題名:Polypus&JMS Live1999/12/19

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日付:1999/12/21

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Polypus&JMS

本番は3時から。2時半頃になって私は今日着るカンフー着を持ってトイレに向かう。個室でこっそりおきがえだ。私にとってこの衣装を着るのはほぼ3年ぶりだ。前に着たときは周りはもっと派手な仮装をした人ばかりだったので、全くこの格好に違和感がなかった。今日はそれよりはおとなしい格好が多い。しかしまあそんなことは気にせず着替えが完了である。上にはまだ上着を羽織っているから、ちょっと注意しないと私があやしげな格好をしていることは解らない。

さて、これから20分ほどがちょっと所在のない時間である。今更何かを練習することもできず、かといってのんびり座っていることもできない。なんといっても緊張しているからだ。ぶーらぶーらとしているのは私だけのようで、後のみんながどうやら控え室にいるらしい。客席は全く空だ。うむ、客が少ないとは思っていたが全くいないとさすがにむなしいかもしれない、、と思っていたらそのうち店のスタッフらしき人たちが客席に座った。これで、どうやら無人のスペースを前にしゃべったり演奏する必要はなくなったようだ。

あれあれと思っているとStoneの家族が来るのにあった。私は「ハイ」と言って、Stoneを控え室によびにいった。次にはCOW夫婦も登場である。私がトイレに行くととなりにCOWがたっている。彼は饒舌な男ではない。「元気?」「まあまあ。」「仕事は続いている?」「なんとか」とそんな会話だけが前を向いて並んでたっている30男の間でかわされる。もう一人の知り合いとして、一時うちのバンドのボーカルになっていたが、今年の3月に結婚&出産で休業中のKGちゃんも来てくれた。彼女は子供の写真を配ってくれた。

そんなことをしていると不思議なことだが客席がだんだんと埋まってくる。最初は、店の人と聞いてくれる他のバンドの人、それにHOKの一族しか来ないのではないかと思ったがどうやらそんなことはないようだ。知った顔ばかりであるはずもないのだが、何故か人がたくさんいて、最初私たちがうそぶいていたような「そんなに客席のことに気なんかつかわなくてもいいよ」という状況でもないようである。

5分前になった。YDが「そろそろアップした方が」と言ったのに促され、私は「みなさーん」とみんなを呼びに言った。

リハーサルの時に気がついていたことだが、私が今まで人前で歌ったとき、というのは、客席のほうからこちらに向けてライトが照らされていた。客席は逆光になって私からは見えないからあまり緊張せずにすんだのだが、今日はそういうわけにはいかないようだ。かなり客席がはっきり見えてしまう。まあしかしこうなればそんなことは言っていられない。上着を脱ぐとステージ(とおぼしきエリア)の脇に置いた。

皆がレディとなったところで、ステージの脇を観ると主催者が「どうぞ」とか言っている。私が「何か挨拶は?」というと主催者がでてきてペラペラと口上を述べた。それが終わるといよいよ本番だ。最初の曲は筋肉少女帯の日本印度化計画。昨日と今朝さんざん練習した動きをやらなくてはならない。私は客席に背中とお尻を向けて足をがばっと広げて腰を下げた。

理論的な手はずは以下の通りである。ドラマーが(私は彼の方を向いている)1,2,3,4,とスティックをふったところで「にほんを」といいながら、正面を向く。続けて「インドに」と言うと、HOKとハナちゃんが「しってしまえー」と叫ぶ。そのリズムに合わせて曲が始まる。この曲はとてもハードな曲(バンドの誰にとっても)であり、仮に私が最初に異常に早いテンポで、「にほんをインドに」と言ってしまうと後の曲に対してかなり好ましからぬ影響を与える。それが昨日何度もこの動きを練習した理由なのだ。

ふときがつくとドラマーがスティックをふっている。しかし私はまだ心の準備ができていない。私は「もう一度」と頼んでちょっと精神を統一した。いくら演奏とはいえ、人前で「日本をインドに」などと叫ぶにはちょっと心の準備が必要なのである。

