五郎の
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日付:2008/4/1
1800円|1080円|950
円|560円|-1800円|値段別題名一覧 | Title Index
なぜ邦題が「マッハGoGoGo」でないかといえば、私より若い人はそもそも「マッハ ごーごー」といっても何のことか分からないから なのだろう。
と
はいえ、私の頭の中では主題歌のサビ部分がちゃんと鳴り響いているし、Los
Angelsに行ったとき「なぜマッハ号を書いたTシャツを売っているのだろう」と思ったのも事実である。というわけで、マトリックスの製作者たちによる
「マッハGoGoGo」の映画化なのであった。
こ
れは想像だが、かの国にもきっと「夏休みお子様向け映画」なるジャンルが存在しているのだろう。この映画がどれくらいお子様向けかといえば、主人公
が彼女にキスするところで、「この後はどうのこうの」と但し書きが入るくらいお子様向けである。
しかしそんなことは、本物の車は一台たりとも使われていない予告編を見たときから承知している。したがってつじつまがどうだとか人物描写がど
うだとかいうつもりはない。しかしなんでこんなに長いのか。2時間15分は普通の映画としては問題なくても、お子様向け映画としてはどうしようも
なく長い。
その割には、話についていくのに苦労する。吹き替え版だからかもしれないが、肝心な情報が抜けているのだ。どっかのぼ
んぼんを優勝させねばならないレースがあるのだが、そのレースがチームで走行するものだと分からなかったので途中かなり「???」となった。レー
スでがんばっても結局株価操作に使われるだけなのさ、というのはいいとして、真田某の会社がでてくる意味あったのか。私が「あれ、どういう仕組みだっけ」
と混乱するということは、小さなお友達置き去りということでもある。そもそもお子様は「株価」なんて知らんだろうし。といっても同じカテゴリーにはいるで
あろう「サンダーバード」よ
りははるかにましなことは確かだが。
というわけで、腹はたたないのだが、思いっきり期待を下げていても楽しく見るわけにはいかない。唯一印象に残ったのはやたら目がでかいヒロイン。出演作を
調べてみれば「モンスター」でシャー
リーズセロンの相手役をしていた人であったか。えっ、この人って27−8なの?
映画の最後に字幕がでる
「これは芸術的創作であり、史実とは異なる描写をしているところもあります」(とかなんとか)
ちょっと待て。これが「芸術」?
い や、全く得るところがなかったかと言えば、そうではない。ラフマニノフといえばピアノ交響曲2番。のだめカンタービレで千秋先輩+Aオケ+シュトレーゼマ ンが演奏した曲だ。その作曲者が、ピアノ奏者でもあったこと。20世紀にも生きていた人だということは初めて知った。家に帰ったらWikipediaをみ てみよう、と固く心に誓う。(ちなみに映画の中で「リストは作曲家としては凡庸」とか言っているがいいのか)
もう一つ面白かったこと。場面の半分くらいはアメリカを舞台としており、ある程度アメリカロケも行っているようなのだが、全く「アメリ カ」に見えないのだ。登場人物が全員ロシア語をしゃべっていることばかりがその理由とも思えない。
などと考えながら観ているうち、懐かしい気持ちになった。ここ10年みていない「日本のエロ映画」にタッチが似ているのだ。あるいは高 校の文化祭でみた8mm映画とか。つまりすべてが安っぽいのだが、邦画やアメリカ映画の安っぽさとはまた違うような。
一 つ例を挙げよう。史実でも評論家に酷評されたという「交響曲第一番」の初演。指揮者がいまいちだったのは本当らしいのだが、映画の中ではいきなり楽譜を落 とし、そこから指揮がでたらめになりオケが不協和音を奏でる。いや、演出というのはわかるけどこれはあんまりでは、などと考えているうち「ラフマニノフの 生涯を1880-1920まで平易に描こう」はおしまいとなる。芸に生きる人間なので、日常生活ではすさまじい「駄目人間」なのだが、まあそれはお約束で あり、特に印象に残るわけでもない。プーチンからエラをとったような主人公の顔は写真で見るラフマニノフに似ているのだが、それがどうした。ラストシーン は「へ?なんすか?」というもので、エンドロールが流れ出すとあぜんとする。
考えてみれば「ロシア映画」をみたのは遠い昔のデルス・ウザーラとレニングラード攻防戦以来か。いや、「ソ連映画」と一緒にすると怒ら れるのだろうか。映画の中でも「ロシア革命」は結構批判的に描かれていたし。
一作目は別として、2作目、3作目のランボーは「アメリカの敵ソ連、およびその同盟国」をやっつけるのが仕事であった。
そのスタイ ルをつらぬくならば、今度は「イスラム教を信奉するテロリスト」を殺しまくらなければならない。しかしさすがにそれはいかがなものか、ということになった のだろう。今回の敵役はアメリカとあんまり直接の利害関係がないミャンマー軍事政権、、とは言えずその一部隊である。
