大坪重遠の部

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山登り

海 外旅行記

エッ セイ

海外の山登りは、山登りに入れてあります。。。 


山登り

台湾の高い山ふたつ、玉山と雪山に登ってきた ことを書こうと思ったのです。ところが次から次からと蛇足が増え、できあがってみると7割がたが蛇足でした。どうしてそうなったかを考え てみると、台湾旅 行では、世界のほかの土地とは違って、思うことや考えさせられることが多かったからなのです。
わたしも76才とまぎれもない老人になり、世間とのずれが、日に日に大きくなってゆくのを感じています。決して、自分の考えを正しいと も、押しつけようと も思いません。ただ、こういう考えを持っている古い人間もいるのだということを、文字にしておこうかと思っただけなのです。
いままで私の紀行文をあるかたが読んで下さって、こんどの文はお前の変な意見が入っていなくて、淡々とした事実だけでとても良かったと、 おほめをいただい たことがありました。
その点では、こんどのものは最低です。どうぞお許し下さい。
中国西部チベット高原の東の端にある大姑娘山に登りに行きました。 登山行動のほか、三国志に登場した成都市やチベット、パンダ、過去に見たもっとも豪華な花野などが登場します。 そしてまた例によって、世界共通語の選定方法、一風変わった高山病、「横入り」考など脱線し放題の紀行文です。
2003年の夏は、雨の多い冷夏でした。 そのなか、70才を越えた二人連れが、北アルプスの蝶が岳、常念岳に挑戦したのです。 これは、頭の冷え過ぎた老人たちが綴る、語るも涙、聞くも涙の記録です。

東北地方にある日本3百名山のうちの3山、秋田駒ヶ岳、和賀岳、乳頭山の登山紀行で す。秋田油田、焼け走りなど理科のお勉強、出 羽柵、徳丹城など歴史の お勉強がオマケに付いています。
加曽利貝塚、予科練、弓 削の道鏡、平将門、北畠親房と聞けば何を連想 するでしょうか。
観音巡りに名を借りて、北関東にある新旧の遺跡を駆け回った記録です。
今年夏の北海道は、雄阿寒岳、摩周岳、アポイ岳でした。
年来の目標であるペテガリ岳は今年も駄目。でも、小屋までのアクセスについての情報は得られました。
一般的な紀行文のほか、例の蛇足として、日本の少数民族問題としてのアイヌ、そして世界の少数民族問題へと、ついつい、珍説に肩の力が 入ってしまいまし た。


アメリカ本土の最高峰であるマウント・ホイットニーに登りました。
また、地球上最大の生物、シャーマン将軍と名付けられたセコイアの大木やデスバレー、ヨセミテ渓谷も訪ねました。
最後に太平洋岸、カナダに近いメイン州に住む46年来の友人を訪ねました。彼は半世紀前、日本へ占領軍兵士として来ていたのでした。

3日間にわたり、関東平野の東側にある、千葉寺、高蔵寺、雨引観音、袋田の滝、犬吠 埼、鹿島神宮、上侍塚、笠森観音、八溝山、笠 石、遊行柳などの地を訪ねた記録です。

日本300名山の姫神山、五葉山に触れています
石川啄木、石坂洋次郎にもタッチしています
原発の事故隠しと、地球温暖化には、
ジクジクネチネチと絡んでいます
古代東北の英雄アテルイは
その出汁にされました

霊山(805m)、三国岳(1631m)、飯豊本山(2105m)、御神楽岳 (1386m)、茶臼岳(1898m)、三本槍 (1917m)
今まで経験した、どの山登りよりも、暑い暑い毎日でした。それで、終始、熱中症を恐れ ながら旅していたのでした。

口から大量の水分を取り入れ、体中から大量の水を排出する、まるでクラゲみたいな毎日でした。

大体、ハワイに山登りにゆくのですから。
マウナ・ロア、マウナ・ケアと4000mピーク2山、ハレアカラ3000mピーク1山登ってます。
こういう変人がワイキキにゆくと?


