題名:せせらぎ

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日付:1998/2/5


                せせらぎ91/10

先日、名湯下呂温泉の近くの湯が峰に登った。折角ここまで来たのだからと、高山の西の位山も欲張った。登山口に着いたのはもう14時だった。だから車に戻ったら、雨もよいの山はもう薄暗くなってきていた。牧場の羊がメェーと啼きかけてきた。私もメェーと真似をした。自分でもびっくりする程の出来ばえだった。その羊と2 〜3 回やりとりしていると、私が一声かけると群れ全体がメェーと啼くようになったきた。昔、人力ウインチを巻くときに、音頭取りが「父ちゃんのためなら」と歌うと、その他大勢が「エンヤコラ」と和しながらロープを巻いていたのを思い出した。羊たちは、すっぽりと合羽をかぶった私を何だと思っていたのだろうか。

・釣客に倦みたる鱒や夏終わる

( 名古屋 大坪重遠) (91/10発送済)


                せせらぎ91/11

 先日久し振りに、誘われて謡跡めぐりとやらで, 奈良盆地の山の辺道へ行った。東海自然歩道にもなっている天理から桜井までの道である。ゆかりの謡曲や, 万葉集などの解説を聞きながら, まことに優雅な一日を過ごした。思えば30年前は丸い眼鏡を掛け文庫本を手にした, およそ水気のない文学少女が数人, 大学教授とも見える品のよい紳士に連れられて来ていたものである。後年、帰宅後家内に「おれ、山の辺道好きになったよ。だってカワイ子ちゃんたちが来るようになったんだもん」と報告したのは15年前である。ところが今回はもう、世間のどこにでもいる普通の人、ひと、人でただ満ちあふれていた。かく申す私も, よそ目には「年寄りが来てたよ」と言われているのだろう。

・秋夕焼け賞ずる女の京訛

    ( 名古屋 大坪重遠)


                せせらぎ91/12

久し振りに奥美濃で根尾断層の現場を通った。先年の発掘調査の跡を一般の見学に供するように, 断層観察館が作られつつある。明治24年1892年に死者4000人余を数えた大災害であった。いま雲仙で自然の脅威に恐れおののいているが, 歴史の教える所によれば異常の連続が平常である。マスコミは何事につけ「大変だ, 大変だ」と騒ぐのが商売である。火山灰を降らせ続ける桜島は報道の対象にならない。万事報道だけからでは正しい全体像の把握は所詮無理である。われわれ山屋は各地によく足を運ぶ。自分の目で真実を見たいものである。自然破壊の元凶は人間性にある。人間性を誤認した共産主義が崩壊したこの年に改めて考えてみたい。

・冬空に翔つ山鳥の尾や長し

    (名古屋 大坪重遠)


                せせらぎ91/12

12月29日, 忘年登山で奥美濃の蕪山に登った。雪の降りしきる中,車にチエィンを巻き強引に登山口に乗り着け, 後は専心雪の谷を登った。時々強風に煽られ木から振るい落とされる雪があたりに立ち込めていた。山全体としての印象があまりにも希薄に終わり, 蕪は白かったとでも評しましょうかと帰りの車の中で誰かが呟いた。思えば今年はイラクでの戦争に明け,いま冷戦の一方の雄ソ連邦が間もなく消え去り年を終ろうしている。しかし, われわれ山屋はそんな俗事を横目に見て, ひたすら山へ通ったのである。そして自然と人間との係わり合いを真摯な目で見続けてきたのだと思う。自然保護が,昔は良かった式に流れるのは正しくない。もっと厳しく思索しなければならない。

・極月の水なき谷の底を攀ず

    (名古屋 大坪重遠)


                 せせらぎ92

2月16日, 春の山行の事前偵察で, いくつかの山の裾を歩いてきた。人の入らない冬の里山には, 獣たちの足跡が多かった。世間では, 自然にやさしいなど歯の浮くようなことをいう。しかし実はそれを, 自国の利益のため, 票のため, 権限拡張のため, 商売のため, そして自分の自然破壊行為の気休めとして使っていはしないか。一体, 自然に人類を含めているのかどうか。人類は発生以来, 松喰虫が松を喰うように, 自然を自分のために変えてきた。いまや恐ろしいまでに改変能力を高めてしまったので,その性根の変革を求められているのである。当然,甘い言葉では済まされず痛みは避けられない。苦い良薬を調合する医師は世に容れられるのだろうか。

・雪女バレンタインぞ我を訪へ


                 せせらぎ92

4月18日, 岐阜, 石川県境の願教寺山に登る。同行のひとりが, 衛星の電波を受信して, 現在位置の緯度, 経度を算出, 表示する最新のハイテク機を持ってきた。山登りよりも, そちらの位置評定にかまけながら登った。今回の感じからいえば,まだ500 ?ほどの違いがあるようである。他に位置標定の手段が得られ難い海の上の位置測定には充分威力を発揮すると思われるが, 山の場合,500?はやや不満ではないかという皆の評判であった。これが普及し皆の指示が地図と違った時には,地図が違ってるなど言うかもしれない。今の時計の高度計でいちゃもんをつける勇気はないが。

