題名:私のMacintosh

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日付:2001/8/1


27章:手のひらを太陽に

PDAなるものが気になりだしたのは、それこそAppleがNewtonなるものを発表しだした頃にさかのぼる。なーんか色々なことができるんだよーんと言われても

「ふーん」

と思うだけ。Apple社の経済状態安定の為には売れてほしいと思う物の自分が買おうとは夢にも思わなかったが。

さて、そのPDA、Newtonはなかなか売れず、分社化されたりまた元に戻ったり詰まるところはSteve Jobsにプラグを抜かれてその命脈を終えたのだが。

さて、それとは別にSharpが出したZaurusなるPDAはそれなりの地位を築いていた。私がDetroitに幽閉される時、関西国際空港の待合室で「研究エキスパート」がカメラ付きのZaurusを持っていた。それをみながらみんなでわいのわいのやっていた時

「世界でこれだけが成功しているPDAなんです」

とかなんとかしったかぶりの講釈をしていた覚えがあるのだが。

さて、そうこうしている間に時は過ぎ、なんだか知らないうちにPalmなるPDAが世の中ではやりだしたらしい。特に興味を持っていたわけではないのだが、その普及しようにそのうち

「これは一発買ってみるか」

とは何度か考えていたのである。しかしその度に

「まだちょっと高いな」とか

「携帯電話とドッキングしてから」とか

なにやらの理由をつけて買わなかったのである。

さて、時は流れて2000年の3月。私は出張中だったか休暇中だったかの同僚の替わりに妙な電話を受けた。それは某電気会社からの物でとにかく提案をしてほしいから来てくれ、ということである。元々電話を受けていた同僚が戻ってから、と言いたかったのだがとにかく今すぐ来い、と言われる。私は上着をつかんでタクシーに乗る。

行ってみればなんと某電気会社が彼らのバージョンであるPalmを開発するとのこと。それに関連した仕事の提案書を至急提出してほしいというお願いだ。私はこう応えた。

「いやー、そろそろPalmを買おうかと思ってたんですけど、御社が開発されるのであれば、それまで待ちましょうかね。わっはっはっ」

私は一応根がエンジニアのはずなのだが、長年に渡るサラリーマン生活で多少の営業的なおしゃべりも身につけたのだなあと自分で自分に感心する。

さて、そのプロジェクトにはなんとか提案書を出しはしたが、結局我が社は選定から漏れてしまった。その後2度ほどお声がかかったのだが、その3度目の提案書はハタで聞いていて涙が出るほど情けない物だった。帰り際最初に私に電話を掛けてきた某電気会社の担当者は慰めるように声をかけてくれたが、ビジネスは冷徹だ。2度とその会社から私にお声がかかることはなかったのだが。

 

さて、それから月日は流れ幾星霜。Macintoshに愛情を注ぎながらも、なにかとPalmの情報というのは入ってくる。PalmとAppleがなにやら協力しているだの、Appleが自分達のPDAを発表するのでは、だのあれこれの噂は根強く存在しているがそれはいつまで立っても形となって出てこない。そうこうしている間に別の会社からVisorとかいう機種は発表されるわ、某電気会社からも発表されるわ。機種が増えてにぎやかになってくる。

さて、職場にもPalmの類を持っている人間が何人かいるわけだ。私はその人達に「ところでPalm何に使ってます?」とか言うことを聞く。するとどうにも要領をえない。Noteパソコンを持ち歩いているなら別にPDAを持つ必要はないよ、という人もいる。そんなこんなで今ひとつ買うには至らない。そんなある日転機が訪れた。

社内専用に設置されている掲示板(パソコン上で観る奴だが)がある。それのフリートークというコーナーを私は結構愛していたのである。フリートークというからには何でも書いていいのだ。そして意味の無いことをだらだら書くのは私が愛する所である。そこにある人がこういう掲示を出した

「SONYのClie(最新型の一つ前のやつ)をお譲りします。1万5000円からでいかがでしょう?」

私がPalmに興味を持ちながらも買わなかった最大の理由はその値段であった。それが1万5000円といえば、衝動買いするのにちょうどいい値ではないか。私はすぐその書き込みをした相手に

「買います(きっぱり)」

とメールを出した。

1万5000円から、ということは、それより高い値段を付ける人間がいればそちらに行く可能性もあるわけだ。その結果や如何、と思っている間に、「大坪さんにお譲りします」という事になった。こうなるとあれよあれよと思っている間に私はPalmというかClieの所有者になったわけである。

 

さて、この売買交渉が行われていた時、私は仕事で(珍しく)ほれほれ状態になっていた。そんなことをいいながら会議に拘束されない限り5時を過ぎればとっとと帰ってしまうのだが、とにかくよれよれしていたのでせっかく手にいれたCLIEをいきなりいじりまわしはしなかった。しかし逆に仕事が行きずまってくると、仕事以外の事を始めるのも人間の性というものである。取扱説明書の最初の数頁だけを読み、文字の入力何ぞをしてみる。キーボードというメニューがあるからつんつんとつついてみるとなるほど文字が入力される。変換キーを押すと確かに漢字になる。なるほどなるほど。そんなことをやっていると私に売ってくれた人が

