日付:2000/2/1
さて日曜日。私は小雨のふる名古屋の街を急いで歩いていた。時間に「いや」というほど余裕をもって行くのが私の流儀なのだが、この日はどこかで時間の計算を間違えたようだ。駅をおりて時計をみたらなんと2次会が始まる4時まであと10分である。おまけに今日いくのは始めての場所であり、ここから何分かかるか見当もつかない。私は多少泡をくってこばしりに歩き出したわけだ。
辺りの人通りはあまり多くない。一番人の往来の激しい通りから一本内側にはいったところだからかもしれない。そう思ってふと観ると「こいつも同じ2次会にでもいくのではなかろうか」と言った感じの人間が目にはいる。そうした人間をぽつぽつと眺めているとそのうちある店の前に人が何人かいることに気がつく。おそらくあそこが今日の場所なのだろう。時計を観るとまだ時間前だ。
二階にあがると受付に二人女性が座っている。一人はどこかで見覚えのある顔。その女性は
「バンドでボーカルをやっていた人ですね」
と言ってくれた。彼女はYDが所属するところのコスプレ・コミックバンドのキーボードプレーヤーである。YDは彼女のを「大変なしっかりもの」と称していた。この前のライブで私は彼女とほとんどしゃべっていないが、それでも私の顔をちゃんと覚えていてくれるってのは確かに「しっかり者」だ。彼女は「今日は乾杯の挨拶をお願いします」と言った。さて何をしゃべったものやら。時間に間に合うことばかり考えてそこまで頭がまわってなかった。まあそのときになればなんとかなるさ。
中にはいるともうかなりの数の人が来ている。ぐるっと見回すとまず一番近くのテーブルに見慣れた顔が集まっているようだ。元職場の仲間達である。私は「ハイ。元気」と言って挨拶をする。考えてみれば彼らと離れてもう五年近くになるのだろうか。
座ってあれやこれやの話をする。会話の中にここ数年使ってもいなかったような仕事の上の言葉がぽんぽんとでてくる。そしてこうした懐かしい話をするのは決して悪い気分ではない。
さて、そうこうしている間に新郎新婦入場の時間となった。YDは黒い感じのスーツ、新婦は青いワンピースだ。二人は笑顔で各テーブルに挨拶をしながら進んでいく。さて彼らが自分の席に着くと私の出番である。司会の「新郎の先輩である大坪さん。乾杯の。。」と呼ばれて前にほれほれと出ていく。
今日の司会をしているのは新婦である日本シリーズの同僚の先生らしい。ということはピアノの先生なのだが、その司会は実に落ち着いてその道のプロかと思うほどだ。彼女は
「大坪さんはYDさんとどのような関係と言えばいいのでしょうか?」
とふってきた。私は
「合コン仲間、というのが一番適当なのではないでしょうか」
と答えた。
実際最近を考えればそうかもしれない。YD合コンが行われたのは一九九三年だが、それから彼と何度一緒に合コンに言ったのかは数え切れないほどだ。そしてYDの逆襲-Part2と呼んでいる合コン、つまりは奥様とお会いした合コンだが-が彼の最後の合コンとなったのであろうか。
さて適当にへれへれしていると店の奥のほうから妙な歓声があがる。私はこの日完全にぼけていたので、乾杯というものは「皆様ご起立してください」というべきものであることをすっかり忘れていたのだが、そこの歓声をあげた席の人たちはもうすでに立ち上がり始めている。私は眼鏡を外していたのでよく見えなかったのだがそこには彼のバンド仲間が座っているようだ。さすがにのりがよろしい。私は「はい。みなさん。たってたって。」と言った。そして「はい行きますよ。かんぱーい」とかなんとか叫んだ気がする。しかし今こうして書いていても記憶が定かではないのだが、「YDくん、日本シリーズさん。今日は結婚おめでとうございます」と私はちゃんと言ったのであろうか。
さて、言っていようがいまいが、とにかくお仕事はお終い。あとは飲んで騒ぐだけである。お気楽極楽だ。今の会社に入って以来というもの私は会社ではほとんど飲んでいないが、今日はご機嫌にばりばりとビールが進む。昔の友達と昔の話や今の話をする。おめでたい席だから出るのはどちらかと言えば馬鹿な話ばかりだ。今日の仲間は私にとってはみんな知った顔なのだが、お互い同士はそんなに知っているわけではない。だから各自の昔の馬鹿な話を持ち出せばそれで結構笑えるわけだ。
