Workの最近のブログ記事

こういう物言いは久しぶりに聞いたなあ。





とりとめもないことや愚痴のようなことを書いてきましたが、以上がこの人材募集に至る経緯です。かなりハードルが高いことは承知していますが、願わくば、私と同じような志を持つ「同志」に来ていただければ、と考えています。いっしょにGIGAZINEを高みへ押し上げて、ひとりでは決してできないことをGIGAZINEでいっしょに実現しましょう。私は私と同じような人を、ここで待っています。



【求人募集】GIGAZINEのために働いてくれる記者・編集を募集します - GIGAZINE から引用

ベンチャーを立ち上げる人は、その人なりの夢を持ち、その夢のためなら大きな犠牲を払うことも厭わない。そうでなければそもそもベンチャーの立ち上げなど試みるはずがないのだ。

それはそれとして

"俺にように働け!俺にようになれ!"

という言葉は(明示的には言わないが)年配のこまったちゃんの口からでることが多い。なぜ困ったちゃんかと言えば、この物言いが自己矛盾をきたしているからだ。"俺のようになれ!"はいいが、"俺"は自分でない誰かのようになりたい、と思っているのか?多分そうではないだろう。

年をとると実感することだが、人間は本当にそれぞれ異なっている。何にやりがい、生きがいを見出すかは実に様々だ。そうした雑多なMotivationを会社としてまとめて仕事をなすのが経営者、、と簡単に一般化するわけにはいかない。経営者とその経営手法もまたさまざまなのだ。

他人が何をいおうが、この求人広告に反応して本当にGIGAZINEの中の人が求めるような人が集まるかもしれないし、集まらないかもしれない。それはGIGAZINEの中の人のリスクとチャンスであり、外部のやじうまにはなんともコメントのしようがないものだ。(ただ私は前述の理由により、この求人募集の内容は自己矛盾をきたしており、そもそも要件を満足する人はいないと思っているが)

GIGAZINEの小悪魔ageha編集長へのインタビューは面白かったけどなあ。

つまり、自分がiPadのような機器に対して求めることがはっきりすれば、もう少し具体的に言うと、Webブラウザが使えて、Gmailができて、地図を閲覧できて、ブログ程度のテキストを入力できれば、必ずしもiPadである必要はないわけだ。書いていて、自分がiPadを使う理由がどんどんなくなってくるのを感じる。

使う目的を明確にしていくと、iPadという製品がなぜ人を魅了するのかがさらに分からなくなってくる。私は新しいコンセプトの製品に対して、何か重要なことを見落としているのかもしれない。

実際にiPadを見る機会があったのだが、iPhoneアプリが大きな画面で動いているくらいにしか見えなかった。私の想像力が欠如しているだけなのかもしれないが。

via: iPadは先進的な製品なのだろうか: ネット雑記 ~3年後のネットが見えるかも~

あなたがiPadに見る限界は、あなた自身の限界だ

via: あなたがiPadに見る限界は、あなた自身の限界だ:CloseBox and OpenPod:ITmedia オルタナティブ・ブログ

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というわけで、Goromi-t-padを作らなくてはならない。2台のディスプレイをどうやって連動させるかについてはまだ道筋が見えないが、とにかく作るのだ。

おそらくよくある意見だと思う。たまたま目に着いたので引用させていただく。

マルチタスクはすごく便利

マルチタスクは本当に便利です。ホームボタンを押してもアプリが終了しないので、別のアプリを起動してから元に戻っても続きの操作ができます。iPhoneはこれができません。パソコンでは当たり前にできることをXperiaというかAndroidでは実現できています。

地味な機能ですが、端末の性能を底上げする重要な機能です。ちなみに、iPhoneも次のOSでマルチタスクに対応するようですね。やっとAndroidに追いついたという感想です。

via: アンチiPhone派に捧げるXperiaを買ってもいい理由 #Xperia: ネット雑記 ~3年後のネットが見えるかも~

この意見には全く賛成できない。Andoridで可能なのは、PCのようなマルチタスクだ。これが手放しで便利か、といわれると首をかしげる。いや、使いかけのところに戻ってこられるのはうれしいよ。

理由は簡単。携帯電話のリソースはPCのそれより制限されているからだ。最近は"メモリが不足するのでアプリを開けません"という表示を見ることもなくなったし、裏で何かが動いていて不愉快なほど遅い、ということもあまり経験しない。

