題名:私のMacintosh

五郎の入り口に戻る

目次に戻る

日付:2000/12/29


24章:希望と危機

さて、あれこれ言っているうちに平成12年も押し詰まってきた。毎年のことであるが、このころからネット上では1月に行われるMac World Expoの発表内容についての噂が飛び交う。かなり前から存在していたMercuryというG4搭載のPower Bookに関する情報も或程度方向がまとまってきたように思える。

私としてはこの新機種には特に興味はない。G4のAltiVecにも今のところあまりメリットは感じていないし。それよりもなによりも大きなPowerBookはそれがいか高機能であろうと持ち運ぶわけにはいかないのだ。ところが噂はもう一つあった。

一時Steve JobsはAppleの製品ラインを大きく4っつに分割する、と発表した。その4っつの箱はiBookの発表によってうまったわけだが、その箱に収まらない製品、G4-Cubeが発表されたことにより、分割は6っつとなった。Cubeは5番目の箱におさまり、そして6番目の箱がブランクのままである。プレゼンテーションではそこにリンゴのマークなど書いているが、もしそこに製品がはまるとすれば、それは新しいコンセプトのNote Bookになるはずだ。

そうした観測は以前からあったのだが、ようやくその詳細らしきものがもれだしたのである。私がもっとも信頼度が高いと思っている情報サイト、「Macお宝鑑定団」に書いてある情報を信じれば、以前にも何度か「小さく、薄いノート」を開発はしたが没になったことがあるようだ。そして今度の新機種も開発は完了したが製品になるかどうかはCEOの決定待ちだという。

私はその話を聞いてようやく新しい機種に期待をいだきはじめた。毎日使っている2400はあいかわらずご機嫌に動いてくれてはいるし、MacのCPU速度向上が頭打ちになっていることもあり、あまり性能的にも遜色はない。未だにMacintoshのクロックの上限は500MHzなのだ。私のはちょっとおちるけど320MHzだもんね。しかしその他の面が貧弱になりつつあるのは確かだ。ついているHDは4Gで、当初は

「なんて広大な」

と思ったものだが、昨今のようにMovieやらMP3やらわらわら載せているといつのまにか残りが数十メガとかになっている。そして某ショップの情報によれば

「元の設計が古いので、大容量のHDを搭載するとかなりの確率で故障を引き起こす」

らしい。となれば、この少ない容量のなかでとっかえひっかえしていくしかないわけだ。メモリも112MBでは次第に心許なくなってきたし、次第にUSBとFireWireに統一されていく周辺機器への対応も大変だ。ああ。新しく小さい機種。これがでれば私は何をおいてもそれを購入するであろう。既婚者が言う独身者の強みというのは

「お金を自由に使えること」

である。ふん。お嫁さんがこないんだから、せめて金くらい自由にどかーんと使ってやる。

さて、世の中には「マーフィーの法則」もしくはその変形版として流布されている法則がいくつかある。そのどれもが心理的な錯覚と言えば言えるものなのだが、その主観的な正確さと結果の深刻さはなかなかどうして軽んずるわけにはいかない。そんな中の一つに

「新機種に心を動かすと、今まで使っていた機種がご機嫌をそこねる」

というものがある。そして私の「浮気心」はいかなる方法でかは知らないが2400の知るところとなったようなのである。

 

12月の22日。私は風邪気味でよれよれしていた。あまりに調子が悪いから午後の3時に帰ってしまった。アパートにたどり着くととにかくお昼寝である。このお昼寝というのは私がなによりも愛しているもののうちの一つだが、今の私は体力回復の為にもそれを何よりも必要としていたのだ。

ふと目覚める。どうやらもう夜のようだ。しかし私はそこに何か異様なものを感じていた。妙に静かだ。

Twin PowerMacには温度センサーつきのファンをとりつけているから、冬と呼ばれるこの時期は大変静かに運転されている。ハードディスクも本体と同じくらいの値段の消音ケースにいれてあるから結構静かだ。となるとひびいてくるのがPowerBookのハードディスクの音である。使わないときは停止させておけばいいではないか、と思うだろうが、24時間をSETI@homeの計算に当てている私にはそんな贅沢は許されない。従って寝ても醒めても甲高いハードディスクの音が響いているはずなのだが。

どうやらその音が止まっている。私はねぼけまなこで起きあがり、ディスプレイをのぞき込む。キーをぽんぽんと叩いてみるが全く反応がない。どうやらフリーズしてしまったようだ。