男女が一緒だったり離れていたりすることについて。

マルコポーロは黄金の国ジパングと書きました。でも、日本は産銀国でもあったので す。いっとき、出雲にある石見銀山は、世界の銀 の産出量の三分の一を占めたこともあったのでした。

弥生、古墳時代の遺跡の多い出雲地方を回りました。そして、そのころ、日本に文字の無かったことの無念さを、またもや痛感したのです。

春の黄砂にかこつけて、マスコミをオチョクリました。
そしてまた相変わらず、自分の目で見て、自分の頭で考えることの大切さを、くどくと説いてしまったのです。
世界で一番美しい谷といわれるヒマラヤ・ランタン渓谷のトレッキング紀行です。内容は、ヒマラヤ・フライ ト、カトマンズ市のカオ ス、高山病、山村のミニ発電所、俳句教室など、相変わらずの書き散らしです。
 
秋風吹き抜けるモンゴルの大草原を、ワンボックス・カーで走り回りました。
モンゴル語で宝石を意味する秘峰、エルデネ山に登りました。
体調2m近くある世界最大の淡水魚イトウを求め、オノン川に糸を垂れました。
一世の英雄、ジンギスカーンの故郷の荒野で、もの思いにふけったのでした。
 
山のことだけならガイドブックをご覧下さい。

ここにあるの は、わが家の可愛いダックスフントのあいちゃんのこと、自然保護団体が原子力推進を提唱したという白昼夢、面妖な 交通安全策などなのです。

 
相変わらずの旅行記です。
今回のハイライトは私が起こしてしまった追突事故です。
みなさん、じじいも、そろそろ事故る頃だと期待していらっしゃったのではないでしょうか。
卑弥呼(ひみこ)が支配していた2000年前の邪馬台国、中国で書かれた史書、魏志倭人伝に文字で登場した始めての日本の姿で す。

永年、日本の外国との接点であった、魏志倭人伝に登場する大陸との間の道を訪ねました。

律儀に、山登りもしてきました。石英斑岩の岩塔を持つ対馬の霊山、白嶽です。

 
今まで訪れた國のうちで、人も社会制度も最も常識と変わった國でした。

日 本の南北アルプスを較べたとき、ひとこと「南は大きい」と言われます。

ウィルヘルム山も似た意味で、とても大 きな山でした。

そして私が、この島で戦われた戦争の悲惨さを噛み締める、最後の世代となるのだと

感じたのです。

日本300名山中3山の登頂記録

ベンチャー企業=山師論の展 開

デラックス、そしてシンプルな民宿

 

自分で行ってみて、スマトラ島の大きさを知りました。
世 界で6番目に大きな島で、日本の本州の2倍の面積があります。
この島の最高峰クリンチ山の標高は 3805m、かなりタフな登山でした。
果物の女王といわれるドリアン、インドネシアの喫煙事情などにも触 れました。
地球寒冷化で絶滅に瀕した縄文人たち、いま温暖化で危機を迎えつつある我々、それに ついて世間受けはしませんが相当本当っぽい警 鐘を鳴らしてみたつもりです。
 
私たちは、毎春、東北を訪ねています。
例年は、登山半分、観光半分です。

今回は高い山は抜きです。日本で一番標高の低い大潟富士に登っただけです。そして遺跡を中心に 廻ったのです。

その結果、縄文前期から中期にかけて、東北地方であんなに栄えた文化が、なぜその後衰退したの か、ひどく気になりました。

こんどの旅で、一番高いのは英彦山(1200m)でした。でも、本当にこまめに、あ ちこちで、ちょこちょこ登ったのでした。

国東の石仏や、全国に二万四千社ある八幡宮の総本社である宇佐八幡宮、そして種田山頭火の 住んだ家や変則俳句も、結構面白かっ たのです。

年老いた私にとって登頂が可能だった最後の大陸最高峰、それがオーストラリアのコジ ウスコ山でした。

観光客のひとりとして、エアーズ・ロックにも登りました。

そしてこの 大陸を2週間、目尻を下げ、1人でさすらった旅の記録です。

シドニーからメルボルン、登山を含む4日間で 2000kmのドライブも、自分でちょっとしたものだと思っているのですが。。

1999年、この年、長年の山の友達を二人、病気で失いました。そのうちのお一人 は、この山の上で発病されたのでした。
新潟、山形両県の県境には飯豊、朝日の両山系が立ちはだかっています。その中で登り 残していた有名峰への訪問、そして・・
今年、病で失った山の友2人のうちのひとり、伊藤さんへの追憶。
 
