五郎の
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日付:2008/4/1
1800円|1080円|950
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見ながら考えていたのは
”もしジョージ・ルーカスに正気が少しでも残っていれば、この映画を見たあとでStar Warsを作ろうとは思わないだろう”
常日頃”映像表現が云々などはまともな話あってのこと”と主張している私だが、この映画には素直に驚いた。
予告編を見ればストーリーはほぼ把握出来る。ある惑星に鉱物資源が豊富に存在する。海兵隊+営利企業はその上に住む異星人を立ち退かせようとする。かくしてドンパチが始まるのであった。
”異星人”はNative Americanとも、無数に繰り返されてきた”土地を侵略された土人ども”とも受け取れる。したがってこうしたストーリーも何度となく映画化されたわけだが、この映像はどうだろう。
ナウシカの影をいくつか挙げることもできるだろう。しかしこの25年の間、日本人が作ったの映像は牛歩の進み-しかも進んでいるのは宮崎ひとり-だったのに対し、ハリウッドはここまで到達してしまった。
2 時間27分の間に、実写を少しでも用いた部分はどれだけあるのだろう。しかしいくつかのシーンを除いてそんなことを感じさせもしない。実写か否かに 関わらず思わず息を飲むようなシーンをいくつも展開してみせる。空を飛ぶ島、惑星に生きる異星人、動物たち、燃え落ちる巨大な樹。
主人公は下半身不随となった男。しかし自分の”アヴァター”とリンクしている間は惑星パンドラの大自然の中を自由に飛び回る。映画の途中で
”どちらが現実かわからなくなってきた”
と主人公がつぶやく。見ている観客も多くはそう考えたのではなかろうか。
陳腐なストーリーにものすごいCGといえば、最近ではStar Wars 1-3.しかしそれがいかにも”つけたしました”というCGだったのに対し、この映画のそれは見たこともないレベル。サマー・ウォーズなど見て”映像表現が素晴らしい”などと言っている輩は豆腐の角に頭を打ち付けた上で冬の伊勢湾にダイブすればよいのではなかろうか。
この映画はこの後”新たなスタンダード”となるのだろうか。”面白い映画とは”ただそれだけをつきつめた結果がこの作品なのだと思う。
冒頭、フランスの農家にドイツの軍人が訪れる。あくまでもにこやかで丁寧なJew Hunter.彼と農夫の会話はあくまでも静か。しかし柔かな言葉の裏にあるいやらしさ、恐ろしさ、緊張感に思わず前のめりになる。
おそらく多くの人の印象に残るのがこのランダ大佐だ。フランス語、ドイツ語、イタリア語、英語を自由に操り、粘着質の笑顔ですいすいと 泳ぎ続 ける。嫌悪感を通り越し強烈な存在を意識させられる。
さ て、ブラピはアメリカ軍の中尉。ナチを残虐な方法で殺す事だけを任務にしたユダヤ人部隊を率いる。1944年、彼らにある任務が課せられ る。ドイツの英雄を描いた映画のプレミア上映会。そこにナチの高官が集まる。彼らを映画館ごとの爆殺せよ、と。しかし彼らを殺そうとしているのはブラピ達 だ けではなかった。
ゲーリング、ゲッベルス、ボアマン、ヒトラーが一つの映画館に集まっている。戦争が終わるのは翌年だから暗殺計画は、、と私のような人 間は暗 黙裏にストーリを型にはめて考える。しかしタランティーノにはそんなことはどうでもいいことなのだ。そこからの展開に唖然とする私を尻目にブラピのテ ネシーなまり?の英語(米語か)が響き続ける。
現首相の”友愛”思想を賞賛するお子様はこの映画を見るべきではない。不愉快になるだけだと思うよ。2012でもみてな。
しかし
どんな分野に従事している人でも良い。”面白い”とはどういうことかを少しでもまじめに考えたことがある人はこの映画を見るべきだ。
この映画の登場人物達は”型通り”なんてことは勿論”一筋縄では行かない”をも通り越している。映画のお約束、あるいはお約束に対する 反抗、コメディ、史実への批判、主張、そんなものは”面白い”じゃない。タランティーノの”面白い”への追求はそんなところでは止まらない。キル・ビルの時も思ったが映画の”嘘”をさら け出し、使える物は何でも使いバラバラにしたあげく再構成。ヒトラーですらもこの映画では”一つの駒”でしかない。
しかし最後にはすべて脱ぎ去った
”面白い”
という感情だけが残る。凄い。
最後に関係ない話を一つ。今度ドイツ人にあったら
”3って指でどうやるの”
と聞いてみよう。