題名:Java Diary-65章

五郎の入り口に戻る

日付:2005/8/11

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Goromi-TV Part3

その日私は一時通勤に使っていた京浜急行にのりひたすら南に向かう。かつての第2最寄り駅、上大岡を過ぎ終点の一つ手前で降りる。さて、目的地はどこなのか。

プリントアウトしておいた地図を観ながらほれほれ歩き出すとはるか前方にそれらしき姿が見えてきた。やれうれしや、あそこに違いない、と歩き出すのだがそれとともにお昼ご飯も食べられないかときょろきょろする。何軒か食べられそうな場所はあったのだが、時間がたりない。お昼の事は忘れて目的地に向かう。

ホテルに入ると披露宴をやっているようだ。記念に写真を撮りたいと思うが、全く関係ない人間が写真など撮って失礼ではなかろうか。などと考えていると観たような顔とすれ違う。PMとO氏であった。PMは面接の時と違い髭をはやしていたので認識するのに時間がかかった。会場は別館ですと言われる。はあ、といってそちらのほうに歩きだす。エレベーターで一番上に登りそれらしき部屋は、と観ていくとホテルの係員と思しき人に

「IPAの関係の。。」

と聞かれる。はい、そうですと答えると前の会議が長引いているからしばらくかかりますぜ、と言われる。しかたがないから一旦本館に戻り売店でパンを買う。どこで食べようかとふらふらしていると雑草がおいしげるままにされている公園があった。腰を下ろしてパンを食べる。足下をアリがうじゃうじゃ歩いており、こちらに登ってくるのではないかと不安になる。

食べ終わると会場に戻る。こちらはぼんやりしているが、なにやら話している人たちもいる。2004年度第2回採択の人たちであろうか。時間になり開場に向かう。発表順序は当日PMが発表するということだったのだが、ここが緊張する所である。一番最初だけは避けたい。などと注視しているとExcelに入力された氏名を何かの基準でソートしてあっさり決まった。私は一番最後である。やれうれしや。今日はとりあえず人の話を聞いてのんびりしていればいいだろう。

無線LAN がつながるとかつながらないとかいうごたごたが収まったところで最初の人の発表。この人は2004年の第2回採択者だったから、残り2ヶ月の状態なのだがあまり進んでいないようだった。それを観て(その人には悪いが)多少安心する。終わった後PMとなにやらごそごそしゃべっていたが、とりあえずみんなが観ている前でつるしあげされることはなさそうである。

というわけで次々発表が行われる。そのうち採択されたプロジェクトの幅広さに気がつく。画像処理やデータマイニングのアルゴリズムからアート関係までなんでもありである。一人メディアアート関係の計画を発表した人がいたのだが、この人のプレゼンは「自分がこれまでに手がけた作品」の説明から始まった。この日の終わりには実感することになるが、アーティストというかそういう文化を持っている人は持ち時間の許す限り(あるいは超過しても)とにかく自分の作品について語らずには居られない、といったところがあるのではなかろうか。

さて、「最後だからのんびり」と思っていた私だが、「ここから似たような傾向のが続きますから、大坪さん、準備しといてください」と言われる。あらま、ということであわててあれこれやりだす。次の発表を観れば確かに題名が私のとそっくりだ。これってどこかで聞いたような、、と思っていると私が以前観たことがある研究の延長に位置する物のようだった。

ふーん、と感心していると自分の番である。これからやることを述べるわけだから、「あと2ヶ月なのにこの状態」というコメントに怯えることもない。インタビュー時の指摘も反映してあれこれ述べる。

一通り終わるといくつか質問というかSuggestionが来る。基本的に前向きな物ばかりだから(何故こんな事を書くかと言えば、仕事では理解を超えた難癖をつけられることばかりだからだ)有り難く拝聴する。

というわけでその日のお仕事はおしまい。夕食前に部屋に入る。ここはとても変わった構造になっており、ホテルと言うよりはアパートのようだ。つまり部屋と部屋をつなぐ廊下がOpen Airにふれており、しかもそれぞれの部屋はホテルの一室と言うよりはマンションの一室のようである。キッチンもあれば中はいくつかの部屋に分かれている。

