2001年カレーの旅

日付:2001/9/20

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牛筋カレー | カツカレー | もうひとつのカツカレー


もう一つのカツカレー

前回までのあらすじ)

盆休みにどこに行こうかと考えていた私は

「カレーを食べなさい。そして巡りなさい」

という天啓を受け、断片的な言葉をたよりに大阪は土佐堀3丁目に、そして鹿児島は知覧に行き

「牛筋カレーうまいっすー。カツカレーすごいっすー」

と叫び、さらに勢いあまって指宿の砂風呂に埋まるのであった。

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盆休みの大半をカレー巡りに費やした私ではあるが、なんとなく心残りがあった。そもそも私が知覧に行ってカツカレーを食べたのは某雑文に取り上げられていた正論への投書がきっかけだったのだが、そこにはもう一つのカツカレーが言及されていたのである。

「ちなみにカツカレーといえば、山形県温海町道の駅の食堂では半端でなくでかいカツを使っていました。ここも今はどうなっているのでしょうか。」

カレーを巡る等と言いながら結局此処には行っていない。行動の徹底を欠くのが私の星の数ほどある欠点のうち、-1等星級の明るさをはなっているものであり、それに対してうじうじ考えるというのも-2等星級の輝きを持っている。とにかく日が経つにつれその思いは増大し、そして9月13日の木曜日私は決意したのである。山形に行ってカツカレーを食べると。

そう決めるとさっそく調査である。今度の目的地は道の駅らしいから、鉄道だけでは到達できまい。一体どこだ、と検索エンジンの神さまにすがると、見事にお告げが下る。というか驚いたことなのだが、この道の駅、というシステムは全国に広がっており、それを全部回る、とかとにかく回る、という野望を持った人も多いようなのである。何かの団体が作っている紹介ページもあれば個人であれこれ道の駅を紹介しているものもある。

それを観ると、どうやら温海温泉という駅が近いようだ。新潟まで新幹線で行き、特急に乗り換えて所要時間はおよそ数時間。夜行列車で、とも考えたが金曜日の夜、私は例によってよれよれになっており、

「とにかく寝る」

と布団をかぶってねてしまった。というわけで出発は土曜日の朝になる。

いつもの出勤と同じ時間に家をでると(つまり朝の5時20分だ)、ひたすら東京駅に向かう。上越新幹線というのはスキーに行ったとき以外使ったことは無いが、今日は終点まで乗るのである。できた当初は最短でも黒字まで20年とか、角栄新幹線とか言われたものだが、その20年はあっという間に過ぎ今やその娘が阿呆ぶりをさらしている。

考えてみれば新潟という都市も立ち寄った事は無いのだが、とにかく乗り換えだと思うと接続良く特急が出発する。それに乗るとくてっと寝てしまう。目が覚めてぼんやりと外を見ると水田ばかりが目に入る。そのうち「次は温海温泉」とかいうアナウンスが流れる。さて、降りる用意でもするかな、と思った時私の目に入ってきたのはあの雑文で言及されていた「あつみ豚のシンボルタワー」である。タワーと言うよりは、とにかく道ばたにでっかい豚の像が建っている。あの投稿に対する回答を信じればこれは

「道行く人や地元の方々に評判がよいとのことです。」

とのことなのだが、この豚の像を観て誰が

「豚のタワー最高っすー」

というのだろう。とにかく列車は駅に着く。

降りてみると周りに何も無いことに気がつく。例によって今後の行動パターンを決めていたわけではないのだが、温泉というからには温泉街があるに違いない。あわよくはそこで一泊してやろうかと考えていたのだが、どうやら温泉街はここからさらにバスで行かなければならないらしい。では温泉宿泊は諦め、早めに帰りの夜行列車の切符を、と思うが切符を売っている窓口はとても小さく、あまり買う気にならない。それよりもなによりも目前に迫ってきているカレーの方が気にかかる。私は外に出るとタクシーに乗り込んだ。

「道の駅にお願いします」

というと運転手は黙って車を発進させる。思えばこれは妙な行き先だ。車で行くべきドライブインにタクシーで行くとは何なのだろう、と疑念をもたれたらいやだなあとは思っていたのだがそんなことも聞かれない。

