題名:私のMacintosh

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39章:Intel Inside

最初にその噂を目にしたのは何日だったか覚えていない。しかし私の反応だったら覚えている。

「またか」

とつぶやいて(物理的に発声したかどうかは定かではないけども)おしまいである。

MacがIntel製のCPUに移行するだって?何度その話は聞いたかなあ。確かStar Trek Projectとかいうのがあって、OS9がIntelの上で動いていたとか聞いたけど。まあPowerPCに変わってOS Xに変わってってのがようやく落ち着いてきたところにそんな大きな変更の話はねえだろう。

そのうちその記事に対する反響が出てくる。多くは懐疑的。これはIBMに値下げをさせるための揺さぶりだろうとか、どうせスイッチするならAMDのほうがお似合いだ、とかいう記事をふんふんとうなずきながら読む。そうだよ、よくある噂に過ぎないんだよ。またあの"Power PC Native"とかそうでないとかいう文字をみるのはいやだよ。

さて、世間の評判は、ということで某巨大掲示板を覗いてみると例によっていろいろな意見がとびかっている。多いのが

「元になってるのはCnetの記事だけだろ。」

という意見だ。(これが客観的に観て”多かった”のか、私がそういう意見しか目に入れていなかったのかについては議論の余地があると思う)そのうちWWDCではより強力なPower PC G5を積んだデスクトップとG5搭載のノートが発表される、という噂も流れる。そうだよ、そうでなくてはいかんのだよ。

しかしそのうち情勢は不穏な方向に進んでいく。同じ「噂」が複数のニュースサイトに掲載されるようになってきたのだ。これらが全て「誤報」ですませられるものだろうか。不安が増大すると共に人は自分の願望に一致した情報を探し求める。何の根拠もないが

「IntelがPower PCを作るのではないか」

という意見を目にし、それであれば助かるのだがと考える。

WWDCの様子が判明するのは6/7火曜日の朝。その前日私はすっかり悲観的になっている。ある男が私の席にきて

「大坪さん。MacってIntelになるんですか?」

と無邪気に聞く(この男はMac userではない)私は

「うるさい。明日になれば解る」

と答える。もはや「それは単なる噂だ」と否定することができなくなってきたのだ。

RealTimeでのストリーミングはないが、掲示板など覗いていれば基調講演の様子を実時間で知ることはできる。しかし私は早寝早起きが信条の男だ。私が聞いていようが居まいが結果は変わるまい。というわけでその日はこてっとねる。

翌朝目覚める。寝ぼけ眼をこすりながら一番信頼しているMac系情報サイト「Macお宝鑑定団」にアクセスする。そこにあったのはPowerBook G5発売のニュースではなく、MacintoshがIntelに移行する、という簡潔は文字であった。

覚悟はしていたといえ、あまり楽しい気分にはならない。会社に着くとあれこれニュース系のサイトを漁る。しかし基調講演終了直後ということもあり情報がない。掲示板を観る。するとリアルタイムで聞いていた人が

「今日初めて”終戦”という言葉を実感した」

と書き込んでいる。”終戦”良い言葉ではないか。過去10年に渡りMacで使っているPower PCはIntel 製Processorよりもずっといいのだ、という主張をAppleは繰り返していた。そのベンチマークには疑問が呈される事もあったが、半ば嘘と知りつつそれをどこかで信じたい気持ちもあったわけだ。

しかしそうした願望もこれでおしまい。同じCPU上で競うことになるから、今まで「CPUもちがう。OSも違う」と言っていたことの半分は消えてしまったわけだ。

しばらく他の事(もちろん仕事だ。会社にいるのだから)をするが今ひとつ手に付かない。会社には光回線に直結されたPCが数台ある。そこで基調講演のストリーミングでも観るか、と思い腰を上げる。そうだ、玉音放送を聞こうではないか。朕深く帝国の現状の世界の大勢とに鑑み、、

昔はストリーミングって結構苦労した覚えがあるけど、さすがに光回線は偉大だなあ。このスムーズさ、とか感心しながら見出す。最初はAppleストアがどうの、OS Tigerがどうのと言っている。ええい、そんなことはいいのだ。どんどんとばしていくと、Jobsは"Transition"について語りだす。

今まで二つの大きなTransitionを経験してきた。680X0→Power PC,それにOS9→OS Xである。そして今日は3番目のTransitionについて話す。いろいろ噂を聞いていると思うが、It's Trueと大きな文字が出る。そのeの字が下がっており、Intelのロゴにあるeと同じデザインだということに気が付く。場内に笑いが漏れる。私も思わずニンマリする。

