題名:映画評

五郎の入り口に戻る

日付:2003/12/24

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560円-Part6

ネバーランド-Finding Neverland(2005/1/16)

実話に発想を得たピーターパンの作者の物語。ひょんなきっかけから4人の息子をもった未亡人と知り合いになった主人公(ジョニー・デップ)は彼らとふれあっていくうちピーターパンの着想を得、舞台の脚本として仕上げていく。そのとき未亡人が病に倒れるのだった。

出演者は他にダスティン・ホフマン(演劇のプロデューサー)、タイタニックの女の人(未亡人)と盛りだくさん。おまけにどう転んでも感動大作になりそうな設定だというのに何も感じなかった。クライマックスで私の目には涙が滲んでいたが例によってあくびをしていたからなのだった。

何がいかんのだろう、と見終わった後に考える。最初の方で現実世界と想像の映像が何度か切り替わる。それはまるで「ビッグフィッシュ」のよう。つまりやりたいことは解るけど、別に面白くはない、というやつだ。途中ネバーランドというキーワードが何度か使われるが、それがどんな場所で(子供だった自分が永遠に住んでいる場所、と言いたいのだろうか。。。)なぜ拘るのかが観ている側(少なくとも私)につたわってこない。おまけにクライマックスのシーンで

「みんなが妖精を信じれば彼女(母親)が助かる!さあ、信じる人は拍手!」

などと子供達に妖精信仰を強要するのもいかがなものであろうか。ここで未亡人の母親が真っ先に拍手をするのは、それまで意識していなかった「母の娘に対する愛」を思い出させて良いと思うけど。

とはいっても私の隣に居た人は涙をぬぐっていたようだからきっと感動する人は感動するのだろう。不幸にして私はそうした感性を持っていなかったが。


ハウルの動く城(2004/12/3)

最初から最後までわけがわからなかった。

某インタビュー記事によると、宮崎監督はここ数作意図的に「起承転結」を崩すことを試みているとか。確かに「千と千尋の神隠し」には起承転結がないが見事なできだった。

しかるにその次の作品であるところのこの映画は「年老いたのかな。。」としか考えられない。壊せば良いという物ではない。思わせぶりな断片の集合に自分の思い入れを注ぎ込んで激賞する人にこの映画は良いと思うが不幸にして私はそうした感性を持っていない。出だしからかなり退屈していたのだが、最後まで見れば何かあるかと思って座っていた。でもって最後はそれまでの話とは隔絶し、陳腐で無責任な「ハッピーエンド」だそうです。起はあるが承転はさっぱりわからず唐突な結がくっついている。

そもそもソフィーは何故そんなにハウルに入れ込んだのでしょう。Star Wars Episode 2と同じく美しい容姿に惚れ込み己の妄想を投射したのでしょうかねえ。韓国ドラマに主演した男性に狂ったように突進する中年女性と同じように。

まあそれでも、-1800円にしないのは、絵が綺麗だったからだろうか。。自分でもよくわかんないのだけど。作り手の幼稚さに腹が立つというのではない。過去には名作を造ることができた人間が老いてこうした支離滅裂な物語しかつくれなくなったのを淡々と眺めているような。。


ヴァン・ヘルシング-Van Helsing(2004/9/4)

映画が始まる前館内に音楽が流れる。あれ、これどこかで聞いたことがあったような、、と考えればリディックにそっくりだ。

映画を見始めても、いくつか他の映画が頭をよぎる。珍兵器おたくは007だし、ハイドが暴れるところはリーグ・オブ・レジェンドとか。主役の人は、X-Menで鉄の爪をもつおじさんの筈なのだが、何故か見ているうちにハムナプトラの人のように見えてくる。と思ったら監督が同じ人だった。インディ・ジョーンズもどきを作った人だからあんまりそういうことは気にしないのだろうか。

