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iPadで驚くのは

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買ったけど使い方がわからん、という声をぼちぼち聞くことだ。

先日親戚の葬式にでた。そこに姉がiPadを持ってきていた。驚嘆である。しかも

"アプリをいれると楽しい?よくわかんないのよねえ"

と言っていた。

ああ、そんな勿体ない。俺にくれ、と言おうかと思った。多分殺されるのでやめておいた。
うちの母もiPadのことは知っていた。なんだか行列して買うんでしょ、あれ。

さて、ここで考えなくてはならないのは

iPhone,iPadの行列にはある程度企業の宣伝的なしかけがあることはもちろんだ。しかし並んだ人の大半は

"勝手に徹夜した"

人であることを忘れてはならない。PS3発売の時の怒号に満ちた大騒ぎとはまた何かが違う。

見せてくれた編集者氏は、ほとんどアップルのセールスマンだった。それほど全力で私にiPadの魅力をアピールした。

「で、ここをこうするとほらフォトフレームになるわけです」
「......うう......」
「動画も見られますよ」
「......うう......あ......」
「ね。なかなかの画質でしょ?」
「............」

 それにしても、こういうブツをいち早く手に入れた人間は、なにゆえに必ずや布教活動を展開することになるのであろうか。あまた生まれいずる市井のペテロたち。その無償の情熱と行動力。

via: 私がiPadを買うべきでない理由:日経ビジネスオンライン

iPhone,iPadはなぜ人をセールスマンにするのか、というのは面白い問いだ。理屈っぽくない人はこういう答えを出せる。

NBO ははあ、だから「頭で考えてしまう」タイプのインテリは必ずしも反応しなかった。

糸井 「わあっ」は、なんというか、ボディで、全身で、その対象物に出会ったときに、思わず出てきてしまうんです。言葉とか理屈を超えて、凄い、うれしい、欲しい、と思ってしまう感覚。でも、本当に欲しいもの、本当に好きなものに出会った瞬間というのは、そういうものじゃないですか。

NBO たしかに、わあっ、なんなんだこの商品は! 俺に買われるためにできたのかっ、というモノに出会っちゃうこと、あります。

糸井 マーケティングなどが発達しすぎると、どうしてもお客さんのニーズや好き嫌いだけを徹底的に分析して、モノを作ろうとしがちです。でも、それをやりすぎると、もしかすると一番肝心な「わあっ」がどこかにいってしまったりするのかもしれません。

NBO たしかにそういう商品、少なくないような。

via: iPad、「アバター」から前川清まで――イトイ式「売れるモノ」の法則:日経ビジネスオンライン

さすがにiPadの時は減ったが、最初にiPhoneが発表された時は、"頭のいい人"からの批判をたくさん聞いた。

もちろん頭のいい人はその強みを発揮できるところでご飯を食べていくわけなのだが、この"わあっ"にはいつまでも届くことがない。この"わあっ"こそが私の姉にiPadを買わせたものなのだと思う。

私は頭が鈍い人なので、"わあっ"と騒いでご機嫌になるのだが、頭のいい人たちの会話にはいつも悩まされる。それにどう対処するかは未だ解がない。

つまり、自分がiPadのような機器に対して求めることがはっきりすれば、もう少し具体的に言うと、Webブラウザが使えて、Gmailができて、地図を閲覧できて、ブログ程度のテキストを入力できれば、必ずしもiPadである必要はないわけだ。書いていて、自分がiPadを使う理由がどんどんなくなってくるのを感じる。

使う目的を明確にしていくと、iPadという製品がなぜ人を魅了するのかがさらに分からなくなってくる。私は新しいコンセプトの製品に対して、何か重要なことを見落としているのかもしれない。

実際にiPadを見る機会があったのだが、iPhoneアプリが大きな画面で動いているくらいにしか見えなかった。私の想像力が欠如しているだけなのかもしれないが。

via: iPadは先進的な製品なのだろうか: ネット雑記 ~3年後のネットが見えるかも~

あなたがiPadに見る限界は、あなた自身の限界だ

via: あなたがiPadに見る限界は、あなた自身の限界だ:CloseBox and OpenPod:ITmedia オルタナティブ・ブログ

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というわけで、Goromi-t-padを作らなくてはならない。2台のディスプレイをどうやって連動させるかについてはまだ道筋が見えないが、とにかく作るのだ。