しかしAndroid携帯ではそうはいかない。(少なくともHT-03Aでは)あれこれアプリを立ち上げていると何か動きがおかしくなってくる。あれ、今何が動いているんだっけ、何を殺していいのだろうか、とあれこれ操作することになる。

そもそもiPhoneが通常型のマルチタスクを最初から導入しなかったのはこのためだ。マルチタスクを実現することは簡単。しかしそれを携帯電話で問題なく実行する解決方法を提示するのにこれだけ時間がかかったのだ、、と理解している。

したがって今私が理解してるところによれば、

・特定のタスクのみバックグラウンドで実行できる
・アプリそのものはスリープのような状態になる(だから他のアプリに移動した後途中から実行できる)

のがiPhone4.0が提供するマルチタスクだ。これは"Androidにようやくおいついた"などというものではない。

さて私の疑問は

ちなみに、どうやってアプリを終了させるの? という質問ヘの回答は「終了させる必要はない」(スコット)「ユーザがそんなことを考える必要はないはずだ」(ジョブズ)。マルチタスク以外の目玉はまとめ記事へどうぞ。

via: iPhone OS 4はマルチタスク対応、バックグラウンドでSkypeも動作

これは素晴らしいことなのだが、そうすると例のホームダブルクリックで表示されるドックがアプリだらけにならんのかなあ。結局画面にあるアイコンが全部横一列に並ぶことになったりして、、

まさかそんなことはないと思うが、、、いや、、試そうとしてもiPhone3Gはちゃんと対応しないようだし、、(しくしく)

とかいていたらこんな記事をみつけた

アプリのクローズ:
マルチタスキング中のアプリが並ぶトレイから、アプリを閉じられます。アイコンを押して、赤い「-」(マイナス)が表示されるまでホールドするだけです。

via: iPhone OS 4、かゆいところに手が届く進化31! : ギズモード・ジャパン

これは"タスクマネージャー的な何か"でアプリを殺すのとはわけが違う。アイコンが多くなりすぎることを除けばいくつ"たちあげて"も動作には影響がないはずだ。

というわけで、6-7月を心静かに待つことにしよう。iPhone 3Gがでてから早2年。。

デバイスを透明にするために

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最近読んだ記事から引用。

さらにiPadのスクリーンは、私がこれまで実際に手にしたタッチスクリーン・ディスプレーの中で、最も反応が速い。指をページに載せたまま下方向にスライドさせたりぐるぐる回したりすると、ページが指の動きを正確かつ即座に追って動くのだ。

この2つの点――インターフェースが「無い」ことと、反応が素早いこと――によって、ユーザーが何を見ていようとも、その表示しているものに、心理的な「具体性」が生じる。つまり、単にブラウザーで「Wired.com」を見ているのではなく、Wired.comを手に取って見ているように感じるのだ。

via: iPadの本質は「透明なデバイス」(動画) | WIRED VISION

デバイスを透明にする、などというと日本のメーカーは鼻息荒く

"世界最小"

とか

"世界最薄"

とか

"透明度世界No1"(これはあまり聞かないか)

とやりだす(かもしれない)しかしiPadの"透明性"はこの記事に書かれているようなものなのだろう。

最近Twitterでみかけたのだが、こんな研究があるそうな(うろ覚え)

マウスがスムーズに反応している限りにおいて、人間はマウスが体の一部であるかの様に認識している。しかしたとえばディレイがあったり、つっかかりがあるとその一体感が崩れ、"操作すべき対象"になってしまう。

これは日常でも感じるkとだ。iPhoneとHT-03aを使っているとどうしたってHT-03Aのほうに

"タッチで操作している"

という感じが残る。iPhoneは"情報を触っている"という気がするけどね。

この"一体感を醸し出す要素、阻害してしまう要素"についてまじめに研究する、というのは結構おもしろくかつ意義あることではなかろうか。

斜め上へ、もっと斜め上へ

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昨日の"待望のAndroid端末発表 by au"には笑わせてもらった。

Wilcom D4をAndroidで再現、といった趣のある"何か"である。そもそもこれはなんなのだ?

