夏の終わり

日付:1998/9/11

五郎の入り口に戻る

合コン篇+引っ越し準備:1章 2章 3章 4章 5章 6章 

米国旅行篇:7章 8章 9章 10章 11章 12章 13章 14章 15章 16章 17章

引っ越し篇:18章 19章


3章

その日例によって例のごとく私は早めに栄(名古屋の中心街だ)向かっていた。

いつも「遅れるのではないか」という強迫観念から異常に早く待ち合わせ場所に向かう私であるが、この日はちゃんと早く行く理由があった。翌週出発する米国旅行の主たる目的は私の友達の結婚パーテーに出席することであったのだ。

結婚式となれば、日本であればお金を包むが、向こうのほうはなんとなくプレゼントを持っていくようである。彼らはインターネット上で結婚式の案内を出していて、そこに「プレゼントはこっちに登録してあるよん」といっていくつかのデパート(のようなもの)のサイトがリンクされている。思うにそこから彼ら宛のプレゼントを注文、発送できるようになっているのだろう。

しかしながらせっかく日本から行くのであるから、ここは一発Japanese Tasteの商品を選びたい。そう思った私は一人でとことこと某デパートの漆器売場に向かった。なんとなく漆器というのは日本のものに見えるようだ、と自分で決めてかかっていたのである。

一人でふらふらと眺めていると店員が近寄ってきて「何かお探しですか?」といろいろ相談にのってくれた。彼女が最初勧めてくれたのは置き時計である。これは5000円で妙に安いなあと思ったらなんと一見漆器に見えるが実はプラスティック製なのである。彼女曰く「これは外国の方のおみやげに人気がありますよ」ということだが、私としてはまあ滅多にあることではないし、もうちょっと高くてもいいから高級な物を送りたい。仮に2万円かけたとしても、日本で3万円とか5万円包むことを考えれば安いもんだ。おまけに万が一プラスティックと漆器の見分けが付く人間に見つかり「何?そいつはこんなものをプレゼントしたのか?」等と言われてはたまったものではない。「もうちょっと高い奴を」と言ったら「まあ。男の方は気前がいいですねえ」と言った。女性はもっと渋って決めるのだろうか。

すったもんだの論議の末に宝石箱を買った私はてくてくと待ち合わせの場所に向かいだした。

とはいうもののまだ待ち合わせの時間までには間があるのである。外は気持ちのいい気候だ。公園のベンチに座ってほれほれと本を読み始めた。こうした外で気持ちがいい季候というのはそう長いことあるわけではない。

ふとこうした合コンの待ち合わせ時間までの間、公園で本を読んでいたことが数回あったことを思い出した。記録に残っている限りで最大級の「絶好球見送り」をやったときも、その前に時間つぶしでここに座っていたな、と。私は合コンを山ほどやったのでこうした合コンの正否にかかわるジンクスのようなものを作り上げてしまっている。そしてこの夕暮れの風景は、私にとって「思いもかけずいい球が飛んでくるが、私は笑顔で見送ってしまう」サインなのである。

さて秋の日が落ちるのは早い。夢中になって本を読んでいたが、いつのまにか外は文字が読めなくなるくらい暗くなってきた。こうなっては仕方がない。まだまだ早いが待ち合わせ場所である日産ギャラリーに向かった。

 

この待ち合わせ場所の風景はもう何度見たのだろう。しかしもし私が某社に就職するとすればこの光景をみることももうそう多くはないだろう。例によって例のごとくいろいろな待ち合わせをしている人達が立っている。私はさっきプレゼントの後に購入した本をひたすら読んでいたが、時々は顔をあげて周りの様子をうかがう。女同士、男同士で集まろうとしているもの、あるいはどう見ても合コンの類としか思えない連中。いろいろな人達がいる。

夏だから、体を茶色にして、かつ髪の毛は白とも金色ともつかないまだらに染めている一団もいくつか存在していた。人の外観に関する評価というのは当然のことながらその評価を行う人達によってとても大きく振れる。所詮は相対的なものだ。子供のころ読んだアフリカのある部族では首にはめたわっかのかずと、首の長さが美の基準になるという。彼らの間ではあの髪のまだらの具合とか、あるいは体が茶色に日焼けしている程度が美の基準となるのだろう。

そういえば最近髪を染めている人達をたくさんみかけるようになった。これまた彼らが自分の金で自分の髪を染めることであるから、髪に色が付くと何故良いのか私が首をひねっても彼らには何の関係もないことだ。しかし私の就職先を考える際にこれは一つ考慮してもいい事項ではないかと思い始めた。若いうちは髪に何をやっても簡単に薄くなることはない。しかしある年齢-大抵の人はいつかはやってくる-に達すると、髪をいじくりまわしてダメージを与えれば確実にその影響が髪の密度となって跳ね返ってくるようになる。

