題名:主張-献血について

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日付:2000/11/5

Good Day | Bloody Day


献血について-Bloody Day

相手をしてくれるのは愛想のよい女性である。私の前に椅子にねそべって献血をしていたのは、世間で言うところのヤマンバギャルだ。どうやら友達と来ているらしく

「じゃあ先に行っているね。まってるからね」

と数度繰り返している。江戸時代だったかそれより前の時代だったかの日本女性-お歯黒をして、まゆげを抜いた-をみた西洋人が

「日本の女性は確かに人工的な醜さにおいては傑出してる」

という感想を述べたことがあったとかなかったとか。数百年だか数千年だかの時をへて、日本民族の遺伝子奥深く女性が人工的な醜さを極めようとする傾向が刻み込まれているのであろうか。しかしその女性は丁寧に挨拶をして車をおりっていった。その丁寧な態度と、黒と金色のまだらになったつむじのあたりを交互に観ているとふと妙な感じに襲われるが、まあ古今東西を問わず若い頃はとかく妙な格好をしたがるというのが正解なのかもしれない。私だって若い頃の写真など出されたら

「頼むからしまってくれ」

と言いたくなる。

さて、今どは私の番だ。ヤマンバギャルがさっきまですわっていた席に座ると、はい。これをにぎってくださいと言われて何かを渡される。これは握ってはみたもののその姿を確認しなかったから最後まで何かはわからなかった。

すると彼女が何かを言い出す。本当の事を言えばよく聞き取れないのだが、どうやら昨今消毒に使うくすりが変わったことを説明しているらしい。昔は消毒といえば、あの

「さわーっとする」

ものを塗ってお終いだったのだが、昨今はヨードなんとかが使われるとのこと。最初にさわーっというのを塗って於いて、次に茶色の液体を塗りつける。こういうのもずいぶんかわるでしょ、と言われる。私はあいまいにあいづちをうつ。さっきイソジンがどうのこうのと聞いたのは、イソジンがヨード系のうがい薬であることと関係があることまではわかったのだが、そのイソジンがどうかかわってくるのかは解らずじまいだった。たとえば世の中にはヨードハイなるものがあり、ヨード系のなんたらを塗布するとご機嫌になる人種が居る。この献血車の中でそんなハイになられては困る、とかそうした理由でなかっことだけは確かなのだが。

さて、このヨードの消毒液は、一度乾かないととだめとのこと。

「一分ぐらいかかります。握ってなくていいですよ」

と言われるから、先ほどから犬のように忠実ににぎりしめていた手の握力をゆるめる。がんばって損した。

 

さて、いつしかヨードも乾いたらしい。いよいよ針をちくっと刺す瞬間がやってくる。この瞬間、針を見つめてしまうのと、見つめないのとどちらがいいのであろうか、というのは興味のある設問だ。見つめたほうが

「ああ。あと1cm、あと5mm,そろそろくるぞ」

という心構えはできるが、自分の肌に針が差し込まれるのを観たくない、というのも本当だろう。逆に針を観なければそうしたグロい光景は見なくてもすむが、いつくるのか、まだこないのか、ああ。こちらの恐怖をよそにお姉さんは遊んでいるじゃないか、などという相手のみえない恐怖を味わうこともない。

 

さて、おまちかねの「ちくっ」という瞬間の後、ふと管をみれば、血がどわーっとでており、袋にたまっていくのが見える。なかなか景気がよろしい。私は数秒阿呆のごとく感心してみていたがそのうち相手が袋を下にしまってしまった。こうなると私はヒマである。

ぺたぺたとテープなどはって管を固定すると暇なのは相手も同じである。先ほどの女性をつかまえてなにやら話している。どうやらこの前に献血した人が

「子供が”クレヨンしんちゃん”の真似をするようになってから行儀がわるくなってねー」

と嘆いていたとのこと。先ほどの女性によれば

「”クレヨンしんちゃん”って、母親を名前で呼んだりするから、あまり子供にはみせたくない漫画ですよね」

とか言っている。私は何故かしらねどこの漫画を知っているので

「”オラ、腹へったぞー”とか言うんですよね」

と言った。腕から鮮血がほとばしっている状況でなければもっと似たような声がだせたものを。この状況ではどうしたって声はこわばってしまう。

 

さて、いくばくかの時間の後に袋は満タンになったらしい。かの女性が管をとりはずしてくれた。正直言えばこの針を抜くときは刺すとき同じくらい痛いのではないかとだいぶ身構えていたのだが、いつ抜いたかもわからないくらいだった。彼女はにこにこしながらこういった。

 

「はやいですねー。すばらしい出足ですねー。」

 

世の中には

「相手はまず間違いなく好意から言ってくれているのだろうが、どう反応したらいいかよくわからない言葉」

というのが存在している。正直言えば女性に「はやいですねー」と言われると別に心に何もやましいところがなくても何か考える男性は少なくないのではなかろうか。

そして「すばらしい出足」にいたってはもうどうしたらいいかわからない。理性はこう私につげている。そりゃそうだ。彼らは一定の設備を使ってできるだけ多くの人の献血をさばかなくちゃいけないんだから、10分かかるよりは5分ですませてもらったほうがよかろう。一人の人があまり長くこの椅子を占拠していると表で順番を待つ人がでてくるかもしれない。そして