なお、通話は可能だが、ハンズフリー通話となるため、音が周囲にも聞こえてしまう。平型イヤホン端子を使ったイヤホンマイクや、Bluetoothヘッドセットなどを使っての通話が想定されている。

via: Android搭載のシャープ製スマートブック「IS01」 - ケータイ Watch

私の想像力がおいついてないだけだと思うが、誰がどんな状態でこれを使うのだろうか?小型PCにしては、キーボードが小さすぎるだろうし、通話は事実上無理だし。

一つだけいいと思うのは、少なくとも自社開発の端末を出してきた、ということだ。その姿勢は評価しよう。"自分たちで考え、製品を作る"ことは偉大なことだ。

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などという書き方は本来すべきではない。こういう製品が発表されたとき、"大人"の正しい書き方は次のようなものである。

まずはiPhoneやAndroid端末慣れしたメーカーとの直接対決は避け、いい感じに異なるマーケットの開拓したのはうまい気がするし、デザインなどの強みもうまく生かせてる気がする。

via: Twitter / Nobuyuki Hayashi林信行: #KDDI まずはiPhoneやAndroid端末慣 ...

いろいろな会社とつきあいのあるジャーナリストの方はこのようにうまく柔らかく返す。また批判的な意見を持ったとしても、

きょうのKDDI Androidの発表ですが、最初のモデルであるIS01に関してTLの評価は残念な感じ。セカイカメラのBREW版による実空間透視ケータイとの融合は好感されてました。

via: IS01? きょうはセカイカメラと実空間透視ケータイの融合が最大のニュースかな:CloseBox and OpenPod:ITmedia オルタナティブ・ブログ

このように、"TLの評価は"と不特定多数の誰かに代弁させるのが正しい方法である。私も少しこういう姿勢を見習わなくてはならない。

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追記:
今ふと思いついたのだが

だが同社はスマートフォン市場に慎重な姿勢を崩しておず、従来の携帯電話とのバランスの見極めにはまだ時間がかかるとみている。「従来の携帯電話も確実に残る。スマートフォンを使う層と携帯電話を使う層の間にいる"中間層"がどう動くか。市場の動向を見ていきたい」(高橋常務)

via: まずはニッチに慎重に 「出遅れた」auのAndroid戦略 - ITmedia News

この"何か"は、auが社内に対し

"ほら、Smartphoneなんて売れないじゃないか"

と言うための"言い訳"ではないのか?

Jim Rogers V.S. Prof. Ishii

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私がなぜTwitterのクライアントを立ち上げているかといえば、自分で書くより、面白い情報に出合えるからだ。

"冒険投資家であるジム・ロジャーズの名言"をつぶやくBot にMITの石井教授が返しているコメントが興味深い。

これから起きてほしい未来を考えるためには、今起きている変化からの外挿ではなく、起こしたい変化の戦略をデザインし、実行しなければいけない。 RT @JimRogersBOT: これから起ころうとしていることを知る為には、いま起こっている変化をとらえられるようにならなければいけない

via: Twitter / Hiroshi Ishii 石井裕: これから起きてほしい未来を考えるためには、今起きてい ...

世の中にある仕事の99%に関しはJim Rogersの言っていることが正しい。現在の変化をうまく読み取りそれに乗るのだ。

しかし

いい年して石井教授の言葉のほうに共感を覚える人間というのは、まあ奇跡的なニッチを発見しない限り生き残れない類なのだろう。

もう一つ引用。

@ishii_mit 曰く。これから起きてほしいと思う未来は、自分の手で創り上げる。まだ生まれて来ていないビジョンに賭けなければならない。 RT @JimRogersBOT これから世界で起こるであろう未来を理解する。滅んでゆくものに賭けてはいけない。

via: Twitter / Hiroshi Ishii 石井裕: @ishii_mit 曰く。これから起きてほしいと思 ...