彼らが髪の密度が減少する前にそのことに気が付くのか、あるいは「数回」多く髪をいじくりまわしすぎてしまうのか。おそらく後者のほうが多いだろう。誰も自分の体が老化するということは頭ではわかっていても「まだまだ」と思っているのだ。そして必ず行き過ぎをやってしまう。

これだけ髪の毛にダメージを与えることがはやっているとすれば、かつら産業はおそらく今後数年かつてない隆盛を見ることだろう。現在でも数社が競っているが、この不況でも彼らが高いCMをばんばん流しているということは、前者がチキンレースにはいっていない限り彼らの業績が全般に好調であることを意味する。とすればカツラ産業というのは買いかも知れない。

 

などと私が妙な考えにふけっている間に時間は過ぎていった。いつもならば私は待ち合わせ場所で様々な強迫観念におそわれる。この時間でただしかっただろうか、あるいはこの場所は間違っていないだろうか。さてまた本当に今日だろうか、という奴である。しかしこの日はあまり気にせず本に熱中していた。いつもは待ち合わせの連絡は口頭で行うので、後で妙な疑心暗鬼にとらわれるが、今回内容はメールでSNDに送ってある。あの文字が間違っていない限り大きな勘違いは起きないはずだ、、、というのは理屈でもって、最近頭がぼけて感受性が鈍った代わりにあまり取り越し苦労をしなくなったというのが本当のところかもしれない。

さて私の視界の90%は活字で埋まっていたが、残る10%の視野に女性らしき陰がこちらに近付いてくるのを感じていた。このままの進路を取れば私の目の前に来るわけだが、まあ多分私の近くに立っている誰かの知り合いだろうと決めていた。なんといっても今日私はどんな相手がくるか知らないし、向こうだって仮にCOWの2次会に来ていたとしても前でとんではねていた男の顔など覚えているはずがない。仮に直線的に私の方に向かってくるとすればそれは男の参加者に違いない、と勝手に決めつけていたのである。

 

ところが私の予想に反して、その女性は私の前で止まった。そして「あの。大坪さんですか」と言ったのである。

最初に書いたとおり、私はCOWの2次会でCOW夫人の友人の中では一人の女性としかしゃべっていない。だから私は自分の目の前に立っている女性に見覚えはなかった。しかしこうやって挨拶してくれるからにはきっと今日の合コンの参加者に違いない。私は一気に顔を笑顔モードにして「どもー。大坪でございます」と言ってしゃべり始めた。

相手は後に「ななちゃん」と呼ばれるようになる女性であった。(彼女たちに何故こんな名前がついているかについては後述する)なんでも「待ち合わせ場所に大柄でサスペンダーをした男が立っているはずだから、そいつが大坪だ」と聞いて来たのだそうである。確かにこの周りを見回してみてもサスペンダーをして、待ち合わせでございますと顔にかいてつったっている比較的大柄な男(多分これは横幅まで含めた表現だと思うのだが)は私だけだ。

さてお互い初対面であるにもかかわらず彼女は大変明るく話してくれた。こういう待ち合わせ場所で最初の会話というと、とかくとりあえず頭を下げた後に「あっ。じゃああたしはあっちで待ってますから」といっておしまいになるケースもあるのだが、今日はてれてれと話が進んでいったのである。話題は自然とCOWが2次会でみせた見事なパフォーマンスなどに向かって言った。なんでもCOW夫人は2次会の後に「今日の事は忘れてください」と友達に言ったそうである。しかしこればかりは忘れようとしたってそう簡単に忘れられるような代物ではなかったのである。

その他にも彼女は「5男ですか?」とか「なんでサスペンダをしているんですか?」とか私に関する質問も発した。それへの答えはとにかく、この話題はこの日もう一度全く同じ形で繰り返されることになる。

さて約束の時間である6時半を過ぎたが、まだだれも現れないな、、と思って今日の出席者に関する話をし始めた。

私は前日日曜日の人間であるが、彼らは会社で中核として働いている人達なのである。私は働いているときに、たとえば合コンがあって5時に退社するとすれば、4時30分頃から気配を消して、決して人に呼び止められないようにするような不良社員であった。しかしながら大多数の○○重工の社員はこうした不良ではない。今日の参加者-SBY,SND-は二人とも仕事に対して実に真面目な男である。加えてSNDは先日電話をしたときに○○のアタックを受けて困窮した声を上げていた男だったのである。

さて彼女が言うのには、彼女はSNDを知っていると言う。何故?と聞くとCOWの披露宴で一緒に受付をしたのだそうである。その途端私はその光景を思い浮かべ始めた。披露宴の受付というのはだいたい新郎友人と新婦友人がやるものと決まっている。彼と彼女は並んでお仕事をするわけだ。となれば、彼らの間になんらなかの交流が産まれてもおかしくない。出席者が次々と来るときは忙しいけれどもそうでなければお互い暇つぶしに会話などしてもおかしくないではないか(実際私はそうしたことが何度かある)

