題名:映画評

五郎の入り口に戻る

日付:2004/11/28

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ルパン-Arsene Lupin(2005/10/16)

「すっごく長くてよくわかんなかったけど、僕は孫の方がおもしろいしかっこいいとおもいました。」

と いうのでほぼ感想はつきてしまう。冒頭ルパンが宝石を盗みまくる。誰かが「きゃー」と言っても「ご心配なく」としらばっくれていたのが、2回目に 「きゃー」と言われるといきなり逃げだし、けっつまづく。そして盗んだ宝石がばらばらと落ちる。えーっとこれは笑う所でしょうか。

というわけでひたすら大仰かつ安っぽい。とはいってもまあ560円かなあ、と思って見ていたがいつまでたっても終わらない。永遠とも思える位長い。そもそもこんなんで話がまとまるのか、と思っていたらいつの間にかエンドクレジットが流れ始めた。

ひょっとすると最後のシーンを作った人間は

「ああ、これこそルパンの悲しい運命とそれを受け入れる決意を無言裏に示した名ラストシーンだ。あの馬鹿なアメリカ人共には作れまい。ボン・ソワール、マドモアゼル」

とか思っているのかも知れないが、すんません。極東の島に住んでいる黄色い働き蟻にはよくわかりませんでした。

年 齢不詳の魔女的な女性がおり、最初はなかなかいいなあと思っていたのだが途中から飽きてきた。主役のルパンもそうだが、なんだかもっと美しく撮るとか間抜 けにするとかとにかくどっちつかずなのであった。ひょっとするとフランスに住んでいる人たちにとってはこういうのが面白いのかなあ。ああ、フランスは遠 い。モンパルナス駅はどこですか?


ステルス-Stealth(2005/10/8)

予告編を観るとこんな映画かと思う。

「米軍がステルス機を開発し、それにトップパイロット3人を乗せました。もう一機無人の人工知能を積んだ戦闘機が加わりました。人工知能は雷に打たれて暴走しだしました。でも人間のパイロットたちは力を合わせてそいつをやっつけ世の中は平和になりました」

映画の冒頭「エンドロールの後に映像がありますから観ていってね」というメッセージが映し出される。こういう注釈を観ると、途中で席を立たれる恐怖に制作者がおののいているのではないかと不安になる。しかしいやな予感にとらわれてもしょうがない。

そう自分に言い聞かせ映画を見始める。途中人工知能を積んだ無人戦闘機が暴走を始めるところまではほぼ前述の通り。

「ああ、映画作っている人間がタイ観光したかったのね」

としか理解のできない余分な「タイ観光案内」もあるが、まあそれくらいは気にしないで560円と980円の間くらいかな、、と思っていた。しかしそこから映画は加速度的に無茶苦茶になる。

最 後はもう突っ込む気力も失せるし、この映画を作った人間はどうでもよい所をやたらと細かく撮したがるからだるいことこの上ない。唯一良いところは主人公の 女の子。設定上は家柄もよくトップパイロットで将来は軍の頂点に立つかも、、ということなのだが、どう見ても普通の女の子である。であるが故に好きな男と 相対した時の表情は結構可愛い。(彼女がサバイバルするシーンの行動はデタラメだがまあそれはこの女優の責任ではない)

それぐらい しか取り柄はないがまあ560円か、、と思っていた。どうでもいいエンドロールが流れ、さて、何を見せてくれるのかと我慢して(既に席を立っていた人は多 かったが)その「最後の映像」を見た瞬間映画の評価は最低ランクに落ちた。人を数分余分に座らせといてこんな意味のないシーンかよ。


奥様は魔女-Bewitched(2005/8/27)

ニコールキッドマンは美人である。スタイルもすばらしい。彼女が目の前にいたら他愛ない事をしているだけでも結構目の保養になるに違いない。

こ の映画を観ていると「つまらない男が↑のように語る」のを103分聞かされているような気がしてくる。(調べて驚いた。そんなに短い映画だったのだ。体感 時間は3時間40分だっが)えーっと奥様は魔女、というシットコムを作成しようと主演女優を捜していたら本当に魔女のキッドマンが来ました。でもって最後 は主演男優と仲良くなりました、という話だ。途中でこういう台詞がある。