他人のやっていることに難癖をつけるためにやれ

"想定ユーザは誰だ"

とか

"ビジネスモデルが定義されていない"

とかいう手法がある。今存在していない市場のビジネスモデルを定義する方法はないし、破壊的な技術に最初から想定ユーザなど存在しない。それは発見していくものだ。

といった具合にちゃんと自分の考え方を説明して、そのうえで議論せねばならんのだろうな。

というわけでいきなり引用である。

その意味では、AndroidのJavaアプリというのは方向性からして間違っているし、Google全体が目指している方向とも違う。AndroidのLinuxとかWebkitの部分は良いとして、Android向けのアプリをごりごり作って差別化をはかろうという作戦だけはどう考えても間違い。

 まあ、iPhoneアプリがあれだけ成功しているのを見れば、自分でも同じことがしてみたいという気持ちになることは分かるが、「今、成功しているもの」を真似するんじゃなくて、「次に起こるだろう・起こるべきこと」をちゃんと見極めて、その変化を起こす立場にならないと、この業界ではリーダーシップは取れない。

Life is beautiful: 共著「Google Chrome OS」出版のお知らせ から引用


仕事でよく出会う

"iPhoneみたいなものを作りたい"

というメンタリティには(影でこっそり)辟易している、というのは本当のところだ。

もちろん最初から勝負を投げているところならばそれでもよい。

しかし

仮にもソフト or ソフト+ハードを作っているメーカーの人間がこうした事を口走るのは理解し難い。絶望に打ちひしがれて歴史学者にでも転向する、というのならまだ理解できる。あるいは、ガラケーの路にひたすら耳目を閉じてつきすすむとか。

しかし

顎が外れるような製品をみて、ショックが去った後には

"これを吹き飛ばす製品を作ってやる"

とどうして考えないのだろうか。実に不思議だ。

そうした意味ではAndroidは

"iPhoneよりちょっとオープンで、無料です。その分Sexyさは減ってます"

製品でしかない。それを搭載して喜んでいてどうする。

友人から聞いた話だがある"先端技術の研究開発"をする会社では、2007年に

"2015年にはこうなります。なんと◯◯とiPhoneがつながるんです!"(キリッ)

と真顔で主張していたらしい。まあそうやっていられる方が確かに世の中幸せに暮らせるとは思うのだが。

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私の知る限り、ライバルと目される製品では、Palm pre, それにWindows Mobile 7の方向性はいずれもそれなりに筋が通っている。しかしなんですね。Windows Mobile7のケータイは、ボタンのWindowsマークを見るだけで"げんなり"とした気分になるのはなぜだろう。これは私がApple原理主義者だからでしょうか。

エコの気持ち悪さ

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昨日うちの子供が言った。ししゃもは何も残さず全部食べられるからエコなのだそうな。エコざかな、と命名していたが。

というわけで幼稚園児もエコである。昨日こんな記事を見つけた。

ペットボトルにまつわるエクスピリエンスとして

 

購入・使用・廃棄の一連の流れの中でいかにエコを感じさせるか

 

 

ということを考えつつ、ストーリーを考えていきました。

via: ischool 第4回ワークショップ#4 | 東京大学i.school

ここで挙げられているアイディアの類型的なところにうんざいるするのは私だけだろうか?

  • 人とのつながり
  • マザーテレサ的なLove Eco
  • 親子のふれあい
  • 地球とのつながり

ペットボトル、エコというだけでこうしたキーワードが自動的に湧いてくるのだろう。グループワークだから仕方がないかもしれないが、もうちょっと"現実の人間社会"に根差したアイディアはないものだろうか?

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話は少しかわる。先日たまたまつけているTVでこんな話を見た。
映画監督の大林宣彦が小学生?を相手にストーリー教室をやっている。

何枚かの写真があり、そこから3-4枚選んでストーリーをつける、という設定らしい(最初から見ていないので知らない)

その写真の中には、砂浜に転がるつぶれたペットボトルのものが一枚あった。

それを使ってある女生徒がストーリーを作る。

大好きな浜辺を歩いていると、ペットボトルが落ちているのをみつけ悲しくなった。環境をまもるため、ゴミを拾って帰った。

↑であげたエコ、ペットボトルのストーリと大同小異である。大学生が小学生並みというべきか、小学生が大学生並みというべきか、あるいはエコに関するありきたりのストーリというべきか。

そこで大林監督がいくつかコメントをだす。

つぶれたペットボトルの写真を指さし

"これはゴミか?"

残念ながら番組内ではっとするようなストーリーには出会えなかった。しかし大林監督の指摘は"さすが"とうならせるようなものだった。

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と書きながら、↑で挙げられているような"プロセス"を経ては、そうしたアイディアしか生まれないのだろう、とも思う。

ペットボトルを集めてあくどく儲ける

なんてのは、ブレーンストーミングの段階ではでてきても、結局切られるだけだ。でも現実の人間とはそうしたものではないか?現実世界に生きている人間を動かしているのは何なのか?

