題名:映画評

五郎の入り口に戻る

日付:1998/3/8

修正:1998/10/16

1800円

1080円

950円

560円

-1800円

題名一覧


1800円

Armageddon(1999/1/29)(参考文献に戻る

この映画は普通だったら1080円の範疇かも知れない。ストーリーに突飛なところがあるわけでも、人物ドラマに目を見張らせるものがあるわけでも、映像に意外なところがあるわけでもない。しかしこの映画に1800円の価値をつけたのは今の私の状況と関係がある。

Deep Imapctを女性の映画とするならば、この映画は男性の映画だと思う。全編力とテンポそれにプロ意識に満ちている。だが考えようによってはその描き方はちょっと浅いかもしれない。しかしこの映画は特に2点で私の頭をゆさぶった。何故か?

まず一点。Liv Tylerの演技が上手かどうかはわからない。しかし彼女は確かにAttractiveだ。彼女が出たシーンで一番気に入ったのは最後の外出をAJと楽し んでいるところだ。なぜだかわからないが、あの砂漠の真ん中のような一軒家でのんびりと寝転がっている二人はとっても「こりゃええわい」と思えた。私はも ともと砂漠を走り回るのは好きだが、ああいう光景を見ているとのんびりと寝転がっているのも悪くないかと思える。しかし考えてみればそうやって女の子との んびり寝っころがる、なんてことをしたのは何年前のことだろうか。普段こうやって男女がいちゃつくシーンなどは気にもとめないのだが、このシーンだけは ちょっと脳裏に残った。

もう一つ私の頭を動かしたのは、この映画に出てくる男達はちょっと嫌われ役ででてくる将軍から穴掘り屋に至るまで皆ちゃんと仕事をしていること だ。今の私は性格診断をすれば「抑鬱症、情緒不安定、内向的、心身症、神経症」と診断される身の上だ。原因は分かっている。今の私はポルシェを三輪車につ いて後を走らせるような事をしている。そんなことをすればエンジンがふっとぶのは当たり前だが今はそれをやることで金をもらっている身分だ。

この映画に出てくる男達は危機に直面してそれぞれの力をもって働いている。穴を掘る人間は穴を掘ることに自信と誇りを持って穴を掘る。空軍の大 佐はスペースシャトルを飛ばして帰還すること、それと己のミッションを達成することに責任を持っている。客先にペースをあわせるために意味のない3分で終 えられる作業を3日も続けることはしない。今の私にとって力を最大限に使って働いている人間の姿というのは、とてもこたえるものなのだ。I can do that. I know that. I've done that. But I have no chance now.だからもしこの映画をみて他の人が涙を流したとすれば、それは感動や哀しみの涙だったかもしれない。しかし私が涙を流したとしたらそれは悔し涙 だったのだ。

この映画ではNASAのお偉い人が主任管制官のような役ででてくる。私は主任管制官はある意味宇宙飛行士よりもChallengingな仕事で はないかと思っている。だから彼が「私も宇宙飛行士になりたかった」と言うところだけがちょっとひっかかる。彼のこの映画の中での働きは実に見事なものだ と思うが。それにどう考えても「ロシアの宇宙ステーション」は蛇足としか思えない。つれつれと考えるとこの映画が公開当初評論家からそろって酷評された、 というのもなんとなくはわかる。しかし情緒不安定私の頭はぐらぐらとゆさぶられた以上、1800円のカテゴリーにいれてしまうわけだ。

ちなみに松田聖子もほんのちょい役ででてくる。セリフは"But I want to do shopping"の一言だけ。彼女よりは名もないタクシーの運転手のほうがセリフが多いくらいだ。彼女はこの映画にでるためにいくら使ったのだろう。彼女の財布から金がでているわけだろうから別に他人が口を差し挟むことではないが。

 

プライベートライアン-Saving Private Ryan(1998/11/28)

映画を見に行ったのは久しぶりだ。この映画は長い間観たいと思っていたのだが、環境の変化のおかげでずいぶん遅くなってしまった。ある晴れた暖かい午後にこの映画を見に行くことにした。以前から戦闘シーンのすごさは噂で聞いていたのだが。

最初にまず老人が、家族と一緒に戦士の墓を訪れる。その十字架が機械的なリズムを持って映し出される。

次にシーンは1944年に飛ぶ。このシーンは何と表現したらいいのだろう。観ている間にこれまで読んだ戦場を書いた文章の表現が浮かんでは消えていった。(特にノルマンディー上陸作戦の本だが)