「俳優はlooks goodだけど、Deep downには何もないのよ」

こ の台詞はこの映画を形容するのにぴったりだ。美しいキッドマン、それにクズ映画を救済するために多用されるマイケル・ケイン以外何もない。最初はそれほど 悪くないと思っていたのだが時間が経つにつれ評価値は下がり後半は半分寝かかっていた。魔法で何でも実現できる魔女と人間がどのような関係を築くのか、そ もそも私が相手に対する感情は作られたものではないのか、とか面白いネタになりそうなのだが、この映画を作った人間はそんなことはなーんにも考えなかった に違いない。想像だが和気藹々と楽しい撮影現場だったのではないだろうか。作っている本人達だけは。

観る前は「あまりいい評判は聞かないけど、ステップフォード・ワイフよりましだろう」と思っていた。見終わってみれば一応謎があっただけ向こうのほうがマシだった。しかしキッドマンって実はこういう映画が好きなのかもしれん。脳みそ空っぽの登場人物であふれている映画が。


スターウォーズ エピソード3:シスの復讐-Star Wars Episode III: revenge of the Sith(2005/7/9)

今覚えているエピソード2のあらすじ:大きくなったアナキン君とアミダラちゃんは一目でお互い気に入りました。いちゃいちゃして密かに結婚しました。

スクリーンを観ながら考える。この制作者は何を考えているのだ、と。

ここには演技というものが存在しない。役者は何人かでてくるが、それぞれ台詞を読み、場面に合わせて動いているだけだ。そこからは一切感情というものが感じられない。アナキンがついにDark Sideに足を踏み出したとき

What have I done.

という。しかしそれはただそうしゃべるだけでそこからは迷い、後悔、あるいは暗い喜びといったものは一切感じられないのだ。

し ばらくして気が付いた。これにおいては、役者というのはCGで表現しきれない部分を埋めるためだけに存在しているのだと。画面は不必要なほど大量のCGで あふれかえっている。ただ凝ったCGを見せたいがために存在している(としか考えられない)シーンもたくさんある。しかし人間をCGで表現するほど制作者 は愚かではないから人に台詞を喋らせましょう、ということか。

従って話の筋は全て台詞で説明される。大量のCGに説明的な台詞といえばいくつかの映画にあったような「幼稚なオタクの幼稚な妄想」を連想するが、この映画からは幼稚さは感じられない。ただたんたんと話が進む。

映 画の後半は、エピソード4につなげるための記号の羅列で大忙し。チューバッカ、レイア、ルーク、デススター、砂漠の家などが急いで列挙される。ダークサイ ドに落ちて強力な力を手に入れたはずのアナキン君は、話の都合上、オビ・ワンに簡単にやっつけられる。この時点では話の筋などどうでも良くなっているから 腹も立たない。唯一の見所はナタリー・ポートマンが懇願するシーンで眉毛が見事な「八」の字になるところ。これが「ハ」ではなく「八」なのがポイント。

エ ピソード4〜6で感じた爽快感、思わずわき上がる笑い、そして愛したくなる登場人物などは新しい3部作では全く消えてしまったなあ。それでも「スター ウォーズ」という名前を盲信する人たちは賞賛するだろうが、新三部作は結局語り継がれるべきキャラクターを一人も生み出せなかったことは事実として存在す る。

かくの通り救いようのない代物だが(映画とは呼びたくない)エピソード2のように「いらいらするお戯れシーン」がないから 560円にしようか、とも考えた。しかしそのぺらぺらの内容にとってつけたように子供達の虐殺を付け加えるのは、悪趣味としか言いようがない。子供を持つ 親としてはそうしたシーンに必要以上にSensitiveとなるのだ、というわけで-1800円。ルーカスは「これでおしまい」と言っているとのこと。そ の台詞は前にも聞いた気がするが、今度こそは約束を守って欲しい物だ。


ハイド・アンド・シーク-Hide and seek(2005/4/25)