日本だったら妖怪ハンターと呼ばれるだろう人が、ドラキュラ退治に出かける話。フランケンシュタインのモンスターとか狼男とかとにかくあれこれでてくる。設定に無茶や都合のいいところは満載だが、まあそれをあれこれいう映画でもないだろうし。(とはいっても「ドラキュラが子孫を残す方法」周りはあまりにデタラメだと思うけど)いろんな映画をまぜこぜにしたような感じだがテンポは悪くない。

ということで比較的のんびり楽しく観ることができ、

「これは950円かな」

と思っていた。ところがいつまでたっても話が終わらない。なんで2時間13分もあるのでしょうか。こんなノリではとてもそれだけの時間、緊張感を持たせることなどできはしない。90分くらいにしてくれたらもうワンランク評価が上がったかもしれないけど。最後の戦いは話の都合上「鐘が鳴ってから戦い始め、12回鳴り終わるまでに決着をつける」という制約がついている。でもって「をを。これは息の詰まるような緊迫した戦闘場面が見られるか」と期待していれば、鐘は最初の一つだけ鳴っただけであとはだらだら戦ってるし。

ちなみにヒロインの女性はパール・ハーバーの人。美しいけど一種類の表情しか見せない。他にも「綺麗なだけ」の女性が何人かでてきます。まあ、ハムナプトラだからねえ。。


リディック-THE CHRONICLES OF RIDDICK(2004/8/9)

一言で言えばUSA版CASSHERNである。悪者軍団の鎧がCASSHERNのマスクと妙に似ているとか、何の役にも立たない細かいセットとかどうでもいいストーリーとか冒頭のやけに説明的なナレーションとか。

もっともCASSHERNが中学一年生の作品だとすると、こちらは高校一年生くらいの作だろうか。だから身の丈を超えた「戦争反対」を叫んだりはしないし、ストーリーの破綻も「比較的」少ない。しかしあくまでも高校生の作品だから登場人物がしかめっつらしかしないことや、状況や演技からストーリーを観客に推測させる、なんて事ができずに全てを台詞で説明してしまう事位は大目に見なくてはいけないし、面白さを期待してはいけない。

そもそも「悪を倒すのは善いもんではなく、悪い奴」とかいう台詞が冒頭にあったような気がするのだが、このリディック君はとっても良い奴ではないか、という根本的な疑問も映画を最後まで観た後では消え去る。暗くてごてごてしたセットの連続にうんざりしてそんな「些細な」事などどうでもよい、という気分にさせてくれるからだ。


ハリー・ポッターとアズカバンの囚人-Harry Potter and the Prisoner of Azkaban(2004/7/3)

ハリーポッターの三作目であり新しい監督が担当しているとのこと。一作目二作目は映画評を書くのに苦労した。「うまく説明できないけど面白い」というのが本当の所だったから。

しかし私が説明できようができまいが、その面白さは監督の絶妙な手腕やら何やらによっていたのだろうな、とこの映画を観た後では思う。登場人物がすっかり成長してしまった事を除けば同じハリー・ポッター。しかしこれは何なのだ。映画の中の色々な要素はばらばらなままだし、ホグワーツの校長先生はどうしようもなく薄っぺらだし(役者さん変わったものね)主役3人の演技はやたら下手くそになっているし、それにこれが一番大きな問題なのだが私には話の核心部分-アズカバンの囚人を巡る人間関係-がさっぱりわからなかった。ぺらぺらと台詞があったはずなのだが、そこを一瞬でも聞き逃すと話は全然見えなくなる。それともなんですか。原作を読んでいることがRequiredですか。

見る前から映画評での評価が妙に低いことは知っていたのだがそれも宜成るかなといったところ。こんな調子では4作目以降が作られるかどうかも怪しい物だ、、とはならんのだろうが。


デイ・アフター・トゥモロー The day after tomorrow(2004/6/6)