腹からでた内蔵を抱えている兵士。反吐のにおい、跳弾の音。つっぷして動けない兵士。爆発とともに吹っ飛ぶ兵士。文字だけ読んで「ふーん」と 思っていた事が突然リアリティを持って目の前に展開されたような気がした。それとともに何故戦場で暴行、略奪等の犯罪が行われるのか。何故軍隊は命令絶対 厳守で、過酷な訓練を課すのか。「鍛え抜かれた古参兵」とはどういうものなのか。そうしたことが頭を横切っていった。この映像が答えかも知れない。

何故この映像を観ることができるまでに50年以上もかかったのだろう。今までの戦争映画はなんだったのだろう。この映像で他の戦争映画と比べて 際だっているのは「音」の使い方である。銃弾、爆発、叫び声、死の音は冷徹に無機的に響いてくる。勇壮な映画音楽などが出る暇はない。

最後のシーン。Tom Hanksが"Earn this"と言う。そして彼は息を引き取る。ここで涙を流した観客が周りに何人かいた。しかし私が泣いたのはそこではない。

シーンは現代に戻る。ここではもう十字架は一定のリズムに従って並ぶ幾何学的な図形には見えない。一つ一つの十字架が個性をもった人一人一人を表しているように見える。家族と共に墓を訪れた老人が妻に聞く。

"Do I have a good life ? Am I a good man ?"

そして妻が"Yes, you are"と答える。

今の私にとってはこの言葉はとてもこたえる。Private Ryanのように私は一生懸命生きていると言えるのだろうか。この映画に描かれている人達が居る。そしてこの素晴らしい映画を作り、世の中に問う人達が居る。なのに私は全て自分のせいだが、髀肉の嘆をかこっている。

 

余談であるが、クレジットをみて初めて私が好きな俳優Ted Dansonが出ているのを知った。しかし未だにどこで出ていたか分からないのである。多分この映画はまた観る機会があるだろう。その時の探すことにしようか。私が観るだけでなく、この映画はもっと多くの人が見るべきだと思うのだが。

余談第2弾。スピルバーグというのはどういう人間なのだろう?彼の作品は多くの分野でClassicとして残るだろう。そしてそれをリアルタイムで観ることができるのは幸せなのかもしれない。

 

転校生(1983)(参考文献へ

この映画をTV見たのは大学の時で、私は旅行中だった覚えがある。

正直言って何故この映画を見ようとしたか覚えていない。何かの予告編で、男の子と女の子が入れ替わるという一種漫画では古典的な設定を使っている、と知っていたからだろうか。

最初はやたら女の子(外見は男だ)が泣きわめき、それに男の子(こちらは女だ)が乱暴に接するのでやたらいらいらしていた。私は自分が小心者でいつもうろたえたり、怒ったりするので、そういう場面を映画で見るのはとても嫌いだ。

しかし話が進むにつれ。。私の心はとても静かになっていった。尾道の景色、男の子、女の子。最後にしばらくとぼとぼと歩いているが、そのうちスキップして走り出す女の子の後ろ姿。

その日の日記には「転校生を見る。青春」と書いてある。

この時以外、前にも後にも私は青春などという言葉を使ったことがないのだが、このときはこの言葉しか思い浮かばなかった。多分今でもそうかもしれない。

この映画を見て以来、私は大林宣彦監督の「尾道3部作」を見ることになり、そして旅行で中国地方を旅行するときは必ず尾道を通るようにした。最 初に行ったときはそうでも無かったが、最近はそこらへんに「ロケ地マップ」なる言葉が目に付くようになった。もうこの映画が作られてから15年を超える月 日がたったが、この映画が新しい観客、感動する人々をひきつけている証拠だと思う。

 

廃市(??)(参考文献へ

この映画を見たのは大学生の時だろうからおそらくもう15年も前のことだろう。

ちょうど大林宣彦監督が、「時をかける少女」を原田知代主演でとった後だったと思う。16mmフィルムの作品。

この映画の主演女優は、「転校生」の小林聡美だ。転校生の時とはうってかわってとてもおちついた感じの少女を演じている。姉妹から愛される相手は峰岸徹だ。後に岡田友希子のことで有名になった人だが当時はそんなことを考えもしなかった。

