日付:2000/11/25
23章:Mac OSXさて、英語版、その他のMac OSX BetaはJobsがしつこく強調した「夏」の間-つまり秋分の日より前にリリースされたのだが、日本語版はいつまでたってもリリースされない。そのうち英語版でも日本語版が使える。”その方法を一挙公開”などとインターネット上で情報が踊るようになる。
これは一つ英語版でも買ってみるかと思ったあたりで、ようやくリリースデートが発表された。おまけに本来オンラインショップであるApple Storeでの販売なのだが、19,20の二日間はデパートで直接販売も行なうとのこと。
私のような一人暮らしをしていると、荷物を受け取るというのはよほど注意しなければならない事柄である。となるとこうした直接販売というのは大変ありがたいのだが、不幸にも私はこの二日間はおでかけだ。いつもは極めて退屈な土日を送っているというのに、どうしてこんなときだけ。
などと悔やんでいてもしょうがない。おでかけから帰るとApple Storeでさっそく購入手続きだ。届け先は実家にした。それでなくても私はやたらと実家に帰っているし、実家ならば両親がいるから受け取れる可能性も高い
そうやって待ちモードにはいると、今度はMac側の受入れ準備である。今回のリリースはあくまでもBetaであるし、動かないソフトも多いだろうから、OS9はそのまま残しておいて、別パーティションにインストールするように、とあれこれのサイトに書いてある。
さてここで問題です。どのマシンにインストールしましょう。PB2400は論外である。これはメインマシンでごりごり使っているのだから一瞬たりともとまってもらっては困る。実際何かトラブルがあったときのことを考えて、いまだSystem9にも移行せず8.6を使っているのだ。残りはPM7500+G3かG4だが、アップグレードカードはサポートされないようなので、選択肢としてはG4しか残らない。しかし実はG4は2番目によく使っているマシンなのである。このころ私はビデオをMPEG1取り込みボードで撮り込んで、CD−Rにする、というのを病的にやっていた。このボードはG4でしか動かない。おまけにMP3の作成にもこり出していたのだが、これもG4のAltivecが活かせる数少ないアプリケーションだからG4で動かしている。
さらには24時間稼動しているSETI@homeをどうすんべ、という問題がある。TwinPowerMacはほったらかしで運転だから、自分でつくったGSISでもってワークユニットをとっかえひっかえしている。これはどう考えてもMac OSXでは使えないので、SETI@homeを連続で解析させるために何か別の方法を考える必要もある。かくのとおり問題は山積だ。
ネットで情報をあさってみると
「ベータをだしてそれを金をとって販売するとはけしからん」
とか
「使いづらい。OS9のほうがよいのでもどしちゃった。」
とかの声も聞こえてくる。個人の声というのは実に様々だ。
しかしそうした問題点をさしひいても私は「新しいものずき」なのである。考えてみればStanfordでもIIcxに
「ええい。この遅さはなんたることか」
とかなんとか思いながら英語版OS7をインストールしていた。こんな性格でなければもっと平穏な人生を送っていたと思うのだが、生まれついてしまったものはしょうがない。何も考えずG4にインストールだ。
そう考えるとあれこれやることがある。まず第一にG4で使っているはOS9.0だから9.0.4にアップグレードする必要がある。次にHDを二つのパーティションに分ける必要がある。これをやろうと思うと一度ハードディスクをまっさらにする必要があるから冷静に考えれば面倒なことこの上ないのだが、なんだかんだとやってしまうのがパソコンオタクのオタクたるゆえんだ。えいやとファイルを避難させると、あれこれいじくりまわす。例によって例のごとくあれこれ問題もおこってくれるのだが、最終的になんとかTwin PowerMacは再度立ち上がってくれた。次に必要なのはMac OSXのCdである。
実家に帰っていたとき、ふとテーブルの上をみると「不在でした」とかなんとかいう紙がおいてある。どうやら、両親が不在のときにMac OSXはとどけられてしまったらしい。その紙に書いてある電話番号に何度か電話してみたが、誰も出ない。こうなってはしかたがない。また今度帰省したときに受け取ることにして、横浜にもどる。その間にもあれやこれやのニュースは飛び込んでくる。最初UNIXがベースになると聞いたときは
