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家庭のリビングに大型ディスプレイがおいてある。それは一体何をするべきなのか。

過去においてこの設問に対する答えは簡単だった。どこかから配信されてくる美しい映像を映し出す。できるだけ大型の画面で、できるだけ安価に。

しかし不幸にしてその方向に進んでいけば幸せが得られる時代は終を告げた。どんな機器にも、定められた方向に線を延長していけば-つまり自分がどちらに向かっているか気にせずにひたすら努力すれば-報われる、という幸せな時期が存在する。そしてそれがいつか終を告げるのも古今東西一貫した真実だ。

さて、表題の設問に戻る。"リビングにある大型ディスプレイは何をすべきかのか"

ひとつの答え-あるいは提案と呼ぶべきか-がこの文章である。

ちなみに、私が数年前から暖めている商品のアイデアがあるので、ここで披露しよう。題して「おかえりなさいテレビ」。ターゲットは、毎日のように9時とか10時にならないと家に帰らない・帰れない会社員。わざわざ番組予約をして見るほどテレビは好きではないが、まわりの話題についていけるぐらいは、ドラマとかニュースとかスポーツ番組は見ておきたい、と感じている人たち。

 操作はいたって簡単。家に帰ったら、スイッチをオンにするだけ。いきなりその日のテレビ番組のダイジェストが始まる。流れている映像に興味がなければ「スキップ」ボタンを押す、興味があれば「しばらく見る」ボタンを押す。それだけだ。最初はあまり賢くないが、使っているうちにだんだんと「この人は野球が好きだな」とか、「キムタクのファンなんだな」と理解して、ダイジェストの内容が充実してくる。その人が平均して何時ぐらいにテレビを消すのか(=寝るのか)も認識して、家に帰った時間から計算して適当な長さに編集してくれる。

Life is beautiful から引用

ターゲットを設定し、"つかれたオヤジ"に要求する操作を

電源On

だけに絞ることは正しい。また簡単なフィードバックを得るという方向性も良いだろう。


しかし私はこの提案に賛成しかねる。これは私が常々批判している

"タコツボ製造機"

になると考えるからだ。
野球ファンだと判断したプログラムはひたすら野球の中継、ニュースだけを編集してつかれたオヤジに送り続ける。しかしある日オヤジは気がつく。何も画面に映らなくなったのだ。どうしたことか、と彼は仕事中に2chを覗く。

そして初めて知るのだ。世間がプロ野球というものに対する関心を失っていたことを。(参考情報)

"売れる""売れない"で言えば、この構想に基づく受像機は"売れる"のかもしれない。しかし私の考えではそれは人間に幸せをもたらさない。

"常日頃見ているものと似たものをみたい"

などというのは人間の欲求のほんの一部でしかない。誰かがつけっぱなしにしたTVをふと見て全く新しい分野に目覚めることはないだろうか?

人間は

"自分が過去に見たのと類似のものをみたい"

という欲求と

"少し新しい物を知りたい"

という欲求の間で揺れ動いているものだと考える。実際Goromi-Tubeを使っていて最近多用するのは

"あなたへのおすすめ"

機能だ。(ちなみにこれはGoogle Accountを利用してログインしないと使えない)自分が"お気に入り"にいれた動画を見返すよりもその機能を使うことが遥かに多い。さらには"Other"機能を使うことも増えてきた。自分が今までに見たものとは全く違うもの、とにかく何か別のものをみせろ、という欲求は必ず存在しているし、"リビングに置かれた大型ディスプレイ"に必要な機能だと考えるのだ。

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とかなんとか文句ばかり書いていると

批判だけなら能なしサラリーマンでもできる

といわれてしまう。確かにそれは事実なのだが、"じゃあお前は何を提案するのだ"という問に対して(誰も聞かないと思うけど)二つ提案をしておく。

ひとつはGoromi-tube。基本的にこれは流しっぱなしである。アクセスすれば何かが始まり、延々動画が再生される。しかし"何か別の"とか"おすすめ"とかを選択できるようになっている。PC上のアプリなのでマウス操作が必要だが、家電に搭載されれば、少数キーのリモコンで容易に操作できるはずだ。(本当はこれを優雅に操作するためのリモコンについてもアイディアがあるのだが、それはまた別の機会に)

でもねえ、これ誰も使ってくれないんだよねえ。。というわけでアイディア倒れは明白。いいんだ、自分は楽しく使ってるから(と石を蹴る)

もうひとつは、いつぞやかのブロガーイベントで提案した

""

