国家存亡の危機

2005-12-26 07:16

最近愛読しているLife is beautifulの「ディベートは楽しくするもの したいもの」より

関社長に言わせると、日本人には、ネットの世界であれリアルの世界であれ、自分の意見を否定されるとそれを自分の人格を全否定されたと誤解して、怒ってしまったり、しょげてしまう人が多いと言う。

これには全く同感だ。別の例を挙げよう。

Stanford Univ.とCalは犬猿の仲である。Footballのシーズン最終戦はそれは盛り上がるわけです。お互いをののしってね。

でも観客席では、両校のファンは不思議なくらい平和に共存している。片方が喜ぶ場面では片方はしょげるのだが、だからといって喧嘩になることはない。皆

「これはスポーツなんだから。お互いをののしりあうのは、楽しむためのスパイス」

と認識しているのだろう。

Stanfordが勝つほうがもちろん望ましいのだが、CALが勝ったところで(たぶん)地球が終わるわけでもなければファンの人格が否定されるわけでもない。こういう余裕を持った態度というのは米国の文化から学びたい点の一つだ。

ディベートでも同じことが言えるのではないか。異なる意見が存在して当然と考えていれば、反対だろうが賛成だろうが意見を交わせばよい。反対されたからといって地球が終わるわけじゃないんだから。

今の掲示板は知らないけど、その昔news groupを愛読していたころ、英語でのnews groupに比べ、日本語のそれはどうも議論が浅いしすぐ感情的になるのが気になっていた。これもなんでも「国家存亡の危機」といきりたってしまう日本人の性向が関係しているのでは、と思う。