「もしやあのバックスラッシュを目にせざるをえないのか」
と思ったものだが、どうやらWindows-NTくらいの複雑さで収まっているようだ。もっともシステムフォルダさえいじらなければなんでもありだった従来のMac OSからくらべると融通が利かなくなっているのはしょうがない。最近はやらなくなったが、
「システムフォルダ複数切り替え」
なんてのも誰も聞きたくない年よりの昔話になるのだろうか。そうこうしている間にたくさんの人がインストールに成功し、感想を述べている。
「これだったらWindows NTのほうがまし」
という意見もあるようだが、だいたいにおいては好意的な意見が多いようだ。さて、楽しみ楽しみ。
さて、準備万端ととのったが私の手元にOS XのCD-ROMがとどいたのは11月の4日になった。実家に帰ると犬のアイちゃんがしっぽをふってひとしきり吠えたあところんとねころがっておなかを出す。なでろと言っているのだ。
彼のお腹をなでなでしながらいつも私あての郵便物がおいてあるたんすの上をみると、やたらと大きな黄色い封筒がおいてある。どうやらあれがOS Xらしい。きもそぞろにひんむいてみると、確かにOS Xだ。
翌日私はアパートに戻ると荷物を放り出し、さっそくインストールに取り掛かる。最初にインストーラーを立ち挙げるといきなり再起動がかかる。ここからが少し心配なところで、うまくCD-ROMから起動してくれるだろうかと心配になる。なんたってApple純正のドライブではないのだから。
しかしそんな心配をよそに、CD−ROMドライブはがっちょんがっちょんと音を立て出す。どうやら成功のようだ。
ご機嫌になり、目の前にあるPB2400に向かってなにかやりだす。するとそのうち画面中央にはなんだかこわれたようなフォルダの絵がでてきた。Oh my God. これは何かの問題を意味しているのだろうか。
不安に襲われたが、今のところ何もすることができない。しょうがないから見なかったふりをしてそのまま放置する。しかし動きがのろい。動いているのか死んでいるのかも定かではない。しかし幸いなことにそのうち画面がかわった。画面中央に表示されていた「破れたフォルダ」が消えたのである。この変化というのは基本的に望ましいものだが、ここで再び画面が前面灰色のバックに、7色のくるくるまわるカーソルが回りつづけるという状態で落ち着いてしまった。こうなるとまた「止まってしまったか」という強迫観念に襲われるが、とりあえずおとなしく待つしか方法はない。
さて、そのうちもう一度画面に変化があらわれ、使用言語選択の画面が開いた。すばらしい。これでインストールができそうだ。そこからはあーだこーだと質問に答えていけば過程が進んでいく。しかし文字入力が異様に遅い。一文字入力してはカーソルがくるくるまわり、まるで遠い昔のMacintosh-SEのようである。
この遅さはそれからずっと付きまとうことになる。いらいらしながらインストールが終了し、再起動するとちゃんとMac OS Xがたちあがるのだが、その遅さは筆舌につくしがたい。メニュー一つ選ぶのもくるくるカーソルを見ることなしには進まないのである。文字入力のタイムラグはどうみても数秒はあり、自分が何を入力しているのかさっぱりわからなくなる。
さて、そうはいっても私は新しい物好きであるから、あれこれ我慢して使ってみる。あたりまえのことだが最初はなかなかなれない。おまけに付属しているアプリケーションではできることがかぎられているから、あまり遊ぶこともできない。そのうちとうとう根をあげて、Mac OS9にもどしてみた。(このための「起動ディスクの設定変更」だけでも数分を要したのだが)
さて、立ち上がったのは昔懐かしのMac OS9である。さわってみると、使い慣れただけではない。まるで飛ぶようにあれこれ動く。メニューを選べば瞬時に反応がかえってくる。そうだよなあ。普通はこれくらいじゃなけりゃ困るよな。そんなことを考えながら再びOS Xにもどしてみる。これがまた異常に遅い。これでは使い物にならない。何か対策を考えなければ。
さてあれこれのWeb Siteをめぐってみると
「最初遅かったけど、使っているうちに早くなった」