しょうがないな、と思い再起動をかける。正確に言うと三つのキーを同時に押す。フリーズしていようがなんだろうが、こうやれば

「シャーン」

という音とともに彼は目覚めてくれるはずなのだが。

それから数分、私はありとあらゆるキーを押すことになった。電源スイッチを押してみたり、自分が覚えているいくつかのキーコンビネーションを押してみたり。しかし2400は全く反応してくれない。そのうち避けがたい結論に達した。彼は死んでしまったのだ。

何が起こったのだろうか、と考えつつあれこれやってみる。するとそのうち

「シャーン」

となって起動を始めた。よかった。あれは一時の気の迷いであったか。そう思って画面をのぞき込む。しかしまだおかしなことがある。画面の右上にはバッテリがどの程度充電されているかを示すアイコンがあるのだが、それがほとんど空を表示している。もしや、と思い電源コードをチェックしてもちゃんと接続されている。どうやら彼は電源をつないでも充電ができない状態に陥っているらしい。

そう言えばいくつか思い当たるところはあった。過去一月ほど「結構バッテリが減っているのに充電されない」という状態に陥っていたのである。そのときは2−3回ひっぱたくなり、あるいは電源コンセントをかえてみて

「そうか。きっと電源コンセントの電圧が低いところにあたっちゃったんだ」

とか勝手な理屈をつけたりしてしのいでいた。しかしこれまで数年に渡ってご機嫌に動いてきたコンセントに接続しているのに彼は充電を拒否しているのである。

そんなことを考えているうちに画面には

「バッテリの残りが少なくなりました。数分後に自動的にスリープします」

とかメッセージが表示され、本当におなくなりになってしまった。またばしばしとキーをたたくと一応「シャーン」とかいうのだが、システムが立ち上がる途中で電源がきれるらしく、いつしか「パタ」っとお亡くなりになる。そんなことを繰り返していると、全く反応しなくなってしまった。せいぜいが裏についている電源スイッチをおしたとき

「プチッ」

と小さな音が鳴るくらいである。

半分発狂しかかって、ありとあらゆるをことを試しながら私はこの問題が引き起こす事態について考えをめぐらしていた。明日は名古屋に帰ってStoneの家にお招きに上がることになっていたのである。何時にどこで待ち合わせるかは電話して決めることになっていた。私はこうした電話番号とかをメールで送ってもらうのが好きだ。メモ帳に書いた電話番号は必ずどこかに消えてしまうが、メールはちゃんとバックアップまでとって保存してある。検索も簡単だ。しかし今着たばかりのメールはもちろんバックアップされていないし、それどこそろかバックアップ用のハードディスクはPCカードで接続するタイプで、ノートPCがなければどちらにしても読めないのである。

ああ。こんなことならばさっき一瞬立ち上がった時、その電話番号だけでもメモしておけば良かった、と思っても後の祭りである。明日はいったいどうしてくれよう。しょうがない彼が電話帳に番号を載せている、と期待して名古屋で電話帳をめくりまくろうか。

等と考えていると彼は

「シャーン」

といって立ち上がり始めた。この気まぐれは一体なんなんだ、と思いつつ画面を見つめるとどうやら充電もされつつあるようだ。やれうれしや。と思い私は明日必要な電話番号をメモした。これで明日はどうやらのりきれそうだ。

こうした障害、というのは一旦発生するとそれが何事もなかったころがとても懐かしく思える。あの平和で退屈な日々をどれほど渇望することだろう。しかしそれが治ってしまうととたんに退屈さがもどってくる。そうさ。あれは一時の気の迷いだったんだ。これで大丈夫。そのときいつもとは違うコンセントに接続していた私は、ではもとの接続に戻そう、と思って一旦電源コンセントを抜いた。

数秒後にはいつものコンセントにつながれた状態に復帰である。しかしすべてがあの退屈な日々に戻ったわけではない。きちんと電源につながれているにも関わらず「充電中」を示す稲妻マークは現れてくれないのである。そして避けがたい運命がやってくる。数分後には見慣れた

「バッテリの残りが少なくなりました。。」

を目にすることになり彼は再び長い沈黙に沈んだ。

再び半狂乱になりながら次に彼が復活したときに何をすべきかを考える。とにかくデータのバックアップだ。幸いなことに我が家にはMacintoshが3台もある。携帯性は失われるがとにかくデータさえうつせば他のMacintoshで日常生活を営むことが可能なのだ。しかしそのためにはまず彼をたたき起こし、そして少なくともバックアップの間は正気を保ってもらわなくてはならない。

またコンセントを変えてみたり、はてまた外付けバッテリを接続してみたりしたが、彼はいっこうにご機嫌をなおしてくれない。ごめんね。ごめんね。よその機械に心をうつしたのは馬鹿なことだったわ。特にそれがまだ発表もされていない、発売されるかどうかも解らない機種だなんてのは馬鹿の二乗だわ。浮気な私をどうか許してちょうだい、などといきなり女性の言葉遣いになりながらもあれこれの作業を続ける。しかし彼はご機嫌をなおしてくれない。

