想像力+ロジックとの戦い

2009-11-24 07:47

最近時々これを意識する。

私は想像力+ロジックの展開にある程度秀でている、と思う。しかし最近それが裏目にでていることを痛感することが多い。昨日こんな文書を見つけた。

対して、ごく少数ではあるが、リアルならぬ「本当の現実」を直視して、セルフリミットを設定しないひとがいる。無謀とも思える目標を淡々と実現していくひとたち。ぼくは、そういうひとたちを「ヴィジョニスト」と呼ぼうと思う。

 これは「ヴィジョンを掲げるひと」のことではない。「ヴィジョンを実践するひと」のことであり、もっというなら「ヴィジョンを生きるひと」のことである。

 かれらは間近なリアルではなく、自分のヴィジョンを見て生きている。だから、傍目には哀れなほど不可能なことにのめり込んでいるように見える。しかし、じっさいには、かれらにとっては、不可能ではないのである。

 リアリストとヴィジョニストが異なるのは、ヴィジョニストが理に屈さないことである。ヴィジョニストは「本当の現実」だけしか見ないため、理によって説得されないのだ。

 そもそも、理とは何か。シミュレーションである。じっさいにはまだやってみていない、つまり現実になっていないことを、ロジックによって結果を導き出そうとする作業である。だから、それは何より確固としているように見えて、しかし「本当の現実」ではないのだ。

via: 「あきらめたらそこで試合終了ですよ」という言葉の意味。 - Something Orange

こうした観点からすれば、私は見事にリアリストだ。そしてはた目から見て不可能なことにのめりこんでいる人に対して悪ければ冷笑、よくて"うらやましいけど自分にはできない"と思うことが多い。

しかし

最近なによりも自分を制限しているのは、自分が想像した現実の制約であることに気が付き始めている。この年でそんなことに気がついてどうする、という意見もあろうが、いい年して冒険始める人間って同じように考えた人ではなかろうか。

数日前に、私が"オフィスにはいれない"と思いこみ、無駄に時間をつぶしたことを書いた(ような気がする)この場合私は自分の頭の中でつくりあげたリアルに負けていたのである。

現実は決して線形システムではないはずなのに、理屈をこねまわす私の頭はそうだと思いたがる。

しかし困ったことに頭の中には少数勢力としてヴィジョニストが存在しており、これが時々キーキー言い出す。最近その声が大きくなってきている気がする。