なぜかといえば、Flashで書かれているからです。

今後もiPad上でFlashが動く見込みはない。しかしあの異常な操作感は捨てがたい。というわけでObjective-Cで書きなおすことになるのだがここに問題が一つ。

あれこれ見ているが、iPhone OS上で、Youtubeの画面を縮小表示で再生する方法が見つからないのだ。ではPlaylist編集モードと映像閲覧モードを分ければいいではないか、とも考えるのだが、Goromi-Tubeのいいところは

"だらだら見ながら次を探す"

ところにある。これではいかんともしがたい。

というわけで

いっそのことiPad2台向けのアプリにしてやろうかと思うのだ。一台ではPlaylistの編集を専門的に行い、もう一台で映像を流し続ける。どうやって2台つなぐかわからないけど。

でもって

この際だから、Goromi-Tubeの機能のうち、Playlist編集、創発を前面に押し出してやろうかと思うのだ。Youtubeにあるような短い映像の見方は、2時間ものとは根本的に異なる。重要なのはPlaylistなのだ。人は基本的にちまちま映像を選択してみたりなどはしない。ただ大まかな方向を指示するだけであるべき、、、と言葉で言っても伝わらないので形にしないとね。

こういった意見をいくつか目にする

1970年代に世界で始めてパソコンらしいパソコンを出したAppleは輝いていた。常に新しくてスゴイものを提示し続けてきたが、20年くらいかけてパソコンが普通の道具となったときには、強烈な主張を持っていて普通の道具になれないAppleのコンピュータは、マイナーな存在になってしまった。

 パソコンで20年以上かけて起きたことが、スマートホンではわずか3年しかかからなかった。実に慌ただしいというか。だが、スマートフォンが普通の道具となりつつあるというのなら、歓迎すべき事象ではあるのかも。

via: Android端末の販売シェアがiPhoneを抜いた・・・いつか来た道: 無指向な嗜好

iPad上のアプリを使っていると

"どうしてiPadのアプリはどれもこれもこう面白いのか"

と思う。実はこれ1985年日本で書かれたMacの雑誌に書かれていた言葉とぴったり重なる。

それからのシェア推移は前掲文書の方が書かれているとおりだった。

iPhone vs Androidにも同じことが起こるのかもしれない。しかしここ数日iPhone + iPadとXperiaを使っていた私は別の感想を持っている。

それはPCと携帯情報機器の違いだ。

操作の洗練という点に関しては、Mac v.s. WIndowsよりもiPhone os v.s. Andoridのほうが差が大きい。いや、私には性質が異なるもののように思うのだ。

Androidはあくまでも"PC Geek向けのデバイス"でしかない。マルチアプリの管理はどうやるのか?不要なアプリはどうやったら終了できるのか。ボタンを押されると出てくるメニューとアプリの中にあるメニューの関係はどうなっているのか?

もっと直感的に言おう。Androidはあくまでも"操作する"デバイス。iPhone + iPadは"思った通りに動く"デバイスだ。私にはこの差が埋まるとは思えない。

多様なユーザの要求に対応して様々な製品が出てくるAndroid端末に対して、iPhoneはAppleの主張を丸呑みできる人のための製品としてマイナーな存在になっていくことだろう。

via: Android端末の販売シェアがiPhoneを抜いた・・・いつか来た道: 無指向な嗜好

Windowsは"仕事をするためのOS"として見事な成功を収めた。誰も仕事で使うPCに楽しさを求めないからだ。

"まあこれでいいか"のWIndows的なAndroidが結局数を制することになるのか、そうではないのか。Apple原理主義者の私は"そうはならない"と狂信的に主張しておく。

いやだって未だに

"3歳児がAndroidさわるよ"

とか

"猫がAndroidさわるよ"

っていう動画みたことないし

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日本ではXperiaが売れているようだが、、買った人って本当にあれ使えてるんでしょうかね?