映画はたんたんと静かな感じで進んでいく。当時愛読していた「ぴあ」という雑誌のコラム欄のようなところに「日本の映画、という感じ」という感 想が載っていたが、私も全く同感だ。ひそやかに滅んでいく町と、その町の上で描き出される人間模様。こう書くと何か非常によくある感じのようだが、映画は 川の流れる音とともにたんたんと静かに、心に深くしみいるように進んでいく。

幸か不幸かこの映画も私の文章力のかなたにあるようだ。ただこの映画を1800円のカテゴリーにいれるのに躊躇するつもりはない。

 

この映画を見た後に、撮影の舞台となった柳川に行ってみた。柳川自体は、映画に描かれた町よりもはるかに近代的な明るい町だ。ただ観光船にのって回ってみると映画と全く同じ風景をたくさん目にすることができる。

 

Cinema Paradiso:ニューシネマパラダイス(1991/?)(参考文献へ

この映画は私はStanfordにいるときに見に行った。毎週土曜日の夜には学内で$3くらいで映画がみれたのである。

ルームメートが「見に行こう」と誘う。私は「何だその映画は?」と聞き返した。正直言って聞いたこともない題名だったからだ。

彼は「とにかく行こう」と誘う。私も宿題を放り投げて腰をあげた。

映画が終わって、私は彼に「さそってくれてありがとう」と言った。彼は「こういう映画は低予算で作られたと思うけど。。。いいよね」といった。

実はこの映画は一度しかみていない。ビデオにもとってあるのだが、なんとなく観る気がしないのである。一度観ただけでいくつものシーンが頭の中に残っているからかもしれない。

字幕は英語だった。盲目の元映画技師が少年に町を捨てるところを勧めるシーンがある。そこでの字幕はこうだった。

"You are young. The world is yours"

当時私は29歳だった。今は35歳になってしまった。今でもYou are youngなのかどうかはしらないが、このセリフは脳裏に焼き付いている。ちなみにTVで観た日本語字幕は「おまえは若い」だった本当のイタリア語でなんて言っているか知らないが、私は英語字幕で観たことはとても幸運だったと思っている。

長々と私がうけた感銘を書けるだけの筆力はないのでサイドストーリーだけ書いておく。

きれいな女の子が歩いていく。それを男の子達が観ている。彼女がハンカチ(?)を落とす。その瞬間男どもはダッシュする。フランス人のルームメートに言わせると「イタ公はあれだから」だそうだ。

私はこの映画は「男の子の映画」だと長年思っていたが、結構女性のファンも多いようだ。考えてみればそれぞれの人にそれぞれの感銘があるものだろう。

 

Good Will Hunting(1998/4/27)

この映画が始まってからしばらく、この「映画評」に書くくだらないネタを考えていた。曰く「さすがにMITはMade in Taiwanと異名をとるだけのことがあって、アジア系が多いわい」とか「主人公に拒否されるセラピストを見ていて、自分のある場合の話し方に似ていることに気がついた。私は合コンの類で、女性に大変に不愉快な印象を与えるときがある。その頻度はどのくらいかわからないが、0%でないことが確かである。それは、このセラピストのような話し方をしているからだ」とか。

しかし映画が進むにつれてそんな雑音は消え去り、一心にスクリーンを見つめてしまった。

「天才的な数学能力を持つが、心を開かない主人公が、セラピストとのふれあいを通じて、だんだん心を開いていくという、愛と感動のストーリー」 などというストーリー紹介で、「ふーん」と想像するような登場人物は一人もでてこない。登場人物の一人一人が、脇役からチョイ役にいたるまで、全てのシー ンが信じられないくらいよく考えられており、すばらしい。

 

あれこれ映画を見ては「パターン通りだ」などとしたり顔で感想を書いていたが、この映画をみて頭をふっとばされたような気がした。したり顔で偉ぶっていると必ず後悔させられるものである。

きっと世の中にはこんなすばらしい映画を作れる人がまだまだたくさんいるに違いない。私は7回生まれ変わってもこんな映画を作ることはできないだろうから、せめてこの映画のすばらしさを文章で描けるようになりたいのだが。

 

Contact コンタクト:(1997/7/26)(参考文献一覧に戻る

私が愛するJodie Foster主演の、地球外生命との「コンタクト」を描いた作品。

日本が妙な形ででてくるところだけが気になる。日本に設置された「2号機」に乗り組む前に主人公が泊まっている部屋は和洋折衷のなんともへんな 部屋だ。そして主人公を「2号機」に案内する二人は、握手ではなく、礼をして立ち去るのである。いまであれば大抵の日本人は、相手が握手を習慣としている 国の人であれば、握手をすると思うのだが。(握手をしながら頭をさげてしまう日本人は多いが)

