書き続けること

2018-01-26 07:25

というわけで、ブログという形式で最初に書いたのはおそらく2005年の末。そこから数えてかれこれ12年もブログを書いていることになる。

先日こんな文章を読んだ。

考えてもみろ、アラサー、アラフォーにもなる大の大人が、ブログを書き続けているってことを。そこには意図があり、欲求があり、目的があり、衝動がある。そういったもの抜きではブログなんて書きつづけられるわけがない。マトモなキャリアを真っ直ぐに突き進んでいく人は、決してブログなんて書かない。私も含め、数年以上にわたって頻繁にブログを書き続ける人間は、どこかおかしいし、どこか憑りつかれている。マトモじゃあない。ほかにすることはないのですか。だけど書かずにはいられないからブログが生き残っていく。それは、めでたいことかもしれないが、おめでたいことかもしれないのだ。

引用元:大の大人がブログを書き続けているんだぞ!わかっているのか! - シロクマの屑籠

アラサーねえ。。私はあと数年で「アラカン」である。まあそんなことはどうでもいい「マトモなキャリアを真っ直ぐに突き進んでいく人は、決してブログなんて書かない」というのは確かだな。しかしこの文章を読んでも何かの繰り返しがあることはわかるが、それ以上に得るものはない。

ではこの文章はどうだろう。

「《私のいうことを聴いて下さい》というのは、《私に触れて下さい、私が存在することを知って下さい》ということだ。」
 

開高健と同じこと言ってますね。批評は、かまってちゃんの叫びなのです。

引用元:セッション【連載】田中泰延のエンタメ新党 | 田中泰延 | 街角のクリエイティブ

こちらはもう少しわかりやすい。私はかまってちゃんなのだ。あるいは引用先の文章のもう少し下にでてくる「不安を紛らわすため」なのかもしれん。もう少し綺麗な表向きの理由は、このブログのフッターに書いてあるMake some noiseという言葉。

「主張しよう」19歳歌手 クリスタル・マイヤーズより。「どんなノイズ(主張)?」との問いに対して:

自分たちがだれであるか。どんな人間になりたいのか。そういうこと。なりたい人間になるためには、他人を巻き込み、人に興味を持ってもらわないと:クリスタル・マイヤーズ



この言葉の後半は、おそらく彼女が考えているよりずっと広い範囲で有用ではないでしょうか。

「自分たちがだれであるか。どんな人間になりたいのか。」というのが、わかっていないときこそ、「他人を巻き込み」自分の外側にヒントを見いだすことで道が開けることが多いと思います。

引用元:ハーバード大学医学部留学・独立日記 第二部 三重大学医学部編 ... メイク・サム・ノイズ

プレ-アラカンの男が「自分がどんな人間になりたいのか」というのがわかっていないのである。まったくもって最近の50代は嘆かわしい。日本終わったな。

結婚してからというものの、言葉を発することの虚しさに目覚め最近の私は会社で「滅多にしゃべらない人間」と思われているらしい。ところが人間ができていないので、時々失言をする。現実世界で失言をしないように、このブログに書いている。というのが私の場合もっとも正しい「ブログを続けている理由」なのかもしれない。最後にもう一つ「ブログを続けている理由」を引用しておく。

数十年経ち少年は大人になって、ふとその男のことを思い出す。そして何かを書くと言うことは森の奧の底なし沼に死んだ猫を何度も投げ入れることとよく似ているということに思いあたる。

引用元:森の奧の沼