題名:フィールドノート:2024/11/02
五郎の入り口に戻る
以下は2024年11/2-11/4に参加したワークショップで出された
「単独で飲食店にはいり、最低1時間は滞在し観察すること」という課題に対して作成したフィールドノートである。
—-
背景説明
振り返って考えれば、この時私の頭の中にはいくつかの目的関数が存在していた。
課題の1時間をクリアした上で、飲食に関わるコストを最小限に抑えること、私は貧乏なのだ。消費時間を最小限に抑えさっさとホテルに帰って寝ること。私はとても朝型なので、就寝時間は小学生低学年並みに早い。そして摂取カロリーを最低限にすること。少し食べるとボンと体重が増える。これらの目的関数は私の日常に常に付き纏っている。しかしそれをあっさり忘れてしまうのもまたいつものこと。それゆえ、私は貧乏だし、いつも眠いと思っているし体重は必要以上に重い。そうした目的関数と目的関数との付き合い方が存在しているという前提で以下の行動を読んでほしい。
入る場所を探し雨の中をあてどもなく彷徨う
宿泊場所を出る。雨がしっかり降っている。普段の私は雨天時家にいる人だが、今日はでかけなくてはならない。雨の中歩を進める。方角の当てがあるわけではない。自分がどちらの方向に進んでいるかの確証も持てない。とにかく進む。なんとなく明るい方向に、広い通りの方に歩いていく。靴の中に水がはいってこないのって幸せ、と思う。靴を買い換える時、少し高いが防水のものにして正解だった。普段は靴の底に穴が空いても買い替えない。晴れていれば問題ないのだが、少しでも路面が濡れるとすぐ内部に染み出し不快になる。しかし今日は万全。高い靴の神様に感謝の祈りを捧げる。「さすがゴッグだ。なんともないぜ」というガンダムのセリフが頭をよぎる。
前方にカラオケの看板が見える。カラオケならば1時間定額で過ごすことができる。しかし何を観察できるというのか。自分が歌った曲を列挙しても意味があるとは思えない。そこを右に曲がる。すると昼に見た建物が目にはいる。speech speechとかいてあるビル。おそらく駅前から続く大通りに近づいたのだろう。近くにザンギの店があり、値段は手頃そうなのだが、店内は狭くとても1時間過ごせるとは思えない。
不安を抱えながら店の決定
大通りに出た。講習の最後に説明された繁華街はここから少し先にあるはず。しかしここでも何件か飲食店が目に入る。信号を渡り、その先にある飲食店を眺める。
こじんまりとした飲み屋があり九百九十円セットと看板がでている。店から出てきた店員と思しき女性に呼び止められ、いかがですかといわれる。客引きが出てくる店は要注意と聞いたことがあるが、この先雨のなかをあてどもなく歩くのか。そう思えばここでいいではないか。若干の不安を覚えながらも、他にも客がはいっていることを確認し店にはいる。先客は観光客とは見えず、ふらりとはいってきた地元の人に見える。であれば少し安心、とあまり根拠のないことを考える。
入店し、店内の観察
カウンターの一番奥に座る。後でその場所が15番と呼ばれることを知る。店の中には三組の男女がテーブルに座っている。20代から40代くらいの年代と思えるがあまりじろじろみるわけにはいかない。店内の様子は以下のようである。
目的関数を考慮しながらのオーダー決定:払う金額に関する考察
席につくとオーダーを考える。ちょいのみセットはいずれも刺身+もう一品。あれこれある「もう一品」の中から鳥モツを選択する。それからしばらくメニューの写真などを撮る。ちょい飲みセットをゆっくり食べてから追加オーダーをすれば1時間滞在できるだろう。問題は値段だ。なぜ飲み屋となるといきなり千円コースなのだろう。普段外食して、千円を超えると目が回るほどの衝撃を受ける人なのだが、飲み屋にくると平気で三千円とか払う。この差はなんなのだろうか。