しかしそんなことを忘れさせてくれるようなすばらしい映画だった。「オッカムのかみそり」 は科学と似非科学、疑似科学を区別する説明の際にはかかせない「思考節約法」である。しかしこの映画では「科学者」であるところのカールセーガンがその経 験則を「間違っているが世間からみれば妥当な主張」をサポートするのに使わせている。実際「オッカムのかみそり」は有益な経験則ではあろうが、とんでもな い間違った結論を導くのにも大変役立つ。

宇宙からの信号をとらえてからそれが何を意味するのか、解き明かすまでの流れはとてもExcitingだ。そして主人公である一人の科学者がどのような考え方をして、どのように変わっていくのか。。これもまた興味深い。

Jodie Fosterの演技は例のごとくすばらしい。公開直後は「これでオスカーの主演女優賞にノミネートか」という声もあったのだが。。。

この映画をみた帰り、まさに日が沈んだばかりで、星が輝き始めた夕暮れの風景の中をドライブして家に帰った。あまり楽しいことの多くなかったデ トロイト生活だったが、このときは与えられた環境に感謝した。日本で混んだ車と電柱だらけの道をドライブして帰ってもこのような感じは味わえなかっただろ う。

 

七人の侍:(1997/8/23)

私の好きな"Cheers"というコメディの中にインテリぶってるお姉ちゃん、Diana chambers が「荒野の7人」をTVでみよう、と言っている仲間にこう言い放つシーンがある。

「ウェスタンには興味がないけど、荒野の7人は、もっと優れていて、かつ複雑な"Seven Samurai"のリメークだから、比較してみるのもおもしろいかもね」

この映画は、たぶん小学生の頃、TVで観たと思う。「荒野の7人」のほうを最初に観ていたので、荒野の7人の誰が、この映画で誰に相当するの か。もし筋が似ているとすれば(本末転倒だが)誰が最後まで生き残るのか、などと考えながら観た覚えがある。そのときは特に強い感銘をうけたわけではな い。なんだか白黒で、確かに荒野の7人と同じようなストーリーだった、と思った程度だ。

さて時は流れて。。。。それからおよそ20年ほどたち、私はミシガン湖のほとりで同じ映画をアメリカのTVで観ることになった。Bravoとい う名作映画チャンネルが黒沢明監督の作品をよく放映していたのである。そして私は先ほどのCheersの中のセリフが何を意味していたかをようやく理解す ることになった。

荒野の7人はいかにもアメリカ映画であり、筋は単純明快。それに比べてこの映画は確かに一筋縄ではいかない。小学生だった私にはそれはわからな かっただろうが。。。旅行先で、こんなにモーテルに閉じこもってTVなど観ている場合ではない、などと心の片隅で思いながら最後まで観てしまった。各登場 人物の個性が見事に描かれていて、見飽きることがない。

この映画に対する賛辞はそこらかしこで見受けられるだろうし、私が何か気がきいたことがかけるわけでもない。が、一つ妙なことだけを書いておく。

鉄砲という武器が発明されるまでは、「技量抜群、一騎当千の強者」というものが存在し得た。「七人の侍」の方にはそれがでてくる。しかし鉄砲は 人間の技では防ぐことができず、、しかも遠く離れたところから、反撃を受ける畏れなしに相手を攻撃することができる。しかもそれが子供が手にしたもので あっても、屈強な大男の命を奪うことができる。

この兵器の登場により、「一騎当千の強者」の時代も終わりをつげたのだ。それは「七人の侍」でも伺うことができるし、「荒野の7人」でガンマン 達が命を落とすシーンに今ひとつ重みや、緊迫感がない原因にもなっていると思う。銃声が鳴り響く。「うっ」とうめいて、はいおしまいである。

三国志」の世界にも一人で二万の敵に相当する武芸抜群の武人がでてくる。しかし鉄砲が存在するようになってからそういう人の名は絶えて聞いたことがない。戦闘機乗りでは未だに武芸によって個人名を馳せた人がいるが、この世界もそう長いことはないかもしれない。

しかし心配することはない。一騎当千の強者が存在しうる世界はまだまだあるのだ。プログラミングはその数少ない世界の一つだと思っている。もっともそれについての物語は三国志ほどおもしろくないかもしれないが。

 