としての大型ディスプレイである。

ソーシャルメディアがここまで流行ったことは何を意味しているか。今やTVを見ていた時間はソーシャルメディアにアクセする時間に吸い取られてしまっているのだ。

それは

"自分が知っている人間が何を言っているか行っているか"

に人間はとても興味を持つ、ということではなかろうか。

であればだよ

TV局の下請け会社が心血をそそいで作った番組(-あるいはそのダイジェスト-)より、自分の子どもが昼間に"大型ディスプレイ"の前で何をしていたか、つかれたオヤジにとってはそちらのほうが心にしみるのではなかろうか。

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この文章で私は"TV"ではなく"リビングに置かれた大型ディスプレイ"という言葉を使っている。もうそう考えるべき時期ではないかと思うのだがいかがだろうか。

というわけで多くの人の共感を呼んでいるこの記事

技術部長:プラットフォームですか

副社長:まだ分からんのか、Androidだよ。うちのテレビにAndroidを載せて、我が社のテレビを「クラウド化」するんだ。「クラウド・テレビ」の時代のリーダーシップを取るんだ。

技術部長:「クラウド・テレビ」ですか。それとAndroidとどう関連するんですか?

via: Life is beautiful: とある家電メーカーでの会話:クラウドテレビ編

冗談抜きに

"おかしい。うちの会社の最高機密が漏れている"

と思った人は多かろう。この記事を読んでちょっとだけ苦笑し、そのあとこの記事と同じことを始められる人は日本の大企業で出世する資格を持っている。

ノモンハンの後にジューコフが言った言葉は現在も当てはまると多くの人が指摘するところではあるが、変化は一向に起きない。ニュースを見ていても最近日本の家電メーカーの影はすっかり薄くなった。90年代の絶頂期を知っている身としてはいささかさびしい思いもするが、まあ人ごとなので気にしない。その頃はソニーがAppleを買収するかということが本気で論じられていたのだ。

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さて、話かわって

質問はずばり「薄型テレビ・デジカメ・DVDレコーダに続く、次の三種の神器は何?」である。

via: Life is beautiful: 意見・アイデア募集:次の「三種の神器」は何?

に私はこう答えた

・個人用携帯情報機器(これは現在iPhoneがその役割を担っている)
・家庭用据え付け情報機器(これには誰も成功していない)
・オヤジ用一人になれる場所製造機(誰か作って)

その変化が望ましいものかどうかは別として、マスメディアに費やされる時間は減少し、ソーシャルネットに費やされる時間が増加していることは間違いないだろう。それがどこかで止まるのかどちらからが消えてしまうのかは今のところわからない。

1番目と2番目はそうしたソーシャルメディアの端末であるが、性質が異なっている。個人で持ち運ぶものと、家庭に(つまりかつてはTVがあった位置に)座るものは違うのだ。そして2番目の情報機器の正解はいまだ誰も知らない。目指しているメーカはたくさんあるが、誰も成功していないのだ。家族がみんなで楽しめるもの。それはなんでしょうかね。

3番目は私が切に望んでいるもの。何度か指摘したことだが、数10年前はオフィスを離れれば仕事から離れることができた。今はどこでもメールやら電話がチェックできてしまう。私のような怠け者には耐えがたい。

とはいえ"皆で50年代に戻ろう"という呼びかけは無意味だ。さて、情報のアクセスを可能にしながらオヤジが閉じこもるにはどういう方法があるでしょうか。。という問題意識だけは持っているのだが。

学校の勉強は役に立たない?

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昨日はここで読むことができた記事である。今はログインが必要なのでうろ覚えでかく。

Q:今から卒業までに何を勉強すればいいでしょうか
A:学校で学んだことは、実践の現場では役に立ちません。したがって思考方法とか発想法とか、ほにゃらかを学んでください。

よく聞く言葉だ。

さて、同じくよく聞く言葉として

"社会にでると、学生のころもっと勉強しておけばよかったと思う"

というものがある。私に限って言えば、社会にでてから勉強したいことが増えた。思わぬ理由で再び学生になったわけだが、その時履修したosi 7layersに関する講義は今でも役にたっている。

この二つの"よく聞く言葉"は矛盾している。

これにはいくつかの理由があるのだろう。

・そもそも"仕事"というのは実に多岐にわたっている。きわめてせまい専門知識を要求される分野もきっとあるのだろう。そうした場面で学校の勉強が役に立たない、というのは理解できる。

・逆に少なくとも私が経験してきたいくつかの仕事では何が必要になるかは前もって全く予想できないことが多かった。学校をでて15年もしてエントロピーとエンタルピーとかいう言葉を聞くなど誰が予想できただろうか?