冒頭南極の氷の上で観測をやっている人たちが登場。さて氷がいきなり割れました。

ここで主人公たる親父はいきなり割れ目を飛び越え向こうに行く。何をするかと思えば採取した氷の柱を三本ほど抱え、また幅跳びで無事戻ってきた。あんたそんなもののために命を危険にさらすわけ。(この柱はその後何の役にも立たない)このシーンだけでどんな映画かわかるというものである。

観る前は「予告編なんだか暗い雰囲気だよなあ。気が滅入っちゃうといやだな」と考えていたのだがそんな心配は無用だった。ノリはGODZILLAに近い。こういうお馬鹿パニック映画ではいくつかの鉄則がある。まず不必要な危機を招く為にはどんな馬鹿な事でも無駄なことでもしなくてはいけない。次に危機が目前に迫った場合には口をあんぐりあけて立ち止まらなくてはならない。

チェイニー似の副大統領が最初は憎まれ役、最後は米国を代表して第三世界の人たちに感謝を捧げる役をやらされる。彼はメキシコのアメリカ大使館から放送するのだが、メキシコが大丈夫なら別にテキサス南部の米国領内でもいいじゃない、、などという突っ込みを入れる気力も映画を観た後では消える。しかしこの疑問だけは避けようがない。New Yorkに取り残された息子を親父が一生懸命助けに行く、というのが話の筋なのだがそもそも親父がのこのこ歩いて行って何の役に立つのか。いや、映画の中で一応は理由らしき物をつけているんだけど、

「別に行かなくてもよかったんじゃなーい」

という疑問は疲れた頭の中に残り続ける。

などと予告編にあった映像以外見所が少ない映画だが、いつも私をいらつかせるNew Yorkの住人達はみんな凍ってしまって出てこないし、息子が熱を上げる女の子が可愛いから560円の価値くらいはある。(髪を縛っている方が下ろしたときより良いと思う私はやはり少し異常だろうか)ちなみにこの手の映画には珍しく世界観光名所壊滅は控えめ。破壊されるのは米国内がほとんど。日本だけ冒頭ちょっとでてきて、気の毒なサラリーマンが雹に打たれる。そこで彼が手から落とすのは最近の日本では滅多に観ないストレート型の携帯。まあリアリティへの熱意もそれくらいってことで。


キューティーハニー(2004/6/5)

何故この映画を観たかと言えばたまたま空いた時間に上映していたからだ。とはいっても最初から心の準備は万全である。漫画のキャラクターと演技を全く期待できない主役という条件の中で何ができるのか。560円か-1800円か。

しかしその予想は裏切られることになる。CMとか予告で何度も観たような映像が映し出されるのだが不思議と不快な気持ちはしない。馬鹿馬鹿しいなりにぽんぽんと話が進む。話はよくわかんないけど、まあ元々期待していないし。というわけで途中「ひょっとしたらこれは980円か」と思ったのは確かである。

かくして最初のナレーションで見放したCASSHERNと異なり、時計を観たのは開始1時間のところだった。しかしそこからは期待通り。この佐藤某という人は愛嬌のあるカエル顔だがスタイルはなかなかしゃきしゃきしている。前半はこの特質をうまく生かした撮り方だったのが、ホテルのカラオケ以降はカエル顔のアップばかりになってしまった。後は坂道を転げ落ちるがごときで、最後はあまりに陳腐な愛と友情と感動をだらだら綴る。

千と千尋を作るのが無理ならば米国の3Dアニメーションを観てよくよく考えて出直すように。感動の描き方は一通りじゃないんだから、などと心の中で制作者に言ってみるのも意味のないこと。でもこういう映画にもいいことがある。始まってしばらくの間若い女性同士がなにやらしゃべっていたが別に気にならなかったし、TVでもやっていた東京タワーが落ちてくる場面で

