映画評:チェ 39歳 別れの手紙-CHE: PART TWO/GUERRILLA

2009-02-16 07:12

例によってネタのない日は本家から改変しつつ転載。

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映画の冒頭カストロがゲバラからの手紙を読み上げる。自分は新たな革命に身を投じると。

彼が向かった先はボリビア。そしてキューバで成功したゲリラ戦による革命を再度試みる。捕虜を殺さず、農民を尊敬し、病人がいれば診察してやり、志願兵を受け入れる。まるで前作そのままである。

しかしそこからの経過は大いに異なる。映像は山中の道なき道からほとんど離れない。ゲリラの勢力は拡大する事なく、政府は脅威を感じつつも、米国の協力を得て組織的に反撃してくる。

ほとんどの時間、ひたすらチェ達は山中を移動し、時々戦闘を行い、そして坂道を転げ落ちるように敗退していく。そもそもボリビアの農民達はこれ以上の革命を欲していないのだ。革命が成れば貧しさから脱却できる、と呼びかけても、彼らの反応は

”戦争はよそでやってくれ”

だけ。

それでもチェ達はあくまでも戦い続ける。カストロは豪華なランチを食べ、チェは野宿している。そうした言葉は事実かもしれないが本質をついていない。チェは自らの中にある革命だけを目指している人間なのだろう。彼にとっては平和な地での生活より、ゲリラとして革命を目指している方が快適なのだ。 キューバではそれが現実と合致しており、ボリビアでは現実から遊離していた。それだけのこと。こうした人間は自身が変わらなくても、状況の変化により勝ち 続けたり、負け続けたりする。そうした意味ではどこまで行っても平和の中に安住できず、人生の後半は失敗の連続だったヒトラーの姿を重ねることもできるかもしれない。

映像はその姿を淡々と映し出す。主人公が最初から最後までただ負けていく映画は初めて見た。2部作の後半であることを差し引いても、実に珍しい映画と言わねばならない。そしてその静かな映像にじっと見入ってしまったのは驚きだった。

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この映画に対する感想を読むと、チェを偶像化したものが多いことに気が付く。たとえば”今の日本にはチェのような人が必要だ!”とかね。

この映画を製作した人たちの意図はそこから遠い所にあると思うのだが、まあ受け取り方は人それぞれだ。

私にしてみれば、あのTシャツに描かれている人はどんな人かと考えるきかっけを得ることができたのが収穫。チャンスがあれば彼の日記を読んでみたいと思う。