題名:HappyDays-40章

五郎の入り口に戻る

 

日付:1999/11/18


40章:おしあい、へしあい。Final Count -2

さてその日はとても蒸し暑い日だった。

なぜこんなことを書くかというと例によって体調の悪さにこの不順な天候がおいうちをかけたからだ。おまけに今日の合コンは幹事のWNBによれば「うるさい36歳の男。以前TRを廃人寸前にまでおいこんだ奴」もくることになっていたのである。

私は基本的に相手の話をきいて話そうとしているので、「誰がなんといおうとかまわない。自分の話したいことを話す」人間と会話するのは大の苦手である。頭の中身をひっかきまわされるような気がする。しかしながら私は私のあずかりしらぬ巡り合わせによってこの男の近くに私が座る予感にとらわれていた。

もう一つ気になったのはWNBがいっていた「相手の人数が日によって増えたりへったりする」という話であった。男同士であまって「うるさい」男のそばにすわればそれはまさに「自分の葬式に参列してる」状態である。

などと言っていても始まらない。仕事を適当にかたづけて待ち合わせ場所についた。

さて幹事であるWNBはいるが他のメンバは全然いない。とはいうものの集合時間の7時をすぎてポツポツメンバがあつまり始めた。最初は結構知らない顔がおおいのにびびっていた。1ー2の知った顔に「今日の経緯について知っている?」と聞いたところ、なんでも今働いている職場の某氏のつてで、一度TBANKのかたがたと飲み会をしたのだそうだ。それが高じて今日の集いがあるそうである。

さて15分ほど遅れて女性達が到着した。かなりすったもんだしあとに、我々は会場の飲みやに向けて動き出した。そこで女の子の集団にかけよってきた女の子を視たとき、私は心臓がとまりそうなった。

本編で少しふれたことがあるが、93年5月に私はさる女の子の結婚披露宴に新婦友人として参加した。その子と瓜ふたつと言わないが、とってもよく似た女の子だったのである。あわくってメガネをかけなおしたら別人であることがわかった。とはいうものの心の動揺は大きかった。

 

さて案内された場所についてみて、まず男を全部追い出して、女性にすわってもらうことになった。席に着いたというのではいってみると、なんと女の子が固まって座っている。これではまるで集団見合い状態にならざるを得ないが、机は広く、とても机をはさんで会話ができるような状況ではない。従っててきとうにわめきちらして男と女を交互にすわらせるようにした。

 

今回の女性はみなTBANKの相手なのであるが、男は当社の男の子たちとWNBが所属しているテニスクラブの男の子たちが混ざっているのである。彼は幹事として場所をきちんとしきって、テニスクラブゾーンと○○ゾーンに分けていた。

当日は異常に人数が多かったし、男の大半は名前をしらない。おまけにけっこう頻繁に席替えがあったので、恒例の席順記述は省略する。

さてなんだかんだとの騒ぎのうちに宴会が始まった。さてまずは自己紹介である。この自己紹介がまた凝っていて、幹事が決めた順番に従って次の人間を紹介していくという形態であった。こういう大人数の宴会では結構よろしいパターンだ。おまけに最初をもりあげるという効果もある。

テニスサイドの自己紹介が終わって ○○側の男の自己紹介がはじまった瞬間に、テニス側の席に座っていた女の子がふたりいきなりこちらに移動してきたのはびっくりした。そのほかにもいくつか例があったが、今回女の子側は結構気合いがはいっていた子が多かったのではないだろうか。もっともぼくにはどうでも良いことである。

 

さて私の右隣に座っているのはなんというか穏やかな感じの女の子である。最初はあんまり乗らないのかなとおもっていたが、そのうち調子がでてきていろいろ話してくれた。女の子は総てTBANKの女の子たちなのであるが、みな部署がちらばているので互いには全く面識がないのだそうである。でも銀行とはいっても窓口にすわる部署とは違うのだそうだが。

さて右隣に座っているのはとてもユニークな感じの女性側の幹事である。話してみたら実際ユニークな人であった。彼女は最初に宴会をやったときのメンバだったそうだ。

 

さて一通り会話がすんだところで、WNBが「席替えをやります」と言った。それで男の子たちはグラスをもって立ち上がって別の場所を探すことになった。

さて珍しく私にはこの席替えにあたって明確な目的があった。「人妻似」の女の子と話すことである。図々しく彼女の隣に座り込んだ。

 

彼女は私より8つ年下なのである。しかしいやそうな感じもみせずしゃべってくれた。例によって例のごとく「年頃の男と女は偏って存在している状態は私には耐え難い。合コンがやりたければ一声かけてください」などという話題から、てれてれと話していた。彼女は若いにかかわらず人の話をちゃんと聞いてくれるひとだったので会話は楽しい物だった。(相手がどう思っていたかは定かではない)

 