「今度の映画はすごいぞ。ダコタ・ファニングちゃんにロバートデニーロ。それにファムケ・ヤンセンまでキャスティングだ。これで”何がおこってるの?犯人は誰?”のサイコスリラー作ったら当たらんわけがない。

というわけであとはよろしく。ああ、あの気味悪い男に作らせればいいんじゃない?よく知らないけど、怖い映画得意そうじゃん。じゃあ」

と いう経緯でこの映画は作られたのではないでしょうか。母の死を目撃したファニングちゃんは精神的に不安定になる。彼女のためいい父親になろう、とデニーロ はファニングちゃんを連れ田舎に引っ越す。そのうちファニングちゃんは「チャーリー」という友達ができた、と言い出すのであった。さて、チャーリーとは誰 でしょう。

豪華な顔ぶれだし、と最初は多少期待しながら観ていたが途中で飽きてしまう。映画の宣伝に「ラスト15分は決して人に話 さないで下さい」とあるが、ここで「15分」という時間の長さを警戒すべきであったのだ。確かに面白くもない「種明かし」があった後も映画は延々と続く。 まるで気味が悪い男のつまらない話を面と向かって聞かされているような気がしてくる。

ファニングちゃんのアップが多い。さすがに顔 が大人びてきたな、と思う。ところが別のシーンで全身が写るとまだまだ子供だという事実に気がつきびっくりする。見所はそれくらいでしょうか。「意外な種 明かし」はいいけど、それが感動にも驚きにもつながりはしない。もっと言えば映画全体にいくつかの要素があるのだが、それらが全然つながっていない。とい うわけで作った人間の精神構造を疑い出すわけだ。

安易に「ちょっと救われるラスト」をつけるのもどうかと思うが、とにかく後味を悪くすればいいというわけでもない。などと考えるほど最後の最後まで退屈&いやな気分にさせてくれる映画でした。


ブリジット・ジョーンズの日記-きれそうな私の12ヶ月-Bridget Jones' Diary-The edge of reason(2005/3/19)

映 画の冒頭、ブリジットがスカイダイビングをやる。そこで落下傘を開くヒモを手放しあたふたする。そのまま地面に激突してしまえ、と思った私の願いは届かな かった。あるいはそのすぐ後にあった「サウンド・オブ・ミュージック」の(つまらない)パクリシーンを観たところで席を立つべきだったか。

本宮ひろしという漫画家がいる。(いた、とするべきか)男性だけにとって都合のいい妄想を適度にアダルトな場面を交えて描く人で、中学生の頃には結構好きだった。しかし40過ぎた今となっては何の面白さも感じずただ不愉快なだけ(最近はもう読みもしないが)

この映画は「もし男性だったら、本宮ひろしの漫画に熱中できるのに」と断言できる女性だけが観るとよいと思う。例によって「女性だけに都合のよい妄想」が炸裂する映画なのだが、そう思いつつも楽しんで観た前作と異なり、ただ退屈なだけだ。

「そ りゃ太っていて煙草もやめられないし、上品な雰囲気のパーティーで”ハゲでデブのオヤジ”にそう言っちゃうけどどこが悪いのよ。あたしの彼氏は弁護士なの よ。時々言葉が過ぎることもあるけど、その後必ずI love youと言ってくれるし。そういえば旅先で、過去にふった”ハンサムでだらしない男”といい雰囲気になったけど、それは彼とけんかしていた時だからNo problem.そのせいで彼とその男はなぐりあいしたみたい。ってな調子でいろいろあったけど、最後には結婚というHappy Endが待っているんだわ」

筋はおおむねこんな感じ。それだけでは2時間持たないと思ったのかタイの観光案内とちょっとした(本当はちょっとしたではなく、とても深刻な話なのだが)問題も起こしてみるが、ポジティブ・シンキングで刑務所でも人気者になり楽しく暮らしました。

