空き巣がうちにやってきた
(2009/06/02)

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私のしたこと

その日、朝7時に家を出てゴルフに行っていました。

家に戻ったときは、もう18時になっていました。

ドアを引くと、家内が「うちに泥棒が入ったよ」といいました。

私は「そうか」とは応えたものの、まずは今日一日中、家内に言わなくてはいけないと思い続けていた件をまず口にしました。それは、一昨日、能楽の小鼓奏者 であられた柳原先生が急逝された件だったのです。先日来、家内は中国を旅行中で、そのことを知りませんでした。昨日、家内が帰ってきたときに、まず話さな ければと思っていたのに忘れてしまい、今朝はまた、家内が起きる前に家を出ていったのでした。

「柳原先生が亡くなられたよ」「まだ若かったでしょ。なんで亡くなったの?」「くも膜下出血と書いてあった。たしか、62才だったよ」というような会話を交わしたあとに、やっと泥棒の話になったのです。

つまり、盗難よりも、鼓の先生のご逝去のほうが、重大事件だとして扱っていたのでした。

そもそも、私は盗られるものなどあるはずがないと思っていました。そして「泥棒が入ったよ」と言った家内の声も冷静でした。

私としては、盗難に驚くよりも、警察に知らせたり、よく家内ひとりで事態をマネージしてくれたものだと感心していたのです。


家内の証言

伏見にある高年大学の午前の授業は11時半に終わりました。そのあと、中国旅行の疲れもあるので、同級生との昼食には付き合わず、直接、帰ってきました。 たぶん、12時45分頃だったと思います。玄関(北側)のドアを開けようとすると、内側からチェーンが掛かっていて開かないのです。仕方ないので庭に回っ て、南側の手前の部屋のガラス戸を開けました。1cmほど開いていたのです。ちゃんと戸締まりしてなかったことを、怪我の功名、ラッキーと思ったのでし た。

朝出かけるとき、2匹の犬は、いつものとおり2階の私の部屋に置き、オシッコしたくなったらベランダにも出られるように、ガラス戸を少し開けていました。 犬たちは、いつもだと、家人が帰ってくると嬉しがって大騒ぎするのに、玄関でガチャガチャさせても、全然声がしないので変だと思いました。パパが帰ってき て、散歩に連れて行ったかと思ったほどです。

そういえば、何時も開けてある2階のガラス戸やカーテンが、完全に閉まっていたのも 、あとから考えるとおかしかったのです。

階下の部屋の中は、昨日、深夜に帰ってきたばかりで、お土産など乱雑においたままでした。それで、なにも気が付かず昼飯を食べました。

でも、考えてみると、自分が閉めて出た玄関に、内側からチェーンが掛かっていたのはおかしなことです。

それから調べてみると、奥の部屋の庭に面したガラス戸のクレセントの部分が割られていました。泥棒が入ったらしいと気が付きました。それで、何を盗られたのかしらと調べました。でも、なんにも取られていないようなのです。

被害を探しているうちに、裏のお宅のほうが騒がしくなりました。警官が何か調べている様子なのです。

裏のお宅の証言

犬が異常に鳴くので表を見ると、背広を着て黒い手袋をした男が、ゆうゆうと玄関の前の扉を開けて出て行くのが見えました。それで110番しました。

警官が駆けつけ、捜索を始めたのでした。

再び家内の証言

裏の家に男の人たちがきて騒がしくなりました。どうも警官らしいのです。それで「うちに泥棒が入ったんです」と、そのとき始めて届けたわけです。

「どうして、もっと早く知らせなかったのですか」と、叱られました。でも、どんな被害があるかしらと調べる方に頭がいっていたのでした。

それから警官が家にもきて、指紋を採ったり、足形を採ったりしました。

ガラスの割れたところとか異常のあるポイントでは、指を差すようにいわれ、写真を撮ってゆかれました。

泥棒が土足のまま歩いた足跡があり、2階にある五郎の部屋の足跡は、泥が一杯ついていました。同じく2階にあるパパの部屋では、枕元の戸棚が引き出され、 貯金通帳が散らばっていました。全部、満杯になり更新したあとの、穿孔された、死んだ通帳です。衣服ダンス、山道具のタンスのドアも半開きでした。

2匹の犬は、頭がおかしくなって、狂ったように警官たちに吠えかかるので、檻に入れました。

盗品調べ

2階では、前述のとおり、物色したあとはありましたが、盗られたものはありません。

1階には、台所の棚に、いつでも出せるように湯飲みに500円、100円など硬貨を入れてあるのですが、これにも手がつけてありません。

タンスなどの引き出しが引き出されていることもなく、物色した跡さえないのです。

犬たちの証言(推定)