さて、某サイトの情報を信じれば、温海温泉駅から車で10分ということなのだが、果たしてそれはどれくらいの距離であろうか。最初は歩こうかとも思ったのだが、そのうちそれをやらなくてよかったと安堵しだした。なかなか着かない。タクシーのメーターは快調に上がってくれる。無用な心配をすることが生業となっている私は

「あまり近くであったら、タクシーの運チャンがいやな顔をするかもしれない」

などと思っていたのだがそんな心配は全く無用。結局2000円以上かかってしまった。

さて、にこやかに料金を払って降りれば果たして道の駅である。いくつかラーメンなどののぼりがでているが、それは私の目標ではない。食堂はどこだ、と観れば確かにそれらしい建物があり、入り口にあるメニューを観ればカツカレーの文字が。

中にはいると結構な繁盛である。空いているテーブルに座るとさっそくカツカレーを注文。落ち着いて周りを観るとどうやら魚料理が売りらしく、ほっけだろうか、大きな魚を食べている人が多い。こういう場所でカツカレーを食べるとはなんとなくもったいない等と考えてはいけない。カレーの道をただひたすらに突き進むのだ。

カメラを出して撮影の準備も万端なのだが、なかなかカレーはでてこない。そのうち情勢は好ましからざる方向に向かいだした。6人掛けとおぼしきテーブルを一人で占領していたのだが、私より多少年上と思われる男性の一団がやってきて相席となったのである。いや、感じのいい人達であり、何も文句を言う理由はない。異常な行動をとろうとしているのは私の方である。しかしこれはどちらが正常でどちらが異常かという以上の問題をはらんでいる。とにかく私はカツカレーの写真を撮りたいのだ。しかし彼らはカレーに向けてカメラを向ける男にどのような視線を向けるだろうか。いや、ひるんではいけない。カレーの道は試練の道なのだ。

道の駅といってもつまるところドライブインだから、トラックの運転手が利用することも多いのだろう。何故かはしらないが、トラックは演歌と相性がいいようである。歌うヘッドライトのポスターなど貼ってあるが、そもそもあの番組はまだあるのだろうか、などと考えているうちにカツカレーが来た。

カレーを目の前にし、私はしばし沈黙する。頭の中にはさまざまな思いがよぎる。その日は良い天気であり、少し暑い程度で快適な気温。気持ちのよい行楽日和であっただろう。私は休日であるにもかかわらず朝の5時に起きた。新幹線にのり、特急にのった。そしてタクシーまで使ってここにたどり着いた。半端でなくでかいカツとはどんなものだろう。いつも行く定食屋で食べるホワイトチキンカツもでかいがあれより大きいのかな、わくわく。運んでくるお姉さんの姿を目で追いながらどんなでかいカツが載っているのかな、わくわくと考えていたのに。そうなのに。

しかし落ち込んでは居られない。私にはこのカツカレーの写真を撮るという使命があるのだ。周りのおじさんたちの視線がなんだ、とか言いながらおじさんたちの注意力がそれた瞬間を狙いシャッターを押す。

 山形県温海町道の駅のカツカレー

私の頭の中には前掲した質問に対するレストランの回答

「特に大きいカツを使っているつもりはないが、大きいと言われれば大きいかもしれない。見慣れてしまって良く分からない」

が響き続ける。確かにその通りだ。大きいと言われれば大きいかもしれないが誰もが驚嘆するほどの大きさではない。あれは文字通りの意味であったか。それを知ったのは収穫であると言わなければならない。そうでなければならないのだ。

とにかく私は腹が減っている。カツカレーの為に朝食も控えめにし、その後もなんとか名物とかなんとか名産とかにも目をくれず突進してきたのだ。ええい、食べてやるーとスプーンを握りしめる。

そうするとカツはなかなか悪くないことに気がつく。大きさほど特筆するほどのものではないが、衣が薄く、身はしっかりしている。しかしこの温海豚は知覧の茶美豚に比べるとどうも一歩譲るような気もする。カレーの味自体も悪くはない。しかし私は朝の5時に起き、新幹線に、、、

