題名:巡り巡って

五 郎の 入り口に戻る
日付:2008/8/12


足尾銅山: 栃木県(2008/6/20)

北千住駅で特急電車の時刻を確認し、ため息をつく。予定していた電車より一本遅れてしまった。一本とはいえその時間差は一時間半にもな る。

な ぜこんなことになってしまったかといえば、洗濯機が止まらなかったからだ。洗濯物を全部ほしてからでないと家をでることはできぬ。普段だったら、とっくに 終了しているはずなのに、今日はまだ「すすぎ」などという表示になっている。ええい遅い、などと呪いの言葉を吐いたところで、洗濯が早く終わる 訳ではない。ピーピーという終了を告げる音が鳴る。蓋をあけ洗濯物をハンガーにかけたり、洗濯バサミで挟んだり。それらを外につるすとようやく出発であ る。ああ、予定より遅れてしまったと嘆いている間もなく、「ラッシュ」という更なる災厄が降り掛かる。いや、もちろん世間の人が働いている日に怪しげな場 所 に行 こうとしているほうが間違ってはいると思うのだが。

特急券を買うと、特急電車の乗客専用の待合室でパソコンなど開く。さして気温は高くないと思うのだが、湿度が高い。待合室の空調がうれ しい。

な どと書いているうち列車が到着した。席につくとうつらうつらする。うつらうつらしているうちに目的地につく予定だったのだが、どうも様子がおかしい。途中 の駅にとまったまま動かない。車内アナウンスが「人身事故があり、現場検証のため上下線ともとまっています」と告げる。ううむ、と思うがいかんともしがた い。ビジネス目的の人たちはデッキにいき、携帯電話で連絡をとっているが、こちらには目的の時間もなければ連絡する相手もいない。ただうつらうつらしてい る。そのうち隣にすわった年配の女性が

「もう20分もとまっている。これじゃ特急じゃないじゃないねえ」

とか言う。私としては「はあ、そうですね」としかいいようがない。そ のうち電車が動き出した。私は再びうつらうつらする。

電 車はことこと走り、相老という駅につく。そこで「わたらせ渓谷鉄道」なる文字がかかれたホームにいく。時刻表を見て驚愕する。次の電車はおよそ一時間後 ではないか。ううむ。本来の時刻表ではちゃんと接続されていたはずなのに。ということは、さっき電車が遅れたところでもっと驚愕するべきだったのだ。この 調子ではいつ頃目的地に着くのだろう。駅舎のなかで誰かが大声でしゃべっている。はい、電車が遅れてしまいまして。1時半頃にはつけると思います、 と。それを聞きなんの根拠もなく、1時半にはつくのだろうと思う。改札をでたところで駅員さんに「どちらに行かれますか」と声をかけられる。足尾 に、というと電車がおくれちゃいましたから、次は12時6分ですねえ、と言われる。足尾にいくなら一日乗り放題の切符を買った方が安いです、と言われる。 購入する。時刻表に加え、渓谷鉄道のガイドパンフレットももらえる。

いつまでも呆然としているわけにもいかないので、ご飯をたべることにする。駅前にある定食屋「しんかど」にはいる。「今日の日替わりは な んですか?」とたずねると、焼き肉とメンチカツとカツオの刺身ですと言われる。それをお願いします、といってでてきたのがこの弁当である。

日替わり弁当

も のすごく豪華だ。最近体重が増えている私としては昼飯を質素にするつもりだったが、そんなことを言っている場合ではない。ぱくぱく食べる。カツオの刺身は 柔かく、メンチカツはかりっとあがっている。この後コーヒーがでてくる。なぜかリンゴがついているのだが、「これを食べると、ニンニクのにおいが消えま す」とのこと。たしか日替わりって680円だったよな。でもこの量でそんな値段ということがあり得るのだろうか、と恐る恐る勘定をはらう。すると本当に 680円である。ううむ。なんとすてきなのだ。こんな豪華な日替わり弁当は食べたことがあったとしても記憶の彼方に消えている。かくのごとく電車が遅れて 待ち合わせ時間が長引いたことも悪いことばかりではない、と自分に言い聞かせる。

駅舎に戻るともらった時刻表を眺める。この分だと、家にたどり着くのは夕食の時間をはるかに超えそうだ。おくれないように帰りの特急券 を買おうと思う。窓口で「特急券を」というと「その時間はすいてますから、買わなくても大丈夫です」と言われる。あとで買うことにする。

ほ どなく電車が到着した。あまり人もいないだろうと思っていたら結構乗る。みんな足尾に行くかと思えばそうではなく、「ホームに温泉がある駅」でかなりの人 がおりて しまった。それからまたうとうとし始めるが、乗り過ごしては大変だから後半はがんばっておきている。最終目的地である通洞でおりたのは私ともう一人だった ような気がする。

さて、というわけで駅から外に出て首をまわす。すると右に行けと書いてある。てくてく歩く。途中足尾歴史館なるものの矢印がたくさんあ る が、どうも銅山とは違うようだ。進んでいくと大きな看板が見えてきた。