とかいう謎の情報があったように思う。その論理からいくとこうやってあれこれ触っていればそのうち早くなってはくれないかと思うのだが、そうは話しが進まない。いつまでたってもクリックごとにあのくるくるアイコンでである。とうとう根をあげて、OS9にもどしてその日はねてしまった。
布団のなかであれこれ考える。まだ明日も休みだ。さて、何をしてやろう。まず最初に思いついたのは
「HDを大きくて早いものにかえる」
である。OS Xは私の理解が間違っていなければ常に仮想記憶を使っている。あの異様な遅さは、ときどきUNIXやNTで経験する
「メモリを馬鹿食いしているのにHDの残りが少なくて、一生懸命空きスペースをやりくりしている」
状況にちょっとにている。オークションでかった6GBのHDを3GB+3GBにわけて使っているが、これはいっぱつどっかんと大きいのにかえればいいのかもしれない。
もう一つ考えられるのはRAMの容量である。ただしこれは必要とされる128MBをつんでいるのだから、問題とは考えずらい。しかしながら寝ているとなんだか気が大きくなって(というより無責任になる、という気もするが)
「よし。これを機会にHDもRAMも増設だー」
などと考えながらその日は寝てしまった。
さて、あけて翌日である。私はひょこひょことパソコン屋にでかけて、バルクのHDを買ってきた。(正気にかえってRAMは買わなかった)容量は一躍30GBである。帰るとさっそくとりつけだ。パーティションを切ったり、データを移し替えたりしたあとに、再びOS Xのインストールである。
さて、再起動をするといきなり
「言語解析モジュールがありません。再度インストールしてください」
とかいうメッセージがでた。しかしなんだかわからないが動いているようなので気にしないことにする。しかしスピードは相変わらず改善されていない。端的に言えば昨日から何もかわっていないようである。うむ。これでは新しいHDの意味がないではないか。
そのうち
「ひょっとしたらさっきのメッセージに意味があるのではなかろうか」
と思い、Mac OS XのCD−ROMをつっこんでみる。しかしそんな一部のモジュールだけインストールするオプションは用意されていないようだ。しょうがないな、と思いあれこれやっていると、レスポンスが異常に改善されていることに気がついた。ほとんど問題がないほどだ。
こんな妙な話しがあるのだろうか、と思いCD−ROMをはずしてみると、今度はやはり遅い。なんだんだこれは、と思ってはみるが、まあ早くなるのはありがたいことである。私はその状態であれこれ遊ぶことにした。
昨日の状態でQuick Time Movieを再生してみたのだが、そのぎこちなさにはがっかりした。私がもっとも期待(これは普通の意味)と恐れ(大はずれではないかと)を抱いているHANNIBALの予告編を再生したのだが、とぎれとぎれで全く何をやっているのかわからない。これでは使い物にならないではないか。しかし今日同じ操作を行なってみるとまったく問題なく再生される。
それに気を強くして今度はTV取り込みにチャレンジしてみた。取り込み用のソフトをダブルクリックすると、しばしあれこれやったあとに
「カードが認識できません」
とあっさりいわれた。どうやらこのカードは(予想したこととは言いながら)使えないらしい。
さて、ひとしきり遊ぶと私はまたOS9に戻した。OS Xはなかなかいじりがいがありそうだが、TVが取り込めないのは問題だし、CD−Rが造れない(試してはいないがたぶん駄目だろう)のはもっと問題だ。こうなると昨今SETI@homeの専用マシンとかしている7500+G3のほうにインストールするしかないのだろうか。しかし7500+G3などという構成は当然のことながらサポートの範囲外なのであった。
そうはいっても他に選択肢はなさそうだ。私は再びインターネットで情報をあさることにした。世の中にはいろいろな人がいていろいろなことをしている。インターネットはその基調な情報を得るための便利な手段だが、情報を得ることが容易である、などとは誰も保証してくれない。
あちこちつつきまわったあげくに、どうやら私がやろうとしていることに関する情報を載せていると思われるサイトにたどり着いた。そこでかわされている会話は生の情報ではあるが、必ずしも整理されているとは言い難い。しかしつらつらと読んでいるとどうやら私が使っているような環境でインストールに成功している例もあるようだ。
