初めてMacに会った日

2014-02-04 07:35

昨日はスーパーボールだった。試合自体は、特にDenverに住んでいる人たちにとってはひどいものだった。開始12秒でSeahowksは得点を入れていた。悪夢というものがあるとすれば、Denverファンにとって昨日のSuperbowlはまさにそれだっただろう。

しかし失望する必要はない。Superbowlは試合がひどくても、ちゃんと楽しめる。各社が大金と長い期間を費やして準備したCMを見ればいいのだ。今年は特に期待が持てた。有名なディレクターが「今年のSuperbowlはいいよ。Macが30週年を迎えることだし」とtweetしていたのだ。

さて、試合が終わりいろいろなサイトに「今年のSuperBowlでの広告」が掲載される。ところがAppleのものがない。これはどういうことだ。しかし失望するにはまだ早かった。前述のディレクターはこうTweetしていたのだ。

Ok so it wasn't a great Super Bowl. Tomorrow's another day.


Lee Clow (@_clow) February 03, 2014 via: Apple continues Mac anniversary celebrations with movie shot on iPhones, edited on Macs [Now live] | 9to5Mac


そして今日このビデオがAppleのサイトに掲載されていたことを知る。

あれから30年が経ったのだ。研究室に先輩が持ち込んだMacを見た日の衝撃は今でも覚えている。電源をいれると、笑った顔のMacが現れるのに驚いた。フォントが変えられるのに驚いた。Mac Paintのなげなわツールに驚いた。何よりも驚いたのは何かの操作をしようとしたとき、ディスクを入れ替えろとMacが何度か表示し「ペロッ」とディスクを吐き出した。言われた通り入れ替えながら先輩がこういった。

「システムが言ってくる通りに操作してれば問題ありませんから」

これが最大の衝撃だった。それまで黒画面に白い文字が表示されるコンピュータばかり使っていた私は、「コンピュータが何故機嫌を損ねているか」を一生懸命推測し、ごきげんをとるのがあたりまえだと思っていたから。

それから30年。今やAppleマークはそこら中に存在し、文字通り人々の生活の一部となっている。

「使いたければ、使い方を一生懸命学んでください」

と言わんばかりのコンピュータはここまで姿を変えたのだ。

This film doesn’t just document the power now in everyone’s hands — it demonstrates it. Every frame was shot with an iPhone, using the same camera millions of people around the world shoot with every day.

via: Apple - Thirty Years of Mac - “1.24.14” Film

このフィルムはただ全ての人の手に(コンピュータの)パワーがあることを示しただけではない。実際にそれをやってみせたのだ。この映像は何百万人もの人が日常使っているのと同じiPhoneで撮影されている。

30年前こんなことが可能になるとはとても想像できなかった。Appleはテクノロジーと現実世界の接点に存在し、現実を世界にインパクトを与える会社だったし、今もそうあり続けている。

過去の全ての時点においてAppleがそうした会社であったわけではない。Detroitの家電量販店で、PC棚の片隅に置かれていたPerformaシリーズの姿は今でも覚えている。そして将来そうした状況がまた訪れないとは限らない。

しかし「素晴らしいテクノロジーを現実世界に開放した時何が起こるか」を示した事は疑いようがない。仮にそれがAppleという会社でなくてもその精神は受け継がれていくに違いないと信じよう。

ここで少し我に帰る。その時私はどこで何をしているのか?評論家のように脇にたってブログを書いているのか?