というわけで、今ひと つ大義名分にかける戦いとなってしまったからでもないだろうが、この映画にはストーリーがない。いや、もちろんランボーに深い意味など期待していないのだ が、それでもこんなに筋のない映画は久しぶりにみた。アメリカ人の教会関係者がミャンマーで迫害されている民族に薬とキリスト教の教えを届けにいく。で もって彼らと彼女が捕らえられたので、ランボー+傭兵達が悪逆非道な敵部隊を殺しまくりまし た。以上。
冗 談抜きに話はそれだけである。驚くのはランボーが大して強そうにも見えないところ。弓矢だけで車両を破壊しまくったりしていた男はどこに行った。ランボー 以外の登場人物はみな「誰だっけ」というほど印象に残らない。準主役たる女性すらも。この女性の言うことだけはランボーが犬のように聞く訳だが、それがな ぜかは観客にさっぱり伝わってこない。
というわけでこの映画にあるのはCGによる「迫撃砲や重機関銃で吹き飛ばされる人間」の描写だけである。でもそんなもの見せられてもね え。この映画なんのために作ったのやら。邦題にある「最後の」という言葉を信じればシリーズにケリはつくはずだが。
最初のシーケンスが終わったところでつぶやく。
「もっとまじめにやれ」
なぜこの映画をみたかと言えば「ミスト」の 後遺症で、とにかく明るく楽しい映画を見たかったからだ。だから細かいことを言うつもりはない。何度か笑わせて もらえればそれでいいんだ。
なのにその期待は最初のシーケンスで打ち砕かれる。主人公が、二つの結婚式をかけもちして、タクシーで往復し続ける。しかしそこで笑い もおこらなければ 「ああ、主人公ってこういう人なんだ」というのが伝わってもこない。ただばたばたしているだけだ。
人に頼まれるとNoと言えない主人公。彼女の職業は「New York在住の雑誌編集者」この仕事って映画にやたらたくさんでてくるような気がするが、そんなに「しゃれた職業」だと思われてるのか?職場の上司に惚れ てるけど、その 相手はなぜか自分の妹と付き合い始める。
この「ほれている上司が妹とつきあい始めるところ」は こんな風だ。パーティ会場に妹が入ってくる。それにいきなり上司が歩み寄り、言葉もそこそこにベタベタし始める。いや、別に難しいことをしろとは言わない けど、もう少しなん とかならない?この妹というのが、ブロンド、つり上がった顔のパーツ、空っぽの脳みそ、と3拍子そろった女性。そういうケバい女性に一目惚れする上司がど んな男かと言えば、、、よくわかりません。あとお約束の「主人公がドレスをとっかえひっかえ」のシーンもあるのだが、あまりにも唐突にそれが始まるため、 みている方は戸惑うばかりだ。
というわけで途中から
「霧が現れて、こいつらがみんな食われてしまえばいいのに」
とか
「クローバーフィールドの 怪獣がでてこないかな」
とか考え始める。な のにあんなに暴れていた怪獣たちはなぜかこの映画にはでてきてくれない。
というわけでどうでもよい映画はどうでもよいエンディングを迎える。唯一よいところと言えば、主人公の容貌。特徴がないようで、どんな 格好をしてもそれなり にかわいい。でもそれだけみるために2時間座って、、をを今日は1日だから1000円か。そう考えれば少しは気が安らかになるような。
チャーリーとチョコレート工場で の演技が光っていたフレディ・ハイモアが一人で双子の役を演じる。でもってこのうちの一人が話をリード するのだが、彼のポリシーは
「とにかく禁じられている事を行う」
である。物語の鍵となる妖精図鑑には「読むな」と書いてあるが、ちゃんと読む。その本を「結界の外に持ち出しては駄目」と言われるのだ が、きっちり持ち出す。その度、情勢が悪化していく。もちろん映画だから平和に日々が過ぎては話にならないわけなのだが、こうもトラブルを故意に引き起こ さ れると観ていてイライラする。
でもってお話というのは、その図鑑をねらって悪い妖精がわらわらくるのでそれと戦いました、というもの。この図鑑を取られると妖精から 人類から何もかも駄 目になってしまうらしいのだが、そうした壮大な想定のわりにお話は森の中の一軒家を離れることがないし、全般的に悪者が全然強そうでないのである。という わけで
「まあ、どうやってケリがつくか観ておこうか」と思いながら座席に座り続ける事になる。
するとものすごく脱力するケリがつく。いや、こんなんでやっつけられるのだったら何も大騒ぎしなくても、って確かにあまり大きな騒ぎに はなってないか。(米軍も出動しないし)
ちなみに主人公の家族もおおむね人をイライラさせるのが得意な人ばかり。(主人公も言っているが)旦那様が女つくって出て行くのも当然 と思えてくる。唯一笑った台詞は、主人公から
「これで身をまもって」
と言われ、包丁を2本渡された母親が「New York みたいだわ」とつぶやくところか。
つまるところこれ作った人って「フレディ・ハイモアの一人二役」と「妖精ファンタジー」って事しか頭になかったんだろうなあ。