ちょっと間が空いたところで前に座っているbunとこそこそ話す。彼とは一緒に日本シリーズとの合コンに出席した仲間でもあり、あれやこれやと話がはずむ。前回会ったとき、彼は死にかかっていてそのオーラは完全に消えかかっていた。今日もオーラはあまり感じられないのであるが、どこかほっとしたような雰囲気が漂っている。聞けば長い間彼を半死半生の境に追い込んだ仕事もようやく終わりを迎え、この後彼は休暇を取るつもりらしい。
さて、今度はテーブル全部で妙な話に花が咲く。私と同期であるところのKWは
「君たちは本当の大坪をしらない。知っているか?大坪は昔”○○さん。お電話どえーす”といって人を呼びだしていたんだぞ」
と力説しだした。今をさること15年前、私は新入社員と呼ばれるものであったのだ。最初は仕事がないから電話番ばかりしている。私は電話の近くに座っていたからまだ顔もちゃんと覚えていない人を呼ぶかかりだったのだが、確かに彼の言ったように妙な語尾でもって叫んでいたのである。
これに関しては別に恥じるところもないし、弁解もしない。当時誰も私に向かって「その言い方はちょっと」とは言わなかったが、こうして15年たっても話題に出されるところをみると周りは
「なんだあれは?」
と眉をひそめていたのであろうか。実のところを言えば全然関係ない部署の人から
「なんでも○○課には”お電話どえーす”と人を呼ぶ新人がいるそうだな」
と言われたことがあるのである。しかし今頃その事実に気がついても後の祭り、というやつである。
さて、一通り騒ぎ終わると私はちょっと遠征に出た。奥のテーブルにはバンドの知り合いがいるようなのだ。
奥にてけてけと行く途中にこの前のライブの主催者KDM氏に会った。「いやー、この前はどうもありがとうございました。云々」などと言って頭をさげる。相手も律儀に頭を下げているからまるで典型的な日本のサラリーマンの挨拶風景だ。ひとしきりあれこれ言うと、今度は奥のテーブルに向かう。近づいて眼鏡をかけてみると4xXのメンバー、Luna Queenのメンバー、それにRose Maryの3人がいるようだ。私は「どーもどーも」とか言って挨拶をした。
するとRose Maryのある人が「ホームページ読みましたよ」と言う。私は内心「うげげげ」と思ったが、彼女は言葉を続けた「私を誰かと間違えたんですよね」と。なんとそこまでちゃんと読まれているとは。私は心の動揺を見透かされないようにへらへらと笑いながらそのテーブルを後にした。
実はその言葉を聞いて、まだ今日挨拶をせねばならぬ相手がいることに気がついたのである。この前のYD合コンパート2に参加していた腰痛仲間とNo4が来ているはずなのだ。しかし今度顔を間違えるか、あるいは顔を合わせて「誰だっけ」という顔をしてしまえば強烈な顰蹙を買うことは間違いない。私は挨拶回りをしている日本シリーズを捕まえ「ところでこの前の参加者のみなさんってどこにいるの?」と確認してから二人に挨拶をした。しかし本当の事をいえば、No4は受付をやっていたので私は会費をはらった時点で「Hi,お久しぶり」と言わなければならなかったのだが。
さて、そんなことをしている間に、狭いがちょっとしたステージのあたりがにぎやかになった。観れば日本シリーズがキーボードの前に、そしてSG-2がギターを持っている。どうやら
「ちょっと」
といっていた演奏が始まるようだ。
二人が奏でだしたのは"Hard to say I'm sorry"とかなんとかいう名曲である。この曲は聴く人の目に涙を浮かべさせる。(と少なくとも私は思っている)キーボードとギターのアンサンブルであるが、SG−2はいつも通り(YD言うところの)カシオペアを思わせるギターで熱演している。もっとも私はメロディに感動するあまりこのときSG−2が眉間にしわをよせていたかどうかまで覚えていないのだが。
ほどなくして演奏が終わると、今度は先ほど挨拶したRose Maryの3人が登場である。我々がいたテーブルは一番ステージ(とおぼしきエリア)に近い場所にあったので、ごそごそ移動して場所を広げる。テーブルにいた友達達は「なんだなんだ」と言っているので、私はこの前のライブでの彼女たちがどのようであったかを聞かせた。セーラームーンの格好をして登場した3人がいかに会場を揺り動かしたか、ということを。
さて、我々が注目する中、彼女たちの演奏がはじまる。演奏が進むにつれて気がついた。3人が奏でる楽器がお互いに歌っているように聞こえる。