「Grafitiの入力のほうがずっと速いですよ」

とアドバイスをくれる。Grafitiなるものはなんだか一筆書きのようなものだ、ということだけは知っていた。左様か、と思ってヘルプを観ながら一生懸命やってみる。思ったよりも覚えにくくない。おう、これはちゃんと入力できるではないか、と思いながら無意味な文章をいくつも入力する。最初の文章はこんなものだ。誤字誤変換は全て原文のままである。

「それにしてもこれがどの程度使えるのでショウね」

次の文章はこれ。

「つまるところこれは結構使えると思う野エス。づれだけうてうかは人にもよるだろうけどそれにしてもまあよくできていることだけはまちがいない」

ひらがなばかりなのは、変換をしてそれを直すのが面倒だったからである。確かにGrafitiを使えば文字がご機嫌に入力出来るとはいえ、それはキーボードからの入力に遠く及ばない。となればこれは所詮メモくらいの用途であろうかなどと考える。

さて、文字を入力するのはなんとかできるようになった、となると次に考えるのは「他に何かできないのだろうか」と思うわけだ。調べるまでもなくPalm用のソフトというのは多くの人が開発し発表している。しかしPalm単独で使っている限りそれら多数のソフトを利用することはできない。とにかくなんらかの方法でパソコンと接続する必要があるのだ。

とはいってもCLIEと一緒に接続用のキットなるものもいくつか入手していたのである。そのうちの一つにUSB接続クレードルというものがあった。思えば会社のパソコンにもUSBの接続口があるではないか。よし、これで大丈夫、と思ったのだがこれは甘かった。会社のパソコンはWindows NT 4.0を使っており、何の因果かPalmはこのOSをサポートしていないのである。

私は驚愕した。前の所有者に聞いてみると、彼はシリアル接続のクレードルを使って会社のパソコンに接続していると言う。なるほど、そういう手もあるか。しかしそれをやるためには問題が二つあった。一つはさらに出費がかさむこと、それより大きな問題は、私の個人用パソコンと接続できないことである。

私はできればこのCLIEはPB2400と接続して使いたいと思っていた。仕事よりは個人ユースに使いたいのである。しかしPB2400にUSB を増設することはできない。正確に言えばCard BUS対応にする、という改造を行い、その上でUSBカードを買えば可能なのであるがこの上そこまでの投資をするのはなんとなくいやだ。いつの日かiBookを買えばUSB接続は問題なくできるのだが、それがいつになるのかは見当もつかない。

なんとか方法はないか、と思っているうち一つの光を見いだした。インターネットであれこれ情報をあさっているうちに赤外線による接続が可能である、という記事を見つけたのである。この赤外線通信というのはPB2400にその機能があることを知りながら、とうとうこの日まで一度も使わなかった機能である。ようやくこの赤外線通信も日の目を見るときが来たか。私ははやる心を抑えながらアパートに帰る。あれやこれやをすませるとさそくトライである。サイトの情報に添いながら慎重に作業を進める。まずは赤外線通信が生きていることの確認。双方に少し反応がある。どうやら生きているようだ。それに力を得て、今度はHot Syncにトライする。これがうまくいってくれればこれからファイルのやりとりとかプログラムの追加がやりたい放題のはずなのだが。

などと気ははやるのだが、なかなかHotSyncは成功しない。ついには私が何よりも重視している就寝時間(9時半だが)が迫ってきた。しょうがない。今日はもう寝よう。明日またインターネットで情報をあさってみよう。

さて、翌日仕事の合間をみてあれこれ調べるすると解ったのは

「赤外線でHot SYncを行う為には、まず○○というファイルをPalmにインストールする必要があります」

という事実だ。なんということだ。とにかく一度何か別の方法でつないでからではなくては赤外線通信ができない、ということではないか。しかしその「別の方法でつなぐ」ができないから赤外線に頼ろうとしているのではないか。これで話は振り出しに戻った。

ええい、どうしてくれようと思っているとまた別の希望を見いだした。考えてみれば家のTwin Power Macの片割れはPower Mac G4である。USBは標準装備だ。となると会社で虚しくパソコンに繋がれているこのクレードルを家に持っていけば、接続し道が開けるのでは無かろうか。なーんでこんな事に気がつかなかったのか。

帰るとさっそくUSB接続だ。どきどきしながらHotSyncのボタンを押すが何も起こらない。これはどうしたことか、と思い翌日また会社に行って考えていると基本的な事に気がついた。元々このClieを買うときに「Macで接続するときにはUSB用のドライバーを買う必要があります」とちゃんと教えてもらっていたのである。それを聞いた私は「いいよ。それだったら会社のPCとつなぐから」と思いその言葉を聞き流し、すっかり忘れていたのだ。しかしあれこれトライしたあげくにその言葉に戻ってきてしまった。私は再度選択に悩むこととなった。