深田クラブ25周年事業としてバリ島へ山登りに行った記録。聖なる山、アグン山 (3142m)へは、夜を徹して16時間のサバイ バル・ゲーム。
 
面積が日本の1,2倍もある広いカムチャッカ半島に、住んでいるのは、00市の人口 と同じたった40万人、手つかずの自然の楽園 である。厳寒の地ではあるが、短い夏は、花と緑の天国になる。そんな土地にある、富士山ソックリの山への登高記録。

 

北海道大雪山の周囲にある日本300名山のうち、ニペソツ山、石狩岳、ニセイカ シュッペ山、3山への登高記録です。終わってみ て、雨の名山記録の感が深いのです。
この夏は、前回まで、長年一緒に山へ行っていた伊藤尚治さんが病床に おられます。
われわれの様子を知りたがっておられると察し、例年の同行者がどんなことをしたかを、伊藤さ んが一緒にでも行っているかのように 思いながら綴りました。
夏休み前、平日という老人主体の富士登山パックツアーの報告。
梅雨の最中に得た、ご来光と大展望。
苦行を共にした仲間同士の、心の通い合いに酔 う。
ハブのいる島いない島 大島紬の値段の高いわけ 戦艦大和の最後 爺二人の旅となれ ば
 
古典文学に出てくる名所を訪ね、相変わらず正面からだけではなく、斜めから見たりし てきました。

平成の「奥の細道」で、古希のおじいさんが、カーナビのプラグマティズムに、いまさらのように人の生き方を教えられた のでし た。

 
好むと好まざるにかかわらず、大陸との玄関口としての役目を負わされてきた北九州各 地を訪ねての感慨。
 
ひめゆりの塔に眠る御霊たちと、もっとも親しく心が通ずると思っている戦中派の男の トゲトゲの本音
 
メキシコの最高峰であるオリサバ山(5700m)への挑戦、そして退却、老境に入り つつある自分の今後の山登りへの展望。

世界最大の都市メキシコ・シティーでのこぼれ話。

身 の毛もよだつ生け贄文化。

オーション・リゾート、カンクンでのガール・ウオッチング

 

久しぶりに、心配の要らない、のんびりとした山登り
 
98年夏の北海道旅行記。
 
モンゴルの未踏峰登山
 
モンブラン再挑戦の記録、アルプスの山岳ガイド
 
 地球の裏側にある、比較的楽な5400m 峰
 
 取り組むこと45年 間、仕事も終わり山も終わって
 
黄金の国ジパング人の 見たヒマラヤ
 
餓鬼岳、大台が原、霞沢岳、野伏岳、白砂山、農鳥岳の登山記
 
キリマンジァロの登山記、旅行記
 
温泉の親玉ともいうべき地熱発電と山に関するエッセイ
 
 黒部五郎、三俣蓮華、水晶、赤牛岳
 
 虻に襲われること
 
 イスラムの老僧は私より年下、人は何故争うの
池木屋山、ドウの天井の登山記 山旅徹底ガイド原稿
 
鳥帽子岳、五蛇池山、湯ケ峰、離山、前山の登山記

 

山とは自分にとって何かを書いたエッセイ 支部報原稿
    山は自分を計る最も正確な物差し
 
山登りに関するエッセイ 山帰原稿
    山で会った天国、いつ、どんなに引退するの

 

無口な私が、なにか若い人のためになりたいと願い、日頃思っていることを書き連ねて みました。
 
雑誌新ハイキングせせらぎ欄に投稿した山に関するエッセイ集
 
 秋が来て、別れの時を知る
 
 信州百名山終了 QアンドA
 
 PASS AND NEVER RETURN
 
 南アルプス鋸岳
 
 無理はだめ マイペースで
 
 寝場所の陣取り合戦 その理論
 

 