宴会までの時間、同室になった人たちとあれこれしゃべる。採択されるには面接が必須かと思っていたら、面接無しで採択された人もいるとのこと。途中のフォローってどれくらいあるんですか、とかいろんな事を聞く。その後は宴会。さらにその後には2004年度第一回採択者+PMの講演がある。それを聞いていると2004年度第一回はもっとアートよりの人が採択されていたようだ。その話は興味深かったのだろう。何故推定で書くかと言えば、時刻が私の就寝時間を遙かに超えていたからだ。今回の合宿に関して事前に日程表が送られてきた。初日の終わりは24時となっている。そして私は「意味のないことで自分の睡眠時間を削られる事を何よりも厭わしく思う男」である。

いや、正確に言えばこの日行われたことは「意味のないこと」ではなかったのだが、それでも睡眠時間を削られるのは嫌である。というわけでぼーんやり聞いていたので細かい内容はさっぱりなわけだ。ある人は例によって自分の持ち時間になった途端、未踏ソフトで開発したもの以外の自分の作品について蕩々と語り出した、、と書いていて本当にそうだったかどうか定かではない。とにかく眠かったのだ。

とかなんとかぶつぶつ言っている内に一日目はおしまい。就寝時間が遅れたのだから起床時間も遅れてくれても良いのに、何故かいつもと同じ5時に目が覚める。ええい、あと3時間は寝ていられるのだと考えたところでなんともならない。荷物を持って部屋をでてうろうろする。

二日目も前日と同じように発表が続く。今回一人学生さんが採択されている。元気に力一杯走ろうとしているのがよくわかるが、そもそもその走る方向は正しいのか?という疑問が参加者から多く出される。私が趣味で作っているプログラムも基本的には

「思いこみ」

だけで作っているのだが、昔に比べれば少しは走り出すときに辺りを見回すようになったかな、とも思う。「少しは」だけど。

と言ったところで合宿はお開き。となっても皆部屋に残ってあれこれ挨拶やら情報交換やらしている。私は先ほどの学生さんに一言二言コメントすると一目山に廊下を歩き出した。いや、本当はここで皆とあれこれディスカッションすべきだと思うのだが、私は必要以上に自分の睡眠時間に固執する人なのである。早く帰ってお昼寝したい、その一念で凝り固まっていたのは今から考えればあまり賢明なことではなかったように思う。

帰りの電車でさあ寝ようと思うのだが、何故か目はさえたままだ。合宿で見聞きしたことについてあれこれ考える。何人かがプログラムの製作を外注していたのだが、その多くはあまりうまく行っていないようだった。思うにこの未踏ソフトというのは提案者の思い入れを形にするものであるから、その理不尽な思い入れを共有できない人にプログラム作成を頼んでもうまくいかない、ということではなかろうか。プログラムができない理由というのは山のように存在するし、あるいは書かれた仕様は満足しているが、ろくなものではないプログラムもあるだろう。

考えてみれば私だって他人に「Goromiを造れ」なんて言われたら願い下げである。一旦動くようになったあとに果てしない改良につきあわされるなどなおさらだ。自分の頭の中でも造る側の五郎ちゃんと使ってわがまま言う五郎ちゃんがいつもせめぎあいをしているのだが、それぞれ自分の頭半分だからなんとかなっている。これが見ず知らずの他人との間であったらそりゃうまくいかんだろう。

合宿から帰るとさっそくあれこれの書類を作る。最初はその量に圧倒された物だが、どうやらプロジェクト管理組織がそのうちのかなりの部分をやってくれるらしい。開発計画書と経費内訳を作る。こういう風にあれこれエビデンスを細かく求められる見積もりって昔はよく作ったなあ。考えてみればあれもお上の仕事だったか。

などと書類関係を作ると共に、プログラムの方も進めなくてはならない。そして例によってそれはあちこちぶつかりながらよれよれと歩を進める、といった具合なのであった。

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注釈