モノ作り企業としてのApple

2012-04-20 07:09

2007年のことだが、某自動車部品メーカーの中で展示会をやった。そこでiPhone(当時は紙のモデルしかなかった)とSony のCLIE(最後期のもので、なんでもついているすごいやつ)を並べて

「なぜこんなに差がついたのでしょう」

と問いかけた。

一番大きかった答えは

「Appleのブランド力と、マーケティングの巧みさ。物は大したことないさ」

というものだった。ネット上の情報を見ていると今でも時々こうした意見を目にする。しかし今は断言できる。日本の製造業を壊滅させたのは、そういう人達です。

工場を持たないファブレスメーカーという印象が強いアップルだが、その設備投資額は実はソニーの2049億円をはるかに上回る。2011年は3320億円を注ぎ込んだ。2012年はさらに増額して、5893億円もの設備投資を行う計画だ。

 巨額の資金を活用し、同社は何千台という単位の大量の切削加工機やレーザー加工機を導入。これらを製造委託先の加工工場に貸し出すことで、1枚のアルミ板を削り出して形を作る「ユニボディー」構造など、これまでの常識では考えられなかったデザインを生み出した。実はアップルは新しいデザインを実現するために相当のリスクを負っているのだ。

 モノ作りの常識から考えると、製造委託先の工場や自社工場が持つ既存の生産設備に合わせた加工ができるようにデザインを行うのが当たり前だ。しかしアップルのアプローチは逆。実現したいデザインに合わせて、加工設備をゼロから工場に導入させるのだ。

 その代わりに生産設備のみならず検査機器までをアップルが用意する。これらをどのように使いこなせばアップルが求める品質のデザインが出来上がるか、というレシピも添えて設備をサプライヤーに貸与する。こうして安定して高い品質のモノ作りを行う態勢を整えている。あるサプライヤーの幹部によれば「アップルのモノ作りに対する知識は、生産の現場で働く工場の技術者よりも豊富だ」と言う。

via: 数字が語るアップル「デザイン経営」のすごみ 設備投資に5900億円 :日本経済新聞

ブランド力、ソフトウェア開発能力が足元にも及ばないのはわかっていたが、ハードの「モノ作り」においてもこれほどまでの差が開いているとはしらなかった。

遠い昔学生だったころ(当時日本は世界で一番の製品を作ると思われていた)

「日本の製造業が優秀なのは、現場で働く人達のおかげだ」

と思った。しかし今や問題はそこにはなくなっている。「デザインとブランドだけやってんじゃないの」と思いがちなAppleの設備投資額がSonyのそれを上回るのだ。これが現場の人達が努力して埋められる差ではない。

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付帯的なことだがもうひとつ面白いと思った情報

広告費 774億3900万円

 ソニーの広告費はアップルの約5倍の3964億2500万円だ

via: 数字が語るアップル「デザイン経営」のすごみ 設備投資に5900億円 :日本経済新聞

ソニーのほうが広告費が多いのは、確かに製品の種類が多いことにもよるだろう。しかしAppleが身を持って示したのは

「圧倒的な製品を作れば、メディア、ユーザが勝手に広告してくれる」

ことではなかろうか。

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さて、話はまたSteve Jobsに戻る。AppleはJobsのワンマンだとか、JobsがいなくなればAppleはだめになる、とかまあそういう意見も多い。

しかし

この「製造に関する革新」もJobsが行ったと思う人がいるだろうか?この20年でAppleは全く違う企業に生まれ変わった。

この「革新」は決して一人の力で推進できるものではない。Jobsが自分で言ったとおり

「とても有能な人たちが協力してすばらしい仕事をした」

結果なのだ。そう考えれば、Jobsの「優秀な人間を集め、力を振るわせる」能力には感嘆せざるをえない。

私はアイザクソンが書いた本(「スティーブ・ジョブズ I・II/ウォルター・アイザクソン著)は嫌いだ。あの本は、スティーブの人物像の"ひどい捉え方"をしたものだと思っている。スティーブはスターだから成功したかのように書いている部分があるが、そうではない。彼と働いたことがある人は、また彼と働きたいかと聞かれたら手を挙げるだろう。彼が成功したのは、製品を思い通りの形で実現する信念の強さのおかげだ。スティーブが怒るのは、その製品が彼の望む品質になっていないときくらいだよ。

 スターでなくても、独裁者でなくても、人を怖がらせることをしなくても、ものごとを思い通りにするために力強く進める力があれば、ものごとはうまくいくと思う。

via: 「ジョブズ・ウェイ」著者に聞く:「何よりも大事なことは情熱」――ジョブズ氏の師が語る"スティーブの素顔" (4/6) - ITmedia +D PC USER

彼の情熱は常に「最高の製品、最高のサービス」を実現することに向かっていた。エゴの実現や他人の攻撃は副次的なものだった。

そう考えれば、Appleの躍進と、Sonyの凋落はこの写真が撮られた時に既に明らかだったのかもしれない。(当時からそれは言われていたが、今日ほど明確にはなっていなかった。当時はまだ「ウォークマンがiPodを逆転する」と言う余地があったのだ)

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via: 拡大画像 007 | | マイナビニュース