画家が画風を変えるとき

2011-06-08 07:00

NHKで放映された東洲斎写楽の番組を見た。
それをみて、私が知っていた「写楽」の作品とは、第一期のものに限定されていたことを知る。第二期から第四紀までは第一期の大首絵とは全く違う、私から見れば凡庸な作品を作っていたらしい。

私が知っている「写楽」はこれで
Brooklyn Museum - Ichikawa Ebizo as Takemura Sadanoshin - Toshusai Sharaku

これが第二期

今から何がその変化を引き起こしたのか知ることはできないだろう。できるのは想像力を膨らますこと。いや、もう映画化されているのは知っているけど、「ロックの魂」をもったワキしかできない能楽師を誰か真面目に映画化してはくれまいか。

私がミーハーファンであるところの、フェルメールも最晩年には変化をみせている。

こうした「変化」の背景に何があったのだろうか。写楽とフェルメールの「画力の衰え」には共通する因子があったのかなかったのか。