気がつくと結構な時間になっている。しょうがない。行き詰まったときは何か別なことをしよう、とお風呂にはいってみる。お風呂から出てみればすべてが元通りになっていないか、などと虫のいいことを考えても世の中はそんなに都合良くはできていないのである。再びあれやこれやの操作が続く。

ええい。もう何も見なかったことにして寝てしまおうかと思った瞬間。彼は

「シャーン」という音を立てて起動を始めた。祈るように見つめる私の視線を意識しているわけもないのだが、彼は素知らぬ顔で起動を続ける。そのうちいつも見慣れたあの画面が表示された。壁紙として張られたレクター博士の赤い瞳がこちらを見ている。

やれうれしやとばかりに私はバックアップ操作にはいる。Ethernetカードを接続するとハードディスクのマウントだ。しかしそのとき「充電を示す稲妻マーク」が消えていることに気がついた。残りは数分。しかし何故かG4のハードディスクがマウントできない。あわわあとやっている間に彼は再び眠りについた。

再びあれこれの操作を試し始める。私は彼がどうしても目覚めてくれなかった時の事を考える。以前はこうした場合のAppleの修理体勢というのは実に心強かった。日本NCRというところがあり、そこにいけばいきなり目の前で分解・修理をしてくれたのである。修理パーツがある、という前提での話だがものの1時間ほどでご機嫌な状態に復活だ。

しかしちょうど一週間ほど前、Appleはそうした形態の修理を取りやめ、どっかのApple修理センターに送付させそこで修理を行った後送り返す事に変更していたのである。となれば目の前で

「ほらここがおかしいんです」

ということもできない。不幸にして現象が再現しなければ

「何の問題もありません」

と数週間後に送り返され、おかしいなと思って起動してみるとやっぱり同じ症状に遭遇し

「いったいどこに目をつけてるんだ」

と怒りとともに送り返し、なんてことをやれば、一体いつになったら手にはいるのかもわからないことになってしまう。そういえばネット上で「対面修理の存続を呼びかける署名」を集めている人も居たなあ。うむ。あの人の気持ちはよくわかる。

などと思っている間に彼は再び立ち上がり始めた。私はすでにしてバックアップの為の操作を頭のなかで復習してみる。とにかくデータさえ移せばメールの送受信もWeb Siteの更新もこれまで通り可能なのだ。通勤電車の中で文章をうつことができなくなるから、少しペースは遅くなるけど、何もできないよりは100倍もマシである。

さて、そんな祈りが通じただの、「今度立ち上がらなかったらただではおかない」という私の気迫が通じただの、というのはすべて人間の主観的な戯言である。しかしとにかく彼は順調に立ち上がり、稲妻マークも好ましく表示され続けている。

よし、何も考えずにバックアップだ、とばかりG4のディスクをマウントしていきなり全部選んでコピー操作を試みる。2400のHDは4GB。G4のディスクの空き容量は9G近い。何も考えなくても丸ごとコピーが可能なはずなのだが。

しかし彼はそうは思わなかったようだ。

「ディスク容量がたりません。あと○○GB必要です」

とか言ってくる。その○○GBとは、数字は忘れたがとにかく天文学的な大きさだ。うむ。と私はうなった。そういえばこの問題には前から直面していた。2400で動かしているのはOS8.6でファイルシステムはHFS,G4で動かしているのはOS9.0.4でファイルシステムはHFS+。この差異のせいだか、そうでないんだかわからないが、この両者間でファイルをコピーしようとすると自動的に

「一つのファイルの最小サイズが256MB」

と解釈されるのである。実際にはそんな馬鹿でかいファイルはないのだが、とにかく彼らはそう考える。であるからして、かりに1kの小さなファイルを100個コピーしようとしても

「必要ハードディスク容量は25.6GB」

と計算されてしまうわけだ。

これに対処する方法は二つしかない。沢山のファイルがはいったフォルダを丸ごとコピーするのではなく、フォルダを開けてちまちま一つ一つのファイルをコピーするか、圧縮ソフトを使い、フォルダを圧縮した形で別のマシンのHDに保存するかである。問題なのはファイルの大きさではなく、数なのだから圧縮ファイルにしてしまえばコピーは簡単である。

とにかく今は早く必要なファイルをコピーすることが必要だ。そう思うと日常使うホームページ関係の書類にアプリケーション、それにメール関係のファイルをちまちまと手動でコピーし始めた。これは全く楽しい作業ではないがとにかく手早く終わらせる必要がある。彼が再びご機嫌をそこねたらアウトだ。