時 計を初めて見たのは1時間経過したところ。それからはほとんどスクリーンを観ず別の事を考えていた。こう感じたのは私だけではあるまい。前作では館内に何 度か笑い声が響いていた記憶があるのだが、今回はちょっとした声も聞こえない(いびきは一回聞こえたが)くだらない漫画は途中で投げ捨てれば良いが、映画 は不幸にして2時間続いてしまうのがうらめしい。そもそもこの映画の見所は「役柄によって太ったりやせたり自由自在」のレニー・ゼルウィガー以外にはない と思っていたのだが、よく考えてみればそれなら予告編で十分だったではないか。というわけで一番馬鹿なのはやはり自分なのであった。


シャーク・テイル-Shark Tale(2005/3/11)

この映画を観るために費やした金と時間に対して何が得られるかと言えば以下の三つだと思う。

一つは「すごい。主役の魚はウィル・スミスそのものだ。おもしろいなあ。」と棒読みでつぶやくこと。(別にロバート・デニーロでもピーターフォークでもいいが)

二つ目。やどかりがI am a finalcial advisorといった時、周りの魚が一斉にひき、非難の視線を向けるのを観て「かの国ではFinancial Advisorというのはそう観られているのか」と学ぶこと。

三つ目は「米国人はこの映画のどこに面白さを見いだせるのだろう」(3週連続No1だったとか)と沈思黙考すること。

有名になっていい暮らししたい、と思う小魚とベジタリアンの鮫がお互いの利害のため、「小魚は鮫を殺した」と嘘をつきいい暮らしをするが、、というお話。一度も笑わず一度も心を動かされることがなく、最後は半分寝かかっていた。

別 に話のベースがありきたりな事に文句をつけるつもりはない。しかしただ画面の上を騒々しく魚が行き来するだけで他には何もない。嘘をついて有名になったか らには、嘘がばれるときをどう描くのか、と思ってみていたが、何も起こらないうちに丸く収まってしまった。Nobodyだった時の彼を愛していた魚と有名 になってから近づいてきた魚もどうでもよい。

私は一つ前の文で擬人化され英語をしゃべるキャラクターを「女」とかかずに「魚」と書いた。読み直して直そうかと思ったがやはり「魚」でいいと思う。それくらいこの映画からは何も感じられなかったのだ。


アレキサンダー- Alexander(2005/2/6)

映画はアレキサンダーの臨終場面から始まり、そしていきなりアンソニー・ホプキンスの朗読場面になる。彼は紋切り型の言葉で延々とアレキサンダーについて述べる。

ここですでに「560円か-1800円か」という問いが頭の中をかけめぐる。しかし長く悩む必要は無かった。

こ の映画を作った人間は幼稚でも狂人でもない、ただの馬鹿だと思う。全編紋切り型の台詞が延々と続く。その結果として一人の人間も描かれていない。役者が代 わりばんこに台詞を怒鳴っているだけだ。そのバックにはとってつけたような音楽が流れるから監督がどのような感情を込めたつもりなのかはおぼろげながら想 像できるけど。

あるいは「アレキサンダー大王はマザコンでホモでした」と言えば観客が喜ぶと思ったのか。史実通り彼は部下の同意を 得られず遠征を中断する。傲慢になり愛想を尽かされるのは良いが、それまでに「すばらしい戦術を駆使し、長期間の遠征であっても部下が喜んで従う」姿を描 かなくては片手落ちというものだ。この映画にでてくるアレキサンダーは最初から最後まで鬱陶しい男以外の何者でもない。

主役のコリン・ファレルはフォーン・ブースで 演じた中身空っぽの広告屋の方がはるかにましだった。こんなに魅力のないアンソニー・ホプキンスは初めて見たが、そもそも最初から演技をさせてもらえてい ないのだからしょうがない。アンジェリーナ・ジョリーもまたしかり。映画の前半は蛇との戯れ、後半はアレキサンダーに向けた手紙を延々と朗読(口述筆記) しかさせてもらえない。

遠征のシーンに映し出される美しい山や、「こいつの遠征の目的は宴会か」と思わせるほど執念深く細かく描か れる各地での宴会風景&ペルシャ帝国のハーレム。強いて見るところを探せばそんなところか。あと「いつもは砂漠をバックに戦っているギリシャ風の兵士が、 インドの熱帯雨林で戦っているところ」はちょっと斬新。しかしそれだけを心の支えに3時間以上座っているのは拷問に近い。観ている最中に「ちょっと昼寝で もするか」と思ったのは初めてだった。


