日付:2000/10/29
47年前、昭和28年に同期入社したKさんとは、退職した今でも、ときどき行きつけの小料理屋でいっぱいやり、あとカラオケにゆくお付き合いをさせていただいているのです。これは、そんな一夜に飛び交った酒の肴の話です。
今年の夏、わが家で犬を飼い始めました。
例年のように、夏休みに千葉県に住んでいる娘が孫たちを連れてやってきました。
今年は、拙宅へ来る一月ほど前から、犬を飼ってくれと孫からせがまれていました。
最初に、孫からEメールでおねだりがきたときには、わが家のように頻繁に夫婦で家を空けているのでは、とてもペットなど飼えないと思えました。
そのうえ家内は犬など好きでないようでしたから、当然断るものと思っていました。
ところが孫に頼まれてから一週間ほど経っても、家内からは何も言い出さないのです。それで私から「断ろうか」と問いかけました。
ところが意外なことに、家内は「もう、飼うって返事しちゃったの」というではありませんか。
彼らは名古屋に着くと、すぐにペットショップへ犬を見にゆきました。そして次の日には、もう買って連れて帰ってきたのでした。
そんな話を、Kさんと目刺しを囓りながら、酒の肴に持ち出したのです。
するとKさんは、孫にせがまれて飼わされたのは、わが家も全く同じだよと仰るではありませんか。
お話を伺ってみると、事情は同じですが、Kさんのお宅では犬ではなくて猫を飼わされ、お孫さんが殆ど毎週、可愛がりに来られるとのことです。
私は飼い始めてまだ2週間、Kさんはもう2年も飼っておられるので、経験は遙かに豊富なのです。
Kさんの家の猫は2匹だそうです。
最初にメスがいて、後から若いオスが来たのです。
猫にもいろいろの性格があって、オスは孫が来ると彼らの愛撫に誠心誠意応えるのですが、年かさのメスは、あくまで自分の意志の範囲で対応しているそうです。
そしてメスは、若いオスにときどき意地悪をするのだそうです。それも、ご主人に見つからないように、隠れてこっそりするのだそうです。
ところがあるとき、意地悪をしている現場をKさんに見つかってしまったのでした。
そのときの、しまったという様子と、そしてなんとか取り繕おうとする様子が可笑しくって、まったく人間と同じだと言われるのでした。
Kさんとは長年お付き合いさせていただいていますが、ペットの話を伺ったのはこれが始めてでした。
そのうちに、話はペットの病気のことになりました。
Kさんの家のペットの一匹には、膀胱結石の気味があるのだそうです。
獣医さんから食事療法が必要だと言われ、高価な薬用の餌を買って与えなければならないのだそうです。
もう一匹には、スーパーで買ってきた普通の餌をやっておられます。
薬用の餌は結構値が張るのに、どうも犬にとっては美味しくないらしくて、目を盗んでは隣でたべている普通のほうの餌を食べようとするのだそうです。
そんな話をしていると、カウンターの向かい側に立っているおねえさんが話しに入ってきました。
「うちの猫も膀胱結石なんですよ。可哀想に痛がって、下の方が出なくなって、元気がなくなって・・」。
「そうなったら、すぐ医者に連れて行かなくちゃダメだよ」というふうに話はどんどん盛ったのでした。
お話を聞いていると、なんでも皆さん、ペットに対しては、医師の指示をすごく厳格に守っておられるようなのです。
もしも私が誰かのペットだったら、カロリーを取りすぎるな、お酒を飲むなという医師の指示を、それこそ私の現実からは想像もできないほど厳格に守らされていることだろうと想像しました。
どうも我々人間は、医者の指示を100パーセントは信用しない、自己判断で事態を甘く見る、意志が弱いなど諸々の理由があって、まことに複雑な反応を示しているようです。
そのうちに出勤してきた美人のママさんまで、ほかの上客をほったらかして話に入ってくれたのです。
「近所で猫が生まれて、親が何匹も子を連れて玄関先に来てたの。仕方ないから餌なんかやってたわ。そのうちにだんだん器量の良いのは、面倒見る人が出来たらしくって、来なくなったの。
そして結局、顔が可愛くなくて、元気がない子をいま飼ってやってるの」。
「ぼくもママの家の戸口で、ウロウロしていようかな」。とうとう、そんな怪しからんことを言い出す客さえ出てきたのでした。
こんなにして、孫のおかげ、子犬のおかげで、思いがけない楽しい夜になりました。
大きな川の流れに浸っている細い草の葉にでも、なにかが引っ掛かるように、人生にも思いがけなく楽しい時に会わせてもらえることがあるのですね。