「イチローが子供の頃書いた作文」から何を学ぶか

2012-02-06 06:45

こんな文章が流通しているようだ。

『ぼくの夢』
愛知県西春日井郡 とよなり小学校
6年2組      鈴木一郎
ぼくの夢は一流のプロ野球選手になることです。

そのためには、中学高校と全国大会に出て活躍しなければなりません。
活躍できるためには練習が必要です。

via: イチローの子供の頃書いた作文がIT業界で話題。「目標をイメージできる力が実現力になる。」 | APPGIGA!!(アプギガ)

これを読んでこんな「驚きと感動の声」が寄せられているのだそうな。

これを受けたIT業界関係者の声
「果たして僕は子供の頃にこんな目標をどんなちっちゃな事でも持ててたのだろうか?」
「若い内から、自分の自信のあるジャンルがわかるエンジニアはやはり強い」
「数字を常に気にしているのに驚き。こうじゃないと」

「目標をイメージできる力が実現力になる。」

via: イチローの子供の頃書いた作文がIT業界で話題。「目標をイメージできる力が実現力になる。」 | APPGIGA!!(アプギガ)

私はこんなことを考えた。

野球界というのは、その価値構造が過去数十年全く変化していない。それ故

「既存の問題をどれだけ上手に解けるか」

が成果を測る尺度となりうるし、その問題が全く変化しない。だから小学生でも具体的な「将来の夢」を描くことができる。そしてその通り実行すれば世界的なプレーヤーになれる。

こういう「業界」というのは珍しいのではないかと思う。おそらくこの作文が書かれたのは1985年。日本の製造業が世界一だった頃だ。日本製の家電製品といえば、小型で高性能。世界の憧れ。Appleの期待の星はスティーブジョブスではなく、ジョン・スカリーだった時代だ。

此頃小学生は自分がなりたいプロ野球選手の姿を具体的に描くことができた。此頃2012年にどのような企業であるべきか具体的に描けた経営者が存在したら教えてほしい。というかそんなことは不可能だ。1985年の野球と2012年の野球はルールがほぼ同一。打者、投手の成果を測る指標にも変化はなく、ただ数字を伸ばしていけばよい。

1985年の家電業界と2012年の家電業界のルールは全く違う。1985年に使っていた評価尺度でどんな数字を出そうが、今や評価尺度自身が変わってしまっているのだ。

常にゲームのルールが変化する中で、自分で問題を見つけ、それに解を出していく必要がある。そこが問題だというのに、

「目標をイメージできる力が原動力になる」

とか脳天気に言っている場合ではないだろう。

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解くべき問題が見えており、それに向かって苦しいけれど努力する時期、というものがある。その間はつらいけど幸せな時期だ。なぜなら道が見えているから。

一番辛いのは「どう努力すればよいかわからない」状況。何かを改善しなくてはいけないと思いつつも、そもそも何をどうすればいいのかわからない。今日本の家電業界が直面しているのはそんな状況だと思う。

そんな時期だが、家電メーカーの中では朝礼で
「この文章を紹介します。皆さんもイチローになってください」
とか課長が言っているのだろうな。