「ありえねー」

と誰かが言えば皆がにっこりできる。ちなみに何かの番組で監督が

「僕にとって特撮とはミニチュア。東京タワーのシーンで泣きました」

とか言っていた。大抵の観客にとってはCGだろうがミニチュアだろうが二次元アニメだろうがそんなことはどうでもいいことなのだが、まあ監督自身は楽しいと思ってるんだろうなあ。


ビッグ・フィッシュ-Big Fish(2004/5/16)

多少ホラのまじったストーリーを語るのが好きな父。幼い頃は一生懸命聞いていたそんな話も大人になるにつれいやでしかたがなくなり、口をきかなくなる。しかし父が余命幾ばくもないと聞いた息子は父の元に戻り、そして父を理解するのだった。。。

とくれば感動大作だと思うでしょ。父にも息子にもアピールするはずだと思うでしょ。そう思ったのは私だけではないのだろう。上映前映画館を見回し「こんなに(私より)高齢の夫婦連れが多い映画は珍しい」と思った。確かにこの映画には感動を呼ぶはずの要素が山ほど詰め込まれている。しかし何かが決定的に欠けている。結果として心底退屈した。

父のホラ気味の話をいろいろな技術を駆使してそのまま映像化しよう、としたのはわかる。未来の妻に会うとき時間が止まるという予告編のシーンなどに斬新さを感じる人もいるだろう。しかしそれだけで満足してもらっては困る。現実と虚構を行きつ戻りつ観客を引き込もうとしたのだろう、、とぼんやり感じはするがその意図は不幸にして(私は金を払ってこの映画を観たのだから)私を引き込んではくれなかった。どこまでが虚構でどこまでが真実か明らかになる過程もただ「はいはい」と思うだけ。葬式のシーンで少し涙腺がゆるんだが、その時Love Actuallyの葬式シーンを思い出していたからだった。だってあまりに退屈なんだもん。

聞けばこの監督はリメイク版猿の惑星を撮った人とのこと。あの映画を観たときは「この監督は観客をなめているのではないか」と思った物だが、この映画をみて考えを変えた。昔どんな面白い映画を作ったかは知らないが、観客をなめて無くてもこんな映画しか作ることのできない人なのではないか、と。


パッション-The Passion of the Christ(2004/5/9)

キリスト教を含め宗教というものがどういうものか、に興味はあるがキリスト教を信じる気などはない私にとっては

「そうか。この映画が米国では何週連続かでNo1になるのか」

としか感想の書きようがない。

この映画では登場人物が英語をしゃべったりはしない。キリストがとらえられる直前から磔になり復活するまでを字幕付きでただ描き続ける。血が流れ肉片が飛び散る。他に存在するのは埃、怒号、うめき声、泣き声、下品な笑い、音量がやたら大きい音楽。それはかつて行われたであろう残虐な行為-その遺伝子は今日にも受け継がれているはずだ-をそのままに描き出す。そういえば観てショックで死んだ人がいるとか反ユダヤ的だと文句をつけられたとかいうニュースもあったなあ。ややこしい話はいろいろあるのだろうけど、確かにユダヤ教の人が文句をつけたくもなるだろうなあ。

などと考えているうちにイエスは絶命し「信者にしか見えない事象」が連続して起こる。そこまで有る程度のリアルさを感じさせていた画面は一気に軽くなる。やはりこの映画は信者による信者の為だけの映画だと再認識する。かくして、ブレア・ウィッチ・プロジェクトのように「映画自体よりは、何故この映画が話題になったか、のほうが興味深い」ということになる。別の映画の予告編で「イエスとの遺体とおぼしきものが発見された。これは一大事だ。なぜから遺体があるということは復活が無かったということであり、復活がなかったことが実証されてしまうとキリスト教の崩壊につながる」とかいう会話を観たことがある。この映画をみて涙を流す人間は確かにそのように考えるのかもしれん。


ペイチェック 消された記憶-Paycheck(2004/3/23)