エントランス

こ れが足尾銅山観光の入り口である。さてチケットを購入しようとみれば窓口に女性が二人並んでいる。そのうちの一人は紙を折って鞠のようなものを作ってい る。大人一人お願いします、というとチケットを渡してくれる。その先から「30分にトロッコがでます」と声がする。このトロッコ列車にのるとき「頭に気を つけて」と言われるが、冗談ではなく、背が低い。頭とか手を出すと危険と書いてあるが、これも本当に危険である。まもなく貨車が動き出す。しかしすぐ止 まった。何かと思えばアプト式の貨車を切り離すとか。列車の先頭についていた黄色い車が切り離されている。私の前方に座っている人たちが「あれれ」とか いっている。誰も運転していないのになぜ動く。係の人が「リモコンです」と答える。

さて、我々がのった貨車はそこから坑道の中にはいっていく。とたんに気温が下がる。とことこ走ってつきあたりでおろされる。ここからは ご自由に見学してください、ということだろう。つきあたりにはこんなものがある。

坑道のはて

サー チライトに坑道が照らされている。この坑道の総延長は1000km以上とのこと。この後何度か断面図やら3Dグラフィックを見せられることになる が、山の形に合わせものすごい数の坑道が掘られている。そこから少し戻り、横穴にはいる。すると江戸時代からずっと時代を追って坑道の中が再現されている わけだ。

江戸時代

彼は江戸時代の鉱夫。隣には複数人が会話している様子が再現されており、ボタンを押すとなにやらしゃべってくれる。あいつはばくちで全 部すった、とか酒がどうだとか しゃべっている。仕事は単調でつらく、稼いだ金を刹那的に使い果たすことしかしなかった人たちなのだろう。先日ある記事を読んだ。日雇い労働で生きて いる人達には、そこから抜け出そうとしない人たちもいる。半年もちゃんとお金を貯めれば日雇いから脱出できるはずなのに、稼いだ金を携 帯やら風俗につぎ込んでしまう。北杜夫の「どくとるマンボウ航海記」で「動物的に酔うためだけに飲んでいる」と評された港にたむろする人たちもあるい は似 たような行動をしていたのか。時代は変わり世の中が変化しても、そうしたメンタリティというのは存在し続けるのも知れない。

そうした光景も、明治、大正、昭和と時代が進むにつれ改善されていく。何が変化をもたらしかを考えれば「機械力ってすてき」と言わずに はいられない。昭和になると、採掘 にダイナマイトが使われるようになる。

ダイナマイトおじさん

この人形がいるところで、どかんと爆発の音がする。その後、少し遅れて穴から風が吹いてくる、という凝った演出である。昭和パート最後 はこの人たちだ。

昭和の鉱夫

「おい、なんだか最近鉱石の質が悪くなったと思わないか」

「会社も必死だから、銅を効率よく回収する方法を導入したらしい」

とかなんとかしゃべっている。よくみると上から落ちてきた水で、服がどことなく銅の色にそまっている。ヤカンにも銅がついている。

洞 窟には銅に関してあれこれ書かれたプレートがあり、その中に「緑青が毒というのは科学的根拠のないデマ」というものがある。確かに私が小さかった頃、「緑 青は猛毒だから口にしてはいけない」と聞いた気がする。世の中にはこうした「ガセビア」が多いのを知ったのはここ数年のことだ。などと考えながら 「おっ。誰かいる」と思えばやはりそれは人形なのであった。

誰か

といったところで坑道内の見学はおしまい。外に出るとまた湿気が迫ってくる。こう考えると、穴掘ってその中で生活する、というのも気 温の点からはいいことかもしれん。そとにもいくつか展示があり、ここでは女性たちが鉱石をよりわけている。

女性達

映画「フラガール」で描かれていた炭坑の生活を思い出す。あの映画では主人公とその友達が、このように石炭を洗っていたはずだ。隣にはずっとこの表情でがんばっている人がいる。

重い

そ こから階段を上っていく。このコピーはそこかしこでみかけた。

銅も

その先は、こうした観光地にありがちな「出口に行きたければ土産物屋をとおれ」という通路になっている。とはいっても、観光客はまばら だ から、ほとんどの店の人たちは座ってお話をしている。何軒か「どうぞみていってくださーい」と言われたが、そのまま通り過ぎる。

表にでると時 計をみる。まだ電車がくるまでには時間がある。先ほど電車から見えた廃墟を撮影することはできぬか、と思い歩き出す。まず目に入ってくるのはこの建物。

変電所跡?

