今そこにある狂気

2018-02-16 07:08

自分が住んでいる国を、伝聞で聞く他の国と比べ「我が国はダメだ。なぜならば」と論じることはたやすい。日本に向かうバルチック艦隊の上でも「ロシアは日本にかてない。なぜならば」という議論が盛んだったそうな。

そうした議論は長い退屈な航海の気晴らしにはいいかもしれない。しかし実質的な意味はあまりない。どの国もいいところ、悪いところをみつけるのは難しいことではない。認知症の進んだ大統領がなんと言おうと私はアメリカは偉大な国だと思っている。しかしもちろんいくばくかの狂気は存在している。「また」米国の高校で銃の乱射事件が起こった。

“This was a terrible tragedy, but sometimes these things just happen and there’s nothing anyone can do to stop them,” said Indiana resident Harold Turner, echoing sentiments expressed by tens of millions of individuals who reside in a nation where over half of the world’s deadliest mass shootings have occurred in the past 50 years and whose citizens are 20 times more likely to die of gun violence than those of other developed nations.

引用元:‘No Way To Prevent This,’ Says Only Nation Where This Regularly Happens

いいかげんな訳:「これはひどい悲劇だ。しかし時にはこうしたことが起き、それを防ぐことはできない。」インディアナに住むハロルドターナーは述べた。彼が住む国では過去50年間に世界でおきた銃による大量殺人の半数以上が発生し、住人は他の先進国に比べ20倍も銃によって殺される確率が高い。


ちなみにこれはonionという私の理解ではパロディサイトにのった記事だからFakeだ。しかしこれがパロディとして成立するということはいくばくかの真実を含んでいるということでもある。

「アメリカ人」などという人間は存在しない。アメリカに住んでいる個人がいるだけ。私もそのことを忘れそうになる。高校で銃の乱射があったと聞いた時

「またか」

と思った。しかしメディアのニュースをみて考えが変わる。その場にいた生徒、家族、友人たちにとっては「またか」ですまされるものではない。こういうご時世だから現場の生々しいビデオがいくつも公開されている。不気味に響く銃声、逃げる通路に横たわる学生たちの身体。ニュースで「娘と連絡がとれない」と必死に呼びかける両親の姿。それを鎮痛な面持ちで読み上げるアナウンサー。

国民から銃を取り上げても、アメリカは依然として偉大な国であり続けると思う。なのに国家としてのアメリカにはそれができない。

日本人が餅を食い続けるようなものか。