映画館についたのはこの映画がはじまってから20分後。次の回まで待つのはいやだから入ってしまう。というわけで最初は見ていない。宣伝から引用すれば

「天才エンジニアのマイケル・ジェニングスは、仕事が終了する度に、その間の自分の記憶を消すことで多額の報酬を得ていた。新しい契約で彼は9200万ドルの巨額を受け取ることになっていたが、3年後記憶を消した彼に渡されたのは、自分が自分に送りつけた19品のガラクタのみだった。」

内容を一言で言えば「とっても頭の悪い映画」である。主人公がFBIにつかまりあれこれされる。ちょっと休憩というわけでFBI捜査官の一人が”19品のガラクタ”の中の煙草を吸う。おい、おにいさん。勝手に証拠品を使っていいのか。そもそも中身が何かわかったものではないだろう。しかしとにかくそのおかげで主人公は無事脱出。かくのごとく19個のガラクタは主人公が危機を切り抜ける時に役立つのだが、袋を開けるとそのとき役立つ物が常に一発で取り出せる、なんてのは些細なこと。

全編この調子。Kill Billのお姉さん事ユマ・サーマンと記憶をなくした間につきあっていらしいのだが、二人の出会いもやりとりも観客に何も感じさせない。ぽこぽこ殴ったり銃をうったり車が走ったり全く関係ない場面で鳩が飛ぶ。あくびは出ないが、涙も笑いも感動も緊張感もない。というわけで最後はやっぱり「どっかん一発Happy end

彼は報酬受け取りを放棄しており、それは仕事の内容についての想像力をかきたてるのだが、映画の最後にはどうしようもなく脱力する落ちが付いている。かくして映画館を出た30秒後には過去2時間の記憶が全て消えていく。本当に頭の悪い映画だなあ。監督のジョン・ウーという人の作品はMI2しか知らない。あれよりましだが、「ずっとまし」とも思えない。

しかしその直後気がつく。入れ替え制の映画館じゃないんだから、次の回の最初まで見ていけばよかったではないか。一番頭が悪いのはやはり私であるか。


タイムライン-Timeline(2004/1/24)

今日の教訓:若い男はかわいい女性を見るとそのことしか考えなくなります。

予告編を見て「頭悪そうな映画だなあ」と思った。私は頭が悪いのでその映画を観た。観終わってやっぱり「頭悪い映画だったなあ」と思う。

過去から親父兼教授のHelp meというメッセージが届く。というわけで学生達が過去に助けに行きました。歴史に精通している人が必要だから学生達に行け、ということだったのだが、では考古学者の卵が過去で何をやるかと言えば「きゃあ。あそこはこうだったのね」とか叫んで状況を悪化させることだけ。

というと普通の「どうでもいい映画」のようにも思えるのだが、この映画には見所がいくつかある。まず英軍はみな悪逆非道の殺し屋ばかりでフランス軍は妙に礼儀正しい。学生達に元海兵隊員がついて行くのだが、そいつらは何の役にも立たず殺される。政治情勢を考えれば英軍と海兵隊に大活躍させるところだが。一人いくのをぐずっていたフランス人学生がいるのだが、「フランス語がしゃべれるやつが必要だ」とか言われてついていく。そして何もしないうちに殺される。どうでもいい映画の割にはやたらと「いいもん」が死ぬ。

でもって大きな見所は二つ。その1。フランス軍のお姫様は確かにかわいい。(都合良く英語もしゃべってくれるし)ヒロインたるべきアメリカ人学生よりずっと良い。見所その2。そのアメリカ人学生にほれている教授の息子がでてくる。こいつが主人公かと思い観ていたのだが、終わってわかったのはそいつの存在感がほとんどないこと。前述のフランス人女性に後先考えず突進した男がほとんど(おもしろくもない)見所をさらっていったのだ。。。。途中から「どうでもいいや」モードに入っていたので今思い出せるのはそれくらいです。あとタイムマシン(みたいなもの)を作った会社の社長がビル・ゲイツを縦にのばしたような感じなのはやっぱり狙っていたのかな。


