日付:2001/8/8
牛筋カレー | カツカレー | もうひとつのカツカレー
牛筋カレー8月の12日。私は緑の窓口で時刻表をひっくり返していた。
今週一週間は休みだからどこかにいきたい。さて問題です。どこに行きましょう?例によって何の根拠もないのだが私の頭の中には二つの案があった。
その1.鹿児島の近く知覧というところにいって特攻隊の展示を見る
その2.秋田で開催されているワールドゲームズというものを見る
どちらも思いつきだから合理的に優劣をつけることなどできないのだが、とりあえず鹿児島行きの寝台車をあたってみて、それが満席であれば秋田に行こうと考える。しかしなんといってもお盆であるから、はたしてチケットがとれるものか。
おそるおそる「指定券購入なんとか」を差し出すと相手は何事もなかったようにあちこちたたいたりしている。そのうち値段を告げられた、ということは寝台車がとれたのであろう。
新大阪発西鹿児島着の「なは」とかいう寝台特急である。鹿児島行きなのに「なは」とはこれ如何になどと疑問を持つのは危険だ。誰かにその疑問をぶつけたとしよう。しかしあなたはその相手が「鉄っちゃん」であることを知らない。そしてそれから数時間に渡り「そもそも列車の命名方とは」という演説を聞かされるのだ。
余計な考えを脇に押しのけ出発時刻を確認する。新大阪をでるのは午後の8時22分。その日他にはこれといって何もすることがない。その瞬間ある考えがひらめいた。少し早めに行き、大阪で行ってみたいと思っていたあの場所に行くのはどうだろう。そう考えれば今回の目的地としている知覧にもあれがあるじゃないか。をを。これこそが天啓であろうか。閑な神さまは私に「巡れ」と命令しているのであろうか。数秒足らずでこの考えが頭の中を駆けめぐると私の行動は半ば決まったような物である。
8月の14日午前11時過ぎ、私は新大阪に降りる。地下鉄に乗ると一路肥後橋を目指す。途中の乗り換えで「こっちこっち」という看板に従っていったら歩く歩く。そのうち
「ちょっとまて。ここは一度来たところではないか」
と思い出した。それもそのはずで、1999年の12月、某米国ベンチャー企業の人間とNTT-Docomo関西様にお伺いしたとき通った道である。土佐堀通りなる表示に従って歩いていく。一丁目、やはりあった。悪名高き日榮の近くにDocomo様が。その時の事を思い出し瞬間的に私は陰鬱な気分になる。しかし今はそんなことにとらわれている閑はない。先を急ぐのだ。
私が今日の目的地に関して知っている事は二つだけ。それは土佐堀2丁目なる住所にあるらしいこと。もう一つは先日ある人から聞いた
「ちょっと駅から遠いところにあるんですよねえ。土佐堀通りをずーっといくと高速に近づいたあたりで看板が見えるんですわ」という言葉だけである。しかしその場所に関する知識が不確かな物であろうが、前に進ませる願望が不合理な物であろうが、今や私は「打ちてし止まん」状態である。そのうち道の反対側に「カレー」という看板が見えてくる。見えてくるのだが看板には「カレー」とだけ書いてあってなんという店かわからない。それにまだ高速は見えていないのだ。これは目的とする店ではあるまい。そのまま先を急ぐ。
そのうち住所表示が「土佐堀2丁目」に変わる。緊張感が高まる。きょろきょろしながら歩を進めるがそれらしき建物は見えてこない。そのうち彼方に高速道路らしき物が見えてきた。どうやら終点は近いようだ。あそこまで行ってなおかつ見あたらないようであれば私は破滅的に間違った道を進んでしまったことになる。高まる不安と共に前に進む。そのうち電話ボックスについている住所表示をみて私は愕然となった。土佐堀3丁目。ということは既にして2丁目は過ぎ去ってしまっているではないか。どうやら私は間違ってしまったようだ。
肩を丸めて電話ボックスに入る。とにかくイエローページで探してみよう。飲食店の中に「カレーハウス」なるカテゴリーがあるのは全国的な事なのだろうか、あるいは大阪ならではのことなのだろうか。とにかく行を追えば目的地の名前はちゃんとあるではないか。住所は土佐堀3丁目-XX-XX。ちょっとまて。ということはまだはずれと決まった訳ではない。