食べ終わると席を立つ。とぼとぼと先ほどみかけたバス停に向かう。2時間おきに一本ほどバスがあり、次のバスまでには1時間ほどまつ必要がある。私はただ歩き続ける。裏には海岸の岩場まで降りていけるようになっており、子供達が歓声をあげている。私はこうした岩場が大好きだ。少なくとも子供の頃はそうだった。しかし今の私は腰を下ろしてそれを遠くから眺めるだけ。そう、私は山形に来ている。東京からはるばるカツカレーを求めてきたのだ。なのになのにそれなのに。

時間はまたたくまに過ぎ、バスが時間通り-本当に時間通り-到着する。どこへ行くのかと思えば、温海駅より二つほど手前の駅についた。そこでまたもや40分ほど待ったはずなのだが、何をしていたのだろう。ただ呆然と唖然と自分の行動を振り返っていたのだろうか。しかし電車に乗り込むと再び使命感がわいてくる。そうだ、この電車はあの豚のタワーのそばを通るはずではないか。写真を撮るのだ。そしてサイトに掲載するのだ。

そう思いひたすら外に向かってカメラを構え続ける。前方から近づいてくる豚をどうやってとろう、流し取りとかいう技法があったような気がするな。おっと、電源が自動的に切れちゃった、しかしまだ着かないのか、、と思っている時それは出し抜けに現れ、そして後方に消えた。私はあわててシャッターを切ったが、シャッターを押している最中から既にして自分がタイミングを逸した事を知っていた。

 豚のタワーのはずが

これが何だというのだ。とにかく私は電車にのって北上を続ける。路線図を観ると少し先に鶴岡という駅があり、少し大きいようだ。ここまで行けば何かあるだろう。

載ること数十分。駅に近づくにつれ線路沿いから工場がやたらと見える。後で知ったのだが工業団地が駅のすぐそばにあるようだ。反対側を観ればジャスコもある。ここなら少なくとも何かありそうだ。

列車を降り、改札をでると上野行きの寝台特急を予約。チケットはなんなくとれる。時間は午後の4時。さて問題です。これから列車が発車する午後11時までどうやって時間をつぶせばいいでしょう。

とりあえず目の前のジャスコに入ってみる。3階にあがるとITなんとかという県がやっているコーナーがあり、そこではインターネットに接続されたパソコンが無料で自由に使えるようになっている。(一応「一時間くらいにしてください」という貼り紙はあるのだが)なんという気前の良さか。もっとも何度か行ってみたがいつも混んでおり、ようやく使えたのは夜になってからだった。他には何もないので大通り沿いにそって歩き出す。雨がふったりやんだりで、どちらかといえば前者が多い天気。であるからあまり外を歩くのは快適ではない。そのうち床屋マークをみかけたので何も考えずに入る。座ってマントのような物をかぶせられ、てるてるぼうずのようになるといきなり

「ご旅行ですか」

と話しかけられたのには驚いた。

「まあ。何故あなたはそれを知っているの。」

と聞き返さなかったことを今でも後悔している。彼女は私のどこをみて旅行者だと判断したのだろうか。

とにかく髪の毛が短くなるとまた外に出る。市の中心街というのはここから少し離れているようだ。適当に見当をつけバスに乗る。繁華街とおぼしきところを通っていくのだが人通りはほとんどない。そのうち市役所についた。そこでバスを降りる。

少し歩くと映画館がある。ちょうど良かった、時間をつぶすにはやっぱり映画だよなとか思ってみるのだが時間があわない。あと1時間は待たなければと思うがまわりに何もない。同じビルにの1階にはボーリング場があり、レーンがいくつかある。その昔出張で新島に行ったことがあるが、そこにあったボーリング場の次に小さなところだったと思う。他に何かないかと思いふらふら歩き出す。

ちょうど夕暮れ時だが、沿道に机やら屋台やらがぼちぼち設置されはじめている。何だろうと思ってみればどっかの神社のお祭りらしい。準備をしている人はたくさんいるのだが、見物とおぼしき人はほとんどいない。そのうち定食屋を見かけたので入ってみる。

注文をとりにきた女性が

「今日はラーメン300円ですから」

と言うが、私は「肉皿」なるものを注文する。お品書きには「ごはん+肉+サラダ」となっている。何がでてくるだろうかと思えば確かに皿の上にご飯がもられ、肉を炒めた物がのり、端のほうにはサラダが載った物がでてきた。サラダにかかっているドレッシングはおいしくなく、肉もたくさんあるのだが、何故か味がしない。そして入ったときから気がついていたのだがこの店の中はなんだか変なにおいがする。しかし次から次へと客ははいってきてなかなかの繁盛ぶりである。 

