題名:温泉の親玉

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日付:1998/2/5


 編集幹事の安藤さんから出湯の山旅について何か面白い話があったら書けとのことである。私の山旅は仕事と同じペースでただ忙しく,ちっとも優雅なところがなく落第だ。

 ところで私は一時期,地熱発電に関係していた。温泉も地熱発電も地熱エネルギーを利用している点で親類といってよい。なにせ一万�ワットの地熱発電所は一時間に約百�もの蒸気を必要とする。スケールから言えば温泉の親玉が地熱発電である。この際,山と地熱発電所について取り上げて責めを果たすべく,堕文を弄する次第である。

 御嶽山の王滝口の有料道路のゲートの手前に瀟洒なログハウスの資料館がある。数年前はこの中の展示に村の科学的イベントとして,御嶽西部地震と地熱発電の調査との二つが上げられていたが今はどうなっているだろうか。

 王滝での地熱発電の本格的探査の結果は,有望とは出なかった。しかし,その事前調査では可能性は充分期待されていたのである。

 地熱発電では蒸気を使う。したがって地下に相当量の熱と水とがあるのが条件である。 御嶽山が古い火山であることのほか,頂上から噴気があること,山麓に温泉があることなどで常識的に地熱地帯であることはわかる。しかし,ここでの地熱徴候は、世界で経済的に稼働中の地熱発電地域と較べると問題にならぬほど規模が小さい。また,調査のため井戸を掘るには一本数千万円はかかるので,やたらに掘ってみる訳にはいけない。

 当然,現代的な「ここ掘れわんわん」の調査が行われた。

 まず熱については,地面に穴を明け,その中に出てくる気体を分析した。地下の温度が高く地熱発電に適した場所では,水銀の蒸気の率が多いことがわかっている。

 水については,地面の下の電気抵抗を測定した。地球ではいつもどこかで雷が落ちていて,そのたびに電界が変化している。その変化が大地をどう伝わるかを解析し,地下どれだけの深さではどんな電気の伝わり方をするかがわかるのである。もちろん,岩ばかりのところは電気は伝わり難いし,水を沢山含んでいれば良く通すのである。

 これらの調査と並行して道路工事に使う鑿岩機で地面に振動を与え,それを遠くで測り途中に岩が不連続になった割れ目があるかどうかも調べた。

 こうして地下の熱水貯溜層の事前調査が行われ,地熱発電の可能性のある地域として王滝と小坂の2地点のあることがわかった。

 王滝地点が開発への意欲が強いこともあったと思うが本格調査に選ばれた。地表の地熱徴候が顕著でないのに,地熱発電に成功した例がフィリピンにあり,わが国でもここで成功すれば地熱発電の可能性が広がるものとして大いに期待されたのであった。

 石油危機のあとの国産エネルギーへの期待をになって,国の調査が行われることになった。すると下呂の温泉組合から猛烈な反対運動の狼煙があがった。天下の名泉下呂の泉源が枯れるという主張であった。NHKが派手に取り上げた。30キロメートル近い相互の距離や地下構造の実態もさることながら,山屋である私にはその間の谷の数,尾根の幾筋を思い浮かべ心外であった。

 後日ある人が,どこでも営業中の温泉旅館なら,他所に新しい温泉が湧き,立派なホテルが出来てお客を奪られるのは反対なのですよと言っていたのを聞いた。

 参考に言えば,日本の地熱発電では利用した後の熱水は全量地下に戻す。地元の希望で,温室栽培での加熱,家庭の浴用などに熱だけを使うことはあっても,既存の温泉の営業妨害など決してしないようにしているのである。

 結局,試掘したものの王滝地区では地熱発電が可能との結果は得られなかった。

 中部地方では,かって焼岳地点でも調査が行われた。ここは平湯から新穂高温泉にかけての地区で,地表に地熱徴候がかなりある。調査の結果,全体的には熱はあるが水が無いので不適という評価であったが,井戸によっては掘っていくと途中で温度が高くても、さらに深くなるとまた下がって来たり,なかなか難しいものであることがわかった。

 地熱発電では地下のマグマの熱で加熱された蒸気や熱水を使う。このマグマの熱は,地球を形成している岩石に含まれているウラン,トリウム,カリウム40などの放射性物質の核分裂によって生じた熱であるとされている。つまり,地球そのものが人類発生以前の遠い遠い昔から運転されている一種の原子炉なのであり,ちょっと回りくどいが地熱発電は原子力発電の一種であるといえる。

