題名:巡り巡って

五郎の入り口に戻る

日付:2004/7/9


天恩山五百羅漢寺:東京都(2004/6/26)

いつも通勤で使っている東横線にのり武蔵小杉へ。そこで目黒線に乗り換える。昔は目蒲線と言ってカエルのような緑の電車が走っていたような記憶もあるのだが、今は東横線と同じような電車が走っている。

とことこ走ることしばらく。不動前という駅で降りるとてくてく歩き出す。6月も終わりでありじとっと熱い。なんだか蒸気の中を歩いているような気がしてくる。さて、今日の目的地どこだろうと思うとそのうちそれらしき看板がでてきた。

不思議なことに寺の看板と食事をするとおぼしき場所の看板がペアになっている。その看板が指す方向に歩くことしばらく。前方に異様な建物が見えてきた。

ぬぺっとした壁に巨大な葵の御紋が光っている。近寄ってみればこれが目的地。五百羅漢寺である。入り口近くには確かに羅漢も座っている。

階段を上り300円払いまず羅漢堂に向かう。するといきなりずらりと羅漢様が座っている。(撮影禁止マークがあったので写真はありません)もともと500体以上あったものが、移転、衰退を経て現在は305体とのこと。一体ずつなにやら名前と言葉が書かれている。私はちょこちょこと見ながらその間に歩いていく。時々心にとまる言葉もある。

「過去を自慢するのは進歩が止まった証拠」

何故こんな文句に目を留めるかといえば、今私が働いている職場が中途採用の人間と大企業からの出向者ばかりで構成されており何かと言えば

「○○ではこうだった」だの

「これは△△流ではない」などと昔の事ばかり振り回す人間が多いからだが。

コの字型になった羅漢堂をでるとこけしがたくさんいる。他にも「失意の人の再起の願いを叶えてくれるお地蔵さま」であるところの再起地蔵尊がいたらしいのだが覚えちゃいない。地蔵様とは反対の方向を向いた私はこの建物のユニークさに驚いていた。

これは模型だが、実物を目の当たりにすると結構印象深い物がある。たとえばこんなアングルはどうだろう。

こういうピラミッド型の階段状になった建物はどこかで見た、、と思えばLas Vegasのホテルだったか。

さてその先の本堂に入ると釈迦如来と羅漢様が座っている。ここには説名はついていない。正面からは重々しい声でなにやら有り難い話が流れてくる。途中まで聞いていたが「正しい心で正しいなんたら正しいかんたら」と「正しいづくし」になったあたりで聞く気が失せた。

そこを出ると今度はいろいろな資料を収めた聖宝堂に入る。かつて羅漢堂は複雑な構造を持ち、人々が一方通行の通路をただ回っていくだけで全ての羅漢様を回ることが出来、なおかつ履き物を脱がなくてもよい土間の通路と履き物を脱いで回る通路を持っていたという。それを描写した絵もあるのだが、複雑怪奇な構造は私の想像力を超えている。このような建物を創造し実際に建築したのはどのような男だったのか。またここにはオリジナルのさざえ堂があったとのこと。

しばらく歩くと一時期ここの住職だったお坊さんがでてくる「日本で初のチベット入国者」らしいが、当時鎖国状態のチベットにどうやって入国したか、ばれそうになって逃げ出したかなぞ想像するだにおもしろそうだ。最後の方には「桜隊原爆受難者の写真」がある。桜隊たあなんだと言えば、劇団で広島を訪問中に原爆にあった人たちとのこと。劇団の人たちだから美形でいかにもそれらしいポーズを撮った写真が飾ってある。その美しさとその後に訪れた運命を考え合わせるとどうにも気が滅入ってくる。

といったところで五百羅漢の見物はおしまい。お昼時なので入り口にあるらかん亭、らかん茶屋でご飯を食べる。そばだのなんだのそれらしいものに混じって一つだけ異色のサーモンフライを頼む。この店に入った時から何やら異様な香りが漂っているのに気がついていた。こういう香りのただようところでご飯食べておいしかったことないんだよなあ、と思い出てきた物を食べればやはりその通りでした。

おまけ:正面にあった羅漢茶屋の献立

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注釈