五郎の 入り口に戻る
日付:2011/12/28
1800円|1080円|950 円|560円|-1800 円|値段別題
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メリル・ストリープの演技がすごい。これで主演女優賞を取らなければ誰が取るのだ、というくらい。しかし定義によってこういう映画にな
らざるを得ないのだが。。
映画の宣伝は基本的に静止画で観ていた。「まあがんばっちゃいるがメリル・ストリープだよなあ」と思う。しかし映画は動画。スクリーン上
で声を発しているのはサッチャー以外の何者でもない。
かつては英国首相。しかし今や認知症と戦っているサッチャー。冒頭彼女が一人で牛乳を買いに行く。そのシーンだけで現在の彼女を見事に 演じてみせる。話し相手は夫の幻影。そうした「現在の彼女」とともにサッチャーの生涯が回想として語られる。親の店の手伝いをしながらひ たすら勉強。Oxfordに入学し、政治の道を目指す。そこは完璧な男性社会。その中で彼女は戦い続ける。
サッチャーが党首選挙に立候補したころの英国は、まるで今の日本をみるかのようだ。国家財政は破綻しかかっており、失業率はとんでもな く高い。テロリストが爆弾爆発させていないだけ今の日本のほうがマシか。
その中にあって、「選挙参謀」は彼女がマイノリティであることが強みになると主張する。そこから首相を目指す彼女の戦いが始まる。
話はフォークランド紛争に。戦死者の家族に自ら手紙を書くサッチャー。確かに「母親」が軍のトップにいる事は歴史的に観てもまれかもし
れない。説得に来た米国国務長官を子供扱いするやりとはおそらく事実に基づいているのだろう。そして閣僚を些細なことでイビリ抜く姿も。
危機に当たっては暴君が必要とされることがある。そして危機が去れば暴君は追われる。
場面は時々「現在」に戻る。やはり痛々しい。痛々しいが現実だ。彼女が「今」話すことができる相手は「夫」。彼女は「自分が正常だ」と
主張しようとうれば、夫の幻影を排除しなくてはならない。そして映画はさびしく終わる。
この演技が主演女優賞を取らなければ誰が取るのだ、というのようなメリルストリープ一世一代の見事な演技。私がサッチャーという人、彼 女を産んだ時代について調べようと思ったのも収穫。しかし満点をつける気になれないのはなぜだろう。
年とった親父が、酒飲みながら馬を競り落とす。畑を耕すための農耕馬買いにきた筈なのに、サラブレットに大金をはたいてしまう。
それから一家は苦境に陥る。金返せなきゃ出てけ、と言われる。畑増やすから秋まで待て、となんとか問題を先送りする。しかしサラブレッ トは畑をたがやすための器具を首にはめようとしない。親父は怒って馬を撃ち殺そうとする。無茶苦茶である。
しかしそこで映画を見放さなかったのは、「俺も似たようなもんだな」と思うからだ。俺も駄目親父。さて、息子は馬を一生懸命育てる。そ のうち悪徳地主もそれなりに良い奴だと言う事が解る。(手加減はしないけどね)そう。この映画は「良い人」に満ちている。意地悪な人、厳 格な人はいるが、根っからの悪人はでてこない。なのに起こるのは戦争。
「戦争は大事な物を全てうばっていく」
そう語るドイツの将校は、どれだけ大切なものを奪われたのだろう。
戦争にいく軍人に馬を売り飛ばすことで、親父は苦境を乗り切る。それからこの馬は何人かの乗り手を経る事になる。イギリス人、フランス 人、ドイツ人。
私にとって一番印象に残ったのは「中間地帯で協力して馬を助ける二人の青年」だ。英語を流暢にしゃべり、ワイヤーカッターを手渡すドイ ツの青年。彼は何故自分が英語を上手にしゃべるか語りはしない。馬を自由にしたあと、どちらが馬を連れて行くかで議論になる。ボクシング で決めよう。いや、そんなことすると戦争になってしまう。コインを投げよう。
この二人の会話は、戦争がいかに無意味で無駄なものかを雄弁に物語っている。協力して一つの命を救った二人は、それぞれ の塹壕に戻り殺しあわなければならないのだ。スピルバーグは例によってくどくど説明はしない。泣いたり叫んだり、というありがちは表現で はない。「戦争を始めた悪い奴」を出したりはしな い。
最後のシーンで登場人物達は何も言葉を発しない。しかし感情は観ている側にちゃんと伝わってくる。押さえた表現でそれでも観客にメッ
セージを伝える技はさすがというべきか。
予告編を観る。ハードにアレンジされた「移民の歌」が印象的。おもしろそうだけど、なんだか痛そう。どうしようかな。
見終わってみればスェーデン版「犬神家の一族」であった。確かにとても痛い場面もあるのだが、不意打ちは無い。そして3時間弱のものす ごく長い物語なのだが、最後まで食い入るように画面に見入ってしまった。
名誉毀損の裁判で負けたジャーナリストことダニエル・クレイグに奇妙な依頼が来る。スェーデンの同族企業の総帥とも言うべき男が表向き は自分の伝記を、本当の依頼は数十年前殺されたと思しき親戚の女性の謎を解いてほしいという。いや、そんな昔の事をいまさら調べろと言わ れても。
それと平行して顔にたくさんピアスをつけた女がジャーナリストの事を調査して報告する。彼女は後見人をつけさせられる立場。精神的に問 題があると思われているのだ。そしてそういう世界は決して奇麗事ではすまない。いや、細かく書かないのだがこの部分は痛いし怖い。あんた そんなことをさせちゃ。
さて、自伝+何十年前の謎をとこうとするクレイグである。原作がある話だけに犬神家のややこしい家系が説明される。しかしそれを全然理 解できなくてもあまり困らない。どわーっと情報をぶつけられるが、退屈させられることはない。しかし大分時間が立っているのに話は拡散し ていくばかりで大丈夫かしら。
そう不安になったところで、クレイグが入れ墨女を雇う事になる。(後で知ったのだが、この入れ墨女は、ソーシャルネットワークのエリカ 様とのこと。プロだなあ)そこでようやく二つのストーリーが交錯する。
この入れ墨女は誰もが一緒に働きたいと思うような相手だ。冷静で優秀。無駄口を叩かず、ガツガツと仕事を進める。それとともに眉毛無
し、顔中ピアスだらけ、やせ細った彼女がどこか可愛く見えてくるのは監督と女優の技というものか。
話は犬神家の業の深さを思い知らせ一応の解決を見る。しかしそこからも話は続く。「半分真犯人」が言った通り「後片付け」が重要なの だ。少し寂しい、しかしそうならざるを得ない奇麗な後片付けが終わったところでエンドロールが流れ始める。
聞くところによれば原作がある物語で、一度は映画化もされたとか。ということはこれがあたれば続編も作られるわけだな。今から楽しみ。 主人公が老けても困るから早めに作りましょう。こっちも早く観たいし。
追記:さらに後で知ったのだが、あの「依頼人」はサウンド・オブ・ミュージックの大佐だった!