「1,2,3,4」とスティックが振られたのにあわせて私は「にほんを」と叫びながらぐるっと前を向いた。これが我々の演奏の始まりだ。

後でドラマーから「いや。あまり早く出過ぎないでありがとう」と言われたことからしてたぶんこのとき私はタイミングよく歌い出したのだろう。いつものことだが、それまで緊張したり練習したり不安になったりしながら、本番というのは結構そしらぬ顔で「あれ、もう本番?」とどっかで考えながら進んでいく。このときのそんな感じだった。最初の曲は簡単な歌詞だが、1番から3番までが結構似ており、おまけに歌詞にあまり意味がないから、時々練習の時も間違える。この日も一カ所地名を歌うところでちょっと頭が飛んでしまった。しかしこの曲の難しいところはそこではないのだ。

途中で間奏がある。この間奏は前半がちょっとインド調であり、途中で一気に正統派のロックンロールになる。その間ボーカルというのはやることがないから、ぼーっとつったっているのがいやであれば、踊るしかない。後半部分は普通に踊っていればいいが、問題は前半部分だ。インドの踊りとはどのようなものであろうか?私は今年話題になった「踊るマハラジャ」はみていないし、あの踊りはたぶん一人でやっても面白くなかろう。マイケルジャクソンのBlack and Whiteのなかにちょっとだけでてくるインドのダンサーがいるが、その踊りはとてもまねできるようなしろものではない。練習の時に一度腰を落とした姿勢でふるんふるんと腰をふってみたが、TKさんから「品位にかける」と指摘を受けた。結局答えがでないままこの本番に臨んでしまったのだが、つまるところはつったっていた気がする。

「ちゃちゃちゃちゃん!」という演奏とともに曲は終わりとなった。客席を観る。ちょっとの間の後に拍手がぱちぱちと聞こえる。これでホット一息だ。

実際この場合私は物理的にも一息つく必要に迫られているのである。最初の曲はとても呼吸器系に負担をかけるものだ。

「Polypus & JMSでーす。大変息切れのする曲をしましたが、次は美しい曲をいきます。ボーカルもいきなりHOKに交代です」と言って、次のEric ClaptonのChange the worldという曲に移る。

この曲ではHOKがVoであり、私とハナちゃんがバックコーラスだ。しかし本当の事を言えばちゃんとバックで歌っているのはハナちゃんで、私はほとんど口パクなのである。この曲はHOK自身が選んだだけあって、とてもすばらしい出来だ。(他人の声を聞いているのは気楽なものだ)私はハナちゃんの動きを横目でみながら併せて適当に右にいったり左にいったりして踊っている。曲が終わる間際から拍手がまきおこり、その拍手はしばらく続いた。

「さて、次はさらに美しい曲をやってみたいと思います」ということでハナちゃんボーカルのジャーニーのLightsという曲だ。今度は私は口パクですますわけにはいかない。この曲は3人ともちゃんと独立したパートをもって歌わなくてはいけないのである。私は「たいへん美しい”はず”の曲でございます」とかなんとか言った後に曲がスタート。ハナちゃんはそれまで気を使ってのどを大切にしていたせいもあり、昨日の練習の時とは別人のような声を聞かせてくれる。しかし感心している場合ではない。コーラスが近づくにつれて私の血圧は上昇する。練習の時もHOKは常に完璧だったから、間違えるとすれば私なのだ。

そしてその結果と言えば実は知らないのである。この文章を書いている時にはまだ私はビデオを一度も観ていないからだ。しかし仮に私がコーラスを少し間違えたとしても、ハナちゃんの歌のすばらしさはそれを吹き飛ばすようなものだった。歌い終わるとともに大きな拍手がおこったのである。

さて次はちょっと元気になってドゥービーブラザーズのChina Globeという曲で、これはリハーサルで6割がたやっているので、気楽である。おまけにこれまた3人でわーわー歌う曲だからご機嫌なのだが、不思議なことにCOWの2次会でやったときも今日もこの曲が(私だけが歌った曲を除いてだが)一番演奏の後拍手がでるまでの間が空くような気がする。

さて、今回何を気にしていたかと言えば、時間コントロールである。とにかく私は小心者だから、時間オーバーというのを異様に気にする。持ち時間は35分だが、それを越えれば強制的に切られてしまう、と案内にも書いてあった。だから、いつもはベルトにつけている時計をちゃんと腕にして(これは何年ぶりのことであろう)時間を気にしていたのだが、残り2曲。さて、時間はとみてみればなんとまだ15分しかたっていない。残りは2曲だというのに。

