題名:ラスト・フレイム

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日付:1998/2/5


 (62,10,2〜4,鋸岳山行)

                                大坪重遠

 

 私が難しい,あるいは長い山へ行く前には,なんとなく鬱陶しい顔をしているのだと妻はいう。隠し立てのできぬ小心者である証拠なのである。

 だからもうずっと昔から,浮気した時にとても隠しとおす甲斐性はないと覚悟を決め,美しき性とのアバンチュールは諦めている。

 ともあれ,今度の山も,やはりそんな気配が見えていたのだろう。

 

 ・秋山へ見送る妻の頬蒼し

  退社後,名古屋を出て中央道をとばし二十三時に戸台へ着いた。車の横にテントを張り一夜を過ごす。朝,テントから顔を出すとコスモスが露にしっとりと濡れていた。

 ・コスモスや家にある妻思いけり

  戸台川を遡る。ごろごろと巨岩が川原一杯に詰まっている。

 戸台の近くの川原について言えば,その原因は砂防ダムのせいだと言えよう。しかし,その川原の状態はずっと上流のほうにまで続いている。昔は戸台発電所の取り入れのダムの辺りからは上は,左岸に山道があったはずである。その昔の道は今では痕跡ばかりとなってしまった。まさに恐るべき谷の荒廃である。

 その原因を南アルプススーパー林道や,大きな台風のせいにしてみようにも,腹に落ちるような具体的な証拠は見出せない。河川における堆積現象は,電力会社としても身近な問題であるだけに,私が自分の目で見てきた比較的短い期間の戸台川の変化は非常に気になるところである。

 ・谷埋む巨石を秋の日が照らす

  やがて本川から左に分かれ角兵衛沢を登りだす。最初は気持ちのよい樹林のなかを行く。段々と傾斜が強くなり遂にガラ場に飛び出す。

 高度を増すにつれて,向かい側のスーパー林道と見比べては,後何百メートルの登高と予測を話しあう。標高二千メートルあたりから紅葉が始まっている。

 ・蜘蛛の糸秋の光りに流れけり

 

 登り詰めたコルにツエルトをセットし,昨夜の汗で湿ったシュラフを秋の日にさらす。そうしておいて先ずは三角点ピークへピストンする。

 まったくの好天,南,北,中央アルプス,八が岳などの曽遊の山々に挨拶を送る。

 ビバーク地点に引き返す道で,明日越えてゆく予定のピークが目に入ってくる。あんな突き立った岩峰にいったい登れるのかしら,といった感じである。

  ・錦繍をぬきて岩峰そそりたつ

  コルの風は強い。そして日が翳ると急速に寒気が襲ってくる。しかし今夜のビバークのツエルトの中では火を囲んでくつろぐすべもない。食事を済ませるとすぐにシュラーフに潜り込む。それからほぼ十一時間,長い長い夜が始まった。

 月の明るい,風の強い夜だった。一週間後にひかえた発表会で謡うことになっている船弁慶の一節を口のなかで繰り返す。夜中,小用に出た時,星が文字通り眩しく光っていた。

 明け方になり風はおさまる。朝飯を食べるとすぐに出発。

 昨日あんなに鋭く見えた第一高点は,いわば階段を登るようなもので,なんなく頂上に立ってしまう。

 ・山頂の苔に秋の日暖かく

  悪場では急がないことが肝要である。人間,息せき切ってやることに録なことはない。おまけに今日は天気も絶好ときている。充分に時間をかけながらあゆみを進める。鹿窓を通過し,ゆっくりと一息いれる。

 向かい側に仙丈岳が堂々と座っている。北岳がやや傾いで,しかもすっくと尖頂をもたげている。そして北の方には,八が岳が一つひとつのピークを数えさせてくれた。

 我々はなおも,ゆっくりゆっくりと踏跡を追ってゆく。その狭い稜線の途中にも,だれかがビバークのために苦労して作ったゴリラの巣のような場所が何箇所かあった。

  ・岩峰にしばし秋風賞でいたり。

  遂に最大の難所,大キレットにさしかかる。向かい側の岩壁を目で追うが,踏み跡は見当たらない。こちら側の崖には,危うげな踏み跡が右に幽かに伸びている。先頭の谷出君が偵察にいってくれる。なかなか帰ってこない。ラストを勤めてくれていた小林君もその危ない道をとんとんと渡り,相談にいってくれた。どうやらここに突っ込むことに決めたようだ。ザイルを張ってくれる。

 「信州百名山」の著者,清水栄一氏は、この鋸岳で悪場に差しかかった時,昔,氏の先生に怖い思いをさせたのを想起されたという。戸隠山に、下駄でも登れるの,ちんばも登るのと囃して無理に登らせたところ,その先生が頂上で、帰りの悪場を思うと気もそぞろになってしまい「菓子も舌に媚びず,いわんや四方の景色など」と紀行に書かれたのもこんな境地であっただろうかと,しきりにその本の一節を思い浮かべられたという。

サポートの二人が忙しくザイルの工作をしてくれている間,私もまた,何回か同行させていただいた清水さんのこの場での感慨を,さもあらん,さもあらんと反芻していたのであった。

  ・光りつつ枯れ葉暗きに舞込みぬ

  このあたりの難所は,巻き道をゆく手もあるようだ。もっとも巻き道といってもそう容易でもなさそうであるが。

 我々はまともにぶつかり,稜線づたいに忠実に登り下りを繰り返し第二高点に立った。ここまで来れば,甲斐駒が岳はもう間近ではある。しかし,緊張の連続で鋸岳を越えてきた今は,さらに歩を進める気にはならない。そこで忽ちに,夥しく岩が詰まった熊穴沢を即刻下ろうと意見の一致を見たのであった。

  ・秋天に錦纏へる駒が岳

  自分が登る前は,鋸岳は私にとって甲斐駒が岳から西に伸びる稜線上のこぶにしか過ぎなかった。しかし登ってしまったいまは違う。

 帰りの車の窓から,その瘤たちを一つ一つはっきりと,あのピークは三角点,そしてこれは第一高点とを目で追っていた。

 またひとつ,「私の山」ができたのである。そしてこれからいつまでも,この「私の山」はここを通るたびに親しげな目差で私を迎えて喜ばせてくれるのだ。しかもこの鋸岳は,ちょっこらそっとで行ける山ではない。それだから山たちが視界から消え去るまでづっと,久し振りに大きな幸福感に身を任せていた。

 今回の山行は,岩のベテランである谷出,小林両君のサポートのお蔭で可能となったものである。さらに加えて,同行した野嶋君も「僕は高所恐怖症で」などと怖がって見せるなど,なかなかの白っぱくれ方をして精神的なサポートをしてくれた。

  ・散る花に華やぎしばし許されよ

  この句は,本当は角兵衛沢のガレを登っている時に見掛けた,秋の終わりを彩る可憐な花,多分ミヤマクワガタが秋の明るい日に照り映えているのを詠んだものである。

 しかし,ミヤマクワガタの花を「花」と省略してよしとするほど,俳句の世界はおおらかとは思えない。「花」と言うのは,かたくなに桜の花を指す。とても秋の岩場の花とはとってはくれまい。そこで良くないことだが,句をひねり回すこととなる。

 秋ならば,なにか紅葉めいたものがふさわしいのではないか。

 そこで辿り着いた先の言葉は,蔦紅葉である。これならば,同行の三人に還暦近い私が絡みつき頼りにして山路を辿っているムードもよく匂って来るではないか。そこでこういう句とは相なった。

  ・蔦紅葉はなやぎ暫し許されよ

                               (おわり)

                        

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