前回のライブの時は「もう少し肺活量がおいついたほうがいい」と書いた私だが、この日の演奏はすばらしかった。一つにはこの日はすべてのパートを人が演奏していたからかもしれない。(前回はリズムセクションが打ち込み-すなわちプログラミングであったが)
誰かがメロディを吹く。その音はサックスなのだがまるで人が歌っているように聞こえる。そして次は誰が歌うのか、とふと聞き入っている自分に気がつく。しかしこう考えたのはたぶん私だけではなかったと思う。周りをみればみな(だいたいみんなだが)静かに聞き入っている。
演奏が終わると拍手が巻き起こる。演奏が終わった後一人がわれわれのテーブルに来てくれた。彼女が言うには2月の連休に水族館でマグロの前で演奏するとのこと。誰かが「セーラームーンのかっこうするの?」と聞いた。彼女は「いや、今回は」とかなんとか言っていた。そして「このテーブルってYDさんの会社のお友達でしょ。みんな同じ顔しているんだもん」と言った。そう思って周りを見回してみれば確かにこのテーブルにいる人間は同じ雰囲気を持っているかもしれない。そしてそのことは決して不愉快なことではない。
その後もいろんな人となんやかやと話していた。「しっかり者」のLuna Queenのキーボードプレーヤーと話すと、なんとこの後3次会があると言う。場所は先日ライブをやった場所で、ここから歩いて数分だ。今日の2次会は4時始まりで6時までということだからまだまだ時間はある。私は急に行く気になった。
さて、2次会につきもののイベント-プレゼントなどをじゃんけんで競っていた後に、ふと気がつけば日本シリーズがまたキーボードの位置に座っている。ほどなくYDがしゃべりはじめた。
「不肖私が歌います。とはいっても今日は強力な助っ人を呼んであります。」
と言った後にチャゲ&アスカのどちらかの名前を呼ぶ(私にはどちらかわからない)するとでてきたのはサングラスをかけてその名前を呼ばれた人間のような格好をしたKDM氏である。
そこからマイクの調子が悪く少し間が空いた。しかしその間が全く苦にならなかった。会場にいた皆は、しんとしてしまうわけではなく、かとちって歌おうとしている二人に関係ないわけではなく、ぺちゃぺちゃとしゃべりながら待っている。そのうち一本のマイクで二人が歌うことになったようだ。
聞いたことはあるが、曲目はしらないこの二人が歌った歌は見事であった。個人的にはチャゲ&アスカの歌というのはあまり好きではいないのだが、こうした日にはぴったりである。YDの歌声を聞くのは数年ぶりであろうか。いつかお嬢様達との合コンリターンマッチの時以来だ。そのとき彼は解散してしまった米米クラブのカールスモーキー石井を意識して歌っていた。この日彼が誰かを意識していたのかどうかは知らないが、なんとなくそのときの歌声を思い出した。
大歓声のうちに歌はお終いとなり、二人の最後の挨拶となった。本当の事を言えばこのときあまりにご機嫌で彼と彼女が何を言ったのかさっぱり覚えていないのである。
場がお開きになるとみなが帰ることになる。私はこうした時大抵最初のほうに外にである。なかなか皆が退場しないとあれこれ大変だろう、と思うからだ。出口では二人が記念品を渡して挨拶してくれる。3次会にいくことを告げるとYDは喜んでくれた。
下に降りるとまた外は明るい。その中次に降りてきた女の子達が誰かをまっているようだ。彼女たちはたぶん私よりも一回り以上若いだろうが、すっかりご機嫌になっている私はちょっと話しかけてみた。なんでも彼女は日本シリーズの数年来のお弟子さんさと言う。道理で若いわけだ。披露宴では「いきなり」ちょっと演奏したのだそうだ。
さて、そんな会話をしている間に今度は元会社の仲間達がぞろぞろと降りてくる。私はGentle Sそれに同期であるところのKWと一緒に名古屋駅に歩き出した。3次会に行くのは良いが、最終の新幹線はのぞみである。指定券がなければ乗れない。心おきなくさわぐためにまずは指定券を取っておこうと思ったのである。
3人でてれてれと冬の街を歩きながらいろいろなことを話した。Gentle Sはこれから出張だという。途中でKWと別れ、名古屋駅でGentle Sと別れた。彼らと今度会うのはいつになるだろうか。あると思えばなく、ないと思うとあるのがこうした宴会というものだ。
名古屋駅で指定券をとると私は地下鉄に乗った。3次会の場所は駅をでればすぐだ。
注釈
YD:「この名前はよく登場するが何者だ?」と思った方は4XX Official Web Siteを観ていただきたい。このバンドのベースマンである。本文に戻る