シリアル接続のクレードルを買うか、あるいはこのMac用ドライバを購入するか。決め手は価格であった。クレードルの方が遙かに高いのである。(といっても7000円弱だが)私は意を決するとUSBドライバをダウンロードで購入した。

さて、さっそくインストールをするとHotSyncである。するとあっけないくらい簡単に接続できた。パソコン側のPalm Desktopというソフトを観ると、CLIEで一生懸命入力したメモの類がちゃんとコピーされてきている。これはすごい。私はご機嫌になってあれこれのソフトをインストールする事を考え始めた。さて何をいれてやろうか。

そう考えるとまず脳裏に浮かんだのは「これでサイトの文章を読むというのはどうだろう」という考えである。最近私はあちこちの面白いサイトを丸ごとダウンロードしてはパソコンに入れて読んでいる。私がおもしろいと思うのは主に文章だから、文字さえ読めればPalmの上で観てもいいことになる。そうおもってあれこれの記事を探すと、Palmで読むためにサイトの文章を変換してくれるもの、Palm上で文章を読むためのソフトなどあれこれそろっているようだ。

一通り道具をそろえるとあれこれ試行錯誤が続く。最初は適当に変換した文章をHot Syncで送っていた。しかしこのHotSyncというのは結構時間を食うのである。おまけに内部のメモリは8MBしかないからあまりご機嫌に放り込んでいいわけではない。

ここにCLIEの特徴が役に立つことになる。メモリースティックというやつだ。32MBのものを付けてもらっており、これにデータを入れればほとんど無限に文章が入るではないか。

しかしここに一つ問題がある。私はメモリースティックを読むための何者ももっていなかったのである。もちろんリーダー・ライターなる機器を買えばいいのだが、もし買ったあげくうまくいかなかったらいやだ。なんとか試す方法はないかと思っていたとき妙なことに思いついた。私はSONY製のデジカメを持っている。これをパソコンにつなぐとメモリースティックをそのままMacintoshにマウントすることができるのである。この機能を生かしデジカメをメモリースティックのリーダー・ライターとして使うことはできまいか。

そう思いやってみるとこれがなかなか快調である。文章もちゃんと読めることがわかった。しばらくはご機嫌になっていたが、そうなるとやはりデジカメを使うのは面倒だ。結局専門のリーダー・ライターを買うことにした。

さて、Palmの方である。私はほとんどどこへ行くにもこれを持っていくようになった。なんといっても役に立つのは会議の時である。それまではメモなどを持っていったのだが今持っていくのはPalmである。適当にペンを走らせているとあたかもメモでもとっているように見えるがそんなことはしていないのである。実際メモをとる必要がある会議などほとんどない。大抵の場合はわけのわからないダベリが延々と続くだけなのだ。

長年の会社員生活において、確信していることがいくつかある。その中の一つにこういうのがある

「今までにあった全ての人間の中で、私は最も会議を嫌っている人間だ」

会議は嫌いだ、だの会議は効率が悪い、だのいう人間にはたくさんあったことがある。しかしそういう人間に限って会議を何よりも愛しているのだ。仕事が忙しくなればなるほど彼らは会議を頻繁に、しかも長く行う。それに対して私は心の底から会議が嫌いなのである。会議に一切出なくていいと言われればカレーを週に一回しか食べられない、という大いなる犠牲を払っても良いとさえ思っているほどだ。しかし会社員の常として、どうしても出席を断れない会議というのは存在する。

これまでそうした会議に出席しながら発狂を防ぐ方法というのをいくつか開発した。そして今や左右に飛び交う意味の無い言葉を南国のビーチで寝そべりながら聞く波の音とまで聞けるまでに精神修養を積んだのだが、このPalmはまた別の回答を与えてくれるのである。幸いにして画面は正面以外からはほとんど視認ができない、ということは私が何を観ていても誰にもわからない、ということである。そこで私が愛する雑文の出番だ。

正直いってこの「Palmで雑文読み」を開発してからというもの、私の生活はかわった。いらいらさせられる長い待ち行列、精神を発狂の寸前まで追い込む会議が雑文を読む楽しい時間に変わるのである。CLIEについているジョグダイアルもなかなか便利。片手でPalmをもち、ダイアルを回したり押したりするだけで全ての操作が可能だ。

地下鉄の中でも私はPalmを左手にもち画面を見つめる。今時携帯の画面に見入り指を忙しく動かす人など珍しくもないが、私が持っているものはそれより少し大きそうだ。小学生の団体と一緒の車両に乗ったときなど、ガキどもはのびたり縮んだりして私が手に持つものを正体を見極めようと大奮闘、その姿をちらちらと視界の端に感じながらも私の読書は進む。考えてみれば青空文庫という無料文庫にもPalm用のデータはあるし、しばらく退屈しないに違いない。そしてこうした雑文界の先達、あるいは名だたる文豪の文章をいつも読み、それについて思いを巡らせれば、少しは私にもまともな文章が書けるかもしれない。そんな身の程をわきまえぬ願望が達成されないとしても新しい暇つぶしの方法が見つかる、というのはそれだけでうれしいことである。かくして私のPalm生活はなんとなくのうちに始まった。

 

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注釈