かくのとおり細い糸の上を渡るような作業だが、とにかく終了した。こうなると気が大きくなる。G4上で2400と同じようにアプリケーションを操作できるようにあれこれ設定を始める。しかしこうした事をやると、いかに日頃の決まり切った動作が多くの初期設定に依存しているか、といことを思い知るのである。

特にやっかいなのが電子メール関係だ。私は未だにパソコン通信の時代のやり方でもってメールを読み書きしている。この一連の操作は単一のアプリケーションではなく、いくつもの小さなアプリケーションを組み合わせることで実現されている。従ってマシンを移してしまうとあっちこっちを設定しなおす必要に迫られるわけだ。

あれこれなおし、はいOKとばかりにアクセスを開始する。最初のアプリケーションがご機嫌に終了してくれても次のアプリケーションが

「設定はどこっすかぁ?」

などととぼけたエラーメッセージを返す。頭にきて設定をすると今度は別のアプリケーションが同じ文句を言う、以下同文である。

そうした格闘がどれほど続いたのだろうか。とにかくG4上で電子メールの送受信が可能となった。幸いなことに2400の電源もご機嫌を直してくれているようだ。しかしいつまたへそを曲げないとも限らない。いまやコンセントの抜き差しはもちろん、電源コードを動かすことすらはばかられる。息を潜め、彼に気づかれないように、こっそりと「ハードディスク丸ごとバックアップ」にとりかかる。丸ごとだからとんでもない時間がかかる。まあ最悪途中で失敗してもいいや、と思い私は眠りにつく。まだ体調は悪いし、明日はよその家にお呼ばれ。とにかく睡眠をとって体力を回復させなければ。

朝目覚めたといってもまだ当たりは真っ暗だ。彼のご機嫌はいかがなものか、と思いディスプレイを見るとまだバックアップをやっている。単純なコピーではなく、圧縮しながらのバックアップだからかくも時間がかかるのか。

荷物をつかむと私はとにかく名古屋に向かう。いくらなんでも帰ってくる頃にはバックアップは終わっているだろう。

 

さて、それから数日、私はG4上で日々のお仕事をこなしていた。多少面倒だがそこそこ使える。そして2400の方はといえば、結構ご機嫌に動いていてくれる。これが途中で試した

「パワーマネージャーのリセット」

に起因するものなのかどうかはわからない。Appleのサポート情報サイトを検索してみたら「バッテリが充電されないなどの症状がでたときには、パワーマネージャーのリセットをすることで治ることがあります」などと書いてある。おお。これこれ。そのままじゃん、と思ってとにかく指定された操作を書き留める。

他に情報はないのか、と思い2400専門のサイトにたどり着く。そこに「トラブル報告」というコーナーがあり、「バッテリが充電されなくなった」という項目がある。どきどきしながら進んでみると

「なんと部品がこげて穴が空いていました。2400ではよくあるトラブルとのこと」

とか恐ろしい事が書いてある。うむ。やはりこれはハードのトラブルなのだろうか。その写真は私の脳裏に焼き付き、開けてみてもいないのに自分の2400の中では部品が解け落ちている妄想に襲われ出す。

さて、そんな私の妄想をよそに2400はご機嫌に動いている。そのうち私は気が大きくなり、一度G4に移した環境を2400にもどした。G4へのバックアップは毎日行うが、とにかく元の家に戻ってみたのである。この夏

「全島避難」

という事になった人達が元の家に戻ってきた時、というのはこんな感じなのだろうか、などと思いつつファイルを復旧していく。

さて、そんなことをやっているうちに、避けられない運命がやってきた。年末年始の長期休暇というやつである。私がいかにTwin PowerMacを愛していても、それを実家に持って帰るわけにはいかない。2400が動かなければ私は長い休みの間情報弱者になってしまうわけだ。しかし他に選択肢があるとは思えない。

さて、かくのごとく私は運を天にまかせ、この文章を今名古屋に向かう新幹線の中で書いている。今のところ外付けバッテリからの給電はうまく働いており、2時間あまりにわたって2400は快調に動いている。果たしてこのご機嫌な状況はあと9日間続いてくれるのだろうか。そしてその休暇が終わったところで発表される新機種は一体どのようなものなのだろうか。

しかしそこに発表されるものがいかに素晴らしいものであって、私がいかに「一目惚れ」の状況に陥ろうとも私は2400に変わらぬ愛情を注ぐことにしよう。最悪の場合でも心変わりを2400に気づかれてはならない。

前の章 | 次の章 


注釈