後で聞いてみれば、この黒い模様は迷彩をほどこしたものとのこと。ここは何だったのだろう。

廃墟

その先には何かの入り口がある。エリア自体はまだ生きているようなのだが、入り口からみる限り、廃墟が続いている。

廃墟-入り口

時計をみる。まだ時間はある。先ほどみた足尾歴史館にいってみようと歩き出す。入り口で350円払う。最初は無料と思っていたので、 ちょっと意外な気がする。中にはいる。一見したところ、どこにでもある「民族資料館」のように見える。ううむ。これで350円は結構厳しい、と思っている と女性に声をかけられた。時間がよろしければご説明いたしますが、ということらしい。私は先ほどまで不満を抱いていたのも忘れ「ではお願いします」とい う。なんでもこの歴史館自体ボランティアでやっているそうであり、女性の説明にも「仕事だから仕方なくやってんのよ」といった雰囲気はなく大変好ましい。

先 ほどの坑道の中では、あまり足尾銅山の負の側面、公害問題については展示がなされていなかった。この歴史館ではどちらかといえばそちらに関連した説明が多 い。工場からでる亜硫酸で山が丸禿になったと思われがちですが、そればかりではありません。一度大火があり、相当広範囲にわたって山がやけたり、あるいは 坑道でつかうため木が大量に伐採されたことも原因です、と説明してくれる。確かに最近の写真は山に少し緑が戻っているが、昭和の頃の山は丸禿である。

次に鉱山を開発した古河家について説明してくれる。初代に子供がなかなか恵まれなかったから養子をもらい、養子が早死にしてしまったので、初代55歳のときの子供が 後を次ぎ、その人も子供に恵まれなかったので、と話は続く。古河がシーメンスと提携したものだから、古河の「ふ」とシーメンスの「シ」をとり、富士電機、 富士通を作ったという話は初めて知った。

初代の古川氏はカメラマンを雇っていた。その ため、相当の写真が残っているとのこと。このカメラマンというのが、なかなかハンサム。もじゃもじゃはやしたひげが印象的である。一枚の写真 には明治時代の鉱山労働者たちが写っている。当時は粉塵で肺をやられることが多く、40だと長寿と言われたとのこと。今ならインターネットの掲示板であっというまに悪評が広がる職業にも、「なんだかもうけられる」という噂がたてば、たくさんの人が集まったのかもしれん。

別の写真の前で「この中に田中正造(天皇に直訴した人)が写っています。誰だかわかりますか?」と問われる。頭をひねっていると、マフラーをまいたかっぷくのよい若者 に見える人をさした。その昔漫画で見た田中正造はひげを生やしたおじいさんだったが、直訴したときは何歳だったのだろう。その後最盛期の足尾について説明 してもらう。当時は市民が3万人いて、その他に「流しの鉱山労働者」を加えると5万人はいたという。その頃の案内図をみると、ものすごい数の商店やらなにや らが書かれている。それから月日は流れ幾星霜。現時点での人口は3000人。それも広報がくるたびに記載されている人口が減っているという。今の足尾の産業はなんですか、と聞く と、削岩機を作っている工場があり、病院につとめている人もおり、と返答がある。古河系の企業がいくつかある、ということなのだろうか。

2階には丸禿になった山にどのように緑を復活させたかの展示がならんでいる。表層土までながれてしまったので、とにかく大変だったとの こと。雨が降れば流される。晴れれば夏の日差しにやられる。少し生えると今度はシカがやってきて皮を食べてしまう。くる途中の電車から見えた景色は、葉緑素 の嵐だったが、一度バランスが崩れると雑草も生えない、ということか。今ではそうした山を「日本のグランドキャニオン」と称し、若者が上っているそうだ 。

なんでもこの歴史館がたてられている場所には、もともとスケートリンクがあったとのこと。そういわれてみれば、外にそれらしきスペースがある。

スケートリンク跡

足尾について書かれた本が並んだところで、説明はおしまいになる。一冊「本当に直訴は必要だったか」という本を手にとってぱらぱら眺めてみる。直訴状 の表現はとてもオーバーであり、当時反対運動は、公害対策が功を奏し下火になっていた。そのタイミングでの直訴にはどのような意味があったか、と書かれて いたように思う。

私の家にあった「漫画版日本の歴史」には

「天皇様がお通りになるぞ」(みんな頭をさげる)

「お願いでございます。お願いでございます」(田中正造が、一人走りよる)

(バシッ:警護に棒でたたかれる)

「残念」(田中正造が、取り押さえられている)

という場面が描かれていた。数十年前にみたものをなぜ覚えているかと言えば、一時兄弟の間でこの「直訴ごっこ」がはやったからだ。子供 向けの漫画ではシンプルになっていたストーリーの裏にもいろいろなことがあったのだろう。

か えったら一度調べてみようと決心し、礼をいってその場を後にする。「昔は栄えていたが、今は人がへりつつある 町の話」は、アリゾナのゴーストタウンで聞いた話とそっくりだ。あ のアリゾナの都市と姉妹都市になるのはいかがなものだろう、などと部外者は考えるのであった。

そのうち電車がやってくる。乗り込むとまたう つらうつら、とはならない。廃墟の全景を撮ろうと思えば帰りの電車からとるしかない。慎重にシャッターを押す。

廃墟

私のような「ちょっとだけ」廃墟愛好家からすれば、この光景はとても印象的なものだ。しかしいかんせん、廃墟マニアは金にならない。そ こから葉緑素 の嵐をくぐり抜けると、町が見えてくる。

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注釈