気になるのは、こうした状況を理解せず、Xperiaが流行りすぎているのではないかという点です。iPhoneにも言えることですが、ケータイから乗り換えた結果、使い勝手が悪い、スマートフォンって駄目じゃないか、という結論に多くのユーザが落ち着いてしまわないか心配になります。

via: ドコモ Xperia SO-01B レビュー

ケータイをほとんど使わずiPhoneに移った私が言うのもなんだが、ケータイ→Xperiaの差異は、ケータイ→iPhoneの差異よりずっと大きいと思うのだが。

オフィスにiPadがきたので触っている。

ある映画のTrailerを見る。スペースシャトル打ち上げの場面。手の中に美しい画面がある、という経験は初めてだ。何度も見たはずの打ち上げ風景だが、印象が全く異なるのに驚く。

磨きがかかった"異様な反応の良さ"とか書きたいことはいくつもあるのだが、今日はひとつだけ。

子供に与えるゲーム機はこれにしよう。

なぜか?

大画面のTVは皆の目を釘付けにし、会話を妨げる。パソコンは同じ場所にいるのに、注意を分断してしまう。一方、iPadは自然な会話を妨げずに、有益な文脈情報を提供をしうる。そこに大きな可能性を見た。

via: Twitter / Akiko Sugaya/菅谷明子: 2/2 大画面のTVは皆の目を釘付けにし、会話を妨げ ...

これは先日みつけたつぶやきだが、確かにこのiPadの大きさにはそうした効果がある。すなわち同じ場所にいて画面を共有できるのだ。

私は個人が小さな画面に見入っている姿が大嫌いだ。携帯電話しかり、DS,PSPしかりである。仮にそれが通信でつながっていても、

"隔絶された個人"

が物理的に集合している姿にはどうしてもなじめない。

しかしiPadのゲームなら違う。これなら文字通りみんなが楽しめるのだ。他人のゲーム風景を"覗き込む"形ではなく共有できる。

ポケモンとかスーパーマリオとかなくてもいいよ。これでエアホッケーを友達とやってほしい。そのうちきっと将棋とか、複数人で遊べるゲームがたくさんリリースされるに違いない。友達と同じ空間を共有しながら遊んでほしい。
こうでなくてはいけない、、というかなぜ任天堂はこのことに気がつかなかったのか。DSとWiiの間に別の市場があることに。

等と言っている人はそこかしこに存在する。

こういう文章を見つけた

タブレットという新しい形のデバイスを使って、普通の人がウェブブラウジングをする・本を読む・絵を描く・音楽を演奏する・ゲームをする時代がまさに来ようとしている。

via: Life is beautiful: iPadのインパクト、私の予想8

何度か書いたことだが、iPadは"真のパーソナルコンピュータ"たりえる最初の存在だ。それが理解できない人が結構いることには驚くがまあ世の中そうしたものだろう。

家では子供が私のiPhoneを使ってあれこれ遊んでいる。彼らにiPadを買ってあげたい。大きな画面で友達と一緒にあれこれ楽しいことをしてほしい。きっとKids Paint(名前忘れた)のような子ど向けペイントプログラムが発表されるに違いない。それで自由に絵を描いてほしい。楽しい絵を。

iPadで書いた絵が、iPadを離れ空中に飛び出すさまは、、と書いて実現方法につまってしまったが楽しくないかな?そういうイメージは。

iPadのビデオを見ていると

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どうしてこんなに想像が掻き立てられるのだる、と思う。

もっとも世の中にはこんなことを言っている人もいる。

これを持って何かをする自分が想像できない。今のところ自分を含めて誰かの何かをこれが解決してくれるとも思えない。

via: iPadって誰がどこでどうやって使うんだろう?ってちょっと考えてみたけど、ワタシにはよくわかんないや:THE SHOW MUST GO ON:ITmedia オルタナティブ・ブログ