完全に頭から抜けてしまった項目も多い。しかし一度社会人になった後意識的に履修した科目はいずれも-少なくとも基礎としては-役にたっている。債権を購入するとはどういうことか。RDBとはどんなものか。(そういえば当時はo-r mapperなんて言葉はなかったな)統計の考え方とは。Micro Economicsとはどんな学問なのか

というわけで

もし私が同じ問いをなげかけられたとしたらこう答えると思う。

A:自分に全く縁がなかったけど、名前だけは知っている分野についてどんなことが行われているか、どのようなものの考え方をしているかわかる程度に学んではいかがでしょう。そうした知識はいろいろな形で役に立ちます。

ちなみにMicro Economicsが、operations Researchもはだしで逃げ出すほど難しい数学を使っているのを知った時には軽いカルチャーショックを受けた。またそれが難しいだけで何の役にも立たないことも実に興味深かった。

頭文字G

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ある時点を境に、私が表にだすソフトウェアの頭文字をGにすることにした。GLBrowser,Goromi,Gardsくらいかな?

一つだけ例外がある。SmartCalendar-Xだ。ある人が未踏ソフトウェアでSmartCalendar,SmartWriterというものを作ることになった。そのコンセプトがおもしろい、と思い半ば自発的に作り始めたプログラムだ。

そんな経緯もあって頭文字はGではない。しかし仕様的に参考にしたのは

"カレンダーのインタフェースで写真を閲覧する"

というところだけである。それはWindows版SmartCalendar(N)と比べてもらえればよくわかる。Windows版はWindows版を作った人(未踏に採択された人ではない)のコンセプトで作り上げられており、私のプログラムとはほとんど別物である。個人で金にもならないプログラムを作る楽しみというのは、仕様も実装も自分で行うことにある。


ある日SmartCalendarが何かの媒体で取り上げられているのを知った。画面はまごうかたないSmartCalendar-X。しかし"作った人"としてクレジットされていたのは、私の名前ではなかった。未踏に採択された人だった。

扱いから言えば確かにそうだ。私はいわば"富士ソフト"のような扱いになったわけだ。"仕様通り"ソフトを作った会社の名前が表にでることはめったにない。

その時SmartCalendar-Xという名前にしたことを少し後悔した。

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それから月日は流れ、昨日こんな記事がでていることを知った。

わかったことは、ソフトウェアについてである。ソフトを作ることは、とくに環境が充実している昨今では、とても簡単なのだ。誤解を怖れずにいえば、(ExcelやWindows、Mac OSやATOK、一太郎のような大規模なソフトは別として)、たいていのソフトのコアの部分は、1日くらいで作れるのではないか。特に、世にあるフリーウェア/シェアウェア程度であれば、デバッグやさまざまな付属機能は別とすれば、まず自分でも作れそうな気がするのだ。

via: 【PC Watch】 【特別レポート】続「PilePaperFile」 ~「欲しい」が止まず年間50本のソフトを開発


美崎さんならコアを一日でかける"簡単な"ソフトウェアを数カ月もかけて開発してどうもすいませんでしたねえ


今私はSmartCalendar-Xという名前をつけたことをとても後悔している。おそらくiPad上で写真+カレンダー+環境的コミュニケーションのソフトを作成するが、頭文字はGにしよう。Galendarとかね。

近年インターネットと携帯情報端末の普及により、情報の形態として断片化、リアルタイム化が進んでいる。
具体例でいえば、人と人とのコミュニケーションに電話普及以前は手紙を用いた。"愛と死"ではカップルが何の用事を伝えるにも手紙を書いたことが記述されている。手紙は一定の形式をもっており、ある程度まとまった分量の文章を一定以上の間隔でしかやりとりすることができなかった。

次に携帯電話の普及によりメールが使われるようになった。メールの文章は、若年層ほど短文化し、頻繁に送受される、という調査結果が存在する(といいなあ)

さらにはTwitterの普及により、140文字以内と情報の長さに具体的な制限がつき、かつほぼリアルタイムに"つぶやく"ことが普及した。

このように情報の断片化、リアルタイム化の傾向ははっきりしているのだが、その情報とどのようにインタラクションするかについては試行錯誤が続いている。Twitterは非常に制限されたタイムラインというインタフェースを提供しているが、十分とは言えない。またある程度の間隔をもって更新される情報には有効に働いた検索という手段も、このように断片化、リアルタイム化する情報には有効に作用しえない。(ということを示した論文があるといいなあ)