若い男性にオーダーをする。飲み物は生でいいですかと言われるので、今日飲めないんですよと言う。(課題の説明時、「飲むと観察できなくなります」と注意があったのだ)ソフトドリンクを探そうとすると、相手は「ノンアルコールビールは?」と聞くのでそれにする。あとで他のソフトドリンクを頼めば百円節約できたことを知る。しかし烏龍茶ならば一瞬で飲み終えてしまう。ノンアルコールでもビールならちびちび飲むことが可能で、時間を稼ぐという本日の目的には適合している、と自分に言い聞かせる。
ほどなくして外国人観光客から不満爆発のお通しと刺身が来る。そうか。九百九十円セットといってもお通しが入るから必ず千円を超えるんだ。刺身は薄っぺらく、おいしいそうには見えず、格安セットのつけあわせという感じ。
お通しはキャベツ。これで三百円取られるのか。というのは出る時に知った。メニューにのっていたキャベツは三百九十円だから一応良心価格と考えておこう。
飲食の開始ー鳥のモツ煮に感動
17:37
鳥のモツ煮がくる。
モツといってもほとんどレバーのようだ。最近知ったのだが、鳥のレバーはとても安い。近所のスーパーだと100g三十円である。ならば飲食店はその部位を使って粗利を稼ごうと考えるだろう。などと考えながら食べる。
鳥のレバーは暖かく柔らか。私が鳥レバーを調理すると甘辛く煮る以外の選択肢がなく、味が一種類しかない。当然のことながらこの味は自分が作ったものとは段違いでおいしい。刺身も食べられないほどではなく、まあこんなものかと思う。
私の後ろには女性二人組が座っている。もう一人男性がいるのだが、ほとんど女性ふたりだけで喋っている。
店の人との数少ない会話。そこから考えたこと
17:39
店の人に「銃でも持っているかと思いました」と言われる。厨房のチーフと思しき男性も控えめに同意する。いや、ただのiphoneですと答える。私のiPhoneおよび名刺入れは、銃のホルスターのような形をしている。実家の母は「あんた銃持ってるみたいね」といつも言う。考えてみればそうやって知らない人にいじってもらえるのは初めてだな。ほとんどの人はそれに言及しない。還暦男がどんな格好をしていようが誰も観ていないせいだと思っているが、実は「あいつは変な格好をしているが、関わりになりたくない」と思っているからかもしれない。
後ろが通路なので、人が通る。狭い通路なので、じゃましないようにしようとすれば背筋を伸ばすしかない。というわけで、妙に姿勢のよいおっさんが一人でノンアルコールビールなど飲む状況が出来上がる。
ご新規さん2名と声がかかり、若い男性二人がテーブルに座る。私は鳥のモツを口に運び続ける。中年の男女が入店し1Fのテーブル席がいっぱいになる。
人が増え少し話し声が大きくなってきたが、静かすぎず、騒がしすぎずちょうどいい感じのざわめき。グループで来ていたらおそらく会話が適度に弾む雰囲気。気温が記憶に残っていないということは、暑くも寒くもなかったのだろう。その中で私は一人背筋をのばして鳥モツをちみちみ食べる。
私がいることは、この店にどのような影響を与えているんだろう。冷静に考えると十分怪しい人物のように思うが、厨房の人は忙しく料理を作っており、接客の人も忙しそうであり私が変な行動に出ない限り何もすることはないだろう。客観的にはよくいる一人飲み客に見えるのだろうか。しかしそもそも一人飲みとはどのような場合にどのような目的で行うものなのだろうか。今日の私がそれとはかけはなれた目的でここにいることは間違いない。
目的関数を考えながら追加オーダーしてすぐ後悔