逆の立場から書かれたものにはこんなのがある

コンピューティングというものを考えるとき、子供や高齢者のことは見落とされがちなのだが、iPadは、こうした「社会的格差」を解消する初めての製品になる可能性がある。『iPad』は、幼児がゲームで遊び、学習もできるコンピューターになるだろう。そして、おばあちゃんは電子メールを送り、ウェブを閲覧し、写真を編集するだろう。iPadは、現在市場にあるパソコンを駆逐するわけではないが、重要な新しいカテゴリーを生み出すマシンになると見られる。

こういったマシンが社会に与える影響のことを考えると、「単なる大きな『iPod touch』にすぎない」と評されがちなiPadが持つ、より大きな意味が見えてくる。それは、「みんなのためのコンピューター」だ。米Apple社が長年取り組んできた理想でもある。

via: 『iPad』はUIをどう変えるか:アラン・ケイが夢見たビジョン | WIRED VISION

後者の記事に乗っているDynabookの絵がiPad(の予想図)そのままであるのには驚く。Alan kayが実際に触ってみるまでiPadに対してコメントしない、としているのは賢明だ。しかし私のようなチンピラはすでにきゃーきゃー言っている。

ものすごい一般論で書くが、子供あるいはお年寄りが使うところに想像力が及ばない人、ビジネスパーソンである自分のことしか考えられない人は前者のような感想を述べることが多いように思う。単に中途半端にでかいiPhoneというわけだ。

しかし実家の両親のPCのメンテをし、家にかえれば子供達にやれYoutubeであれみせろ、iPhoneでこれみせろと言われる立場、あるいは子供もしくはお年寄りが使うPCについて少しでもまじめに考えたことがある人はiPadに大きな可能性を想像しているように思う。願わくば実物がその想像を裏切らないできであることを。

かつてMac os 9およびMac os XにSherlockというアプリがあった。

sherlock1.jpg

Spotlightの登場とともに静かに消えていったが、当時私は

"結構これはいいのではないか"

と考えていた。

そもそもSherlockとはなんだったのか?一番わかりやすい説明は、コンピュータ内のファイルを探すアプリケーションだった。しかし探すのはファイルだけにとどまらなかった。

画面の上をみるといろいろなアイコンが並んでいることがわかる。飛行機の時間、オンライン書店の本、インターネット検索、そのほかいろいろなものが検索できたのだ。

しかも

そのインタフェースはHTMLではなく、そこから抽出した情報をコンパクトに見せるアプリケーションのようなものだった。

今にして思えば、これはiPhone/iPadでアプリを立ち上げ、そこから情報を閲覧する行為にとてもよく似ていたのである。

私個人はこのSherlockに大きな可能性を感じていた。HTMLは便利ではあるが、ある程度タスクが限定される際には最適なインタフェースとは言えない。そうした場合ならアプリケーションのほうがいいのではないか。

そしてその夢は今iPhone/iPadで現実のものになろうとしている。いや、楽しい。

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最近Goromi-tubeをiphone/iPadにいれることを考えている。そのままではできないので

Playlistをどうやって作り上げるか

にフォーカスしようとかんがえる。あれこれ頭の中で思い浮かべた後、純正のYoutubeアプリを見る。実によくできていることに気がつく。こういうのは自分で考えてみないとわからないことだ。

文句を言うなら、あの画面の大きさ、指という太いデバイスを用いたインタフェースを考え出せばい。それができないなら標準の部品に戻るしかない。。とかいろいろ

まず最初につり気味の宣言を

"これは初めて登場した真の"パーソナルコンピュータ"だ!"

こういうことだ。やれ動画編集だとか、Javaでプログラミングだとかそういうギークが使うコンピュータは今までに山ほど存在した。

しかし

"真のパーソナルコンピュータ"。誰もが簡単に楽しんで使うことのできるコンピュータは今まで存在しなかったのだ(それを称した製品はこれまた山ほどあるが)

ギークはいいんだよ。LinuxでもMac osでも使ってれば。でも今までそうじゃない人たちにリーチで来たコンピュータはなかったのだ。

昨日見た記事で一番共感したのがこれ

そうなんです、これはアップルが世のPCユーザーに突きつけた挑戦状! もうiPadだけで、PCなんてオサラバなのさ。さらば、Windowsよ...