関係者が異口同音、犬が無事だったかどうかと尋ね、無事だったと聞くと、喜びに顔を輝かせてくれることに感謝申し上げます。

ばーちゃんには「泥棒さんにジャーキーの固いのを貰って、喜んで囓ってたんでしょう」、じーちゃんには「ジャーキーをくれるおじさんに、また来て欲しいと思ってるんだろう」と、嫌みをいわれ続けてます。

翌朝、裏の家のおじさんと、じーちゃんが、「大変でしたね。犬を連れて散歩にでもいっておられたのですか」「いえ、一日中、ゴルフにいってました」という 会話をしました。普段、俺たちのことを、よっぽどうるさいと思っているんだなと、気を悪くしました。「ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした」なんて、 じーちゃんは泥棒に代わって謝ってた。こういう覇気がなくてお人好しなのが、飼い犬としては、なんともじれったいのです。

ばーちゃんは「泥棒、どんな顔をしてた? 蹴っ飛ばしたの?」など聞くが、話したって、犬語だから、ばーちゃんにはわからない話です。

警官の話

このあたりでは、職業的空き巣の犯行が最近はなかった。東のほうで活動していたのが、移ってきたのだろうか。今回の犯行で、ここらでは警戒が厳しくなるので、またよそにいって仕事をしようとするだろう。

ガラス屋の証言

夕方、「空き巣に入られガラスを破られた」と修理を頼む電話がきました。ガラス屋には、こんなにして情報が入るのです。「そうですか。今日このあたりで4 軒もやられたんですよ。今夜は紙を貼っておいて下さい。明日朝、一番にゆきます」と言っておきました。翌朝取り外しに行ったとき「こんなように木が茂って いると、空き巣がガラス戸を破りやすいんです」と助言しておきました。

大きなガラス戸ですから、修理代が7万円、夫婦の財布を合わせても足らないようでした。私が「旦那さんが手伝ってくれたから」と、千円勉強してあげました が、それでも足らないようでした。郵便局から下ろしてきて、夕方わざわざ払いにきました。郵便局も銀行も近いもんで、こんなにしてるんですね。

泥棒の証言(推定)

われわれ業界の情報によれば、あの家は下記のような評価だった。

旦那はよくゴルフに行く、妻は外出好きだという。無人の時間は多い。

旦那はけちんぼで、中古の古いサニーに乗っている。また、自販機の前で、どれを選ぶか長時間、迷いに迷っている、大きくたって小さくたって、たった120円かそこらのことなのに。

そのくせ、結構、頻繁に外国へ行く。もっともそのときも乞食のような格好をしているが。ああいうケチで貧乏丸出しの奴こそが、本当は金を持っているものだという説もある。

さて、あの家は、向かいに大きなマンションがあり、沢山の目に曝される可能性は高い。また、ちびの犬が2匹いて、結構、うるさく吠える。その2点で、いま まで仲間たちは尻込みしているのだ。しかし、そのことが俺のチャレンジ精神にぐっと来る。オレは犬好きだし、犬にも好かれる自信がある。

今回、たまたま通りかかったのは、高年大学の授業日、おまけに車がなくガレージの柵が上がったままだ。絶好のチャンス、人目のない狭い庭に入り込む。最初 のガラス戸に小当たりしてみる。枠をこじるが、どうやら2重ガラス、面倒そうだ。奥の部屋に回る。このガラス戸は1枚ガラス、手馴れたやつだ。早速、仕事 にかかる。ガラスの修理代を絞り出さなくちゃならん老人のことを考えると胸が痛むが、まあ定額給付金もあることだからと、多少は救われた気分になる。なん のことなく進入。まず、マニュアルどおり、緊急の退路確保のため玄関のドアにチェーンをかける、これで逃げる時間が稼げるのだ。そして1階のガラス戸を全 部開ける。これもマニュアルのとおり、まず2階の寝室に直行する。

犬がうるさいので、呑み込めない固いジャーキーを与え、ガラス戸を引き閉めだす。周りの家から見えないように、カーテンを引いてしまう。

最初の部屋には、英語の難しい本や、漫画の本がある、これはガキの部屋らしい。次に、ベッドが2つある夫婦の部屋の枕元の引き出しを調べる。しめた、貯金通帳が何冊もある。金額が多いのを選ぼうとすると、なんと、みんなポツポツ孔が明いているではないか。カスだ。

部屋の戸棚を開いてみる。一つは洋服、次のは汚い山道具が入ってる。

玄関で、ガチャガチャと音がし始めた。いけない、予想外に早く帰ってきたようだ。素早く庭に出て、塀を登って裏の家に入り、なに食わぬ顔をして逃げおおせた。

ひどい情報だった。あの様子じゃあ、1階にだって、ろくな獲物があるはずもない。あの家に空き巣に入るなんて、釣り竿を担いで砂漠にゆくようなもんだ。

でも、この商売、色んなことがある。今度も、ひとつの賭だった。それにしても、侵入、そして緊急の撤退、見事な出来映えだったじゃないか。この商売ならではのスリル、なかなか止められないなあ。

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