この点において情報の特質を考慮した新しいインタフェースが提供されるべきではないだろうか。

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というようなことを半ばまじめに考えている。でもってGoromi-tubeなわけだ。必要なのは

・ずらっと並んだPlaylist
・検索結果を示す結果リスト

であり、Goromi-tubeでは前者が横にならび、後者が縦に並んでいる。というかどちらかというと後者に重きを置いていたのだが、重要なのは前者ではなかろうか

そんな問題意識を持っていたところに、いきなり前者の究極サービスが公開されてしまう

YouTube Music Discovery Project

がびーん

なぜがびーんとなるか。もちろんこのインタフェースにあれこれ文句をつけることはできる。しかしだねえ。

これはデータを全部もち、かつユーザの使用データをとれるGoogle=youtubeにしか提供できないサービスなのだ。外からこんなことをやろうとしてもできない。しくしく。

いや

こういう想定はどうだ。情報の断片化、リアルタイム化により、情報の全体図を得ることは誰にもできなくなってきている。そうした状況において、新しい情報を得るためのインタフェースが必要とされている。

とあおり文句だけは思いつくんだけどなあ。

必要なのは、前述した二つのリスト+それらを"変調"する仕組み。この"変調"という仕組みはGoromi-tubeに部分的に取り入れているのだが、それらが結構利用されていることに驚いている。

変調でひとつまとめようか。

CEREVO に思う

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CEREVO という会社がある。元松下電器で働いていた人が代表のベンチャーだ。日本では珍しいが、ソフトではなく、家電向けハードを手掛けている。

長い間またされた製品がようやくリリースされた。CEREVO CAMという。ネットと連動し、自動的に写真をアップロードしてくれるのが売りなのだな。

コンセプトを最初聞いた時は"なるほど"と思った。大企業のラインナップから漏れているところを素早く突くのは確かにベンチャーの仕事だ。

先日その製品に触れる機会があった。私はデジカメの画質とかそういうものを気にしたこともない人間だが、その"でき"にはがっかりした。

・作りがどうしようもなく安っぽい

・"ゲーム機"を意識した操作系は結構だが、使い方がさっぱりわからない。それとひきかえにほれぼれするほどスタイリッシュかといえば、そうでもない。

・室内フラッシュなしで写真をとると画面が黄色がかった暗いものになってしまう。

・売りの"自動アップロード"がどう動くのかよくわからないし、類似の昨日は他のベンチャー+大企業がどんどん出してきている。

2chにもスレッドが立っているが意見はほぼまとまっているようで

"応援したい気持ちはあるけれど"

といったところか。

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この会社の代表氏がしゃべっているところはなんどか見たことがあるし、ブログも読んでいる。幅広い知識を持った優秀な方だというのは痛いほど伝わってくる。

しかし

製品を作るというのはやはりとても難しいことなのだ、CEREVO CAMを手にしてそう思う。文句をつけるのは自分でやるより何百倍も簡単だ。自分で同じことができるかと問われればもちろんできるわけがない。しかしやはりCEREVO CAMは私にとって金を払うに値する製品ではない。

そのCEREVO が先日こんなアナウンスをした。

様々な操作に連動してカメラがしゃべる、今までにない新しいデジタルカメラが登場します。起動や終了、シャッター音やエラー音、その他さまざまなタイミングでカメラがしゃべります。ベースとなるカメラはCEREVO CAMなので、無線LANを使って全自動でBlogやSNSに写真を投稿することができます。

via: CEREVOTプロジェクト始動 - CEREVOT project blog

確かにこれで在庫の何台かは確実に消化できるだろう。しかしいかにも初音ミクの成功を模倣しようというその姿を見ると複雑な感情が湧く。

ベンチャーだからなりふりかまっていられない。それが正解なのだと思う。仮に将来CEREVOが大成功を収めたとすれば、これもひとつの笑い話になるだろう。このまま消えていくとしても、何人かの冷やかし以外に被害はない。

しかし"イロモノ路線"にしても、せめてオリジナリティを発揮することはできないものか。じゃあそう言っているお前がやってみろ、といわれればまた沈黙するしかないのだが。