とにかく腹は膨れたのでまた歩き出す。市役所からは既にして遠くはなれてしまい、また戻って映画をみることなど思いもよらない。結局駅まで戻ってしまったが一つ変なことに気がついた。これだけ商店街というか繁華街(多分)を歩いたのに、日本全国に増殖しているコンビニを一軒も見かけなかった気がするのだ。

それからミスタードーナッツでコーヒーを何杯もお代わりしたり、とにかくなんとか時間をつぶす。もういいだろうと思い駅に戻ってみると私が乗るべき列車は

「秋田県内豪雨の為、40分遅れ」

とのこと。私の通常の就寝時間は9時半だというのに寝床(つまり列車)が来るのは11時44分ではないか。寝床が来るのが遅れるということは、私が何よりも愛している睡眠時間が減少していく、ということでもある。ええい、どうしてくれよう、と思ったところでぼんやり待つしかできることはない。そのうちまた雨が激しく降り出す。さっき設置されかけていた屋台群はどうなったのだろう。駅の構内をうろついてみる。そのうち東京-鶴岡往復、新幹線も寝台特急も使えて22000円、とかいう周遊券が売り出されている事を知った。私は帰りだけでその値段より高い切符を買っているのだ。既にして通常の就寝時間をはるかに過ぎているから、頭はいわば時差ボケ状態なのだがその事実は鈍い衝撃として頭に伝わってくる。しかし嘆いたところで、この切符を買い直すことなどあたわない。ええい、まだ列車はこないのか。隣の駅についたら正確な到着時刻が解ると言っていたではないか。アナウンスはまだか。

結局列車が到着したのは50分遅れの12時近くだった。とにかく乗り込むとくてっと寝る。まあ到着が遅れたってことは、上野に着くのも遅れるだろう。睡眠時間への影響はないさ、と自分に言い聞かせる。

翌日目が覚め外の風景を見ながら

「本来の上野着がこの時間、これに50分足せばいいからまだ余裕。もう少し寝てみようか」

などと思っていたのだが、その安心をうちくだくがごとく

「ただいま列車定刻通り。。。」

とかいうアナウンスが流れる。いかなる方法を用いたか私が寝ている間に遅れを取り戻してしまったようだ。結局睡眠がずいぶん不足したまま上野に降りる。ううむ。今回の旅行はなんだったのだ。あれだけ金を使って結局「大きいと言われれば大きいかもしれない。見慣れてしまって良く分からない」を確認しただけか。いや、まだGame Overではない。せっかく東京に出てきているのだからあちこち観てやろう。とはいっても時刻はまだ朝の7時、しばらく時間をつぶさなければならないが、なに大丈夫。ここは大きな都市なのだ。秋葉原駅で何度か広告を見かけたあのインターネット喫茶に行ってみよう。

後から考えて解ったのだが、駅からかなりの大回りをして私はその場所にたどり着いた。入り口でちょっと高い事に気がつく。私がいつもいくところは400円/時間なのだが、ここは480円/時間。まあいいや、と気にせずカウンターに行く。指定された席に行くとどうにも調子が悪い。ディスプレイは必要以上に顔に近づいており、かつ上の方にある。首を常時上に曲げなくてはならず、おまけにディスプレイ代をケチったのか画面が揺れている。ここ数年液晶の画面しか見たことがないのは贅沢なのかもしれないが、揺れる画面を間近で、かつ上向きに見上げるのは大変楽しくない。

ふとトイレにいく途中に観れば、別のエリアにはもっと楽な姿勢で使えそうな端末がたくさん空いている。ああ、何故私はあそこにまわされたのか。何者かが私に敵意を持っているというのか。そもそもこの旅行の発端からして、、、

こういう日はおとなしく帰って寝るべきなのだ。そう結論づけると一路アパートに向かい一日中こんこんと眠り続けた。この二日が全くの無駄で無かったと自分の言い聞かせるためこうして文章にはしてみたのだが、できあがったものは私の憂鬱をさらに増すのではないかと恐れているのも本当のところだが。

 

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注釈

正論への投書:「それだけは聞かんとってくれ第339回参照 本文に戻る