スカイキャプテン-ワールド・オブ・トゥモローSky Captain-World of Tomorrow(2004/11/27)

幼稚なオタクの幼稚な妄想。それ以外にこの120分を形容する言葉は見あたらない。

というわけでUSA版スチームボーイである。謎のロボット軍団がNew Yorkを襲いました。悪い奴がいることがわかりました。やっつけに行きましょう。

時 代設定は1939年。というわけで最初はまあレトロ風味のロボットとかでてくるけど、そのうち怒濤のごとく超技術、超ロボット、超獣がでてくる。 Makingとか見ると一部の小道具を除いて全てCGとのこと。というわけでやりたい放題です。まあオタクの妄想だからねえ。さぞかし楽しいんでしょう。 作っている人は。うんうん。そうだね。Tokyoが破壊されたって新聞にはゴジラのシルエット出してうれしいね。おもしろいね。

ジュード・ロウが主役。こうした映画にお約束のエゴの固まり新聞記者にグゥイネス・パルトロウ。Shakespeare in loveと かよかったけどこの人老けたなあ。。例によって馬鹿なことをして状況を悪化させても「ごめんなさい。こんなふうになるとは思ってなかったの」と言えば OK。謎解きは全部台詞でペラペラと説明されるから適当に見ていても大丈夫。途中パルトロウが「信用できないわ」といったうさんくさいおじさんがでてきた けど、何もしないまま消えちゃったなあ。まあ話はどうでもいいですね。

後半パルトロウが「フィルムの残りがX枚しかない」という ギャグをしつこくやる。そこで笑える自信がある人以外にはお勧めしません。それでも変態ロリコン趣味と舌をかむような台詞がないだけ(台詞は全部浮いてい るけど)スチームボーイよりましかな、、と思っていたけど最後の「ギャグ」で切れた。オタク記号のCollectionは自分のサイトででも公開してろ。 金取って人に見せるなら面白いもん造れよ。


ポーラー・エクスプレス-The Polar Express(2004/11/27)

「不 気味の谷」という言葉がある。人間の認識というのは不思議なもので、人の顔に関しては「実物に近づければ近づけるほど不気味に見える」らしい。今やCG技 術は発達し、ほとんど何でもCGで作ることができるのだが、リアルで人間が見て違和感を感じない人間の顔を作ることはできない。そのためPixarなど賢 明な制作者は人間の顔を漫画のように誇張して表す。

本作の製作スタート時にもおそらくこの問題に対して検討がなされたのだろう。そ して「これで行ける」と思ったのだろうが、結果は「不気味の谷」を再認識させるだけの結果に終わった。人の動きは時々実写と見間違うほど自然なのだが、顔 はなんともならない。(他に同様の愚かな判断をした映画には映画史に残る金の無駄遣いとなったファイナルファンタジーがある)

そし てその愚かな決断を下した人間達が作った映画が面白いはずはない。一度たりともはらはらとも楽しいとも思わなかった。(制作者がそう思わせようと考えてい るだろうシーンはわかるのだが)最初は顔の不気味さとかトム・ハンクスの声の大仰さ、それに全く機能していない登場人物とかジェットコースターのように思 わせたいのだろうがただ退屈なシーンについて考えていたのだがそのうち一つの事だけを考え出した。

「どうでもいいから最後のオチだけ教えろ」

しかし考えてみれば最後のオチだけまとも、などという筈が無かったのだ。

クリスマスに向けた子供向け映画だから、という言い訳は受け入れられない。Toy Story2などは子供に向けた映画でありながら、中年の私にも子供の時の気持ちを思い出させたし、何かを考えさせたのだ。

そもそもあのポーラー・エクスプレスってどういう列車なんですかねえ。。。サンタの存在に疑いを持つ子供が乗せられるんですか?そうじゃないよね。他の子供には鈴の音が聞こえてたんだから。まあどうでもいいや。有り難いことに映画は終わってくれたし。

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注釈