題名:私のMacintosh

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36章:WWDC2003

その後私のMacintosh生活は静かになった。ソフトの方ではあれを作ったりこれを試したりとやっていたのだが、ハードの方は変化の起こりようがない。まさか17インチPower Bookを買うわけにもいかないし、その必要もない。デスクトップには元からほとんど興味がない。

そんな中WWDC(World Wide Developers Conference)が近づいてきた。このカンファレンスは通常は5月に開催されるのだが、今年は

「次期OSの10.3ベータを渡したいから」

という理由で6月に延期されていたのである。そのアナウンスがあったときには「ふーん」と思っていた物だが。

そのうち10.3の噂があれこれ流れ出す。ほいほい。今度のも1万円ちょっと出して買いますかね、と思うような内容だ。Windowsはユーザーを強制的にアップグレードさせる方策に忙しいいようだが、私のような頭のおかしいMacintoshユーザーは新しいOSがでると喜んで金を払うのである。もっとも仮に私が頭のおかしいWindowsユーザーだったとしてもWindowsXPに金をだすとはとても思えないが。

そのうち妙な噂が流れ出す。新しいCPUについてだ。この噂の元は少しさかのぼる。Power Mac G4が発売された当初、というかG4 が登場してからというものMacユーザーはそのクロック数の少なさに慢性的に悩まされていた。当初発表されたPower Mac G4のクロック数が発売されるときには50MHzずつ下げられたのがケチのつけはじめ。その後インテルのプロセッサのクロック数はコンスタントに向上し、G4のクロック数は牛歩のごときペースで向上し、Steve Jobsお得意の「同じアプリケーションをインテルマシンとMacで走らせてみよう」も最近はさっぱり見ることができなくなってしまっていたのである。

そんな中で過去数年何度もでてきた「Macはインテルベースのチップに乗り換えるのではないか」という噂がでてくる。具体的にAMDのCPU上で動いているMac OSを見た、という記事もある。でもなあ今更Power PC捨てられてしまってはまたソフト買い直しになるのかなあ、以前68kからPower PCに移行したときみたいに。

するとそのうち「IBMのPOWER4プロセッサを縮小したバージョンがPower PC970として開発されている」という情報がでてくる。をを。これだこれだ。これにしよう。いや、してください。今のG4ではなんともならないし、Powerという名前がついているからきっとこの970というのにはスムーズに移行できるのでしょう。しかしCPU切り替えるんだから実現はちょっと先かな、と思っていた。ところがどうもWWDCでその970マシンが発表されるのではないか、という噂が流れ始めたのである。

かくしてWWDC直前は例によって例のごとくの「噂とびまくり」状態となる。Power Mac G5は確実らしい。いや、Power Book G5も発表されるらしいぞ、いや、もっと小型の謎のデバイスに関する噂もある。そのうちPower Mac G5と称する画像が流れ始める。最初にでてきたそれはまるで四角い紙袋に鉛筆で線を書いたような代物だった。いくらなんでもこれはないだろう。(後から思えばこの紙袋にはある程度の真実が含まれていたのかもしれない)そのうち別の画像がでてくる。まるでCubeと同じコンセプトでタワー型にしたような筐体。おお、なんと美しいではないか。これにしましょう。これ。ところがその画像はいつまでたっても削除されない。もし本物の画像であるならば「Appleからの要求により削除」となるはずなのだが。

そのうち「いや、この画像は何ヶ月も前からネット上に存在してるよ」という情報が流れる。うーん。かっこよかったのになあ。そのうちもっと決定的な情報がでてきた。Apple StoreというAppleが直接運営しているオンラインストアがあるのだが、そこに短時間Power Mac G5のスペック、値段が「誤って」掲載されたというのだ。その「誤り」はただちに修正されたが、その画面画像はそこら中に出回る。その中には「Appleの要求により」削除されたものもあるが、残った物もある。こうやって一度出た情報が戻せなくなるのもインターネットの強力かつ恐ろしいところだ。ネットがない時代であれば誰かが新型Macの写真を入手したところでそれをばらまくためには雑誌社に持ち込むくらいしか手段がなかったのだろうが。

