題名:巡り巡って

五郎の 入り口に戻る

日付:2005/12/17


小豆島オリーブ公 園:香川県小豆島(2005/12/7)

ここはお国を何百キロ。私は小豆島にいる。何故こんな所にいるのかと聞かないで欲しい。とにかく来てしまったのだ。

そう。今は理由を問うている場合ではない。時間は限られている。11時15分までにここに戻らねばならぬのだ。島内のバス路線図を ぐっと眺める。えーっとこのバスに乗って、でもってだいたい向こうでこれくらい時間を使うからこのバスで戻ってきて余裕時間はほんの少しだけど走ればなん とかなるだろう。

しかしその瞬間恐ろしい事に気が付く。私が行きたかったのは太陽の丘なのだが、バス停の名前は「オリーブ丘」ではないか。小豆島っ て言えばなんとなく太陽だしオリーブだよねと頭の中でごちゃまぜにしてきたのだがどうもとんでもない間違いをやってしまった気がする。さて、どうしよう。

とはいってももう選択肢はない。ここで2時間ぼーっとするかとにかく前に進むか。この2時間をかせぐために私は昨日の晩夜行に乗っ たのだ。とにかく前に進もう。

というわけでバスに乗る。さて、もうすぐだと思えば「ギリシャ調の○○が。。」というアナウンスが聞こえる。たぶん間違っているの だがそれなりに期待ができるのではなかろうかと期待で自分を奮い立たせてバスから降りる。するとこんな看板が目に入る。

さて、問題です。ここはどこでしょう。答え:日本国の小豆島。というわけでこの看板は私の期待をいやがおうにも高めてくれるわけ だ。矢印に従って坂を登る。するとなにやらギリシャ風の建物が見えてくる。さて、問題です。ここはどこでしょう。というわけで足早になり先を急ぐ。建物の 前にたどり着く。思いきりギリシャ風味である。こういう場所であるから子供の遊具もパルテノンだ。

建物の前にはこんなものがある。

柱が立っている。これはギリシャ風味(よくは知らんけど)その上に書かれている模様はどことなくエジプト趣味(もっとよく知らんけ ど)でもって柱の根本にあるプレートにはこんな事が書いてある。

結局ギリシャもエジプトも縁はない、純粋なMade in Japanである。ああ、ここまで来たかいがあったものだ。というわけで見えている建物の中に入る。するといきなりこんな像が迎えてくれる。

全体がギリシャ風味だからこの像は良いだろう。そしてその足下に硬貨というかお賽銭を置いてしまうのも日本人の性というものであろ う。

オリーブの冠も置いてあり、オリンピックの勝者気分に浸ることもできるらしい。私はやらなかったが。というわけで館内を見回る。力 一杯のギリシア風味は続く。

私が知りたいのはそもそもこのギリシャ風味の所以はどこから来たのかということだ。あれこれ読んでみるとどうやらこういうことらし い。

小豆島とギリシャのミロス島は姉妹島とのこと。(姉妹都市ではないわけ)何故そうなったかと言えば

「1973年、小豆島バス(株)が内海町の太陽の丘ピースパークに古代ギリシア様式の「オリーブ神殿」を創建しました。 日本の友人を通じて「オリーブ神殿」の絵はがきを見たギリシアのリリー・E・ベニセロス女史が、小豆島に興味と愛着を覚え、1988年に、内海町長と香川 県知事を通じて姉妹島提携を、提案されました。」

とのこと。でもって姉妹島提携が提案された後何が起こったかというと、はるばるギリシャから来てかぼちゃの絵の前で挨拶をしたりす るわけだ。

さて、ここに書いてある事を信じるとすれば、その発端となったのは本日私が行きたかった太陽の丘であるわけだ。なんとかあそこに到 達せねばならぬ。とはいっても行き方が分からない。館内をうろうろして貼ってある観光案内情報を眺める。観光ツアーに入れば行けるようだが、それだけの時 間を取ることはできない。

というわけでホテルについたら聞いてみることにする。ここで一休み、ということでオリーブソフトクリームを食べるがどこがオリーブ なのかよくわからない。食べ終わると外に出る。ここに来る途中ちらっと見えた風車に向かう。近寄ってみるとなかなか雰囲気がある。ここだけ観るとまるで海 外に来たかのようだ。

そして例によって根本を観るとこんな文字が書かれている。

そもそも何故風車まで作ったのかということに関してもいろいろ話があるのかもしれない。しかし今それを知るよしはない。

帰りのバスが車で時間があるので、小豆島民俗資料館を観る。例によって先祖伝来のあれこれがつめこまれているのだが、ちゃんとまと もな知識を得ることもできる。というわけでバスに乗ると時間までになんとか土庄港に帰り着いた。というわけでこれからお仕事。次は次は。。

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注釈