好みと類似性

2006-01-20 10:28



音楽の類似性より


こうした論調の意見を読むたび、私は「細かい」ことを気にしだす。


この文章を作成した方が、どこまで意識しているのかわからないのだが


「プレイリストの自動作成」=「音楽そのものの類似性を検索する技術」


ではない。そもそも音楽の類似性を検索すると何がうれしいのか?逆の言い方をすればユーザは類似の音楽を検索することを望んでいるのか?という点についてもう少し考える必要が有ると思う。


もちろん「そういう場合も存在する」ことは間違いない。(多分。私はあんまり考えたことはないが)しかし「プレイリストの自動作成」には他にもいろいろな要素が必要なはずだ。


例えば私は同じ曲調の曲を何曲も続けて聞きたいとは思わない。もっと細かい話をすると何曲も続けて聞きたい曲調もあれば、そうでないものもある。RC-SUCCESSIONを愛してはいるが、3曲続けて聴きたいと思うことはめったにない。


もう一つの「細かい点」は何かと言えば、そもそも「類似の曲調」というのは人によってずいぶん異なるのではないか、という点だ。


音楽とはジャンルが違うが、「渋谷でお昼を食べる場所を探す」システムの試験をしたことがある。ある被験者は「こってり こってり」とつぶやきながら探していた。


しかし私はその選択を見ていて首をひねらざるを得なかった。私の考えでは「こってり」と思えないものが選ばれたり、「こってり」のきわみと思えるものが捨てられたりするからだ。平たく言えばその人がどういう基準で選んでいるのかさっぱりわからなかった。であれば、システムは何を手がかりに何を類似と判断すればいいのだろうか?


人によってはこういう点をすっとばし「とにかく類似検索だ。この特徴量を使えばできるんだ」とひた走る。しかし疲れた中年としては「細かい」事が大きな問題なのではなかろうか、と考えざるを得ない。