その情報が流れた瞬間、掲示板などでの期待は一気に高まる。一番速いモデルはPower PC G5@2GHzのDualと記載されていた。誰も最初に2GHzがでてくるとは思っていなかったのだ。掲示板では期待の声と「いや、あれは単にApple Storeが何者かにハッキングされて掲載された偽情報だ」という疑いの声が高まる。期待と失望は常に手に手を携えてやってくる。月曜日に会社である人から私はこういわれた

「いやー、結局期待もたせといて、G4@1.6GHzのDualあたりが発表されるんじゃないですかねー」

それに自信をもって「No!」と言い返せない自分が悲しいというかMacintoshを愛し見守り失望させられてきた者の性というべきか。

その日は期待と不安のうちに帰宅する。キーノートが始まるのは翌日早朝(というか真夜中)私の生活時間帯とは全く相容れない。まあいいや。朝起きてからあちこちのニュースサイトをチェックすれば情報はとれるだろう。別に数時間早く知ったところで何が変わるわけでも無しと自分にいいきかせながら床につく。

ふと目覚める。あたりはまだ暗い、ということはいつもの起床時間よりも早く目覚めたことを意味する。時計を見れば3時である。ああそうか。もう発表は終わった頃か。眠いけどちょっくらサイトなどチェックしてみようか。そう思うと目をこすりながらパソコンのところに向かう。

いくつか情報サイトをチェックし、Apple社のサイトまで見てみるが何の変化もない。Apple Storeを見てもPower Mac G4がいつも通り掲載されているだけだ。これはどうしたことかと思い掲示板を見てみる。すると今まさに基調講演が進行中なのであった。いかなる経路を使っているのかわからないが、リアルタイムで聞いている人たちが情報を書き込んでくれる。デマやらわけのわからない書き込みがその20倍くらい書き込まれる。話題は次期OS Pantherから小型のビデオカメラなどに移っていく。ここ数年の基調講演では最後に

One more thing

とあたかも付け足したかのように一番重要な内容を発表することになっている。私はパソコンの前に座りひたすら掲示板を読み続ける。G5の発表はまだか。まだか。山のように書き込まれるゴミの中から本当の情報をよりわける。そのうちApple Storeが閉鎖され「一時間後にオープン」という掲示がでる。これはよい兆候だ。本当にG5がでてくるのかはなはだ不安になっていたが、この「Apple Storeが閉鎖」というのは新製品が発表される直前の恒例。しかもあと一時間以内に発表されるということではないか。

まもなく「ドイツ人が奇声をあげてる」とかいう書き込みがなされる。(どうもドイツに中継されている内容をどうにかして聞いているらしいのだが)いよいよOne more thingことG5の発表だ。

「誤ってApple Storeにスペックが書き込まれた。しかしあの内容は真実だ」とかJobsが言ったらしい。ううむ。やはりあれは話を盛り上げるための意図的なリークであったか。であるからして発表されるスペックは予想通り。私の関心は「どんな筐体なのか?」という点に集中する。Appleが変な物を出してくるはずはない(少なくともここ数年はそうなのだ)次の筐体はどんなものだ。まさか現行G4と同一ってことはあるまいな。

そのうちNegativeなコメント共に画像のURLが書き込まれる。見てみれば妙に四角い金属製の筐体だ。なんだこれは。デマのCubeもどきのほうがずっとかっこよかった。それからも何度か画像が掲載されるがどれも同じ物。どうやらこれが新G5の外観らしい。

まもなく基調講演は終わった。「One more thing.. Powerbook」という書き込みが数回あったがデマのようだ。時計を見ると4時過ぎ。一時間もこうやって座っていたわけであるか。まだ起床時間までは間があるから寝ることにしよう。

