日付:2006/3/31
-前章までのあらすじ-
幸運に恵まれWISS2006に論文が通ったと喜んだのもつかの間。プレ ゼンの練習をやった男はそのあまりの「つまらなさ」に涙するのであった。
-あらすじここまで-
い や、ここでいう「つまらない」、とは笑いが取れないとかそういう意味ではない。自分が之を聞かされたら、何かを投げたくなるくらい退屈なのだ。今までのプ レゼンにいくつかつけたしたもので何度も練習してきたから、私が飽 きてしまっただけかもしれない。しかし本人が面白くないと思うものを人前でしゃべるのもいやだ。
と いうわけでえいや、と構成を変更する。内容の順番を入れ替え、それとともに数枚チャートを没にしたり復活させたりあれこれやる。予定ではこの週の最初 の方で一度リハーサルをやる予定だったが、それどころではない。そもそもちゃんとしゃべる内容を考え直さなくてはならない。行き詰ると
「そ もそも俺は何が言いたいのだ」
と (例によって)いまさらのことで悩むことになる。時間が増え内容が増えただけ散漫になっている気もする。帰りのバスで 「をを、これはいい」というせりふを思いついても、翌日チャートに落とししゃべってみると「冗漫」と落ち込んだりする。
とかなんとか やっているうちに12 月に入る。WISSに出発する前前日、誰もいない会議室で練習をしてみる。できはよくない、というかとても悪い。しゃべる内容はともかく、全く覇気 がない。どういうことだ。しゃべるほうが苦痛に思っているプレゼンを人に聞かせる、というのが拷問の類ではなかろうか。いや、仕事ではそういうことよくあ るんだけどね。思 えば週末、あまり練習ができなかったなあ。去年は眠たくてむづかる子供をだっこしながら練習したが、今年はみな進化してしまった。こちらが練習をしよう か、などと考えていると本をつかみ
「これ を読め」
と迫ってく るのだ。おかげでなかなか練習ができない。知恵もついたからお父さんが関係のないことをいきなり言い出すと変な顔するし。などと言い訳していても しょうがない。最寄りのバス停までの行きと帰りに練習するのだが、去年より長いことが災いして、一通り終わらないうちにバス停か家にたどり着いてしまう。
WISS 前日の5 日、誰もいないオフィスで練習する。
「それではここでデモをお見せします」
と言ってプログラムを切り替える。するとGoromi-TVがいきなりハングする。しかプログラムが簡単には終了してくれないような悪質なとまり方だ。「ふ ふ。こういうことに備えるためにリハーサルはするのさ」
と 自分に言い聞かせ、ハングした時用にムービーを準備する(思えば去年はこうした問題がなかっただけ気楽だった)さてもう一度、とやるとまたハングする。こ れは どうしたことか。プログラムを見直し、余分と思われるところを削ったりするが今度は再現しない。しかしもともとそうしょっちゅう発生する事象でもないから 改善されたのかどうかよくわからない。などと書いているうちに、またハングアップが起こる。これはどうしたこと か。こうなると
「バッ クアップが用 意してあるもんね」
と開き直っている場合ではない。プログラムを見直し、あれこれ直す。。しかしまたもや「改善さ れたかどうか分からない」状態になっただ けであまり状況は改善されていないのかもしれない。
それと平行してプレゼンテーションの方にも直しを入れる。何度も口頭だけで説明し てき たが、どうに もわからない、と思ったところをグラフを使う形にする。自分がわからないと思っているのだから聞いている方はもっとわからないだろう。「ユーザ評価」とい うえらそうな一章を設けていたのだが、言っている内容の半分は自分が使った話な ので、その看板を下ろす。かようにあれこれ変更するからまた練習のやり直し。全部ではないが。
とかなんとか言っ ているうちにその日は終わ る。笑っても泣いても明日は出発だ。直前まで練習するとはいえ、本番がどうなるかは神のみぞ知るところ。これが毎年あると分かっていながら応募するほうも 応募するほうだよなあ。などと考えながらぐーっと寝てしまう。