 終わりに,地熱発電所,温泉,山の名前をセットとして羅列しておく。登山の前後に機会があれば訪問されるとよかろう。

  森発電所,濁川温泉,渡島駒が岳。 大沼発電所,大沼温泉,八幡平。

  松川発電所,松川温泉,岩手山。  葛根田発電所,網張温泉,岩手山。

  鬼首発電所,宮沢温泉,栗駒山。  杉乃井,観海寺温泉,鶴見岳。

  大岳発電所,筋湯温泉,久住山。  八丁原発電所,筋湯温泉,久住山。

  岳の湯,岳の湯,湧蓋山。     霧島国際ホテル,林田温泉,霧島山。

                                   おわり

折角の温泉もただ汗を流して気持ち良かった程度の感想しかなく, ところで私はよく保健所の御墨付のある効能書を読む。泉源の温度やその温泉が含んでいる化学成分などに大変興味があるのである。これはからにほかならない。

  ,あまり万人向きの話ではないが,好奇心旺盛な人ならばあるいは面白いと思って頂けるかと思い

●地熱発電の仕組み・・原子力発電の一種

 温泉の成分も,湯から上がって体を拭っているときに読まれると良い。

 草津に代表される硫酸系統のものがある。口に含めば強烈な酸味がある。傷口がひりひりし,水虫など立ちどころに昇天してしまうと思われる。

 また越後の松の山温泉のように,ナトリウムと塩素,つまり食塩が多く,海の水を飲む心地がするのもある。こんなに地下の海水を酌み出していたら,地盤が下がりはしないかと心配になるほどである。ここではほのかに石油の匂いもあり,油田との関連もあるのかもしれない。

 このほか,カルシウムを含んだ石膏系の温泉も多い。

 砒素を始めとする有害物質成分もかなり一般的に含まれている。人体に対する影響は,所詮,含まれている量の多寡の問題なのである。

 そして中には,諏訪の一部の湯のように単純な水に近いものもあるが,癖の強いものほど温泉らしいともいえよう。単純泉の最たるのは家庭の風呂なのであるから。

 地熱発電の立場からは,水以外の不純物は少ないほうがよい。タービンの羽や蒸気,水などを通すパイプの内側に不純物がくっっき,効率が低下したり径が細くなって通りにくくなってしまう。詰まったパイプの断面を見たことがあるが,岩のような固い析出物がまるでパウムクーヘンのとおりに年輪状にくっっいていた。こうしてパイプが詰まってしまうので,定期的に井戸を掘り直すことが必要で,その費用が結構馬鹿にならないのである。

 また,強い硫酸を含んだものも鉄を腐食させるので発電には使えない。

●温泉と地熱発電

 経済的な地熱発電は,数万キロワット以上のスケールであるとされている。それに必要な熱はいわゆる浴用のエネルギーとは桁がちがう。温泉のような地表の小さな湯溜りではすぐに枯渇してしまう。温泉がいかに規模が小さいものであるかの例として,雨飾山の南の小谷温泉を見てみたい。ここは3つの温泉が肩をよせあっている。山田屋旅館では白濁したお湯がどうどうと注ぎ湯口に石膏が鐘乳洞のように付着している。天狗の湯は物凄く熱い湯であるし,村営温泉は全くの透明ですべすべしたお湯である。近くの姫川の発電所のトンネル工事に際して,途中で温泉にいくつかぶつかったが,隣同士でも全く違った泉質であったと聞く。

 地熱発電では�かに大規模な熱水溜まりを使うのである。浅い井戸で済めば経済性が高いが,二千m程度までの深さならば採算に乗るとされている。

 温泉と地熱発電の共存関係はどうなのであろうか。

 温泉は地熱の徴候である。地熱の徴候が見られないのに,その他の物理的測定により地下の熱水溜まりの存在を探査し,地熱発電に成功している例が,世界でただ一か所フィリピンにあるそうである。

 御嶽山の南,王滝村がそれにあたるのではないとの探査結果があり,先年調査が進められたが,開発の条件を備えていないとの結論が下された。

物理的な面とそれ以外の面とがある。

 物理的にいえば,温泉に影響を与えるとは考えられず,また温泉はそれ自体変化のないものではない。地震で湯の出方が変わるのはよく耳にするところである。

 エネルギーを地下から取り出すことを事業としている業者の団体としてオペックがある。彼らの立場は,新たな産油国が出現せず,自分たちで顧客と価格とをコントロールできればというのが望みであろう。既存の温泉業者にとっても,それは同じである。新規の温泉の出現は好ましことではないし,それが自分の近くであれば客の減少は死活問題につながる。

 このため,近年では発電に使用した後の膨大な温水は全量地下に戻され,既存温泉業者の危惧を解消している。

 

 

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