柴崎先輩に捧ぐ

2011-11-09 06:37

ネットなど徘徊していると、時々遠い昔の知り合いの名前を見つけることがある。しかしこれには少し驚いた。

さっきのコンビニ弁当米飯。ベクレル入りだった気がする。昨日の日替わり定食の焼きそばに入っていたシイタケと同じ感覚がする。シイタケは気付いて一切れだけ食べたところで中止し、ティッシュに包んで残した。胃腸付近が軽い炎症を起こしたような独特の体感。口に含んだ段階でパワーテストで判別可能

via: Twitter / @rshibasaki: さっきのコンビニ弁当米飯。ベクレル入りだった気がする ...

何に驚いたといって、これがネタとして話題になっていることに驚いた。まず同姓同名の人ではないと思って書くが、私が大学時代空手のサークルをやっていたときの先輩である。当時から「なかなか就職口がない」と言っていたが、ちゃんと学業で身を立てていらっしゃるようで安心しました。

私は某所にこう書いた。

柴崎先輩。御元気そうでなによりです。もう30年近くお会いしてませんが全くお変わりも進歩もありませんね。昔通りの先輩で懐かしい限りです。

これは皮肉でもなんでもなく心からそう思ったままを書いた。私が所属していた空手サークルはかなりエキセントリックなところだった。そのエキセントリックな教義に表から染まる人間もいれば、それのいいところをとりつつ、自分なりの道を進もうとしている人もいた。柴崎先輩は後者に当たる。

とはいて柴崎先輩は先輩なりにエキセントリックだった。このTweetを読んで

「かわらないなあ」

と思った。それは懐かしさと親愛の情がまじった感覚だ。

しかし

こうしてTweetだけが取り上げられると、

「大学の教員が何を馬鹿なことをいっている」

と思うのだろうな。しかしふと考えれば、自分も含め回りの人間もかなり「そこだけ切り取ればネタになるくらい」のエキセントリックさを持っていると思うのだ。顔を付き合わえて暮らしていれば、そうしたエキセントリックさにはまあ目をつぶり、楽しく愉快に暮らしていける。

ネットだけを介した人の付き合いというのは、こうしたところが怖いところだ。