翌日はいつもと同じ時間に家をでる。渋谷まで は一緒だがそこから大宮に向かう。大学時代サークルでやっていた空手の本部の練 習が埼玉でよく行われた。その時の記憶がよみがえるせいか「浦和」とか「大宮」とかいう駅名を聞くだけで気がめいってくるのだが、今日はそんなことを気に している場合ではない。大宮で乗り換え新幹線に乗 り込むとグーグー寝る。仙台を通り過ぎたあたりで外を観る。居眠りから寝覚るとそこは雪国だった。
感慨にふ けっている間に盛岡に着く。まだ時間があるのでマクドナルドに行 き、一度練習をする。プログラムはとりあ えず動いている。あちこち歩いているうち時間になったのでバス乗り場に向かう。最初のバスは私のちょっと前で満員になった。ぼけっと立って待つ。幸いなこ とに風がないので立っていられる。間もなくきたバスに乗り込む。いつもWISSに向かうバスは満員で、大きな荷物を膝の上において大変だ。しかし今日はが らがら。ホテルにつくといつもどおりの受付。しかし今年はすばらしく手際が良い。事前に金が振り込んであるの で、名前を確認して領収書をもらい、はいおしまいである。そういえば盛岡駅に「WISS向け案内デスク」もでていたなあ。
会場となる 部 屋はすばらしく広いが驚いたのはそのせいではない。毎年「無線LANの設定」は必ず問題になるのだが、今年は一つの机に二本づつ有線LANケーブルがでて い る。なんでも岩手県立大学の人が徹夜でセットアップしてくれたのだそうな。おかげでケーブルさすだけで何の問題もなく接続完了。これはすばらしい。実に見 事だ。先 日慶応大学の展示会に行き「サービスの悪さ」に激怒しそうになったとき「彼らはアマチュアだから」と自分に言い聞かせた。しかし岩手県立大学はちゃんと やっているじゃないか。今度からあのようなサービスに出会ったら相手が大学生でも遠慮なく激怒することにしよう。
と か考えているうちにWISSが始まる。某女子大学の学生による「遠距離恋愛支援システム」の発表には誰も文句を言わせない力が宿っている。なぜかと言えば 発表者が実 際にそのシステムを 使っているからだ。デモビデオでは若い男女が使用方法を見事に演じる。彼氏がごみを捨てようと、ゴミ箱をあける。すると遠く離れた彼女の部屋のゴミ箱がシ ンクロし てぱかっとあく。それをみた彼女は、ごみを捨てるわけでもないのにごみ箱を開けることで応答を返す。それに「彼氏」が応答を返す。ゴミ箱を通じて男女が仲 良く語らっている姿は美しいの だと思 う。
しかし私のようにひずんだ若者時代を送ったおじさんはそう冷静に見てはいられないのだった。「貴 様ら。そこに直れ。俺がたたっきってやる。貴様らそれでも日本男児か!!」
とわめきた い衝動に駆られるのだ。し かしもちろん黙っている。続く発表の題名は「萌え木」。その内容は別として発表の最初の言葉に感動した「遠 距離恋愛以前の段階でつまづいている○○と、遠くの3次元より近くの2次元に興味がある△△が発表します」
あ あ、 この見上げた根性。私が若い頃であれば「をを、女子大から女子の人が来ている。あわよくば仲良くなれないか」などと妙な下心を出していたはずだ。しかし彼 ら はその可能性を完全に捨て去ってまで笑いをとろうとしている。
と かなんとか感動しているうちに一日目は終わる。夕食にはビールかソフトドリンクが一人一本ついている。去年は飲み物何もなかったもんなあ。おかげで発表終 わりの 開放感に見合う酒がない私はわんわんほえていた。しかし今日はちゃんとビールがある。明日の発表が気になるがとりあえず飲んでしまおう。ごくごく。という わけでご飯を食べたりお風 呂にはいったりいろいろする。夜は恒例の宴会だ。今回任天堂から参加者がいるらしく、発売されたばかりのWiiで大変にもりあがっている。私はといえば早 々に部屋に引き上げ明日の練習をしようとする。しかしこれはおろかなことだった。