彼女にその旨を伝えると「いやぜーんぜん。だって次から次へと人が来てとても忙しかったですもん」とかるーく蹴られてしまった。

 

私が「あー、こりゃこりゃ」と思った瞬間、二人目の女性-のちにミポリンと呼ばれるようになる-が現れた。こうなると女性同士で話が弾みはじめるので私は一人周りを眺めるモードにはいる。ぼんやりと周りの人間を見ながら、今日の男性参加者は大丈夫だろうかという思いに捕らわれ始めていた。

その時にいたり私は仮に二人とも仕事でこれなくなったとしても私に対しての連絡手段がないことに気が付いた。私が合コンを山のようにやっていたころは今ほど携帯電話は普及していなかった。従っていつも当日のアクシデントに対して私は非常に疑心暗鬼になっていたわけだ。しかし世の中は変わり、今では携帯の普及によりとても待ち合わせというものはフレキシブルに行えるようになっている。しかしながら私はそういった携帯の普及という世の中の進歩とは全く別のところで暮らしているような人だったのである。

ほどなく3人目の女性も現れた。しかしいかんせん男は私だけなのである。それまで極めてのんびりとかまえていた私もだんだん恐怖感にとらわれてきた。遅れるのが一人であればそいつを見捨てて店に行けばなんとかなる。しかし二人遅れて二人とも見放して行くわけには行かない。いくらなんでも1対3で初対面の相手と話をもたせることなどできるわけがないし、相手にも失礼だ。とはいっても彼らも仕事であれば抜け出しにくいだろうに。。根が小心な私は「あまり到着が遅れると予約がパーになるのではないだろうか」という強迫観念にとりつかれ始めた。

などと私の疑心暗鬼が増大しつつあるときにふと斜め後ろに立っている人間に気が付いた。そこに立っていたのはまごうかたなきSNDであった。SNDに会うのは久しぶりだが、ちょっと太ったのではないだろうか(人の事は全く言えないが)彼が前に立っている我々に気が付くことが無く何故我々の後ろに至ったのかは定かではない。しかし彼は「どうも遅れてすいません」と丁重に述べて女性に挨拶をしだした。

彼が述べるところに寄ればSBYは今日遅れてくるそうである。そこであっさりと彼を見捨てることにして我々は宴会場に向かい始めた。なんといってももう予約した時間から20分も過ぎてしまっているのである。

宴会場に向かう間、私はSNDと並んで話していた。後ろには女性3人がついてくる。

彼は私が予想したとおり仕事に捕まって遅れてしまったのである。会社にはいって13年余り、同期がそれぞれたどった道筋というのは人によって本当にバラエティに富んでいる。私のようにあちこち「おまえはここでは役に立たないからあっちに行け」といわれてふらふらしたあげく、辞めてしまった人間もいるし、かと思えば逆に会社の期待を担ってあちこちを経験して回っている人間もいる。暇な時期と忙しい時期の差がある男もいる。

私が知っている限りSNDは同期の中でも最高に忙しい仕事ばかり回ってくる人間である。確かに会社の方と無責任な第3者からみれば「それだけ期待されているんだよ」ということなのだろうが、本人にしてはたまったものではない。端から見ていて「ああ。何故この男には悲惨なプロジェクトばかり回ってくるのだろう」と長嘆息してしまうほど次から次へとタフな仕事が回ってくる。

「大坪は?」と聞かれて来週米国に行くと言う話をした。彼がおかれている悲惨な境遇を思えば、脳天気に9日間も米国にいく話をするのはフェアではないかもしれないが、こんなところで無用に気を使ってもしょうがないた。

 

さてそうこうしているうちに目的地に着いた。案内されたのは奥の座敷である。ここは合コンで何度来たか分からないほどであるが、一度だけ階段の下の変なところに座らされたことがある。今回もちょっとそれを心配していたが、まずまずの座席になったようだ。

さてまず最初に直面するのは恒例の席決めである。私は幹事であるから一番通路側の端に座ることになるのだが、後の配置はどうなるのだろう?などと考えていたが今日は席を前に皆が数分立ちすくむような事態にも直面せずにすんだ。席は非常にスムーズに決まったのである。配置は以下に示すようだ。

さてみんなが座る直前、私の隣にきたミポリンが「席は決めないんですか?」と私に聞いた。私が「?」と聞き返すと彼女は同じ質問を繰り返した。

彼女が何を言っていたのか判明するのは数十分後の事になる。

 

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注釈

異常に早く待ち合わせ場所に向かう:(トピック一覧)毎度のことであるが、何年かに一度遅刻する羽目になる。そして異様な自己嫌悪に陥る。本文に戻る

 

合コンの正否にかかわるジンクス:(トピック一覧)「会場に着く前に、美人をたくさんみると、その合コンは悲惨になる」というのはほぼ私にとって確信となりつつある。本文に戻る

 

それへの答え:「五郎に関するFAQ」を参照のこと本文に戻る