その情報に心をつよくして、さっそくインストールに取り掛かる。まずはハードディスクをパーティションにわけて、、、、からだから面倒といえば面倒なのだが、こちらのマシンではほとんどSETIしか動かしていないのでデータの移動とかは結構楽である。あれこれやっているうちに準備が終ると、えいや、とインストーラーを起動した。
システムがCDからごとごとたちあがっているのがわかる。そのうち見慣れた虹色のカーソルがあらわれた。これはうまくいくだろうか、と思ったところで、
「ああ。やっぱりMac OSXはUNIXなのね」
という画面が表示された。カーネル(多くのMacユーザーはこの言葉を知らないだろうが)がエラーメッセージを出した。UNIXだからエラーメッセージも
「システムエラーが発生しました」
というダイアログとか爆弾の絵とかではなく、黒画面に白の文字で表示される英語である。何かキーを押せ、といわれるから押してみるが全然反応しない。しょうがないから電源を落とす。
「今のは冗談だったかもしれない」
と思い再び試みてみるが、結果は同じだ。
これは困った。最初あちこちのサイトに
「サポートされない機種でのインストールに成功。秘訣はCPUのクロックダウン」
とか書いてあったのをふと思い出し、ひょっとするとCPUのスピードを落とせばなんとかなるのだろうかなどと思いあれこれいじってみるが、どうしたらそんなことが可能になるのか見当もつかない。
しょうがない。スピードを落とせというのであれば、CPUを元の601@100MHzにでもしてやろうか、などと考えながら再度情報をチェックする。すると今度はどのサイトに情報が載っていたかすっかり忘れていることに気がつく。あちこちうろつきまわること数分。ようやく元の掲示板を発見した。非常に読みづらい言葉の山をあれこれかきわけてみると、どうやらAppleの製品にもともとついているのではないビデオカードがついているとそうした
「いきなり文字が表示されておなくなり」
状態になることがあるようだ。
帰ってみるとさっそくトライである。以前内蔵ビデオ回路を使用していたときのケーブルだのコネクタをとりだして接続すること数分。インストーラーを起動する。一旦リセットがかかりたちあがりはじめる。。。画面をまじまじと眺めたところで何ができるわけでもないのだが、とにかく私の祈りが通じたのか通じないのかは知らないがカーネルの表示を見ることもなく
「使用言語を選択しろ」
という画面をみることになった。
こうなると私はいっ気にご機嫌である。あれこれと入力をするとインストールが進んでいく。結構時間はかかるのだが、別に人間が何をするわけでもないから気楽なものだ。進捗状況を示すバーは青と白のまだらになっている。これがぴろぴろと動いていく様は実にきれいなのだが、ときどき
「バーがぴろぴろしているだけで実は死んでいるのではないか」
という強迫観念にさいなまれる。しかしどうやら彼は忠実にミッションをこなしていたようだ。長かったインストールも終了しRestartを促すボタンが表示された。
うはははは。これでインストール完了だ。ちょっと余分なケーブルがついているけど、まあいいやと思いぐい、っとボタンを押す(もちろん画面上に表示されたボタンだからこれは比喩的な表現だ)画面が暗くなる。再び灰色の画面が表示される。
しばらくして画面の中央にあらわれたのはG4にインストールしたときにもみた
「破れたフォルダの絵」
である。しかし今となってはこれくらいでは動揺しない。このまえだってこの絵を見たけど、待ってたら消えたもんね。そうおもってのんびりと待ってみる。しかし今度は勝手が違ったようだ。待てど暮らせど画面は変化しない。そのうち私は避けられない結論に達した。理由はわからないが、彼はたちあがってくれないのだ。
しょうがないからOS9のCD-ROMから立ち挙げて、とかあれこれの作業を繰り返す。そのうち(今更驚かないのだが)HDが認識されなくなったりと愉快な事象が起こってくれる。しょうがない。とにかく明日もう一度サイトをチェックしよう。
翌日くだんの掲示板を覗いてみる。繰り返しだがそこに書いてある言葉というのは実に断片的であり、あまり質問と応答、あるいはまとめにはなっていないから、自分に必要な情報を読み取るにはいくばくかの経験と忍耐が必要だ。しかし自分があれこれのトラブルに遭遇してみると、ようやく何が書いてあるかがわかってきた。どうやら私が遭遇しているトラブルというのは、特殊なものではなく、みながぶつかっている壁のようだ。解決方法は、と観ると本来あるSCSIインタフェースをターミネートしなくてはならないらしい。