ではでは、

via: [ #iPad ]ネットブックもノートPCも死んだ! まさにPCライクなiPadの魅力を徹底解説 : Gizmodo Japan(ギズモード・ジャパン), ガジェット情報満載ブログ

ボタンをおせば一瞬で起動。マルチタクスだの、タスクマネージャだの厄介なことはなし。ボタンをおせば、楽しいアプリケーションが起動。音楽が聞けて写真を楽しめて。そしてそのうち絵本がでてくれないかと思っているのだ。

こんな楽しいコンピュータがこれまでにあったか?


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いろいろな記事をよみ"iPhoneで十分"としている人は、主に一人での使用を念頭に置いていることが読み取れる。

私はこれを子供たちに使わせるつもりだ。まだ幼稚園にかよっている子供たち。いろんなゲームで遊んだり、Youtubeの動画をみたり、あるいは文字入力ができるようになればインターネットをみてもらってもいい。

二人できっといろいろ楽しいことを発見してくれるだろう。絵本を読んでもらってもいい。そして子供たちにMacやWindowsは使えないが、iphoneならつかえるのだ。ということはiPadも使えるということ。

可能であれば母にも使ってもらいたい。メールとWebが見られればいいのよ、と常々言っている母に。ついでにこれで写真も見てください。

もうVistaなんか使わなくても大丈夫。これ一つで母がやりたいことは全部ok。


またある人が書いていたが、これはPhoto standとしても使えるはずだ。となれば絶対実家に一台は必要だな。

自分でも不思議なのだが、iPadをみていると"こんな使い方があるかもしれない。こんな楽しいことができそうだ"という想像がどんどん膨らむ。H/Wだけみればたしかにサイズ4倍のiPhone。しかしこの差異はなんだ?

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しかしそのためには障害が。

Appleが意図的にFlashをサポートしていなのはわかる。その志はいかにもAppleらしい。

しかし

そのため子供たちにとってのキラーコンテンツ、Goromi-Tubeが動かないのだ。こいつは困った。

子供向け無料ゲームがFlashで作られていることにはまあ目をつぶることができるが、Goromi-tubeが動かないのは困る。iPhone上のYoutubeアプリとGoromi-Tubeではユーザ体験に差があるのだ。横目でみながら次を選択、ができない。

さて、どうしたものか。。でもなあ。。なんとかしたい。

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ちなみに昨日読んだ中で一番的外れと思ったのがこれ



特別驚くような点は見当たらない。3G通信機能がオプションになっていることもあり、"でかいiPod touch"という感じだ。もうひとひねりあるのではないか、と思っていた身としては、ちょっと肩すかしの感もある。


via: 元麻布春男のWatchTower:iPadは"でかいiPod touch"なのか、あるいは...... (1/2) - ITmedia +D PC USER

いやさ、大きさがVaio-Xに近いって、、何みてるの?

iPadをみていて思ったこと

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たぶん他にも書いている人がいると思うが

"これはうちの母親に持たせる最適のPCではないか?"

Webとメールさえできればいいのよ、とはよく言われること。過去にその機能を付加した家電製品はたくさんあったと思う。

しかしそれはあまりに使いにくかったり、最初は動いていても、最新のFlashに対応しないとか、最新のHTMLに対応しないとかで使えなくなってしまう。

しかしiPadなら違うぞ。Webとメールは使えるし、アップデートもされる。孫の写真も楽しく見ることができる。うちの父親は自分で文章書いたり写真を取り込んだり、、あれ、これiPadでもできるのかな。

キーボードをつければ、うちの母でも使えるに違いない、、、いや、この前DELLのPCにメールデータを移したり、慣れないVISTAで散々苦労した立場からすると、このiPadは両親に送る最高のコンピュータではないかと思うのだ。

あるいは小学校、幼稚園、中学校で子供たちがこのiPadに触っているところを想像するだけでもわくわくする。なによりも助かるのは、PC苦手、という先生たちではないか?フォルダがどうのこうのと考える必要はもうない。ただアプリをタッチして使えばいいのだ。

そう考えればiPadは、BobやAt easeが達成しようとして失敗した

"誰にでも簡単に使えるPC"

の最初の形ではないのか?