次に「実は過去5年にわたり、全てのOS XはIntel 上でもコンパイルされていたんだよ」と言われればこちらは口があんぐり開くと言う物である。ほれ、クパチーノのAppleキャンパスのこの辺、と衛星からとったと思しき写真にまるで安物の映画にでてくるような照準機が重なる。そしてそれまでデモで使っていたマシンは実はIntel上で動いていたことが明かされる。Oh my なんてこった。ちゃんと動いているじゃないか、少なくとも誰もそれまでのデモを観ておかしいとは思わなかったのだ。

これはWorld Wide Developers Conferenceの基調講演だから、どのようにしてアプリケーションを移行するかが次に語られる。今日からダウンロードできるXcode 2.1を使えば、二つチェックボタンをクリックするだけでPower PCでもIntelでも動くバイナリができるよ、と簡単そうに言う。ええい、こんなことは信じないぞ。その昔OS XのCarbonの話がでたときだって簡単に移行できるという話だったではないか。

そんな事を考えているとMathematicaという数値or式計算ソフトの人が出てくる。なんでもいきなり「何かはあかせないけど来てくれ」とかい滅茶苦茶な電話を受け取り、エンジニアをつれてAppleに来た。(後ろにはつれてこられたと思しきエンジニアがどこか陰鬱そうな顔をして立っている)するとMathematicaのIntel版を作ってくれと言われた。なに簡単だよ、二つチェックするだけなんだ、とか言うわけだ。そこからAppleのエンジニアの強力もあって数時間でIntel版ができた。Appleのサポートのおかげで週末自由な時間がとれたよ。

概略こんなことを早口でまくしたてる。場内爆笑だし私も思わずパソコンの前で笑い声を上げる。Microsoftのお姉さんがでてきた。この人はなんだかありきたりなことを適当に喋る。会場の緊張感もどっとゆるむ。(ように思える)次にはAdobeのCEOがでてきて、AdobeはIntel版をサポートすることを公言する。短いスピーチだったが、最後jobsに向かって「何故こんなに長くかかったんだ?」と聞く。思うに彼はとっととIntelに移行すべきだと考えていたのだろう。

ゲストスピーカーの最後はIntel のCEOである。彼は舞台中央に出てくるとJobsとハグした。(Jobsは確かにとまどっていたようだが)いろいろな意味で悪名高きIntelだが、このCEOのスピーチには感心させられた。裏にはいろいろな事情があるのだろうが、少なくともスピーチからはAppleにCPUを供給する事に対する喜びが伺えるように思える。IntelとAppleの関わり合いは長いんだよー、と言う。Jobsの昔の写真が出てくる。「Jobsにこれは君がネクタイをした最後の写真か?と聞いたが、”いや、髭をはやしている最後の写真だ”と言われた」と言う。場内及び私は笑い声を上げる。(その写真には髪の毛ふさふさで口ひげをはやしたJobsが写っているのだ。

1990年代にAppleがPower PCへの移行を発表してから、Intelとpower PC陣営の間に激烈な言葉が飛び交うようになった。そして、、と言ったところで新しいスライドに移る。

1996 Apple sets fire to Intel's bunny man

Intel CEOは少しだけしゃべって後は黙っている。その文字を読んだだけで殆どの観客は何を意味するかがわかり爆笑する。(こうしたところでの間の取り方は見事だと思う)この時期Power PC G3はPentiumに比べて早い、とAppleはさかんに宣伝していたのであった。CMでPentiumをかたつむりの背中に乗せてみたりいろいろな事をやっていた。これもその一環だろうと思っているとそのCMが上映される。当時Intelが宣伝に使っていた全身服に覆われた男が消化器の粉を浴びせられている。

いや、これは我々のProcessorは熱すぎるというnot so sublte メッセージだと思ったけどね。そして2005年、とうとうIntelとAppleは組むことになった、とスピーチを締めくくる。

それを観ていてやはり米国の有力企業のCEOはすごい、と思う。比較広告花盛りの国だからお互いの悪口も言いたい放題だが、利があると知れば躊躇することなく手を結ぶ。そしてそれを観客に告げるこのメッセージのうまさはどうだ。日本だったらひな壇に両社のCEOが並んで座り、決まり切った文章を読み上げ、質問に適当な受け答えをした後手を握って写真に写るだけだろう。

Jobsが再びステージに現れ、Apple is strong.この時期に移行を行う、といってスピーチを終えた。見終わった私はしばらく考える。そして気持ちがとても前向きになっている事に気が付く。これは玉音放送などではない。騙されているとも言えようが、いいではないか。Mac Userは昔から苦難には慣れているのだ。

席に戻ってしばらくすると、社内でネットワークを管理している人が

Intel Inside

のステッカーを持ってきてくれた。私は笑ってそれを受け取るだけの心の余裕を持っている事に気が付く。

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注釈