「すいません。急ぎの用事があるもので」

とせっかく献血の意気に燃えて来てくれた人が帰ってしまうかもしれない。確かに「すばらしい出足」というのは歓迎すべき事柄なのだ。しかし先ほどの「血圧コントロールの為の、自分のミイラ妄想」にとりつかれた私はついこんな事を考えてしまうのだ。

私は何故かはしらないが切り傷を負って倒れている。そうして倒れているのは私だけではない。しかし傷口から一番いきおいよく血を流しているのは私だ。このままでは一番早く失血死してしまう。なんとかせねば。そうあせる私の傍らにはこの女性がにっこりとほほえみながら

「はやいですねー。すばらしい出足ですねー。」

と語りかけてくれる。

いや。こんな事を考えていてもしょうがない。私はとりあえずにっこりと笑った。相手は

「お忙しいところ貴重な時間をいただいてありがとうございました」

と言ってくれる。こちらは

「いや、ぷらぷら歩いているだけですからね。少しは世の中のお役に立たないと」

と言う。仮に忙しい人であっても「いや暇ですから」というのかもしれないが、私は本当に暇である。しかし相手はいたく感心したような様子で、ここのところいかに神奈川で血液を集めるのが難しいか、をひとしきり説明してくれた。私はなんとなく

「ありがとうでした」

とか言ってはみたものの相手もそう言っているのである。まあお互いありがたやありがたやと思っているのだから問題はない。

 

外に出ると待望の「ごほうび」である。これも最近はバラエティに富んでいるようで、お茶とジュースの選択ができる。体重が気になる私としてはお茶を選択だ。一気に飲むと相手があれこれ渡してくれる。それを読んでみると一枚は

「自己申告のお願い-エイズ感染の可能性のある方」

である。

これは前にも考えたことがある。このチラシをみて、自己申告をする人はどのような心持ちなのだろうかと。

ある人は献血前の問診表の項目をみて

「これはやばい」

と思ったが、その場では言い出せず献血をしてしまうのかもしれない。あるいはたとえば友達といて

「献血でもしようよ」

と言われて断ることができず、相手にも言い出せない。そして後で「自己申告をする」ということなのだろうか。

 

ちょっと憂鬱な気持ちになってもう一枚のチラシを観る。こちらは

「献血後の注意!!」

となっており、二つもついているビックリマークがただごとならぬ何かを思わせる。しかし読みだすとなかなか興味深い内容であることに気がつく。

「針を刺したところは、もなないでください」

なるほど。子供の頃注射の後というのは一生懸命もんだものだが、これは別に何かをいれたわけではないからもんではいかんのだな。

「2時間以内の飲酒・入浴は避けてください。(喫煙は約30分後)」

注射の日は風呂にはいるなと言われたもんだが、2時間後だったらいいわけか。しかし喫煙が30分後、ってのはいったいどういうことだ。

「本日は水泳、マラソンなど激しいスポーツは避けてください」

そんな運動は献血をしようがしまいが考えたこともないわい。

「頭がボーッとしたり、めまいがしたら、すぐにしゃがんでください。」

......あの...まあ確かにそうするのが安全ってのはわかるんですが。。。もうちょっとなんとかならないものでしょうか。。たとえば。。。たとえば。。。水泳をしていてめまいがしても水の中でしゃがむんでしょうか。おっと。今日は水泳しちゃいけないんだった。

 

さて、そんなことを考えながらチラシを眺めている間に、さっき私にお茶をくれた女性があれこれ話してくれる。私はなぜか今日は大変幸せな気分になっていたので、これからも機会があれば献血でもしてみようか、と妙な献血意欲に燃えている。

「どれくらいの間隔で献血できるんですか?」

と聞くと相手の女性はあれこれと丁寧に説明してくれた。この女性は話をするとき実に興味深い表情をする。最初は必ず下を向いている。話し始めると相手のほうに顔をむける。しかし目は閉じられている。その状態でしゃべっているのだが、そのうち目が開き始める。いくばくかの時間ののち、目は完全にひらく。するとなかなかきれいな人だということに気がつく。そこでこちらがしゃべるとまた視線をおとし下を向いて最初からやり直しだ。あまりに興味深いのであれこれ質問をして、ずいぶん献血に詳しくなってしまった。

 

またもや礼を言うと、その場をさった。受付の机に座ってからというもの、会う人会う人にこにこしてくれて実に感じがよかった。空はますます青い。本来で言えばすぐそこにある地下鉄の入り口から地下にもぐり、地下鉄のったほうが家には近いのだが、こういうご機嫌な日はそうあるもんじゃない。外が見える電車で帰ることにした。駅から家まではちょっと遠くなるけど、こんな日だからのんびり外を歩くことにしよう。

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注釈