年々酒に 弱くなっていると思っては いたが、ここまで弱いとは思わなかった。別に吐くとか寝るとかではないのだが、頭がほにゃほにゃになっている。プレゼンの途中で作曲家の名前を三つ言 うところがあるのだが、ベートーベン以外ぜんぜんまともに言うことができない。ブラームスというべきところでブレンデルとか言っているし。観念してその日 はとっとと寝てしまう。
翌日目覚めると朝食を食べ、会場に行ってみる。するともう空いている。わーいわーいとい うわけで荷物を置くとまた プレゼンを見直す。昨日まで説明していてどうしても不自然なところがあったので、スライドを追加し、少し構成を変える。数時間後この最後の瞬間に追加した スライドが一番笑いをとることになる。ぶつぶつつぶやきながら練習をする。人に話しかけられるので「へっへっへっ。練習してんすよ」とにこにこお話をす る。実はこの時点でも一箇所、というか一番肝心なところのしゃべり方を決めていなかった。というか過去数日にわたってあれこれ考えていたのである。ドラマ 嫌いな私がここ十年で唯一見たドラマが「のだめカンタービレ」。そのドラマでブラームスの1番が演奏されたのは数日前のことであり、そのとき指 揮をした 千秋先輩(何のことかわからなくても支障はない)の姿は脳裏に焼きついている。というわけでテンポをつけ言葉をしゃべるとともに指揮のように手を振り回し てやろうか、などと考えるのだがやってみるとなかなか難しい。しゃべりがつっかえてしまったらそれまでなのだ。おまけに聴衆のノリによってはそうした「仕 掛け」が力一杯の空振りになる可能性だってある。というわけでしゃべる要素だけ頭の中にいれておいて後は本番の時ののりにまかせることとする。
私 の後ろに座ったのは同じ会社から来ている人間。彼のPCに何かあったときのためのバックアップをインストールしておいた。彼に「バックアップはあるか?」 と聞く。Yesという返事とともに「ここまで来て大坪さんのPCちゃんと動いているから大丈夫でしょう」といわれる。そうだな、と答えるがここで安心すべ きではなかったとことを数時間後に知ることになる。とかなんとかやっているうちに最初のセッションが始まる。私は 2番目のセッション の最初。とい うか2番目のセッションは30分の長い発表が二つなのだ。私の次にしゃべるのは論文賞確実の強力メンバーの発表である。昨日の発表を聞いていて、思ったよ り会場が広いことに気がつく。となれば後ろでも見えるように文字のサイズを大きくしよう、というのは昨日やった。また発表者の演台が下にあったから
「発 表者自身は観客から見えぬのだな」
と 思っていた。しかし今日は演題が舞台の上にのせられている。となると幸か不幸か丸見えなわけだ。最初の発表者は「演台が上にあがりましたけどがんばりま す」と言っている。ううむ。などと考えているとだんだん緊張してくる。何か悪影響があってはいやだからチャットも立ち上げていない。ただ前の方を眺める。 いきなり
「私は最年長の発表者だと思いま す。あるいは私の次に発表する大坪さんか。。」
と名前を呼ばれる。会場 に起こる笑いとともに緊張が少しほぐれる。早速ネットで調べてみると、そう言った人は私より7つも年上ではないか。俺って老けて見えるのだろうか。昔は年 より若く見られたものだがなあ。
な どと考えているうちに休憩時間となる。さっそく機材一式前に持っていってセットアップをする。演台の上にPCをおくと、周りに余裕がなく、リモコンとかを つなぎづらい。あれこれいじったあげく、なんとか収まる。電源も来ていないようだ。プレゼンが終わるまでたかだが数十分だからバッテリでも十分持つはずだ が、何か不安を感じる。電 源コードを伸ばしちょっと無理をして接続する。
そこまでやってしまうと暇である。先ほどプレゼンした人と少し話 す。「いや、私の方が少し 若いようですよ」とかなんとか年の話題だ。それが一段落すると会場をぶらぶら歩く。意味はないが頭の中では千秋先輩が指揮をしている姿がぐるぐるしてい る。もしかしたら実際私も手を振り回していたかもしれない。