戦場のメリークリスマスMerry X'mas Mr. Lawrence(1983?)(参考文献へ

この映画を初めてみたのは学生の時だった。

当時大変話題になった映画だったのだが、例によって不精者の私はなかなか腰をあげなかったのである。コメディアンとして知られていた北野たけ し、Musicianとして知られていた坂本竜一、一時2枚目の代名詞だった(少なくともそう思っている女友達を一人知っていた)デビッド・ボウイが出演 ということで話題にはことかかなかったのであるが。

さてある機会にこの映画を観ることになり、、、途中から食い入るようにTakeshiの演技ばかり見つめていた。ある雑誌には「当時の日本人のまずしさまで演じきった」とあったし、あるカラムには「圧倒的な存在感」と書いてあった。

私には未だにあてはめるべき言葉が見つかっていない。ただ最後のシーンを(TVか何かでちらっとみて)知っていた私は、その前になると「もう一 度Takeshiがでてくる」と待ちかまえ、最後の"Lawrence! Meryy X'mas, Merry X'mas Mr. Lawrence"というTakeshiのアップに打ちのめされたような気がした。映画が終わってあの音楽(この映画の音楽も見事なものだったが)が流れ てもしばらく席を立つことができなかった。

映画の筋等について特に感想は述べない。私にとってはTakeshi以外のこの映画の部分はかすんでしまっているからだ。それらが悪いというのではない。あまりにもTakeshiの印象が強すぎたのだ。

 

ターミネータ(???) (参考文献に戻る

この映画が話題になっていたのは知っていた。そしてある日TVでやる、というので弟に「どんな映画だ?」と聞いた。

彼の答えは「アーノルドシュワルッツネーガーが殺しまくる映画だ」であった。

確かにその通りだ。筋はとりたててどうこう言うものではない。しかしそれだけでここまで面白い映画ができるか、というほど面白くそして怖かっ た。この映画がそんなに巨額の予算をかけてつくられたとも思えないが、有名になったI'll be backとともにはじまるPolice Stationの殺戮シーンは、圧倒的な強さを見せつけるものが持つ恐怖感にあふれていた。

それから日本で、そして米国で何度かこの映画を観る機会があった。筋は分かっているのにいつも手に汗を握り、くいいるように画面をみつめてしまう。おそらくはこの映画もClassicとして残るのではないか。

この映画はどういうわけか全編とても暗い雰囲気に満ちている。何がと言われると説明に窮するが、他の映画で観たことが無いような「声高に主張しない」暗さだ。この暗さ、と恐怖がこの映画を傑出したものにしている。

ちなみにターミネータ2という映画も作られた。公開当時はSFXが大変話題になった。こちらはビデオでみたが、退屈で、途中を早送りしてしまった。なかなか柳の下に泥鰌はいないようである。

 

さびしんぼう (1985/4) (参考文献一覧に戻る

何かの映画を観たときにこの映画の予告編を観た。さびしんぼうの格好をしている富田靖子がほほえむ表情が印象的だった。

それからこの映画のポスターを観た。髪の長い少女の写真にふっとびそうになった。(これも富田靖子だが)この映画は私が入社した直後に公開された。

会社が終わった後に、ネクタイをしめたまま、この映画を見に行った。(まだ入社直後の私はネクタイをしめていたのである)

見終わって、、、併映の「カリブ、愛のシンフォニー」とかいう映画の松田聖子のきんきんするような最初のセリフを聞いたところで席をたった。そ して自分がネクタイをしめた社会人になっていたことに今更のように気が付いた。映画を観ている間、私の頭は高校生の頃にそれとは気が付かずにもどっていた らしい。

脇役にいたるまで、すべての出演者の演技はすばらしい。私は富田靖子を愛しているが、それを抜きにしても彼女の一人二役は傑出した出来だったと 思う。最初は長い髪の富田靖子をみて脳味噌がふっとびそうになった私だが、映画を観たあとでは白塗りのピエロの格好の富田靖子がとても綺麗に思えるように なった。

そうした解説など抜きにしても、この映画を観て私と同じ気分を味わった人は結構世の中に多いのではないか。そして多分この映画を観た人は「別れの曲」を聞くたびにこの映画のことを少しは思い出すようになったのではないか。

蛇足の感想をもう一つ。「転校生」で夏を描き、「時をかける少女」で春を描いた大林宣彦監督であるが、この映画ではの「暖かい日溜まりの冬」を見事に描いている。やはり監督自身がその土地に育って、その季節と共に暮らしてきたからだろうか。