ヘロインの過剰摂取で死亡した母親の隣で、息子はぼんやりTVを観ている。こいつはアホか。
一人になった彼が頼ったのは、疎遠になっていた祖母。彼女には3人の息子が居る。それぞれ犯罪家業で身を立てている男達だ。
犯罪一家には警察のマークがついている。さあ、息子君。警察に彼らを引き渡すんだ、とは思わない。警察は思うがままに銃をぶっ放し「目 を付けた男」を殺害する。「どっちもどっち」だ。
そうした環境に放り込まれた息子君はどうすればいいのか。彼はこうつぶやく。
「他の子供と同じ。ただ適応するだけ」
アホとも見えた息子君はきちんと適応する。確か彼の台詞で
「犯罪者はいずれは自滅する」
と言っていたように思う。そう悟っていても彼には犯罪者達と一緒に生きて行くしかない。家族の一員としてみれば彼らは親切でさえある。 トイレのあとはちゃんと石けんを使って手を洗え。
そのうち家族と警察の間で殺し合いが始まる。観ているうちなぜ犯罪者の組織が強力なポリシーを導入しようとするのかについてぼんやり考 える。「解決方法」として法律や道徳を捨て犯罪を選択した時点から、組織には頼るべき「別の何か」が必要になる。そうしないと組織内の 「問題解決」にも犯罪が使われてしまう。
どんな組織もそうであるように、警察にもひどいのから真面目に職務に取り組んでいるものまでいろいろいる。しかしそれに頼ることもでき ない、と息子君は悟る。(映画の中で彼が知らないことだが、警察を動かしたのは実は「身内」の祖母だったのだ)しかしその「悟り」を披露 したりはしない。ただ黙って「アホ男」のまま。しかしひとりっきりになった時、表情のない彼が一度だけ涙を見せる。そして彼はただ泣くだ けで黙ってしまいはしなかった。
最強の「偽装」はアホと見せることだ。そんなことをぼんやり考える。彼は彼としての行動をとった。途中までは「ああ、犯罪者は結局捕ま
る話なわけね。こんな長々とやらなくても」と思っていたがそんな映画ではなかった。ではどんな映画なのか。思い返すたびに評価が上がって
いく。御見事。
ちなみに英語がさっぱりわからない。スクリーンでわからない英語を聞くのは初めてではないがこれは初めて聞くパターンだ。オーストラリ ア英語の一種なのだろうか。
トム。今後もこのシリーズを続けるつもりなら、監督を固定しなさい。ブラッド・バードで決まりだ。
意外に面白かった一 作目、最低、最悪の2−3作目。というわけで期待値0で見に行ったのだが、予想を裏切られた。 面白かったのだ。
とはいえ、大満足まではいかない。冒頭導火線がぐるぐると燃えて行くのにあわせダイジェストが流れる。面白い趣向だが、ちょっと間延び している。あとエンドクレジットのあの変な音楽はなんなのだ。
などとぶつくさいいながら、特にドバイのシーンが良かった。トム・クルーズがビルを超高層ビルをぴょんぴょんするところでは思わず股間 を押さえ(男性にしかわからんか)「二つの部屋のトリック」ではいつ見破られるか、うまくいくのか、とどきどきする。このシリーズ伝統の 「ちょっと正当的ではない美女」が二人でてくるが、彼女達のどつき合いシーンのボーナスまである。
難しいシーンには、事前に台詞で説明が入る。言葉だけ聞いてわからなくても、問題はない。画面を見れば何をしようとしているかはちゃん と解る。面白いのは
「敵の反応を読んでいたのか?」という質問に対して
「まさか。とっさに考えただけ」というやりとり。確かに弾丸は絶対あたらないのだけど、それなりに失敗もする。それでもとにかく最後ま であきらめずミッションを達成しようとする。こういう現実っぽさ(あくまでも「ぽさ」だが)は悪くない。
そうした姿勢は最後の「愛情の表現」にも現れている。やたら口で愛を唱えたり、銃をぶっぱなすだけが愛ではない。イーサン・ハントの妻 は絶えず敵から狙われることになる。であれば、夫婦生活とはどうあるべきか。その静かな表現だけで二人の愛は十分観客に伝わってくる。い や、御見事。
是非”5”はバード氏に作って欲しい。ぎこちない箇所があったように記憶しているが、次回はモアベターなのでは、と期待してしまう。