考えてみれば、インストールがサポートされている機種には、つくりつけのSCSIインタフェースはないのである。あの太いケーブルにやっかいなID番号。昨今のUSBとFire Wireの普及により、もう2どとかかわらなくていいかと思っていたがそういうわけにはいかないようだ。しょうがないな、と思いながらアパートに散乱しているケーブルとかなにかをひっくり返す。確かターミネーターがどっかにあったはずだと思い込んでいたがどうやら存在しない。しょうがない。また明日だ。
翌日さっそく帰りにあちこちを回る。すると、Macの外部SCSI端子にぴったりのターミネーターが見つかった。昔はターミネータ一つで結構な値段だったものだが、今では1000円代である。ご機嫌に買い込んで帰るとさっそくトライだ。電源を落とし、ターミネーターをとりつけ、OS Xの神様に祈りをささげた後電源を投入する。
本当のことを言えばここでちゃんと立ち上がることを半ば信じていたのだが、例によって例のごとく話しはそう簡単には進まない。症状は昨日とまったく同じだ。いつまでたっても画面が変化する気配はなく、立ち上がってくれないのである。
それからしばらく私はいろいろなことを試みた。CDから直接立ち上げようとしたり、ターミネーターがない状態でインストールしたのがいけなかったかと思い、再度インストールしたり、そのうちにまたもやHDが認識されなくなり泡をくってNorton Utilityなど立ち上げようとしたら
「このバージョンのOSには対応していません」
と無情にもけられてしまったり。
さて、私は睡眠時間を何よりも愛している人間だから、時間がくれば寝るのである。しょうがないまた明日会社で掲示板の確認だ。
さて、翌日会社で再び掲示板とご対面である。そのうち
「7600には、SCSIが2系統ある。本来HDだのCD−ROMだのは内部用のSCSIに接続されているが、これを外部用のSCSIに接続したらうまくいった」
という内容がいくつかあることに気がついた。これはいけるかもしれない。帰るとさっそく電源を落とす。外部ケースをはずし、観音開きのフレームをあけると、どうやら7500にも2系統SCSIがあるようだ。さてさてと思い、(どちらが内部か外部か知らないが)今つながっているのとは別のほうに接続する。でもってここまでくるとあまり期待もせずに電源投入だ。
すると今度は
「へっつ?なんすか?なんか問題あったんすか?」
という感じで平然と立ち上がる。いつものことながら問題が解決したとき、というのはあっけないものだ。
ご機嫌になりさっそくあれこれやりはじめる。G4で使ったときはその遅さに発狂しそうになっていたものだが、こちらはなぜか快適に動く。ただまだCPUの2次キャッシュが効いていないので、某サイトの情報を元にキャッシュをオンにするプログラムをインストールする。(ありがたいことにインストール方法まで丁寧に書いていてくれるのだ。感謝感謝)
再度立ち挙げると、これが実に快適に動く。ほとんど「遅さ」というものを感じさせないほどだ。ただ
「システム設定」
の中のネットワークを開こうとするとそうとう待たされるが、これはどうやらそういうものらしい。
ひとしきり遊ぶと今度は現実的な問題に直面することとなった。つまり今迄このG3マシンはひたすらSETI@homeの計算をやってくれていたのだから、OS Xにしてもその任務を続行してほしいと思うわけだ。となるとなんとかSETI@home clientをインストールする必要に迫られる。
選択肢は二つある。次世代のOSがかつて呼ばれていたRapsody用と銘打たれたテキストベースのクライアントか、あるいはOS X用に作られたGUIつきのクライアントかだ。なんとなくGUIのほうが安心感があるとはいえ、GUIベースのクライアントで連続運転をさせようと思えば、どうしたってマウスポインタの位置とかキー入力をコントロールする必要がでてくる。しかしOS Xでどうやればそれが可能になるのかさっぱりわからない。
となれば、テキストベースのクライアントを導入してなんとか制御する必要がでてくるわけだ。それから数時間私はひさしぶりに
「ターミナル」