少し気を取り直した私は前に進む。高速道路はますます大きく見えてくる。3丁目と言ってもどこまでも続くわけではあるまいし。。をを。あれは目指す看板では無かろうか。
ああ。ここが「あの」インディなのだ。
ここだけの話だが私はカレーが大好きである。おいしい物を食べた時はいつもそれを発明してくれた人もしくは何かに感謝の祈りを捧げるのだが、カレーを発明してくれた人、もしくはカレーの神さまに何度祈りを捧げたか解らないほどだ。
あまりのカレー好きに私が幼い頃、母親はこういう実験を試みた
「この子が飽きるまでカレーを食べさせよう」
それから一週間、夕飯はいつもカレーであった。母の意図が何であれ、私はカレーが嫌いになるどころかとても幸せなカレー週間を過ごしたのだが。
さて、月日は流れ幾星霜。私はインターネット上に大変興味深い文章が存在する事を知った。書いているのは他にちゃんとした本業を持っている人たちだからプロではない。しかしこのおもしろさはいかなることか。あれこれ読みあさるうち、そのうちのいくつかが特定のカレー屋について言及している事に気がついたのである。このカレー屋-インディ-は一体どのようなところであろうか。文章に感嘆するとともに、そのカレー屋への好奇心が高まったとしても誰が文句を言えよう。いや、きっと
「なんじゃそれは」
と言いたい人はたくさんいるし、既に呆れている人はもっとたくさんいると思うのだが、私はそんなこと気にしないもんね。とにかく今私はまさにその場所に居るのである。
さっそく中に入る。中は適度に雑然としていて大変ご機嫌である。さて何を注文しよう。ちょっとアクセントのある日本語をしゃべる店員は私に水を持ってきたままそこに立って居る。早く決めなくちゃ。選択肢は二つ。カツカレー大盛りにチーズのせか牛筋カレーである。どちらかと言えば前者の方が登場回数が多いのだがカロリーが心配。牛筋カレーにしよう。ただし大盛りね。
ほどなくカレーが運ばれてきた。ああ、これが牛筋カレーなのだ。メニューに青ネギが沢山と書いてあるが、その通りたくさんネギがかかっている。牛筋に青ネギとはどういう組み合わせなのかなと考えながら食べるとこれが素敵にうまい。いままでに食べたどのカレーにも似ず、ちょっとさっぱりした感じなのだが、
「もう一杯」
と思わず言いたくなる。しかしまだ先は長い。ここは自重しなくては。
ご機嫌にお勘定をすると「100円割引券3枚綴り」をもらえる。そうだ。これであと3回ここに来ても100円割り引いてもらえるのだ、っていつ来ると言うのだろう。まあご機嫌だからいいか。
さて、今度は長い長い帰り道である。どこまで行けば目的地に着くか知っているから気楽とはいえ、日差しはきびしくそして気温は高い。熱射病の恐怖にとらわれ途中でコンビニに入る。立ち読みなどしていると汗が滝のように噴き出す。そして気がつく。どうやら私はよれよれになってしまったようだ。
それから夜行列車の時間までなるべく直射日光を避けてなんとかすごす。しかし暑い。日が沈んだというのに熱気がまだこもっている。そろそろ時間と思い、ホームに降りていくのだがそこも全く涼しくない。何十年ぶりかわからないが「冷凍みかん」などを買ってみる。みかん自体はあまり甘くもなくどちらかと言えば酸っぱい気がするのだが凍ったミカンはこの熱気の中なによりもうれしい。食べ終わった頃ようやくホームに列車が入ってくる。これまで2回使った寝台はいずれもA個室。今回の列車にそれはなくBソロとかいうグレードである。これはいったい何なのであるかと思ってみれば上下2段に分かれているようである。
中に入ってみると真ん中に狭い通路があり、両脇に部屋がある。私の個室は上か下かと思えば上であった。はいってみれば腰をかがめてやっとの高さなのだが、ゴキブリを先祖に持つであろう私にはご機嫌な広さである。短パンに替えたりパソコンをセットしたりすると一息付ける。
いつも夜行列車に乗ったときには窓の外に流れる景色を眺めたり、あれこれ考えたりするのだが、この日とても疲れていたのだろう。横になるとそのままくてっとねてしまった。
注釈
カツカレー大盛りにチーズのせ:「それだけは聞かんとってくれ」第95回、「森で屁をこく」其の123 本文に戻る
牛筋カレー:「それだけは聞かんとってくれ」第123回、本文に戻る