父との対話

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2018/2/23

-五郎は心配性で、何か言いたそうだが、それを言わないのがわかる。でも男なんだから。俺も今でもいろいろ心配してるんだが。たとえば大講演会をやるとかとっても心配するが、何にでも終わりがある。そう思って随分救われた。
あとそういうことが終わるといろいろな人がいろいろなことを言うけど、300年もたちゃ誰も覚えちゃいないよ。徳川家康が三成と戦争したとかさ。

-エッセイと電子メールと一通り目を通しておいてくれ。

-その水差しをとってくれ(水差しをとって父に氷水をのませる)ああ、うまい。

(五郎)昔お父様に山につれて行ってもらったとき、水はがぶがぶ飲むんじゃなくて、かむように飲むんだよと言われたことを覚えているよ。

-昔山にのぼったときに、どこかの学校の先生が座って水を飲んでいた。「登らなくちゃいけませんよ」と言ったら「俺は山に登りにきてるんじゃない。水を飲みにきてるんだ」と言った。


(五郎)お父様は中部電力あっていたね。
-同僚、上司、部下に恵まれた本当にあっていた。

(五郎)仕事で一番大変だったのは
-原子力発電かな。どう説明してもわかってもらえない。新聞記者もわからないから来て説明するのだが、わからない。どうしてこうもわかってもらえないんだろう。俺はこれまで何をやってきたのだろうと思った。
こんなにわかってもらえないなら、あまり利巧な方法ではないが、やらなくてもいいんじゃないかと思う。

・幻覚のような夢をみた。誰かがきて、昔のことをずっと案内してくれる。大坪さんこのゴルフコース若い頃はこうだったけど、年取ってこうなりましたね、とか。2回目に来た時「もう来なくていい」と言ったのだけど、また来た。


-五郎は子供に恵まれたな
(五郎)本当にそう思う。こればっかりは運だからね
-その悟りはいいな。

-俺の癌はおばあちゃんの癌と違ってうつらないが、そろそろ水をのませてくれ。それで帰りな。(注:「癌がうつるから帰れ」というのは祖母(重遠の母)が言っていたセリフ。ここで重遠は冗談で言っている)

(五郎)明日も来るよ

-なんでくるんだ

(五郎)いや、帰り道の途中だからさ


2018/2/24

-今日はどんな天気だ

(五郎)ちょっと曇っているが暖かいよ。

-ああ、暖かくなったんだな。

(五郎)昨日父上の友達がお見舞いにもってきてくれた鱒寿司をたべた。おいしかったよ。あとメロンはここにあって、持って帰って家族で食べる。

-それはよかった。それが一番心配だった。

(五郎)メールを一通り見たよ。父上が入院してから個人宛にきたメールはこれだった(読み上げる)


(これからの時間帯担当してくれると挨拶にきた看護師さんに、酸素マスクの様子を尋ねられて)

-キリマンジャロに登ったことがあるんだけど、どれくらい酸素が薄くなるかわかりますか?富士山の頂上だと1/3減るくらい。キリマンジャロで半分、エベレストだと1/3になります。そう考えれば、この状態は山に登っているようなものです。

(ちょっと楽になったようですね、と言われて)

-苦しくなってから、薬をいれてもらうと聞いていたのだけど、早めに薬をつかってもらったせいか割と楽です。

-薬をいれるとお花畑が見えると聞いていたけど見えないな。


-おまえの子供達は?

(五郎)二人とも楽しくやっているよ。兄は室内楽のことでやる気満々。娘はあいかわらずぶすっとしているが、それでも中学生になるのを楽しみにしているよ。

-いま何時だ?

(五郎)1時半。

-そうか。ばあちゃんがくるまで1時間半あるな。ガンがうつるといけないから、早く子供のところに帰りなさい。

(五郎)わかった。またくるね。


2018/3/3

(母の呼びかけ)がんばってね

-うーん。がんばってもしょうがない。

(母がしつこくがんばってと呼びかける)


2018/3/4

(五郎)(父に来たメールを二通読む)返事を書くかい?

-いや、いらないと思う。

-テレビのチャンネルを変えてくれ

(五郎)ラジオだね?

-(笑いながら)ああそうだ

-ゴルフ場で、南のやつがのんびりしている。北のやつが時間を無駄にするなといっている。北と南といっても、長野支店と岐阜支店みたいなものだが。

(五郎)今日は暖かい。春になったよ。ゴルフ場にいれば気持ちがいいだろう。

(しばらく母と話す)

五郎はいるか?

(五郎)ここにいるよ。

点滴になにか薬がはいっているらしいんだが、どうも実際の時間より長く感じる薬がはいってるんじゃないかと思う。確かにそうなると自分が長生きしているような気になるんだが。じゃあその長くなった時間が楽しいかというと、楽しくないな。

おれは普通の時間の流れでいいんだが。

ラジオで3晩、競輪の話をきいた。

(五郎)昔家族5人軽自動車に詰め込んで、仙台まで行ったことがあったねえ。あんまり渋滞にはまるから、「仙台につくまでにラジオ講座で中国語をマスターできるぞ」といっていた。

-そうだったな。

-まんじゅうが食えるかどうかわからないが、食ってみたい。そういえば落語であったな。

(五郎)お父様まんじゅう怖いかね。

-ああ、怖いねえ。指の先くらい饅頭をくれ。

(口にし、そのあと水を飲む。しばらく会話ののち父が眠る)

(五郎)お父様。俺は帰るからね。

-ああ、きてくれてありがとう。

(五郎)またくるね。


2018/3/13

05:10(付き添いの交代の間、しばし一人だけになる)

(五郎)お父様。今日はマルクス・アウレリウスという人の本を持ってきたよ。この人はローマの皇帝だが、生と死について深く考えた人でもある。読み直して、死ぬべき運命に決まっている人生になんの意味があるのかについて何度も書いていることに気がついた。少し読もう。

その上また君自らが知っている人たちがつぎからつぎへと死んで行ったのを考えてみよ。ある人は他の人の湯灌をしてやり、それから自分自身他の人の手で墓に横たえられ、つぎには別の人が墓に入れられた。しかもこれがすべて束の間の事柄なのである。

要するに人間に関することはすべていかにかりそめでありつまらぬものであるかを絶えず注目することだ。昨日は少しばかりの粘液、明日はミイラか灰。だからこのわずかの時間を自然に従って歩み、安からに旅路を終えるがよい。あたかもよく熟れたオリーブの実が、自分を産んだ地を褒めたたえ、自分をみのらせた樹に感謝をささげながら落ちていくように。
引用元:自省録 岩波文庫

今の父上が読んだら面白そうな話だろう?ゲバラじゃなくてこっちを貸せばよかったな。

(父が少し手を動かす。頭がかゆいのか、何か言いたいのか)

父上が言った通り、おれは小心者でいうべきことも言わずだめなやつかもしれん。しかし父上のいう通りだ。300年もたてば、誰もいなくなり話題に登るどころかそもそも存在すら知られなくなる。

だったらもう少しがんばろうと思う。


20:45

じゃあお父様。またね。


2018/3/14

02:46

死去

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