ミスティック・リバー-Mystic River(2004/1/11)

どこかで顔を見たような人がたくさん出てくる。一番わかりやすいのはMatrixシリーズのモーフィアスの人か。彼らは映画の間中難しい顔をしている。子供の頃遊んだ3人組。一人はチンピラのボスになった-そしてその娘が殺される。もう一人は警官になりその事件を担当。最後の一人は心に虐待の傷を持ち、娘が殺された夜、血まみれになって帰ってきた。

というストーリーなので基本的に笑うどころかにこりとする場面もない映画。なのに私は観ている間少なくとも5回は大あくびをした。この映画は何を描こうとしたのだろう。少なくとも謎解きの興味深さではない。もしそれを期待していたとすれば、最後の種明かしを観て激怒したかもしれない。では登場人物の心の動きか?私は鈍いのでしょうか。何にも感じませんでした。かくのとおりぼやけた映画だから事件が解決した後もだらだらと続く。今思い返してみれば最後の方はだいぶ話のつじつまが合わなくなっていたけど別に気にもしなかった。刑事達が都合良く登場してくれるのも、お約束だからいいとしましょう。今から思い返して書いておきたいのはこのことだけ。

台詞からするとあの男3人は30代半ばという設定らしい。白人はアジア人に比べてふけるのが早い、と思うことがあるけれど彼らはどうみても40代半ばにしかみえんぞ。


マトリックス・レボリューションズ-Matrix Revolutions(2003/12/23)

画面が暗くなる。終わったのか?いや、そんな筈はない。きっとこの後に何かあるのだ。

音楽が流れクレジットが流れ出す。やっぱり終わりかな?しかしなあ。最後に一シーンくらいあるに違いない。

音楽が終わり、どこやらのマークが表示された。場内が明るくなったし「ただいまから場内清掃」とか言っている。ということは本当に終わったのだな。おい、ちょっと待て。

Reloadedとは全てが違うではないか。これは本当にMatrix , Matrix Reloadedと同じ人が作ったのでしょうか。題名に意味はないし、肝心なところを全て避けて作られたReloadedのそれと違い、Revolutionsの予告編はほとんど全てを語ってしまっている。そしてReloadedで思い切り広げた謎解きは全てすっとばしたままだ。あのフランス野郎は結局何者だったのか。イタリア女ことモニカ・ベルッチは今回胸部を異様に強調した姿で座っているだけ。あの白髪の兄弟はどこへいった。で結局あれがReloadedなわけ?モーフィアスはなぜあの段階で満足してしまうのだ。目の前から機械が消えさえすればいいのか。

想像するに最初の地下鉄(のようなシーン)を考えたところで制作者の糸が「ぷっつん」と切れたのではなかろうか。あのシーンだけには前作の雰囲気が残っている。

「おい、この後どうすんだよ」

「しらねーよ。もう俺はやだ。飽きた。集めたお金どうするんだって?じゃあCGをばんばん使おう。CGっていいよなあ。ほら人の目には映らない細かいところまでつくりこんであるんだ」

こんな会話が頭に浮かぶほどそれ以降はあって無きがごときストーリー。前半ザイオンでの戦闘シーンでは確かに手に汗握った。しかしそれ自体はストーリーをどうにかしているわけではない。後半に一瞬映し出された自然の空がそれまで人工的に作られていた映像の中で美しく見えるのが唯一の(私にとっての)見せ場。ネオとトリニティのだらだらした別れで飽き飽きし、スミスとの戦いは「ああ、そうですねえ」と平穏に観、最後がおきまりの「どっかん一発Happy end」になるとはなあ。

考えようによってはこの3部作それぞれに驚かせてくれたとも言える。目の覚めるようなストレート(斬新な映像)。あっと驚く変化球(意表をつくストーリー展開)。そして最後はど真ん中の棒玉(ここでそれを投げるか)

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注釈