かなり前になるが、コンピュータ帝国の興亡という本を一部だけ読んだ。

うろ覚えであるが、その中にこんな一節があった

アメリカのソフトウェア産業はハリウッドのような、いわばソフトウェアスタジオになるべきである。企業としての資金、管理、製造、配給は行っても、他のものは外部との契約で賄うのだ。ライター、監督、プロデューサーなどにおいて...である。

via: 読書ノート - コンピュータ帝国の興亡

この"映画作りのシステムを他の分野に応用する"という考えはそれからずっと頭のどこかにはりついたままである。

たとえばソフトウェアの製品開発において、映画監督はどのような立場に対応するだろう。プロデューサーは?役者は?などなど。

またあるときには、指揮者とオーケストラの関係を他の分野に応用できないかと考えることもある。ベルリンフィルでは、オーケストラのメンバーが指揮者を投票で選ぶ。指揮者は百戦錬磨のメンバー相手に、興味深いことを提示し続けなくてはならない、とかね。

私はサラリーマンしかしたことがないので、上司、部下という関係に慣れているわけだが、世の中にはそうしたものではない関係が多いことに驚くことがある。その中から興味深い特徴を取り入れることはできないかな、とか。

スカンクワークスの本は買ったけど置きっぱなしになっている。今度あれを読んでみるかな。

今月の課題

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さて、今月の課題です。ICカード専用の改札機と、磁気つき切符をも通せる改札機を区別してユーザに認識させるためにはどのような方式が望ましいでしょう?実際に改札機の前で"しまった。これはICカード専用だった"と戸惑うユーザを観察した上でレポートを作成してください。


という内容をTwitterに書いたが、こちらも同じネタでごまかす。

これはなかなかの難問だと思う。もちろん今でもありとあらゆる表示がなされている。地面には"ICカード専用"という文字がかかれ、頭上には看板がかけられ、改札機自体にも表示がついている。

それでも改札機直前で

"しまったあ。これは切符が通せないタイプのものだった"

と立ちどまるユーザは後を絶たない。なぜか。

ひとつ考えられるのは

"そもそもICカード専用の改札機があることを知らない"

という理由だ。しかし一度痛い目にあっても、何度も同じ目に会う人もいる。であれば他にも理由があるはずだ。

二つ目の理由は

"ユーザが込み合っている場合、ありとあらゆる表示は目に入らない"

というものもある。しかしそれでも注意していれば表示は見えるのかもしれない。
私がもっとも重大、かつ深刻な理由と考えるのは

"通勤時の乗客は何も見ず、何も考えていない"

ではないかと思うのだ。ぼーっとしていて"あや"と驚く。

ではどんなインタフェースが望ましいだろうか?先生にはわからないので、誰か教えてください。

Closer Please

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↑は、羊たちの沈黙で、レクター博士がクラリスに身分証明書を見せろ、といったときのセリフ。

こんな文章があることを知った。

どんな男性も「チラリズム」が大好きです。見えそうで見えないものがあると反応し、追いかけます。男性誌によくある袋とじ。これもその心理をうまく活用している例です。女性誌にはあまりないですよね。男性を魅了してやまない袋とじですが、実際に開けて見てしまった後はすぐに飽きてしまいます。「なんだ、この程度だったんだ。」と。

ですが、またついだまされて買ってしまいます。それも何度も。女性から見ると「バカじゃないの」と思うかもしれませんが、これが男性特有の心理なのです。

via: 「もっと知りたい」と思われる女性になる(織田隼人) | オトメスゴレン

フェルメールの絵画に私が興味をひかれる理由もこれに近いのだと思う。真珠の耳飾りの少女でも、青いターバンの少女でもどちらでもいいのだが、あの絵を思い返そう。

この絵は描かれている人物について何も確たることは語っていない。しかしチラリズムがちゃんと存在している。それゆえ私などは絵画の前で長い間立ちすくむことになる。

私がクラシックと呼ばれる楽曲のうち、古典派、バロックに興味をひかれるのも同じ理由だと考えている。ロマン派以降は説明が多すぎるのだ。必要なのは受け取り手の想像力を刺激することである。

少し前にも書いた気がするが、想像の中の敵ほど強大で強力なものはない。興味を持つことに関しても、想像の世界はほとんどすべての場合において現実を凌駕している。それゆえチラリズムが有効に機能するわけだ。

新しい物の提案であっても、その存在が何か新しいもの、何か新しい世界の可能性を感じさせてくれるとき、多くの人がそれに興味を持つ。提案するものはそのようでありたい。

というわけで猫も杓子もTwitterである。しかしなんですね。今だにインタフェースをドラスティックに変えたアプリケーションがでてこないのはどうしてなんでしょうかね。