ちなみにその後にはこんな記事が続く

検証して、もし私たちの考えた条件のもとで

イノベーションの芽が生まれたら、

ある意味意図的にイノベーションを起こせることになるのです。

それをワークショップを開催することで、

検証&みなさんに体験してもらいたいと考えています。

 

そうして仮説が真理になったとき、

その活用は無限です。

via: イノタンの近況 | 東京大学i.school

こうした"イノベーションのプロセス化"というのは、大企業が大好きなテーマだが、、、結果を見守りたいと思う。

家庭のリビングに大型ディスプレイがおいてある。それは一体何をするべきなのか。

過去においてこの設問に対する答えは簡単だった。どこかから配信されてくる美しい映像を映し出す。できるだけ大型の画面で、できるだけ安価に。

しかし不幸にしてその方向に進んでいけば幸せが得られる時代は終を告げた。どんな機器にも、定められた方向に線を延長していけば-つまり自分がどちらに向かっているか気にせずにひたすら努力すれば-報われる、という幸せな時期が存在する。そしてそれがいつか終を告げるのも古今東西一貫した真実だ。

さて、表題の設問に戻る。"リビングにある大型ディスプレイは何をすべきかのか"

ひとつの答え-あるいは提案と呼ぶべきか-がこの文章である。

ちなみに、私が数年前から暖めている商品のアイデアがあるので、ここで披露しよう。題して「おかえりなさいテレビ」。ターゲットは、毎日のように9時とか10時にならないと家に帰らない・帰れない会社員。わざわざ番組予約をして見るほどテレビは好きではないが、まわりの話題についていけるぐらいは、ドラマとかニュースとかスポーツ番組は見ておきたい、と感じている人たち。

 操作はいたって簡単。家に帰ったら、スイッチをオンにするだけ。いきなりその日のテレビ番組のダイジェストが始まる。流れている映像に興味がなければ「スキップ」ボタンを押す、興味があれば「しばらく見る」ボタンを押す。それだけだ。最初はあまり賢くないが、使っているうちにだんだんと「この人は野球が好きだな」とか、「キムタクのファンなんだな」と理解して、ダイジェストの内容が充実してくる。その人が平均して何時ぐらいにテレビを消すのか(=寝るのか)も認識して、家に帰った時間から計算して適当な長さに編集してくれる。

Life is beautiful から引用

ターゲットを設定し、"つかれたオヤジ"に要求する操作を

電源On

だけに絞ることは正しい。また簡単なフィードバックを得るという方向性も良いだろう。


しかし私はこの提案に賛成しかねる。これは私が常々批判している

"タコツボ製造機"

になると考えるからだ。
野球ファンだと判断したプログラムはひたすら野球の中継、ニュースだけを編集してつかれたオヤジに送り続ける。しかしある日オヤジは気がつく。何も画面に映らなくなったのだ。どうしたことか、と彼は仕事中に2chを覗く。

そして初めて知るのだ。世間がプロ野球というものに対する関心を失っていたことを。(参考情報)

"売れる""売れない"で言えば、この構想に基づく受像機は"売れる"のかもしれない。しかし私の考えではそれは人間に幸せをもたらさない。

"常日頃見ているものと似たものをみたい"

などというのは人間の欲求のほんの一部でしかない。誰かがつけっぱなしにしたTVをふと見て全く新しい分野に目覚めることはないだろうか?

人間は

"自分が過去に見たのと類似のものをみたい"

という欲求と

"少し新しい物を知りたい"

という欲求の間で揺れ動いているものだと考える。実際Goromi-Tubeを使っていて最近多用するのは

"あなたへのおすすめ"

機能だ。(ちなみにこれはGoogle Accountを利用してログインしないと使えない)自分が"お気に入り"にいれた動画を見返すよりもその機能を使うことが遥かに多い。さらには"Other"機能を使うことも増えてきた。自分が今までに見たものとは全く違うもの、とにかく何か別のものをみせろ、という欲求は必ず存在しているし、"リビングに置かれた大型ディスプレイ"に必要な機能だと考えるのだ。

