Experience Designのための一つの手法

2008-08-20 00:00


昨日会社からの帰り道に考え付いた


User Experienceが大切だ、とはだれもが言う。


でもって


よくあるパターンというのが




目標:すばらしいユーザエクスペリエンス


そのために


早いCPU,リッチなグラフィックス、操作しやすいリモコン、、、、




となってしまうことだ。


つまり目標があまりに抽象的であるにもかかわらず、次のステップでいきなりハードやらソフトの話になってしまう。そりゃそうだ。ハードやソフトはもうあるし、性能とか論じやすいしね。


これを防ぐにはどうすればいいだろうか?


今任天堂のサイトを見てもみつからなかったのだが、一時「Wiiのある生活」というキャッチフレーズとともに、


「TV画面の側からみたユーザの姿」


を掲載していた。


この写真には(リモコンを除けば)Wiiの画面、本体は一切表示されていなかったのである。


それでいながら、この写真は任天堂が目指した「素晴らしいユーザエクスペリエンス」を雄弁に物語っている。体を動かして、家族が楽しそうに何かに興じている姿。


これが何を意味しているか、分かりづらければ、仮にPS3で同じような写真を撮ったらどうなるか考えればよい。


ちらかった部屋のなかに一人座るゲームオタ。そして「やっぱ、Blue Ray最高だよな。このフレームレートはCellでなきゃだせない」とつぶやき続ける。


ソニーが意識していたかどうかは別として、PS3はこうしたユーザの姿を目指して作られたもののように思うのだ。


つまり


最終的にはハードやソフトのデザインにつなげるにせよ、あえて、その姿を隠し、「それとともにあるユーザはどのような姿だろうか」を考えてみてはどうだろう。


これは先日のエントリーで少し書いた「情報機器をデザインする際に、それを使っているユーザの姿を考える」という話にもつながるのだが、それはまた後日。