などということはどうでもよい。最近考えたことを断片的に書いていく。

#Wiss2009というハッシュタグがある。WISSというワークショップで付けられたものだ。前にも書いたが今年も参加できなかった。気がつけば3日とも脳死会議が入っていたのだ。

しかたがない。Twitterで#wiss2009でも見ておこう

そう思っていたのだが、情報がほとんど#wiss2009に流れない。これには理由がある。WISSでは会議中にチャットをすることは数年前からデフォルトになっていたのだ。それゆえ参加者の声はすべてそちらに流れ、誰もTwitterに重複投稿などしなかったわけだ。

この"会議中にチャット"というのはWISSが新しい取り組みをしていて面白い、といわれる所以の一つだったのだが、世の中にあっというまに追い越されてしまった。チャットのインタフェース自体毎年新しいものが試されるのだが、結局Time Line的に並ぶものしか残っていかない。

加えて、Twitterの持つ解放性が失われることになった。参加できなかった人間がハッシュタグをたどり、情報を得ることが不可能になったのだ。


というわけで(これはある人の意見の受け売りだが)


twitterをチャットシステムの基盤として用い、外部の人でも最低限の情報は得られるようにする。それに加え、会場参加者(あるいは専用インタフェースを用いた人)にはより面白いインタフェースが提供される、というのが正しいやり方ではなかろうか。

先進性という評判の上に胡坐をかいているうちに時代遅れに、、ならないのがWISSというワークショップの面白いところ。来年のPC委員長は"あの"後藤氏なのだ。後藤氏が最後に熱く語った言葉、それに対して私が何を考えているか(あるいは嘆息したか)はまた別の機会に。




さて日が変わって第一回Web学会である。すばらしい人たちの講演。これにも行けない、、いや、泣いている場合ではない。

こちらは最初からちゃんとハッシュタグが定義されており、かつ"質問はTwitterのみで"という宣言がなされるなどTwitterをコミュニケーションの基盤として扱っている。

結果として、TimeLineにはものすごい数の発言があふれることになった。それを横目で眺めながらこんなことを考えた。


・電源がないのは痛い。。会場の電源容量の問題らしいですが。。

・最初に設定されたのは一つのハッシュタグだけだった。結果として、Time Lineには雑多な発言が混在することになった。

賛否両論あるだろうが、2ch実況の知恵はすばらしいと感じた。つまり最初からスレッドをわけておくのだ。

-猛烈にTsudaるスレ
-web学会マターリ実況スレ
-質問スレ
-アンチMIAUスレ
-重鎮お断り。修士、学部生専用スレ

とかやっておけば、それぞれの人はそれぞれのスレッドで平和に会話や発言を楽しめると思うのだ。

それでもってこんなインタフェースはどうかと考えた。すべての発言にはデフォルトで#webgakkai というタグが付与される。それに加え専用インタフェースを利用した場合はスレッドを分けるキーが付与される。(その分発言短くなるけど気にしない)

このスレッドは誰もが自由に作ったり、統合したりできるようにしておく。いや、統合は物議を醸すから、クライアント操作によって個別に統合できるようにする。

私がTwitterをみていて一番嫌いなのが他人の発言のそのままの繰り返しだ。こんなものは折りたたんでしまう。

誰か作りません?来年のWISS Challengeに出そうと思っている学生さん。

妄想はもう少しひろがる。たとえばスポーツのTV中継などでは、カメラを切り替えたり、解説をいれたり、というのは専門職の仕事だ(腕の見せ所でもある)

Twitterでもそんなことができないかな。無秩序になされる発言を、整理し、おもしろいタイムラインにまとめあげるのだ。その腕が競われることがあったらもっとおもしろい。

・しゃべる側にとって、Tiwtterへの書き込みというのは実に楽しくない。みんな下を向いている。つまらないのか、書き込んでいるのかわからない。(もちろんつまらない可能性が高いのは分かっています)なぜこんなことを書くかといえば、発表者のうち中村さんのこんな書き込みを見つけたからだ。

とりあえず色々詰め込んでみました.少しみんな顔を上げてくれましたが,やっぱり下を見ている人が多く,顔が見えないとプレゼンするの難しいですね

via: Satoshi Nakamura (nakamura) on Twitter

これは#sigwi2で私が発表したときにも感じた。もちろん私の発表がつまらなかった可能性の方が高いのだが。。顔をあげるのと、チャットに打ち込むのを両立するインタフェースってできないかしらね。本来HMDはそういう用途に役立つはずなのだが、、某教授も実際に使っているの見たことないし。