プログラムと格闘していた。どこかに書いたが、文字だけがだーっとながれるコンソールと決別したのがすごい、と思っていたmacintoshでこんなことをやるとはな、、と思ってもこの場合しょうがない。ほかに選択肢はないのだ。
まずファイル一覧をみようと思い、
"dir/w"
とタイプすると
「何だそれは」
と馬鹿にされる。これはいけないと思い次に
"ls -al"
とタイプするとようやく求めていた情報が表示される。そういえばchmodってどうやって使うんだっけとかひさしぶりにUNIXのコマンドを思い出しながらなんだかんだと作業を進める。
そのうちなんとか連続運転ができそうなめどがたった。やっていることは簡単で、コマンドでSETI@homeを実行し、終われば隣のディレクトリに移り、を繰り返すわけである。これってなんていうんだっけ。バッチファイルはDOSだから、シェルスクリプトなのかな。さて、この過程で私が何よりも忌み嫌っている「パス」というものにも遭遇したが、UNIXである以上そこを避けてとおるわけにはいかない。しかしなあ、、Macでパスを意識する日がくるなんてなあ。。
連続運転が可能なだけでは問題は半分しか解決したことにはならない。私にとっての感心ごとはユニットの数をこなすことよりも、
「うはははは。こんなにすごいユニットを解析したぁ」
といって、悦にいることなのだ。そのためにはなとか解析したユニットのログをとる必要がある。となると選択肢は一つしかない。SETI@Supportをなんとかこちらで動かす必要がある。
理論的には可能なはずであった。Mac OS XはJavaをちゃんとサポートしているだから。しかしながら(ここまでくれば別に驚きもしないが)SETI@Supportは立ち上がってくれない。途中まで動いたことはわかるのだが、待てど暮らせどんがんとして動いてくれないのだ。
うむ。これではしょうがないではないか、と思案することしばらく。OS X上のJavaで直接動かすのではなく、Classic アプリケーション扱い(つまりOS 9上で)動かせるのではないか、と思い当たった。さっそくやってみるとこれがご機嫌に動いてくれる。ただし本来直接動くはずのプログラムが、Mac OS9のエミュレーションを介して動いているものだからやたらとCPUパワーをやたらとくう。当然解析が遅くなってしまうが、まあログをとるためであるからしょうがない。
そしてようやくMac OS XはG3に定住の地を見出した。この過程であれこれやっている間、私はこの新しいOSが結構気に入っていることに気がついていた。特に新しいFinderの表示はそれなりに便利である。またシステムがふっとばない安定性は実にありがたい。アプリケーションが死ぬことはあってもシステム全体リブートはシステム構成を変えたときくらいしか必要がないのだ。いくつか直してほしいところはあるが、将来アプリケーションがOS Xに対応すれば喜んでこちらに移行しようと思う。
しかし避けられないこととは言いながら、いくつか悲しみにも遭遇していた。Mac OSにあった、
「HDのどこに何をもってきても大丈夫。インストールはコピーするだけ、アンインストールは捨てるだけ」
の手軽さが失われてしまったように見えるのは実に残念だ。元がUNIXとは言え、衣の下から見える鎧の無骨さにはどうにもやりきれない。実家のiMacはたぶんその生涯を終えるまでOS8.6で稼動しつづけることになるだろう。父にこの新しいシステムを使え、とはとても言えない。
今の時点での感想をまとめればこういうことになろうか。結構気に入っている。しかしOS9と交互に使ってみると、まるで別のマシンをさわっているような気がする。というわけで以前からのMac Userは、ここで自問自答するわけだ
「私はMacintoshの何を愛していたのだろう。そしてこの新しいシステムを使い続けたいと思うのだろうか」
動いてくれない:そのあとひょんなことから動くことになった。しかしその動作はどうみても異常であり、これと同じくらいへんな動き方をするJava VMというのは、古いMicrosoftのIEについていたものくらいだ。見たこともないエラーメッセージはぼこぼこでるし、フォントは見たこともないような特殊なものが表示される。本当の事を言えばOS XのJavaには期待していたのだが、どうやらベータと割り切るしかないようだ。本文に戻る