海外旅行記

魔が差 したのでしょうか、なんとJTB主催の「王道イタリア」というツアーに参加したのです。
JTBなどいう老舗のブランドは、8年前、ある縁で旅行券を頂戴したときに、それを消化するために参加して以来のことでした。
何回か書いたことのある、ラリー・アンドリアセン氏は、2005年6月に亡くなりま した。90才でした。
Lawrence R . Andreasen 、アメリカでは、改まったとき以外はファーストネームで呼ぶので、Larry になるわけです。わたしたち日本人仲間では、あまり正確な発音ではありませんが、ラリーといったりローリーといったりしていました。
エジンバラ、ロッホ・ローモンド、ベン・ネビス、ネス湖、コーダー城、ハドリアヌス の城壁などがでてきます。
「どうせロシアにゆくのなら一番寒い冬に」、いかにもヘソの曲がったわたしが考えそ うなことです。
でも参加してみて、それを実行に移す人にはずいぶん立派な人が多いことを実感しました。
また、ほとんど伝えられることのないロシアの庶民についても、私見を述べています。
なにもかにも管見に過ぎませんから、みなさまが今後ことに触れてロシアを考える種になればと念じております。
まあ、ひとつ読んでみてください。
ご愛敬に、新旧のロシア小話を散りばめてみました。これもお楽しみ下さい。
東京地質協会というのは、名前は「東京」ですが、日本を代表する地質協会なのです。
イギリスの代表はロンドン地質協会、ベルリン、ニューヨークも同じで、主要都市の名前をつけています。
その東京地質協会主催で、冥王星を発見したローウエル天文台、5万年前に隕石が衝突してできた直径1200mの円い穴、グランドキャニオ ンを下り20億年 前の地層を目の前に見る、サンフランシスコ大地震を起こしたサンアンドレアス断層で6mもの地面のズレを観察する、そんな科学関係の教科 書に出ている数々 の場所を訪ねる旅でした。
私が理解できたことしか書いてありません。そして、浅学非才の私には難しいことなど、理解できるわけはないのです。
どれほど愚鈍か、眺める気になって頂けますでしょうか。
ニュージーランド南北両島18日間のひとり旅。
ミルフォードトラック、ルアペフ、トンガリロの登山、トレッキングや、マウントクック、ロトルア、タウポ、オークランドの観光、ワイラケ イ地熱発電の視察 など
相変わらずの、斜に構えた紀行文です。
宇宙人のジャーナリストが地球に来たら、宗教論、
体験的考古学、自己嫌悪の告白、などをちりばめてみました。
モロッコへの旅行記
 
旧友の病気見舞いをかねて、バーゼル、インスブルック、ウィーン、ブダペスト、グ ラーツ,リンツ、ザルツブルグの各市を歴訪した 紀行。
オリンピックのジャンプ台、ドナウの川下り、ウィーン国立オペラ劇場、シェーンブルン宮殿、サウンド・オブ・ミュージックなどが顔を出 す。
難しいことは抜きにして、添乗員さん任せの骨休めツアーに行って来たのです。音に聞 くベトナム女性の美を求めていたら、それは身 近な日本女性にあることを発見したのです。

メーテルリンクの「青い鳥」と同じことでした。

膨大な数の人間が、いろいろのことをして生きている国
幸 せは自分で創るものだということを教えてくれる国
 
アメリカ在住の旧友の訪問、カナディアンロッキー訪問記
 
韓国,釜山,慶州,太田,京城の訪問記
 
 楊貴妃 兵馬傭 始皇帝
 
 シアヌークと握手 ポルポト派の殺人

 

エッセイ

テレビの解説番組を見ていると、大抵は、なるほどなるほどと感心させられます。
ところが、いったん、取りあげられたテーマが、自分が関連し、よく知っていること になると、解説がなんと上っ滑りで、誤った印象を与えているのかと思わざるを得ま せんでした。 お堅いNHKでさえそうなのですから、民放などは、いわゆる口任せの床屋談義その ものであります。
そのことについて、もう何十回もキーボードに向かったのですが、悉く尻切れトンボ に終わり、未完の山を築いているのです。
ツラツラその理由を考えてみると、挙げたい事例があまりに多く、また、つい感情的 になってしまい、それが自己嫌悪に落ちてゆくからのようなのです。 こういうときにつぶやくのが、「よしなしごと」でありましょう。

最初の犬の可愛さにつられ、2匹目を購入しました。
2匹の巻き起こす騒ぎ、老人二人の癒しになっている有様、そして、かくも愛すべき人類の友となった経緯などに触れています。
自然エネルギーの赤裸々な姿を説く:風力発電の限界