とかなんとかしているうちに発表の時間になる。最初マイクを持たずに少し離れたところからしゃべっていた。昨日までの例をみていて結構マイクが音を拾っているように思えたからだ。しかし始まってしばらくして座長の人が
「マイクを持ってください」
と言った。後でチャットを見てみたら、ここのところ
「小さい」
の嵐だった。
マ イクを左手に握りながら説明は続く。最初のデモはなんなく終わる。壇上から話をすることなど久しぶりだ。思ったより聞いている人の顔が見える。しかしび びっている場合ではない。心なしか片足が震えているような気がするが動じてはいけない。途中一カ所スライドの構成を勘違いしていたところがあり、えい、と ボタンを押しても思ったような絵柄に成らない。気にせず続ける。そもそもこのようなユーザーを想定して作ったのです、と説明するところで私がソファーに 寝っ転がる写真がでてくる。はい、ここ笑うところですよー、と思うのだが、全く誰も笑わない。考えてみればこの写真、なんども使ってるからなあ。
ハングの嵐だった2度目のデモも幸いにして無事終了。子供に見せると、当初の意図と違う物がでてきても結構満足が得られるのです。
「概ね好評」
と いう文字を出したところで笑いが起こる。今までにもこのチャートは何度か見せたが笑ってくれたのは初めてだ。そのことで多少動揺するがひるんではいけな い。ここからプレゼンはWISSのために新しく作ったところに入っていく。では私はどのように感じたか。思っても見ないところに面白い番組があることを知 りました。まずNHK教育は結構熱い。次にどんな発見があったかと言うと。
実は私ドラマというものが大嫌いでして、過去十年あまりほとんど見ていませんし、部屋で誰かが見えているとその場を立ち去るほど嫌いです。なぜかと言えば(ここで文字が表示される)
「ドラマ=誰かが困る」
だからです。これが今朝追加したチャートなのだが、大きな笑いが起こる。しゃべっている方は結構動揺するが、やはりひるんではいけない。というかこんなに受けるということは同じように感じている人が結構いるということか。
そ こから私が「のだめカンタービレ」というドラマを見始めた事を述べる。この番組を知り、音楽の新しい聞き方を知ったり、いろいろなことを考えたり、気がつ くとiPodの中身がベートーベンの7番とラフヴァ、ラフマニノフ(ここはいつもつっかえていたのだが、やはりつっかえてしまった)の2番、ブラームスの 1番になる、という見ていない方には全く分からない事をつぶやいたあたりでハタと気がつくわけです。
俺はドラマが嫌いだったと。
ここで少し間をとり「仮に私の過去の視聴履歴や自分で認識している好みを考えたとすれば、このような番組を提示するべきではない。しかしそれではいつまでたっての「のだめ」に出会えないことになります。ではどうするか。」と延べ続ける。この時点で既にデモは成功裏に終わっているのでこちらは気楽である。まもなくプレゼンは終了し質疑応答の時間になる。いくつか比較的好意的なコメントをもらえる。去年のように過激な内容でないのでこちらも気楽である。
時 間となり演台を降りる。会場を自分の席に向かって歩いていくうち自分の胃がひっくり返りそうになっていることに気がつく。あまり自覚はなかったが相当緊張 していたのだろう。次のプレゼンは例によって見事な内容だ。これに比べると俺のカスカスだよなあ、とか思いながら聞く。お昼ご飯の時に何人かから、声をか けてもらえる。
休憩の後、午 後のセッションが始まる。しばらくして全く言葉が耳に入ってこないことを知る。iPodだけをもって会場の外に出る。外は雪が降っている。その景色 を見ながらブラームスの1番を聞く。通して聞くのは初めてかもしれぬ。4楽章の最後、千秋先輩はこう言いながら指揮をした。
「 絶望から希望へ 歌え 歓喜の歌を」
そ の言葉を思い出しながら私は雪景色を眺め続ける。この曲を演奏した後千秋先輩はDead Endの状態から抜け出す鍵を手に入れる。雪が降ると視界は遮られ白いぼんやりとした壁の中に閉じこめられ たように感じる。ここから出る道は果たしてあるのだろうか。