食べ終わったので、メニューのなかで一番安い生姜豚まき串を頼む。オーダーを取ってくれた男性が「一本でいいですか?」というので、見栄をはって2本と答える。そしてすぐぎりぎりと歯軋りをする。一本三百六十円だ。カロリーまで増やして私は何をやっているのだ。そのうち串が2本乗った皿を調理の人から直接渡される。紫蘇のようなもの-あとで気がついたが生姜だった-を豚肉でまいたもの。1本の串に二つ肉巻きが付いている。
一つ口に含む。なるほど、豚肉はおいしいが味が単調と思っていた。しかしこのように生姜と組み合わせることでその単調さを解消できるのか。ゆっくりと串を口に運ぶ。ビールを飲む。後ろの男女4名、ずっと女の子同士で喋っている。
追加オーダーの苦悩-目的関数を考慮しながら
17:54
女性が「おはよう」と言いながら奥に行く。おそらく十八時から勤務の店員さんなのだろう。この時間帯に「おはよう」など、まるでどの時間でもその挨拶をする芸能界ではないか。飲食業にもそうした習慣が存在するのだろうか。などと感心しながら時計を見る。まだ30分ほどしかたっていない。追加の注文をしなければ。何をオーダーすれば一番時間がかかるだろうか?考えてみれば普通は逆の評価関数で選ぶな。
おでんなど頼むと、おそらく目の前にあるおでんを皿にとるだけなのであっという間。熟慮の末、焼きそばを頼む。安いしおそらくこの状況では調理に時間がかかることであろう。調理場が見えるが、ここでどうやって焼きそばをつくるのか想像もつかない。女性店員にそれを告げる。彼女は店の奥に行く。その後男性店員が来て「焼きそばなんですが、最近量を2人前にして、値段上げてるんです」と言う。それは困りましたねと言うと、相手は「シメですと、卵かけご飯か、半熟卵掛けご飯か」という。それらの選択肢のなかから半熟卵かけごはんを頼む。
それからしばらく何も出てこない。普通なら「早くしろ」と思うところだが、今日は一分でも長く調理をしていてほしいので時間がたつことが嬉しい。こちら側の目的関数を変更すれば、苦痛が喜びに変わるという例である。
カウンターに男性登場:怪しまれないように観察
そのうちカウンター席にもう一人男性が座る。様子を観察したいが、あまりちらちらみると、同性愛者が誘っていると思われても困る。なので遠回しに様子を伺う。彼はビール、刺身の盛り合わせなど頼んでいるようだ。こちらの方を若干気にしながら醤油を取る。ちゃんと観ていないのに、なぜ相手がこちらを気にしていることがわかるのだろう、と自分でも不思議に思う。
私の右後ろに中年の男女が座っており、店員さんと明日がボージョレーヌーボーの日だとかそんな話をしている。店員さんが「近くにいいワイン屋があります。お店を出る時に、場所を教えてますよ」と親しげに語りかけている。おそらくここはいい店だろう、と勝手に安心する。
さきほど「おはようございます」と言って出勤してきた女性は隙あらばこちらの食器を下げる。職務熱心と言うことであり、通常の状況であれば「食べ終わったお皿を早く下げてくれてうれしい」ということなのだが、今日の異常な状況では「いや、もうちょっとゆっくり下げていただいてもいいのですが」ということになる。まことにお客というは勝手なものだ。
シメの卵掛けご飯登場:期待を超える料理に喜ぶ
半熟卵かけご飯がくる。
予想していたのは、ご飯の上に雑に卵が載っているものだったが、予想以上に凝っておりうれしくなる。半熟卵が割られており、ご飯の上に何か味と色があるものがかかっている。食べてみると味がしっかりしている。時間を稼がなくてはならないので、少しずつ口に運ぶ。この料理も、もしこちらが酔っ払っていたら味も見た目も気にせずととにかく腹に詰め込むだけだな、と思う。
18:09
