。

しかも

そのインタフェースはHTMLではなく、そこから抽出した情報をコンパクトに見せるアプリケーションのようなものだった。

今にして思えば、これはiPhone/iPadでアプリを立ち上げ、そこから情報を閲覧する行為にとてもよく似ていたのである。

私個人はこのSherlockに大きな可能性を感じていた。HTMLは便利ではあるが、ある程度タスクが限定される際には最適なインタフェースとは言えない。そうした場合ならアプリケーションのほうがいいのではないか。

そしてその夢は今iPhone/iPadで現実のものになろうとしている。いや、楽しい。

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最近Goromi-tubeをiphone/iPadにいれることを考えている。そのままではできないので

Playlistをどうやって作り上げるか

にフォーカスしようとかんがえる。あれこれ頭の中で思い浮かべた後、純正のYoutubeアプリを見る。実によくできていることに気がつく。こういうのは自分で考えてみないとわからないことだ。

文句を言うなら、あの画面の大きさ、指という太いデバイスを用いたインタフェースを考え出せばい。それができないなら標準の部品に戻るしかない。。とかいろいろ