さて私は隣の女の子としゃべっていて幸せだったが、(途中反対側の女の子から「まるで夫婦みたいよ」とかいうわけのわからないコメントも受けたが)はっと気がつくと、-ほぼ男女同数であるにもかかわらず-男女が分離して座り始めていた。なんだこれは?後できいたところによると、36でうるさい男がわめきちらしていたので、女の子が逃げていたのかもしれないということだった。ちなみに最初の悪い予感通り、うるさい男は「人妻」の反対側-つまり私の近く-に座っていたのである。確かに何かわめきちらしていたようだが、「人妻」と話が弾んでいたので、何の気にもならなかった。ありがたいことである。

 

ふと隣の(反対側の)女性から、「アイスクリームがたれてるわよ」と指摘をうけた。したたかに酔っぱらっていた私はアイスクリームがとけてたれているのに気がつかなかったのである。こりゃいかんということで、席をたってトイレにいった。

 

トイレの中は修羅場と化していた。おそらくは大学の宴会でもあったのであろう。男がひとり四つん這いになって吐いていた。私が行ったときはまだトイレが使えたが、数分後に封鎖されたそうである。ちなみにTRは「飲み方くらいおぼえんかい!」と説教していたそうである。彼の言葉によれば「妙に素直に「すまんです」といわれたので、気分が良い青年だなあと感心した。」だそうであるが。

さて戻ってきてみると既に配置は換わっている。そこで再び男女の勢力の拮抗をめざすべく、そこらへんに固まっていた男の子たちをつれて女の子たちがかたまっているエリアにうつった。ふと気がついてみえば前に座っているのは「穏やかな顔」の女の子である。

彼女となんの話をしていたか覚えていないが、なぜかめぞん一刻の話になった。そして「いつでも貸して上げよう」などといいながら例によって名刺をくばっていたが、とはいうものの当日は筆記用具がなかったので寮の番号はかいていない。ということはかかってくる確率は0に等しいわけだ。まあいいだろう。隣に座っていたのはテニスクラブに所属するどっかの先生である。私は先生は嫌いだが、まあいいだろう。彼は首尾良く前に座った二人の電話番号を手に入れていた。うーん。すごいやつ。かといってそんなにうらやましく思っているわけではない。

 

さて楽しく騒ぎまくっていたがそろそろお開きの時間となった。外にでてみれば、道には死体が累々としている。先ほどの吐きまくっていた一団がくたばっているのである。恐らくは大学のサークルの新歓とかそういった類の宴会であろう。こういった光景はおよそ10年ぶりにみるものである。初夏の風物詩という奴である。新宿とか渋谷でよくみたものだ。こうして道ばたで死んでいてもみぐるみはがれないのは日本ならでわだ。願わくばこういう状態があと80年(つまり私が生きている間は)つづくことを。

 

さて2次会であるが、WNBが手際よく予約していたカラオケやに向かうことになった。例によって男の子の出足ははやいが女の子の出足はおそい。一人なんの迷いもなくついてくる女の子がいたのには驚いた。さて彼女以外の女の子が(結局3人、幹事の女の子、「人妻」の反対側に座った女の子あとMelodyちゃん。そろったのは約20分後である。そのあいだずーっと迷っていたわけだろう。ご苦労なことだ。カラオケでは私はドラムの練習にいそがしかった。だから幸せだった。この方法だと自分にカラオケの順番がまわってくこなくてもいらいらすることがないのでおとくである。従って例によって女性はまったく眼中になかったがこれはこれでいいだろう。

 

さて11時過ぎになってカラオケもお開きになった。私たちはHTRの車にすしずめになって寮まで帰った。

 

うーん。自分で書いていてなんと淡々とした記述だ。しかしこれが本当のところだからしょうがない。しかし楽しい相手であった。またリターンマッチでもあるかなあ?しかし私が幹事をやることはないからどうでもよい。

 

しかしそれは間違いであった。私が話していた「人妻似」はおそらく私が過去にあった女性のなかで上から3番をくだらない素敵なこであったことにだんだん気がつき始めた。なぜ自分の電話番号を渡すことができなかったのだろう?自己嫌悪はそれから2月続いた。なんということだ。他人に「気に入ったら間髪をいれず行動しろ」と説教をたれているのに、自分の気に入ったこがでてきたときに、そのことに気がつくのに3日もかかるとは。

 

もうひとつ気づいたことは、私は当社で働いていて、同じ年頃の友達がたくさんいて幸せだったなあ、という点である。テニスクラブの人たちは、善人ばかりのようだったが、それでもなんとなく前述した感想をいだかせるような人たちであった。何がどうとは言えない。しかしなんとなくくせの強い人が多かったように記憶している。しかしちゃんと彼らとも仲良くして宴会に招待するのは幹事のWNBの度量の広さということができるだろう。彼はまた会社にきているR社のエンジニアたちとの貴重な橋渡し役でもある。私だって米国人と話すのは(未だに)気が重いが、彼はちゃんとコミュニケーションをはかるのである。

 

さて翌日は例によって二日酔いで頭がいたかった。一日ねれば次の日はまた合コンである。これは本当に私は保護者のようなものだ。

 


注釈