時計を見る。まだ十分以上は粘らなければ。シメを頼んでしまったし、費用と摂取カロリーの面からもこれ以上注文するわけにはいかない。このご飯でできる限り時間を稼がなくては。というわけで大変行儀良く、一口口に運ぶと、匙を置き、咀嚼している間手を膝の上に乗せる。いつかTVで観た米軍の士官学校の食事のマナー。これならば変な人ではなく、時間を稼ぐことができるとその時は考えた。しかし冷静に考えると十分に変な人だな。時間を気にしながらではあるが、こうやってゆっくり食べるときちんと味わうことができる。今回の事前課題で発見した「咀嚼中の舌の動き」を感じながらゆっくり食べる。
店内の観察と他の客、店員に対する勝手な想像とその背景に関する考察
後ろの4人組は時々男女でしゃべるが、ほぼ女性同士の会話しか聞こえない。男性がただ声が小さいだけなのだろうか。お互いよく知った関係であれば、それでも問題ないのだろう。私がこの状況を異常に気にするのは、男女が2対2で座っていれば、それは合コンであり、男女間で会話を盛り上げなければ、という強迫観念が存在しているためではないのか。最後に合コンに出たのはおそらく数十年前だが、若い頃に身についた偏見は簡単には消えない。
18:14
店員さんが厨房の人に「ちょっと社長によばれて」と出ていく。その後すぐもどって何事か喋っている。社長は近くにいるのだろうか。そして急に呼ばれるというのは基本的に何か良くない知らせではなかろうか。そんなことを考えながら彼らの表情を見るが、そこからは何も読み取ることができない。
ふとカウンターの上を見る。すると、電球がいくつかぶら下がっていることに気が付く。電球といいながら、おそらく中身は単純な白熱灯ではない。しかしその正体はよくわからない。
設置されているソケットの半分しか電球がついていないことに気が付く。これは節約のためだろうか、あるいはあえて暗くしているのだろうか。
退店準備会計に対する不安とそれが現実になる様 課題用の持ち帰り物品に対する逡巡
などと考えているうちご飯を食べ終える。カウンターにはまだ私とその男性しかおらず、混んでいるわけではないがそろそろ潮時だろう。飲み物も食べ物のないのに座り続けるのは居心地が悪い。女性を呼びお会計をしてもらう。相手は伝票をもってくる。先ほどから何度も頭の中で計算を繰り返し、推定結果に恐怖を覚えていた通り総額は二千円を超えた。まあ飲み屋だからしょうがない。一杯しか飲んでないけどやはりそうなるよね。などとうだうだ考える。支払いはと聞かれるので「現金で」というと相手は現金を乗せる皿を持ってくる。それに3006円乗せる。一円玉と五円玉を探すのに少し手間取る。最近現金を使う機会がめっきり減った。お釣りが帰ってくる。
課題説明時に「いろいろ持って帰ってください」と言われたことを思い出し、会計のレシートと箸置きとして使っていた割り箸の紙を持つ。他にも豚巻きの串があったが、あれを持って帰っていいものかどうか判断がつかなかった。ひょっとすると再利用するかもしれないし、尖ったものを持つのは怖い。
退店から帰り:ひたすら宿泊場所に戻るはずが、またもや目的関数と反する行為
店を出る。雨はほぼ上がっている。女性が「またきてくださいね」と言う。「ごちそうさまでした」と言う。おそらくここに再度来ることはあるまい、と思いながら。入店から出店までの時間はおよそ1時間。摂取カロリーと費用はおそらく適正値を超えたが、自分が勝手に決めた適正値だ。気にしないことにしよう、とホテルに戻る道を歩き出す。途中でコンビニで飲み物と菓子パンを買う。何か甘いものが欲しいと思ったのと夜中に喉が渇くと大変と思ったから。しかし菓子パンのカロリーを考えに入れないところがいつもの自分という気がする。
私がフィールドワークで着目する感覚は、体重とコストの低減という目的関数への執着とそれをあっさり破る行為と後悔がうれしいという感覚です。