・春昼や水嵩増せる流れ跳ぶ

    (名古屋 大坪重遠)(92/05/06発送)


                 せせらぎ92

5月30日, 31日と飛騨, 越中の国境の白木峰, 金剛堂山に登ってきた。両日とも雨, 霧と視界にはまったく恵まれなかった。しかし早朝の霧のベールの中にほの見える, 水墨画に似ながら, なおうっすらと緑の色が匂うブナの巨木の美しさは, たとえようもなかった。また下山路では,ふと足下に見かけた蕗やモミジガサの緑が一際目に染みた。頭上のブナの若葉を透けて来る緑の光に包まれ, なんでもない下草たちが, まるでお伽話の世界の中の命を持った妖精のように,自然のステージの上で並んで輝いていた。山への初心者は, 梅雨時に連れて行けと言った先人の心が分かるようだった。

・六月やブナには霧がよく似合う (名古屋 大坪重遠)   92/6発送済


                 せせらぎ92

 6 月20日蛭が野の西の大日岳に登った。例のごとく雷につきまとわれた。当日は梅雨前線は南の海上で, 寒気が入り大気が不安定という気象だった。山にかかると雨が当たり, やがて雷が来た。地上に落ちるのは少なく, 大部分が気中放電で軽い音が頭上を駆け巡っていた。ところが珍しくしつこいやつで,いつまでも動かなかった。最後の笹原に出る前には, さすがに雷の動向を読みたくて五分ほど樹林帯で待機したが,雷撃の間隔が長いわりには動いたとも思えなかった。そそくさと頂上を盗んできたが, 気持ちが悪かった。                 せせらぎ92

  7月 4日滋賀県の東北,鬼門に当たる横山岳に登った。なにせ夏草茂る朝の第一登なので, 露でぐっしょりになり, 蜘蛛の糸を払い払いの難行だった。梅雨の晴れ間を稼ぎ時と, 獲物を待ち受けている数百の蜘蛛の巣を壊したと思う。ある芝居の名優が, 舞台で人を切るときに, こいつにも母親や妻子があると思って切らなくちゃと言ったと, 何かで読んだ記憶がある。私も蜘蛛の腹中に糸の原料が残っていることを願いつつ「悪いけど後で直しといてよ」と謝りながら,くっついた糸を手で払い除けていた。キザな奴め,すっかりやきが回ったなとの冷評をも察しながら。

・豊胸の魚籃観音うすものに    (名古屋 大坪重遠) (92/07/06発送済)


                せせらぎ92/08/

8月14〜15日に大朝日岳,16 〜17日に飯豊本山と登ってきた。いづれも何時の日にかは縦走をと思っていた連峰だけに, 既に第二の勤めの境遇とは言え, 主峰だけを盗んできたようで何か後ろめたい。両山とも登山口の標高が 5百?程度で, 八月の暑さが身にこたえた。汗は蒸発してこそ,その気化熱で体温を下げる効果があるが, まったくの無風で玉の汗と流れてはサウナ地獄である。そんな中で飯豊の地蔵山バイパスでの水場のうまさは格別だった。なぜ山へ行くのかと聞かれたら迷うことなく「うまい水を飲みに」と答えるつもりだ。もっとも, 私に質問してくれる人がないのは残念だが。

・外のこと知らぬ虻らが襲いくる ( 名古屋 大坪重遠) (92/08/19 発送済)


                せせらぎ92/11/16

11月14日櫛形山に登り, 麓のキャンプ場に泊まった。夏の間あんなに重宝したクーラーの冷熱源の凍らせたビールも, この時期の冷たい空気ではなかなか融けず困る。水をじゃーじゃー掛けてなんとか飲み始めたが, 途中でシャーベットになってしまう。手で持って熱を加えたが, 今度は手が凍るようだ。寒さ凌ぎに仲間が持って来たニンニク, レモン, 紫蘇入りの怪しげなスタミナドリンクを胃に流し込んだ。一方のアルコールのエネルギーを他方のアルコール飲料の解凍に使う, なにか熱機関とか熱交換器と言うオドロオドロしい装置になったような変な気持ちであった。・葉を落し唐松ますぐ真直なり ( 名古屋 大坪重遠) 92/11/16発送済

 


                せせらぎ93/1/16

1月15日に大峰山上ガ岳へ行った。一月には見たことのない菜種梅雨型の気圧配置で暖かく, 山頂近くにまるで標本のようにちょっとだけ雪があった。帰路, 友人のひとりが「女人結界の山なんてつまらんものですね。来る奴会う奴男坊主ばかりで」と罰の当たりそうなことを言う。もっとも, 我々にはもう先刻から罰ガ当たっていて,雨風のみじめな山行が続いていた。女性専用のホテルが出現する昨今である。やがて男子禁制の山だって出来かねない。ともあれ翌日は関西美人があふれる金剛山に登り,満足して帰った。

・氷雨降る大寺の軒に立ち昼飼

    (名古屋 大坪重遠)

 

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