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とかなんとか文句ばかり書いていると

批判だけなら能なしサラリーマンでもできる

といわれてしまう。確かにそれは事実なのだが、"じゃあお前は何を提案するのだ"という問に対して(誰も聞かないと思うけど)二つ提案をしておく。

ひとつはGoromi-tube。基本的にこれは流しっぱなしである。アクセスすれば何かが始まり、延々動画が再生される。しかし"何か別の"とか"おすすめ"とかを選択できるようになっている。PC上のアプリなのでマウス操作が必要だが、家電に搭載されれば、少数キーのリモコンで容易に操作できるはずだ。(本当はこれを優雅に操作するためのリモコンについてもアイディアがあるのだが、それはまた別の機会に)

でもねえ、これ誰も使ってくれないんだよねえ。。というわけでアイディア倒れは明白。いいんだ、自分は楽しく使ってるから(と石を蹴る)

もうひとつは、いつぞやかのブロガーイベントで提案した

""

としての大型ディスプレイである。

ソーシャルメディアがここまで流行ったことは何を意味しているか。今やTVを見ていた時間はソーシャルメディアにアクセする時間に吸い取られてしまっているのだ。

それは

"自分が知っている人間が何を言っているか行っているか"

に人間はとても興味を持つ、ということではなかろうか。

であればだよ

TV局の下請け会社が心血をそそいで作った番組(-あるいはそのダイジェスト-)より、自分の子どもが昼間に"大型ディスプレイ"の前で何をしていたか、つかれたオヤジにとってはそちらのほうが心にしみるのではなかろうか。

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この文章で私は"TV"ではなく"リビングに置かれた大型ディスプレイ"という言葉を使っている。もうそう考えるべき時期ではないかと思うのだがいかがだろうか。

というわけで多くの人の共感を呼んでいるこの記事

技術部長:プラットフォームですか

副社長:まだ分からんのか、Androidだよ。うちのテレビにAndroidを載せて、我が社のテレビを「クラウド化」するんだ。「クラウド・テレビ」の時代のリーダーシップを取るんだ。

技術部長:「クラウド・テレビ」ですか。それとAndroidとどう関連するんですか?

via: Life is beautiful: とある家電メーカーでの会話:クラウドテレビ編

冗談抜きに

"おかしい。うちの会社の最高機密が漏れている"

と思った人は多かろう。この記事を読んでちょっとだけ苦笑し、そのあとこの記事と同じことを始められる人は日本の大企業で出世する資格を持っている。

ノモンハンの後にジューコフが言った言葉は現在も当てはまると多くの人が指摘するところではあるが、変化は一向に起きない。ニュースを見ていても最近日本の家電メーカーの影はすっかり薄くなった。90年代の絶頂期を知っている身としてはいささかさびしい思いもするが、まあ人ごとなので気にしない。その頃はソニーがAppleを買収するかということが本気で論じられていたのだ。

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さて、話かわって

質問はずばり「薄型テレビ・デジカメ・DVDレコーダに続く、次の三種の神器は何?」である。

via: Life is beautiful: 意見・アイデア募集:次の「三種の神器」は何?

に私はこう答えた

・個人用携帯情報機器(これは現在iPhoneがその役割を担っている)
・家庭用据え付け情報機器(これには誰も成功していない)
・オヤジ用一人になれる場所製造機(誰か作って)

その変化が望ましいものかどうかは別として、マスメディアに費やされる時間は減少し、ソーシャルネットに費やされる時間が増加していることは間違いないだろう。それがどこかで止まるのかどちらからが消えてしまうのかは今のところわからない。

1番目と2番目はそうしたソーシャルメディアの端末であるが、性質が異なっている。個人で持ち運ぶものと、家庭に(つまりかつてはTVがあった位置に)座るものは違うのだ。そして2番目の情報機器の正解はいまだ誰も知らない。目指しているメーカはたくさんあるが、誰も成功していないのだ。家族がみんなで楽しめるもの。それはなんでしょうかね。

3番目は私が切に望んでいるもの。何度か指摘したことだが、数10年前はオフィスを離れれば仕事から離れることができた。今はどこでもメールやら電話がチェックできてしまう。私のような怠け者には耐えがたい。

とはいえ"皆で50年代に戻ろう"という呼びかけは無意味だ。さて、情報のアクセスを可能にしながらオヤジが閉じこもるにはどういう方法があるでしょうか。。という問題意識だけは持っているのだが。