 

Silence of the lambs-羊達の沈黙(1991?)(参考文献に戻る

この映画はアメリカで見に行った。Stanfordに居たときに、香港青年、香港姉ちゃんと、台湾娘と一緒に行ったのである。

「何を観よう?」と相談したときに映画に当時から詳しかった香港青年がいくつか案をだした。その中にこの映画がはいっていたのである。彼はこの映画は"Serial Killer"に関するものだと言った。

当時私は"Serial Killer"なる言葉の意味を知らなかった。そして軽い気持ちで「おお。それにしよう」と言った。

今にして思えば私がこの言葉の意味を知らなかったのは幸運であった。私は小心者だからいわゆる怖い映画は大嫌いである。"Serial Killer"=連続殺人者だと知っていればこの映画を決して観なかった物を。しかしもし観なかったら私は人生にそう多くはないすばらしい映画と出会うこ とはなかったのだ。

英語で観たので、正直筋を追うのに苦労した。しかし筋があやふやでもこの映画のすばらしさは伝わってきた。この映画は1992年のアカデミー賞 を総なめにした。この年のアカデミー賞で何度あの音楽が演奏されただろう。主演男優賞をとったアンソニー・ホプキンス、主演女優賞をとったJodie Fosterの演技がすばらしかった。とくにアンソニー・ホプキンスの演じるレクター博士の"No!" とか"What was it ?"の恐ろしさは今でも忘れられない。ちなみにこの"No!"はしばらく我々の間ではやっていた。

「○○しない?」

"No!" (Anthony Hopkinsのまねをしながら)

と言った具合である。私が愛するJodie Fosterも可愛い笑顔から冷徹な顔。そして最後の対決シーンまで息詰まるような演技を見せてくれた。

ちなみに私が筋を理解できたのは、原作になった小説を読んでからである。原作に関する感想は参考文献一覧を参照のこと。

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注釈

Earn this:この言葉はとても訳しにくい。多分そのうち別の文章で取り上げるだろう。本文に戻る

 

Ted Danson:私が好きな米国のTVシリーズCheers(参考文献一覧)の主人公。バーテンダーのSam Malone役の俳優。本文に戻る

 

日記:(トピック一覧)こういうところで引用できると、やはり日記をつけていてよかったと思ったりするのだが。本文に戻る

 

私は合コンの類で、女性に大変に不愉快な印象を与えるときがある:(トピック一覧参照)これはだいたい「こちらが話しかけても女性が反応せず、女性同士で会話を始める」といった現れ方をするようである。

まことに愚かなことだが、私はこの事実を、たまたま合コンで私が不愉快な印象を与えた女性の友達から聞くまで全く気がつかなかった。それどころか 「なんだ、こちらが話しかけているのに女同士で話すとはけしからん」と逆恨みしていたのである。かくのごとく自分を客観的に見つめるのはとても難しい(トピック一覧へ)。本文に戻る

 

偉ぶっていると必ず後悔させられる:トピック一覧)この信条こそ、何度もひどい目にあいながらちっとも身に付かないものの一つである。理由はわからないが、人類が進化する過程でどこかに「偉ぶるのは快感だ」という遺伝子が組み込まれているらしい。それが種の保存にどのようなメリットがあったのかどうかしらないが。本文に戻る

 

Cheers:(参考文献一覧私が好きな米国製の30分ものコメディ。本文に戻る

 

 

オッカムのかみそり:トピック一覧参照)いろいろな言い方があるが、「ある事象を説明する理論が複数ある場合には、もっとも単純で直感的なものが正解である可能性が高い」というものである。ある本に乗っていた例では、

子供達が雪投げをして遊んでいる。一つの雪玉がある紳士の帽子にあたって落ちた。これは

説明1)雪玉が帽子に接触し、運動量保存の法則により、帽子が移動し、頭から落ちた

説明2)雪玉が接触しようという瞬間に空から目に見えない天使が降りてきて、帽子をはたきおとした。

であれば、説明1のほうが正解である可能性が高く、説明2を立証しようと探求するのは時間と労力の無駄の可能性が高い。

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Seven Samurai:本文には全く関係がないが、この題名を聞くとかならず何年か前の「新春スター隠し芸大会」の中の「七輪の侍」という劇を思い出す。最後のシーンで全員七輪にあたっている、とそんだけのものだったが。 本文に戻る