野球における礼儀正しさ

2020-02-20 07:38

年をとると、プロ野球というか野球というものに(Baseballじゃないよ)どうしようもない「チンピラの雰囲気」を感じるようになった。実際反社会勢力との結びつきは根強いのだと思う。巨人の原監督の一件といいね。

まあそれは私の偏見というものかもしれない。こんなことを言う人もいる。

甲子園に行ってまず感じることは、礼儀に溢れているということ。テレビ中継では映されないベンチ周辺や練習中など、あらゆるところで礼儀正しさが溢れている。驚くことに、全てのチームに置いてこの礼儀正しさがある。だから、僕自身は、野球が強いだけでは甲子園にはこれない。この礼儀を身につけたチームに野球の神様は微笑むのだと思っている。

引用元:甲子園での高校野球から学んでいること。【社長の甲子園視察ツアー】 – 環境整備・経営計画書など経営のカンドコロ

しかし私は甲子園に存在している「礼儀正しさ」はただの軍隊的な習慣ではなかろうかと考えている。先日こんな記事を見つけた。

弱いチーム、経験の浅いチームは捕手が投手のボールを受けるので精いっぱいであり、走者を刺すことはほとんど不可能だ。二塁手、遊撃手も捕手の送球を受けて走者にタッチすることはほとんどできない。パスボールも多い。このために、延々と「出塁―バント・盗塁―得点」が続く。そして大差がついてコールドで決着することが多いのだ。小学校の塁間はボーイズでは22.86メートル、軟式野球では23メートルと短く、それだけ盗塁も容易なのだ。

 実は少し前まで、女子野球は国際大会でこうした手法で勝つことが多かった。女子野球では日本と他チームとの実力差が大きい。特に、野球がマイナースポーツの国ではナショナルチームでも「捕る、投げる」が精いっぱいというレベルであることも多い。こうした試合で日本チームは、コールドゲームで簡単に勝ち抜くために、バントや盗塁を重ねて早い回に大量得点をする戦法をとっていた。

 ある日本チームの監督は、大敗したチームの監督に「お前たちは確かに強い。しかし、俺たちはお前たちのような試合の仕方はしない」と言われたという。「日本は強いが、リスペクトされない」という評価が定着しつつあったのだ。

引用元:少年野球に「盗塁」は必要か? 一方的試合、捕手の怪我撲滅へ「規制」の動き(Full-Count) - Yahoo!ニュース

少年野球を経験した人間が高校野球に進む。小さいころからこうした「相手を見下した勝利至上主義」を叩き込まれてきた人間が、とたんに「礼儀正しく」なるものだろうか?

スポーツに打ち込む姿は美しいだの、スポーツをやると人間性が鍛えられるだのは幻影にすぎない。確かにそうした人間もいるだろうが、そうでない人間は山のようにいる。とはいえどうもスポーツの種類によって濃淡があるように思うのだ。本当のところは人間に合ってみないとわからないが。だから私は年をとるごとに野球が嫌いになっている。