副大統領のディベートを見て思ったこと

2008-10-07 00:00


就業時間中だったので、音を消してみていた。したがって彼と彼女の表情しかわからなかったのだが。


ペイリンが「有事の際の大統領にふさわしいか」と問われれば多くの人が戸惑うのではなかろうか。好感と安心、信頼感は別の話だ。最高司令官としてはヒラリーのほうがはるかに好ましく思える。あの顔を見るのはいやだけどね。


先日レーガンに関するドキュメンタリーを見た。彼は圧倒的な指示で再選されたわけだが、そのときすでにアルツハイマーの症状が始まっていたと。ディベートで質問に対して立ち往生する場面が全米放映されたのだ。


それでもそのあとにでてきたユーモアあふれるコメントは、レーガンに投票したい、と思っていた米国人にアピールするのに十分だったと。


とはいえ、病状は進行し、彼は大統領の執務に関心を抱かなくなっていったという。それでも優秀なスタッフがいれば国はまわるものだ。



同じように考えれば、仮にペイリンが大統領になっても米国は沈没しない、、、かもしれない。問題はアルツハイマーの大統領は側近のいいなりになるだけだが、下手に騒ぐ大統領はそれより始末が悪い、ということだ。


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などと隣国の政治状況についてあれこれ考えていてもしかたがない。このディベートで一番印象的な場面はディベート終了直後にあった。


それまで論戦を交わしていた両者が握手をする。そこまでは予想通りだった。そのあと両方の家族がわらわらと壇上に上がりお互い握手を交わしたりハグしたりとにこやかな交流が続いたのだ。



こういう光景はいいよなあと思う。それまでキーキー言い合ったとしても、それはあくまでも「ディベート」というリングの範疇でしかない。主義主張は異なっていていもそれが終われば家族を含めてみんなで談笑。こんな光景が、たとえば「衆議院予算委員会後の質疑後」に起こるとはとても思えない。



というか日本の政治屋の通念からすれば、こんなことは許されないと思う。徹底抗戦といったからには家族も含めて握手などしてはいかんのだ。でもねえ。論戦は論戦。プライベートな家族は家族。そういう風に割り切ってこそ何がなんでも


「皇国の興廃この一戦にあり」


という余裕のなさから解き放たれるのではなかろうか、と。