動揺した私は「おい15分しかたってねえぞ」と言った。すると誰かが(たぶんドラマーとStoneだと思うのだが)「何かしゃべれ」と言われた。

「次の曲は本日皆様が一番ご存じの曲と思います。ArmageddonのI don't wanna miss a thingという曲でして。。」と私はこの映画に出ていたLib Tylerの美しさについて語った。彼女の演技はどうか知らないが、その美しさはこの世の者とは思えない。省みるにこの曲を歌っているSteven Tylerというのは彼女のオヤジであり、こちらのほうはこの世のものとは思えない声を持っている。正直言えば最後のシャウトするところは私にはかなり無理がある。それが私がこの曲がはいるのを大変怖れていた理由であるが、今更なんともすることができない。

この曲の最初は私のソロのようなものだ。ふと気がつけばStoneは最初のコードを弾いていてくれている。そうだ。もう歌い出さなくては。私はしばらくの間目を閉じていた。そして歌い始めるときに自分の顔から汗がだらだらと流れ落ちているのに気がついた。

この曲は英語で歌っていれば誰もあまり気にしないだろうが、日本語に訳すとべたべたのラブソングである。日本語の軟弱なラブソングを歌えといわれると発狂する私だが、この歌は別だ。ストレートにべたべたするのと、ちょっともってまわったベタベタさは私には大きく違うものに思えるのだが、しかし歌っている間そんなことを考えていたわけではない。

君のすべてを観ていたいから、目を閉じたくない。私にはこういうセリフをはける相手はいないし、正直言って過去にいたのかどうかも覚えていないが、今はその歌詞のままに思い歌うだけだ。

曲が終わるとたぶん私はちょっとほっとした顔をしていたのではなかろうか。たぶん今回の演奏でこの曲が一番私が怖れていたものであったのだろう。-本当はそうあるべきではなかったのだが-

「さて、最後はにぎやかに行きましょう」というセリフの後に最後はEaglesのGet Over itである。こちらは愛とは何の関係もない、大変ご機嫌な曲であり、歌詞である。一番好きな曲だし、歌にも熱がはいる。最後の

"Get Over it"という声ともに我々の演奏はお開きとなった。「Polypus & JMSでしたー」と言った私は一礼した。そして拍手の中を退場である。

ご機嫌になって、脇によけていけば他のバンドの人たちが「お疲れさまでしたー」といって、拍手をしてくれた。私はこれがとてもうれしかった。今日初めて合った人たちなのに拍手をしてくれるとは。あまりに機嫌がよかった私は演奏始めにステージ脇に置いた荷物を忘れていたので、もう一度とりに帰った。ステージの上では主催者がしゃべっている

「Mixというのでしょうか。色々なジャンルの曲を一つのバンドでやってしまうという。。」

その声を聞きながら思った。これで我々のバンドからするとかなり曲を絞り込んだのであるが、今日Every Little Thingをやったらなんと言われていたであろうかと。

 

さて、これで今日のお仕事はお終いだ。みんなご機嫌になってステージをおりて、控え室に向かう。私はようやくカンフー着から着替えてこれまたご機嫌である。あとは他のバンドの演奏を楽しむだけだ。。。そのとき誰かが言った「ちょっとまて。まだセッションがあるぞ」と。うむ。そうであった。まだ完全に気を抜いてしまうわけには行かない。

しかしまあそんなことは後に考えよう。私は飲む量が大変機嫌に比例する人間であるから、昨今はほとんど酒はのまない。しかしこんな時に飲まなくてどうするのであろう。バンドメンバーの子供達は一番後ろのエリアを占領して、ほのぼのとした空間を作り上げている。私はビールを買うとそこに腰を落ち着けてぐいぐい飲んだ。こうしたおいしい酒が飲める機会というのはそうたくさんあるものではない。

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注釈

いつもはベルトにつけている時計:なぜこんな時計の付け方をしているかについては、「五郎に関するFAQ」参照のこと。本文に戻る

Armageddon:(参考文献一覧)私のこの映画に関する感想は参考文献経由、映画評参照のこと。本文に戻る

飲む量が大変機嫌に比例する人間:(トピック一覧)今の会社では一滴も飲まない。本文に戻る