映画評:天使と悪魔
2009-05-29 05:04
このまま遠いどこかへー、と思ったときは本家から転載。
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ダ・ヴィンチ・コードの 続編。前作ほど原作は物議を醸し出さなかったようだが、CERNで実際に働いている人が、小説の"正誤表"をWebで書いていたのは知っている。結論から 言えば
"あんなに大量に反物質を作ることができたら苦労せんわ"
である。だから安心して観れば良い。
教皇が崩御した。次の人は誰にしましょうか。さて、部屋に閉じこもって決定されるまで根比べ。といったところで謎の文字がバチカンに届 く。はて、これはいったいなんだろうか、と思っているうち後継者として有力な枢機卿が4人誘拐される。をを、これはイルミナティの仕業か。それではトム・ハ ンクスを呼びましょう。
そこから謎解きが始まるのだが、時間は5時間しかない。一時間ごとに枢機卿が一人ずつ殺されていく。最後には反物質がどかんだ。かような構成なので無駄な エピソードがはいる余地はなく、緊張感が途切れない。
とはいえあまり感動するわけでもない。きっと小説なら時間がたつのを忘れるほど面白いんだろうなあとぼんやり考える。途中やたらと"あ やしげな屈強な男"のカットが挟まれていたがあれはなんだったのだろう。
次の教皇が決まるまでの間、事務の権利を委譲されたのがユアン・マクレガー。一見おとなしそうでありながら、どこか危うげな雰囲気をか もしだして熱演ではある。この人年とっても容貌がかわらないなあ。
最後に結論がでて、"犯人"の行動を振り返ってみればそれが結構な離れ業であり、奇想天外な陰謀であったことがわかる。身を投げた芸で あるからして、成功させてやってもいいではないか、などと考えるのは私がカトリク教徒でないからなのだろうな。
でもなあ、あの"空"をバックにゆらゆら落 ちてくるところは、まじめなキリスト教徒が見たら激怒したり、、しないのかな。小説には決してなしえない映画ならではの名シーンだと思うが。
どこも心には響かないが、退屈しなかったのは確かだし、前回に比べるととってもがんばりました、ということでそこそこご機嫌になって映画館を後にした。犯人がなぜあのよ うな行動に至ったかを丁寧に書く事ができれば、あるいは心に響いたかもしれないが、映画ではそれだけで一本になっちゃうからね。(小説では丁寧に描写されているらしいが)
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カトリック教徒は全世界に10億人いるそうだが、今の世界人口ってその何倍なのだろう。黙示録がどうのこうのという映画をみるたび
"世界中に宗教いくつあると思ってんだ"
と文句を言う私だが、この映画にはそうした要素はない。あくまでもカトリックの中の内輪もめである。
イエスという男が実際にどんな人間だったのかはほとんどわからない。今あるイエス像というのは、組織にとって合理的なフィクションなのだが、それを尊重する人間がいるのは確か。であれば、そうした行動を映画にしたっていいわけだ。