ミニチュア・ダックスフントというのは、小さくて胴長短足の、愛嬌が売り物の犬であ ります。
一匹目が2才になったとき、もう一匹生まれたばかりの子犬を連れてきました。
じーさん・ばーさんと犬二匹の生活が始まったのです。
もう、紛れもない過保護じーさんが綴る、彼らの記録です。
滔々と流れ大きな船が通うライン川を見て、日本の川はダム建設が水を涸れさせ船を通 れなくしたと感慨を漏らされた人がいました。

始めて日本に来た西洋人が川を見て「これは川ではない、滝だ」と言ったということで す。もちろんダムなどない頃の話です。もと もと地形が違うのです。

「最近は、名古屋の街から伊吹山が見えなくなった」と聞けば、「空気が汚くなったから ね」と鸚鵡返しに答えが返るでしょう、事実は高層建物が増えたのが原因だとしても。

通説というものは、こんなものだと思うのです。

それとも、私の頭が冷え過ぎているのでしょうか。

72才、体力は落ち、世間は狭くなり、着々と老化の道を歩んでいます。

これが最後のスキーになるのでしょうか。

願わくば、最後のひとつ前であって欲しいものです。

「古希を過ぎると、友人の奥さんと旅行に行ったり、芸者を呼んだりしたことを、いけ シャーシャーと書けるものだ」など、週刊誌の 見出しの真似をしてみました。
自分が年を取ってこそ、分かることも一杯

年こそ取りたいもの です

「続」などという文をお目に掛けるほど、私はいい加減な男なのであります。

ま あ、しかし、世の中には実際に出会って見なければ分からないこともあるものです。

幸せになった話ですから、お 読みになっても損はないと思いますが。

どのように書いてみても、自慢話らしくなってしまうので、ずっと暖めていました。

でも、いい加減、忘れそうになりましたので、取り敢えず人目に晒すところに置いてみます。

素直な方だけ、お目をお通し下さい。

ケータイ(携帯電話)の功罪は、一体なんだろう

《面白うて、 やがて悲しき人の性》

芸術に対する感性に恵まれなかった男が、一途な,求道的な俳人に対して、嫉妬のあま りに、こね回した、足掻きの屁理屈。

 

重遠の部に寄せられたメールに対する返答。山に登ること。
 
犬嫌いだと思っていた妻は自分が犬好きなことを発見しました。
固い固い友人も犬好きであることを知りました。
美人のママもペットに目がないので す。
 
1946年、旧制富山高等学校に入学しました。爆撃で都市が焼き払われ、住宅事情の 厳しい時代でしたから,正規の学生寮には入る ことができずに、代用寮に入れられました。

食べるものと、住むところに大変な苦労をした時代でした。

で もその反面、ドン底まで落ちた国の若いエリート学生らしく、使命感と向学心は旺盛だったのです。

今日、あの頃 なかった物は世間に満ち溢れています。その反面、あの頃あったものが、無くなっていなければ良いと、年寄りは要ら ない心配をするのです。

学級崩壊が問題視されている。学級に限れば、このことは「近頃の学生は・・」という 問題のように聞こえる。
しかし、事実を直視するならば、街の至るところで「近頃の老人は・・」というべき現象にも出会うのである。
これらは年齢と関係ない、現在の日本人の普遍的な実態というべきであろう。
いったい何が原因で「今の日本人は・・」という、社会崩壊現象を来しているのだろうか。
気圧を表わす単位は、私の時代の中で、水銀柱ミリメーターからミリバール、ヘクトパ スカルと3回も変わりました。

それに引き替え、時間の表示に関しては、その連続性が災いして、ゼロの発見以来長い年月が過ぎたの に、なおその残滓を引きずっ ているように思われます。

そんな理屈をこね回し、合わせて世紀末狂奏曲を楽しんでみました。

日本人のしたたかさ。深読みジャパニーズ

 

44年間のサラリーマン生活を終わる日々の心のゆらぎ
 
 あるメルヘン
 
 伝統の村、家族、男、女
 
 中部電力新聞反射板覧 3編

    68才のスキーひとり旅、人生の走馬燈

    かしわはチキンではない?

    桃太郎に征伐された鬼の側

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