会社に着くとしばらくあちこちのニュースサイトを巡り情報を集めるのが日課。今日は普通のニュースよりもPower mac G5ばかり見ている。Appleのサイトに内部構造が説明されており、それには心底感心した。今回のG5はG4の半分以下の騒音ということだが、そのための工夫が凝らされていることがわかる。内部を4っつのゾーンに分け、それぞれのゾーンで空気がスムーズに流れるよう、ファンを9つつけ低速で回転させる。内部の部品は全てそのことを第一に考え配置されている。PC業界では最近早さよりも静かさというのが語られるようになっているようだが(少なくとも日本では)その課題にここまでまじめに取り組んだ製品は見たことがない。写真からはほとんど配線が見えないので「デモ用に撮影したものか」と思ったが動作するモデルでも配線は見えない。

徹底するとPCの構造もここまで美しくなるものか。日頃いい加減な仕事ばかりしている私は少し反省する。また昨日は平凡に見えた外観も実に簡潔かつ美しくまとめられていることに気がつく。ぱっと見たときのインパクトは無いが細部に至るまで神経が行き届いていることがわかる。

それとともにPantherの詳細も明らかになる。そのうち特に二つの改良を見て「ああ」と感嘆する。OME_GMailを作っている時に「ウィンドウを切り替えるのは面倒」と思い無理矢理一つのウィンドウにしてしまった。しかし複数アプリケーションを使っている時には複数ウィンドウが開かれるのはさけられない。これをなんとかうまく簡単に切り替えができぬものか。そうだ。昔のTVにあったチャンネルなんていいんじゃなかろうか。チャンネルをがちゃがちゃ切り替えると一番手前にあるアプリケーションが切り替わるってのはきっと便利だぞ。

そう考えているだけで(例によって)私の手は動かなかった。しかしAppleはちゃんとその問題に取り組んでいたのである。Exposeという機能を使うと一瞬にして開いているウィンドウが重なりなくきれいに配置される。そこで目的のウィンドウを選べばよい。ああ、これはやられた。

などと感嘆するのはまだ早い。Finder-ファイルとかディスクをみるためのソフトだが-も大きな改良を受ける。OS XのFinderはそれまでのより使いやすくなっていると思うが何かがたりない。そう思ったのは私だけではないようでFinder代替アプリケーションはいくつも発表されている。それを知るたびにダウンロードして試してみるのだがあまり感心したことがない。かくなる上は自分で一発作ってみるか。ええっと。よく使うフォルダを簡単にアクセスできるようにして、あとは何がいるかな。

などと考え一時はGMailと統合してしまおうかと思ったほどだが早まらなくてよかった。こちらもAppleは改良していたのである。新しくなったFinderは私がぼんやり考えていた特徴を全て持っているよう。ネットを見ると未だにOS XのFinderよりOS 9 のFinderがよいとい言い張っている人もいるようだ。そうした人たちには全く受けないであろうデザインだが私は大変気に入った。

さらに感心したのは、アプリケーションからファイルを選んだりするときに使われるダイアログがこのFinderと全く同じデザインになっていることだった。人にパソコンの使い方を教えるときにいつもひっかかるのがこのダイアログだった。ほら、ハードディスクをダブルクリックすると開くでしょ。この中身が見えます。アプリケーションから開くときはこのダイアログの中から、、、ええそうですよ。見え方は違いますが、いまこのダイアログに見えているのはさっき見たハードディスクの中身と同じ物なんですよ。

いつも私はこの説明に苦労する。相手は「ふーん」となんだか狐につままれたような顔をしている。しかしこれならたぶん状況は少しは改善されるだろう。最近ボランティアでやっているじいちゃんばあちゃん達のパソコン教室であってさえ簡単に教えられそうだ(最近私の評価基準にはこういう尺度も入っているのである)ハードディスクだ、ファイルの階層構造だを苦にしない人ばかりがパソコンを使う時代ではなくなっているのだ。

かくして私はまたしてもAppleの製品の前に脱帽する。最近は世界的なシェアが2%を切っているらしいが、その製品が与える影響は2%どころではない。私が独身だったら、何に使うかという問いを忘れてすぐに一台注文してしまったかもしれない。さて、これからしばらくはのんびりとPower MacG5が発売される8月、それにPantherがリリースされる「今年中」を待つことにするか。

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注釈